トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
トリニティを退学になった後、私はブラックマーケットで暮らすことにした。ゲヘナに戻ることはできたし、その方が良いとは分かっていたけど……角を見たくなかった。自分のものも、他人のものも。トリニティもゲヘナも、どちらも嫌いだった。
傭兵になったのは、小学生がブラックマーケットで生活するのには選択肢があまり無かったのが半分、人間関係が面倒だったのが半分くらいだ。傭兵は仕事柄敵対することも多いから、同業者とは疎遠でいられる。
「あ、お嬢じゃん。チェリーノングラード攻略戦以来?元気してた?」
「うるせーですわ。半径50cm以内に入らないでくださいまし」
「マジで一生塩じゃんお嬢……てか、この抗争終わったら傭兵やめてコーヒーショップやるんだけどお嬢も来ん?」
「結構ですわ」
「死亡フラグにも反応無し?!」
人とは関わりたくなかった。他人の事ばかり気にしていた反動からか、人にどう思われるかはどうでもよくなっていたし、特定の人と深く関わったりするのは煩わしかった。
他人を嫌っていれば、人に銃を向けることにも、銃を向けられることにも無駄に心を動かさずに済む。そういう点で、当時の私には結構向いている仕事だった。
戦績は良くも悪くもなかった。味方の数が多ければ勝って、敵の数が多ければ負ける程度。
独立傭兵としてやっていける程の実力では無く、何かやりたいことがあるわけでも無かったので、最終的になんとなくカイザーPMC子会社の派遣バイトに落ち着いていた。
「君、残業申請は今月でもう三回目だろう?
「すみません。ですが、報告書の書き方なんて何も……」
「……はぁ。大人か子供かに関わらず、給与が発生するということは社会人としての責任を負うということだ。小学生だからといって、
「……先月の給与、発生してませんわ」
「当然だ、私達は人ではなく仕事に
「今時こんなのがあり得るのかってくらいのテンプレクソ企業ですわ……都市伝説じゃねーんですの……?」
「今回我々は本社指揮下での大規模作戦に
「カイザーPMC副社長、ジェネラルだ。私の直属で作戦行動に臨めること、光栄に思いたまえ」
「ジェネラル閣下はカイザーPMCの下で数多の企業抗争を勝利に導いてきた、
「結局いつもの大量突撃じゃねーですの、バトルフィー〇ドの方がまだマシな戦術してますわよ……敵に機甲戦力と砲撃陣地が無くてよかったですわ……」
「社員番号446!勝手に喋るな!」
「勝手に言わせておけ。私は油断して失敗するようなバカとは違う……ぐふっ!」
「な、流れ弾が?!」
「ジェ、ジェネラルさん?!ジェネラルさーん!!そんな……ううっ……カイザーPMC副社長、平田……素晴らしい響きだ……!」
「何ですのこの武器……ほとんど棒じゃないですの!」
「新兵器です、先端を敵戦車に押し付けると爆発します」
「無理に決まってんでしょう?!ロクな隠れ場所もない市街地で!敵戦車も単独じゃなくて師団ですのよ?!」
「できないっていうのはねぇ……嘘吐きの言葉なんですよ。頑丈なのがあなたの取り柄なんですから、頑張ってください」
「
暗黒メガコーポたるカイザー傘下の下請けは、当然ながらブラックだった。フリーより安定しているとはいえ、仕事きついよ給料安いよ休みないよの三拍子である。
趣味もやりたいことも特に無く、ファッションの類も避けていたから金が無くても一応生活できていたが、当然ながらそれほど良い生活ではなかった。
変わり映えしない毎日を、最低限のことだけで機械的にこなしていく。
出勤、射撃、退勤、食べる、寝る。出勤、射撃、被弾、退勤、食べる、寝る。出勤、射撃、怒られる、退勤、食べ損ねる、寝る。出勤、被弾、被弾、退勤、食べる、寝る……
……何というか、工場の部品になったみたいな生活だった。
月末はちゃんとした食事が摂れないものだから、食べられる草に詳しくなった。
苦い思い出だ。味覚的に。
家はすぐ爆破されて敷金が無駄になるので、テントやネットカフェで眠るようになった。
自分は枕が変わるとなかなか眠れないタイプだということには、この頃に気付いた。
硬い。
