トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
美食研究会一行と共に食事を楽しんだ後、本格的にバッグの捜索を始めようとした二人。しかし、既に便利屋68は営業を終了していた。
「やっちゃったぁ……」
「まぁ、バッグは数日で壊されたりするようなものでもありませんからね。明日から探すことにして、今日はもう遅いので泊まっていきましょうか」
「泊まるって言っても、どこに?」
「あちらにちょうど、温泉旅館がございます。おそらく温泉開発部でしょう」
そう言ってリタが指をさしたのは、道路とオフィスビルだったものの間に斜め15°くらいで跨って立っている旅館だった。
「位置おかしいんだけど、狐か何かに化かされてない?赤土と藁食べて路上で寝るのは嫌だよ?」
「ご安心くださいお嬢様、ゲヘナでは誰一人として道路交通法や建築基準法や防火法を守らないので、こういった建物の方がキツネとタヌキの生息数より圧倒的に多いです」
「安心できる要素あんまり無いね」
「ごめんくださーい、予約していないのですが空き部屋ありますかね」
二人が旅館に入ると同時に、クラッカーが鳴り響いた。
「おめでとうございます!あなた達はこの温泉旅館初のお客様です!」
「ハッハッハ!まだオープン前だが、細かいことは気にしないでおこう!私は温泉開発部部長の鬼怒川カスミだ!『げへなの湯第三中央支店(仮名)』へようこそ、お嬢ちゃん方……おっと、久しぶりだね、リタちゃん?」
「……おや、お久しぶりです。カスミさんが部長、ですか?クーデターとかやるタイプだったんですね」
「ちょっと人聞きが悪いな?私は普通に部長になっただけで、メグはいつも通りだぞ」
「いきなり失礼だよリタちゃん」
「大丈夫ですよ、お嬢様。この方と部活はゲヘナでも結構有名なテロリストですので」
「他の部分が大丈夫じゃなくなったんだけど?」
「大丈夫大丈夫!過程はどうあれ温泉は一級品さ!源泉かけ流しだぞ!」
深刻な常識人不足である。美食研究会の時はフウカや一応落ち着いた状態のハルナが居たものの、今ミカの前に居るのは爆弾魔温泉愉快犯と阿呆のみだった。
「ほら、見たまえよリタちゃん。この温泉旅館は橋頭堡のようなものでね、この近くのこことここにも温泉と思われる水脈があるんだ。ゆくゆくはこちら側の温泉前線と合流するまで爆破を進める予定で……」
「おお。では、この合成精製所を巻き込んではいかがでしょう?低いコストで一気に二箇所の岩盤を破壊できる上、爆発もより大きなものになります。楽しいでしょうね」
「確かにその方が芸術的だが、泉質が混ざってしまうのはいただけないな!事前に色々と細工をする必要が……」
「でしたらまず、第三区画を停止して……」
「そのために……」
「何自然にテロの話してるの?!風紀委員会に通報しないと……!」
「まぁ落ち着きたまえお嬢ちゃん。君はゲヘナ嫌いで有名な派閥の所属だろう?多少の被害は、君にとっても悪いことじゃないはずさ」
「いや、でも私はゲヘナのそういう所が嫌いで……」
「考えてもみたまえ。国というほど大きくない、そして軍と生徒の分離が進んでいない『学園』という単位の戦いでは、第二次世界大戦の頃のようなドクトリンが未だに運用されているだろう?故に燃料や砲弾という物の量は、キヴォトスにおける戦火の量にほぼ等しくなる。燃料精製施設の代わりに温泉が建てば、その分ゲヘナは平和になり、さらにはトリニティに牙を剥く能力も低くなり安心、そして我々は温泉が掘れる……つまりは三方よし、というわけさ」
「……もう私、先にお風呂入るね」
「それでは私も」
えげつない爆破談義を始めた二人にミカはツッコミを諦め、さっさと温泉に入ることにした。それを見たリタも、少し遅れてついて行く。
「……?」
「まぁいいか。メグ!せっかくだから私達も温泉に浸かろうじゃないか!」
その後ろ姿を見るカスミは軽く首をかしげていたが、それほど重要なことでもないため、すぐに温泉のことに切り替えた。
「おー!すごーい!」
「お嬢様、温泉の成分で足元が滑りやすくなっております。お気をつけへぶっ」
「大丈夫?」
「ほら言わんこっちゃない」
「それ転んだ本人が言う?」
初っ端からすっ転んだリタを尻目に、ミカは入念な髪の手入れを始めた。キヴォトスの生徒は何故か毛量が非常に多いため、シャンプーするだけでも一苦労である。
全身牛乳石鹸で洗っていたのに、シャンプーの使用と追加でブラッシングやらトリートメントやらをしなければならなくなったリタはだいぶ嘆いていた。
「それにしても、意外に広いねここ。建物はそんなに大きくなかったのに」
「そう思ってもらえて何よりだ!この辺りのレイアウトは特に力を入れたからな!」
少し遅れて、カスミとメグが入って来た。
