トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
今日から頑張ります……
「とまぁ、かくかくしかじかで。もう一度頑張ってみようと思って、トリニティに戻って来たわけでございます」
嫌な思い出をまるで気にしていないかのように、リタは平然と自身の過去を語り終えた。紅茶は完全に冷めてしまっていた。
金細工のティーカップを電子レンジに突っ込もうとするリタを、ミカが慌てて止める。
「……リタ、ちゃん。私……えっと……」
続けてミカは何か言おうとしたが、このような話を想定していなかったからか、気の利いた言葉は出なかった。彼女は改めて、自分は呂畑リタという生徒をよく知らなかったのだと思い知らされた。
彼女にとってのリタは、ただただシンプルな底抜けのアホだった。それ以上のことは知らなかったし、今までもそんな調子で生きてきたのだろうから、知る必要もないと思っていたのだ。
ナギサやセイアと話すときのような難しいことは話題にならず、外面を繕う必要も無い。適当なことを言われ、それにまた適当に返す。そんな、雑で浅くて、毒にも薬にもならない、それはそれで心地いい関係。
……だからきっと、簡単に言い放つことができてしまったのだろう。
『当然、ゲヘナが嫌いだからだよ?あ、あなたも含めてね!』
その言葉は本来、リタをクーデターに巻き込まないよう突き放すためのものだった。しかし今考えてみると、図らずもリタにクリティカルヒットする言葉になっていた。流石の確定会心である。
トリニティを目指すきっかけになったミカが、かつて彼女を追い詰めたトリニティ生と同じように『ゲヘナ』と一括りにしてリタを嫌う。さらには、『トリニティの生徒になりたい』という彼女の願いを実現し得るエデン条約が真っ向から否定される……今考えてみれば、呂畑リタ曇らせハッピーセットである。
「私……ちゃんと、リタちゃんのこと知ろうとしてればよかった。何も知らないで、あんなこと言って、傷付けて……」
『何よりもまず、執事としてあなたの味方をする』だの、『ゲヘナを更地にする』だのと言った発言は、いつもの突飛な行動の延長線上にあるもので、そこに計画性など無いと思っていた。
しかし、リタは……
同じようにリタは、ミカの味方をすることがどれほど危ういかも正しく認識していたのだろう。その上で彼女は、ミカが悪人ではないと本気で信じていたのだ。
そして、その信頼を、軽率に踏みにじったのは……
「ごめん……ごめんね……いつもリタちゃんのこと、どうしようもないバカだと思ってたけど……バカなの、私のほうだ……」
「お嬢様?!」
半泣きになるミカを見て、リタは慌ててその涙をハンカチで拭う。
「その、全く信じていませんでしたし、その後のEXスキル*1の方がダメージとしてはデカかったと言うか……ええと、とにかくこれはお互い様と言うか……!」
「お互い様って……リタちゃん、私のこと嫌いだったの……?!し、仕方ないよね……それだけのことはしたし、私……」
そして飛び出たのは追撃であった。グダグダである。
「そうだよね、私……私が、あんなこと……」
「いやその、そういうことではありませんよ?!嫌いじゃないです!大好きです!!」
あたふたしつつ、このままでは埒が明かないと判断したリタは強引に話を進めることにした。
「えっと、私はもともと……勇気を出すことが大の苦手なビビリなんですっ!」
「鏡って道具があるんだけど、知ってる?」
「真面目に言っているんです……!確かに、ちょっとアクセルとブレーキを踏み間違えたまま行動することはありますし、変なテンションになっちゃって勢いで突っ走ることもほんの少しありますし、空気も若干読めませんが!」
「『ちょっと』とか『ほんの少し』で形容できる段階は遥かに超えてるからね?!」
やはり何かしらズレてはいる。しかし、リタは至って真面目だった。
「私は色んな人に会って、色んなことを教わりましたが……結局、そう簡単には変われませんでした。トリニティに戻ったときも、それほど前向きなことを考えていたわけではなくて」
「『こんな自分を変えよう』と思う一方で、心のどこかには何一つ変わらないままの自分が居て。あなたに嫌われるのが怖くて、そばに居る時はいつも、すぐにでも逃げ出したかったんです」
リタは、自分が嫌いだった。『変わろうとする』ということは、当時の彼女にとって『今の自分が嫌い』という思考を浮き彫りにすることだった。
自分にとっての自分は、他人に好かれるほど良い人間ではなかった。当然、ミカに自分のことを好いてもらえるとも信じていなかった。
「私はいっそのこと、あなたのことを嫌いになりたかったんです。お嬢様も他の方と同じように、『ゲヘナの生徒』を嫌悪して、悪意を向けてくれればいいとさえ思っていました」
「……うぐ」