給料日前の、特に余裕の無い時期の夜。テントを張って眠る時に出てくる感想は、いつまで経っても変わらなかった。
できれば一歩も動きたくない程度には疲れているのに、どうにも眠れない。
こういう夜は、鞄から少量のC4を取り出して眺める。
教室一つを爆破するのに必要な爆薬は、コンビニのパック一つでは少なすぎて、二つでは多すぎた。適当に捨てるにはちょっと高価だから、残った分は使わないまま持ち歩いている。
この程度の量では、大した破壊力は出せない。
……学園一つを吹き飛ばすには、程遠い。
(……悪いクセだな)
たまに、考えてしまう。
トリニティもゲヘナも、無くなってしまえばいいのに。あと、バイト先も。
例えば、巨大な化け物とか、不死の軍勢とかが居たとして。そいつが全部、まとめて消し飛ばしてくれたなら。
そしたら、少しは楽に眠れるのだろうか。
(……あり得ないか)
眠れるまでの間には、安っぽい妄想をした。擦られすぎたミステリーや、ご都合主義の二次創作のような。
浮かんできた『もしもこうなったら』に向けて、過程を考えては、ふと冷静になってあり得ないと否定する。
まるで、実際にそうするつもりみたいに。
例えば、もしもゲヘナとトリニティが全面戦争をしたら。
……今のトリニティは、ゲヘナとの協調姿勢をとっている。派閥争いはあれど、ホストという立場の発言力は絶大だ。世論というものは多数派に寄っていくものだから、あちらから行動を起こすことは無いだろう。
ゲヘナ側が敵対したら……どだい無理な話だ。
ゲヘナの生徒会の投票率、つまり政治に関心がある生徒は3%程度。向こうからの攻撃なら現地のテロリストも抵抗するだろうけど、目的を持った大規模な侵攻は起こりえない。生徒たちが思い思いに無法地帯を形成したら、あとは各個撃破されて従来の境界線に戻るだけだ。
ティーパーティーの現ホストが行方不明に……例えば、誘拐されたりしたら。
権力の座が空いた上に三すくみが無くなれば、権力争いには絶好の機会だ。特定の派閥に下手人との内通者が居て、事前にそれを知っていたとしたら、外の人間が権力構造に手を出すこともできるんじゃないか?
ブラックマーケット方面からゲヘナに攻撃があれば?
ゲヘナの公的機関には現状、戦略級の歩兵戦力が存在しない。好き勝手にやっている分、違法な企業やテロリストの潜伏地域が拡大しやすいし、そこにトリニティが付け入る隙も……
ティーパーティーの警護は?
一階の換気扇があのままなら
防空網を抜くには、音速以上の投射物が
高射砲なら、飛行船の特殊軽金装甲で耐えられる?
お腹空いた
キヴォトスでは火薬の調合は犯罪にならないし
ゲヘナの戦車大隊は?
生徒の不満があれば
巨大怪獣がいたら
……あくまで、単なる憂さ晴らしの妄想。実現できるわけがなかったし、そのために何かしていたわけでもない。
だけど、もしそんな機会があったとしたら……私は、そうするのだろうか。
驚いたことに、そんな機会がある日本当に巡ってきた。
「ゲヘナ製のロケット兵器……ですの?」
「ああ、厳密には別の
「現在トリニティが進めているゲヘナとの融和のせいで、兵器産業を主力としているカイザーインダストリーの子会社、カイザーエレクトロニクスの株価が低下している。そこで我が社に紛争拡大のプロジェクトが来た」
「そのために、ゲヘナによる攻撃に偽装してトリニティ学園校舎へのダイレクトアタックを行うわけだが……軍事機密である誘導装置はカイザー製のものしか用意できなかった。万が一これが見つかれば、攻撃は我が社の工作であると発覚してしまう。そこで、誘導装置の代わりに有人で操作することにした」
「嫌な予感がしますわ」
「着弾後の隠蔽工作はマストだ。君は頑丈だし負傷しても動けるから、このミサイル……V1飛行爆弾のパイロットに推薦しようと思ってね」
相変わらず、この上司は人を機械部品か何かだと思っているらしい。大人というものには、本当にロクなやつが居ない。
「……普通に嫌で「ああ、無理強いするつもりは無いぞ?出世ばかりが人生じゃない、タイミーやフリーターというのも一つの選択だろう。君の人生だ、君の選択を尊重するよ」
(背骨とか折りてーですわコイツ……あれ?)