ミカは、居心地が悪そうに目をそらした。否定したかったが、一度言ってしまったことは取り消せない。結局のところ、リタが思っていた通りになってしまったのだから。
この学園でリタは、勇気を出せずにいた。
初めて会った時、助けてくれたミカを信じたかった。初めてトリニティに来た時の純粋な憧れは色褪せずに残っていた。色々な人に会って、教えてもらったこともちゃんと覚えていた。
それなのに。
この場所に居ると思い出すのは、呪いの言葉ばかりで。
『ゲヘナ』
『野蛮』
憧れてきた相手に『呂畑リタ』として嫌われるより、ただ『ゲヘナの生徒』として嫌われる方がずっとマシだった。
結局彼女は、予防線を張り続け、本当の自分を見せられずにいた。一般的なゲヘナの生徒のように行動しようとして、おかしなことになったりもした。
お嬢様言葉と関西弁を取り違えてみたり、港に紅茶箱を投棄したり、甲冑を着てティーパーティーに侵入したりと……彼女の考える『一般的なゲヘナの生徒』とは一体何を指した言葉なのかはともかく。
「自分という人間を嫌われたくなかったから、私のことなんて何一つ知って欲しくありませんでした。執事として雇われたのだって、メイド服みたいな可愛い服を、『似合わない』と言われたくなかったからで。そうやって誤魔化していたから、お嬢様が知らなかったことも、悪いのは私なんです」
「メイド服着ないの、そんな理由だったんだ……勝手に『C&Cと被る』とか、そういう理由だと思ってて……ごめん」
「それを変えてくれたのは、お嬢様でした」
それが変わったのは、ミカとショッピングに行った日のことだった。その日彼女は、一時間悩んだ私服は結局クローゼットの肥やしにして、目を閉じて選んだ服を着ていった。
リタの私服のセンスは終わっていると感じたミカは、代わりに彼女の私服を選ぶことにした。
「あの時お嬢様は買い物の後半から、私には似合わないと思っていた服ばかり選んで……」
「えー、似合ってたじゃん」
「ええ、そう言ってくださいましたね」
ふわふわのフリル、綺麗な髪飾り、少しだけ大胆なスカート……『似合わない』と思って、見ないようにしていたものばかりだった。ミカのちょっとしたお節介は、リタが張っていた予防線を、一足飛びに越えていった。
「帽子付きのコーデにこだわってた理由も、今なら分かるよ」
「剝ぎ取られましたけどね」
その頃から伸ばし始めた角に、リタは愛おしそうに触れた。
『ほら、チャームポイントは活かさなきゃ損だよ!』
『あの、これは……?』
『ゲヘナの方だと、角をデコるアクセサリーがトレンドなんだって!この店舗には専用のやつは無いけど、ほら……』
「あの言葉が、どれほど嬉しかったことか」
あの時のリボンを、彼女は今でも大事に持っている。
「その日はずっと、心臓がうるさくて。いつもよりずっと遅く、午前0時まで起きていました」
「自分の身の程は、弁えていたつもりでした。でも、あの時だけは……絵本の中の、ガラスの靴のお姫様になったような気がして。まるで、魔法にかかったみたいに」
「……そんな風に、思ってたんだ」
「あなたがああ言ってくれたから、私は……自分の角のことを、初めて好きになれたんです」
「そのくらいで魔法になるならさ。別に、リボンくらいまた巻いてあげるよ」
「……ふふ、ありがとうございます」
あの時のミカの言葉は、リタの中の『トリニティ総合学園』という概念を容易く塗り替えると同時に、一つの確信をもたらした。
ミカは、ゲヘナを嫌っている。それは、本人も公言する所であり疑いようのない事実である。しかし、その嫌悪は……何と言うか、あまりにも雑なのだ。ファッションの優先度が勝ち、嫌悪の対象としての角のことさえ忘れてしまう程度には。
変な所が、人を憎むにはあまりに純粋で。きっとミカは、自分のことを本当の意味で嫌うこともないのだろう、と。
ありふれた日常の中で、特別な意図も何もなく、感じたままに飛び出た言葉。それは、ほんの小さな……そして、彼女にとって最高の奇跡になった。
「『成長する』ということは、以前までの自分を否定して、全く違う人になることだと思っていました。必死で、焦って、失敗して、変われない自分をまた嫌いになって。でも、全く別の人間になれる人なんて居ないのでしょうね」
「今見たら恥ずかしくなるほど未熟な過去の自分も、理想から程遠い今の自分も。ここまでずっと続いている、同じ人間で……それを嫌ったり認めたり、中途半端に折り合いを付けながら、不完全なまま変化していく。あとから振り返って、好きな部分だけを抜き出して、それを後出しで勝手に『成長』と呼ぶんだと思います」
その時からずっと、リタは自分を偽らずに生きている。ミカと一緒にゲヘナを駆け巡ったり、つまらなさそうにしていたハナコに声をかけたり、謎の原始文明を構築したり、ピュアなアリウス生に後先考えず偏った趣味を持つ知り合い達を送り込んでカオスな政況を作り出したり……