労基も何もあったものではないカスに憤る一方で、別の考えが鎌首をもたげてきた。それはまるで、寝る前の妄想のような……
(これ……もっと上手くやれるんじゃないですの?)
ミサイル一発で起きる問題は、たかが知れている。ゲヘナ側が関与を否定し続け、次の攻撃が起きなければ、数週間で鎮火する程度。
だけど、少しだけ工夫すればそれ以上に拡大できる。
この兵器は、ゲヘナ製の無人兵器に偽装される。つまり、乗員はいないことになる……道程が完全に不明な生徒一名を、学園の中枢部に送り込めるのだ。
校舎の構造は知っている。通気口や抜け道の位置も、考えることが多かったから覚えている。ティーパーティーホストを誘拐もしくは負傷させれば御の字。失敗したとしても、どこから潜り込んだか分からないゲヘナの生徒がテロ行為を働けば、反ゲヘナのパテル分派を過激化するには十分だ。
バイト先の安全管理は結構ずさんな部分も多い。アルバイトという立場を使えば、計画の物証も十分手に入るだろう。
それを敵対企業にリークしておけば、向こうも拡大の準備ができる。増えたシェアを奪い合って企業間抗争が起きれば、一部のゲヘナの生徒……特にテロが手段ではなく目的な人達……は活性化するだろう。
……トリニティも、ゲヘナも、バイト先も。嫌いなもの全部、滅茶苦茶に引っ掻き回せるんじゃないか?
「……分かりました」
「よろしい。君には期待しているよ」
上司に背を向けて、退室する。
「帰ろうとするんじゃない。これとこれ、片付けておけ」
「……はい」
背を向けたまま応える。
敵意?憎悪?愉悦?……何であれ、人に見せられるような顔をしていなかったからだ。
数日後、バイト先の計画も、自分の計画も滞りなく進み。ついにミサイルの発射は、当日を迎えた。
「今はティータイムだ……中央の建物のテラスを狙え」
「……はい」
「ビビるんじゃない。外れたら減給だ」
ああ、ムカつく。吠え面かかせてやる。どいつもこいつも、嫌いだ。嫌い、嫌い、嫌い……
発射ボタンを押し込もうと、力を込める。そこで……
そんな、気の抜けた音が響いた。
「……お腹、空いたな」
そういえば、給料日前で金が無かったうえに、前日は講習やら何やらでちゃんと休めず、半日くらい何も食べていない。
……最後に甘い物食べたの、いつだっけ。
ああ。
なんて言うか。
何を、やってるんだろう。
憎いって、みじめだ。
……それで、気が抜けてしまった。雑に発射ボタンを押して、エンジンに点火する。
どう考えても人が乗ることを考慮していないGがかかり、肺の中身を持っていかれる。何も入っていない胃は無事だった。
「もしもし、こちらV1。聞こえますの?」
「ああ、聞こえている」
「今日限りで辞めますわ。お疲れ様でした」
「は?!ちょっと待て、作戦は……」
「おファックですわ!」
通信機を引っこ抜き、適当に操縦桿をブン回しながら飛んでいく。職は無くなったが、風が気持ち良くてスッキリした。
そのまましばらくアクロバット飛行をしていたら、Gで気絶してしまい……目を覚ますと、そこは一面の砂漠。それが人生初の遭難だった。
「ええ、ここどこ……というか、不発弾じゃねーですの!」
墜落したV1飛行爆弾を怒りに任せて蹴り飛ばすと、普通に爆発した。
「
リタ……この頃は異名は無い、ただの一般アルバイト。次話から晴れる予定。
同業者……ギャル。今では友人。
上司……この後作戦が失敗した上正実に捕まり、カイザーに尻尾切りを喰らった。
ジェネラル……出オチ枠。