この辺が素の行動である。『普通のゲヘナ生』っぽく行動していた時とどう違うのかは本人の基準でしか分からないが、根底にある考え方は全く違う。本当に。マジで。
「今私がここに居るのは、あなたが居たから。あなたはずっと変わらず、キラキラ輝いていて、フワフワで可愛くて、強くて、優しくて……私の憧れで、道標でした」
「可愛い服を避けずに着られるようになったことにも、トリニティで友人ができたことにも、鼻からカニが食えたことにも……これまでの私の
「三つ目は断固として関与を否定するよ?なんでそんなことしたの……?」
「だからあなたは私にとって、私の世界の半分をくれた人なのです」
「待って、雰囲気で流さないで」
ゲーム好きのリタの友人曰く、『世界の命運を背負って戦う勇者ですら、世界の半分で買収されることがある』らしい。
勇者ではなく、ただの執事ならなおさらだろう。
「ですから、私は……いつか本当に、あなたの執事になりたいと思っております」
「……本気で言ってる?」
「うぐ……まぁ、現状私が執事として愚にもつかないクソであることは理解しておりますが……」
「いや、そうじゃなくて。そうまでして仕えるのが、私なんかでいいのかな……って」
「逆に、お嬢様以外に頭下げるくらいなら下剋上致します」
シツジモドキやエセ執事ではなく、いつかは本物の執事に。どれほどしっちゃかめっちゃかでも、少しでも、憧れへ進みたいと彼女は願った。
興味を持ったなら、後先考えずすぐさま行動に移す。明日の予定など存在せず、全て今日中にやってから明日に期待する。反省はしても、絶対に後悔はしない。
そんな阿呆な行動……一般的には黒歴史と呼ばれるようなその全てを、今は肯定できる。
「今も私は、たまに臆病になります。突っ走って失敗もします。上手くやれないこともまだまだある、執事未満のエセ執事です」
「ですが……今回の事件では十分にお嬢様のお力になれないまま、対処しようがないほどに事態が大きくなっていって。当たり前のことはきっと、永遠に続くわけでは無いだろうと思ったのです。たとえこの件が丸く収まったとしても、一年も経てばお嬢様は卒業してしまうでしょう……その時に、私は後悔したくありません」
「ですから私は、あなたとの関係を変えたい。これから先、私のことをちゃんと知って頂きたいですし、あなたのことをもっと知りたいのです」
思ったことをそっくりそのまま伝えることは、難しいことだ。
心臓の音は、ミュートし忘れた『ブルーアーカイブ!』のタイトルコールと同等の大音量で鳴り響いている。言葉にしようとした声が幾度か、ただの息として抜けていく。
それでもリタは今回、勇気を出すことができた。その源が目の前に居るのだから、当然のことだ。
「お嬢様。初めて会った時からずっと、あなたにお伝えしたかったことがあるのです……聞いて、くださいますか」
「……うん」
軽く息を吐き、ミカの目を真っ直ぐに見据え、両手で手を握る。
リタは挙動不審に、そしてしどろもどろに言葉を紡ぐ。涼しい顔で給仕から焼き討ちまでこなす普段の彼女は、今や見る影もない。
「お嬢様……いえ、聖園ミカさん。私と、その……!」
「は、はい」
戸惑いつつも、ミカはそれに応える。
「お友達に、なってくださいませんか……!」
「……」
「……ふっ……あははっ!」
その言葉を聞いたミカは、しばらくの間ぱちくりと目を瞬かせた後、堰を切ったように笑いだした。
「お、お嬢様……?」
「あ、ごめんごめん!なんだか、おかしくって。色んなことがあって、前置きはすっごく仰々しかったのに……最後がシンプルすぎるっていうか」
ミカはリタの手を握り返し、すぐ近くに寄って、しっかりと見つめた。リタは面白いほどに縮こまった。
「とにかく、これからよろしくね。『大切なお友達』のリタちゃん!」
「……!!」
目を輝かせつつも、さらに挙動不審になっていくリタを眺めつつ、ミカは呟いた。
「あーあ、なんでこんなに難しくなっちゃうのかな。言葉だけは、すっごく簡単なのに」
こうして、トリニティ総合学園のあちこちを巻き込んだ大事件は、ひとまず『ミカに新しい友達ができた』という結果に終わったのだった。
リタ……ヘイローのモチーフはアポロ計画のロゴ。挿絵の作業中に胸囲を三回ナーフされた。
ミカ……新しくゲヘナ生の友達ができた。挿絵の作業中に作者が解釈違いを起こした。
ナギサ……二人が呑気に過去回想している間、アリウスの現状を確認していた。そのせいで胃が破壊され続けている。次回から平常運転に戻るので今後さらにダメージを受ける。
挿絵……ブルアカ塗りを諦めた。初心者には荷が重かった。
魔女……超自然的な力や妖術を行使する者を指す。とあるおとぎ話では、ガラスの靴をくれる存在。カボチャの馬車がギアをトップに入れて峠を攻めるオープンカーであっても、おそらく大した問題は無い。