「鏡や絵の配置だけでも、空間が与える印象は大きく変わるんだ。それに今回はミレニアムの実験的な新工法を試して階層を増やしたことで、二階の全てを温泉に使えているのだよ!」
「部長はすごいんだよー!地質にも工学にも詳しくて、風紀委員相手でも部長が居れば上手くいくんだ!風紀委員長が来た場合は別だけど!」
「爆破して温泉掘ったら終わりじゃないんだね……掘り出したらあとは突貫工事で次の爆破!って感じかと思ってた」
「爆破・掘削・建設までのどれもが温泉開発だからな!全て楽しんでこそさ!」
「私は掘削が一番好きだけどね!」
「そんなもんなのかなぁ……熱っ?!」
体を洗い終えたミカは湯船に浸かろうとして、即座に飛び出した。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「温度調節機能してないよ?!やっぱり欠陥じゃん!」
「なんだって?そういったものは一通り事前に確認したはずだがな……おや、普通だぞ?」
「え、これが?!」
「お嬢様、ゲヘナの生徒は角の頑固な老廃物を落とすために高い温度の風呂を好むのです。こういった90℃程度の浴槽は、一つの銭湯に少なくとも一つはあります」
「流石に熱すぎない?!温泉卵が固茹でになる温度じゃん……あ、でも慣れれば意外といい感じかも」
「そうでしょ!熱い温泉に入れば、疲れが一気に吹っ飛ぶんだよ!」
「それでは、私も失礼しまして……と」
「さて、ミカちゃん、だったかな?隣いいかい?」
「私も私もー!」
「ひ、広いのに狭い……」
浴槽は広々としているものの、どういうわけか全員端の方に集まったせいでミカは窮屈な思いをする羽目になった。
「ほら、こういった湯の花が自然に採れる温泉は貴重でね!泉質の良さを表すとともに、化粧品としても……」
「ここの絵はキヴォトスの外の景色を模したものだそうで、ゲヘナのヒノム火山と違って青と白で描かれることが多く……」
「元来温泉というものは紀元前から人々の生活に取り入れられ、古代ローマにおいては……」
その上カスミが大げさな身振り手振りと共に温泉談義を始めるものだから、このままでは熱中症まっしぐらである。さっさと上がってしまうことにした。
「そろそろ私上がるね、のぼせそうだし」
「お嬢様、ではフルーツ牛乳をどうぞ」
「なんで手に持ってたの?アツアツじゃん」
「温泉に飲食物を持ち込むんじゃない」
風呂を済ませ、浴衣に着替え、寝るまで特にやることもない時間。リタとミカは、客室の窓際にある旅館特有の良い感じのスペースこと広縁で茶をシバいていた。
「お嬢様、お茶とお菓子の用意ができました」
「こんな時間に飲んだら寝れなくなりそうだけど……」
「ご安心ください、ドーナツは丸いのでカフェインゼロでございます」
「もともとゼロだね。問題は紅茶の方」
「大丈夫ですよ、先日の事件でティーパーティーに紅茶の給茶を禁止されておりまして。エア茶でございます」
「そういえばそうだったね……でもせめて何かしらの液体は用意して欲しかったな」
ティーポットにペットボトルのハーブティーを注ぎ、そこからさらにティーカップに注ぐという二度手間の後、どうにかティータイムは成立した。
「そういえばさぁ、いつの間にかバッグのこと忘れて普通に観光しちゃってない?」
「バッグ……?」
「せめて存在くらいは覚えとこうね?ほら、今日駅に置き忘れてそのまま不良に持ってかれたやつ」
「ああ、そっちのバッグでしたか。てっきり人型機動兵器の方かと」
「ごまかし方雑だなぁ……まぁ、今日はもう考えても仕方ないか。よし、それじゃリタちゃん……せっかく旅館に居るんだし、枕投げしよう!」
ティータイムを終え、そう言って枕を掴んだミカに対し、リタはファイティングポーズを取った。
「ええ、喜んで。ちなみに私はこれまで16回の枕投げを経験しましたが、その全てにおいて『無敗』。それ即ち……」
「じゃあいくよー、えいっ☆」
リタの口上が終わるより先に、ミカは枕を投げた。
破裂音が響く。
当たった枕、もしくはリタが弾け飛ぶ音?
否。枕はまだ、ミカの手を離れるどころか、ミカの頭すら越えていなかった。物体が音速を超える際発生する衝撃波、即ちソニックブームである。
しかし、これはまだ『遅い』。ライフル弾の初速は約600〜1000m/s。これはマッハ2〜3にあたり、生徒たちの謎パワーによって弾丸はさらに加速する。音速で物を投げる程度、キヴォトスでは児戯に等しい。
物を投げることに優れた人の身体、そしてゴリラ以上のパワーを併せ持つミカが投げる枕は、音速など序の口である。
最終的にミカの手を離れる際、枕はおよそ7km/sにまで加速していた。投げる物が大型の岩石や瓦礫であったなら上方に投げ上げられ、大気圏への再突入によってさらなる高温へと達し対象へ衝突する……つまりはノーマルスキル『星の呼び声』となるのだが、今回は枕投げ。枕は一直線にリタへと突き進んでいった。
(強……!速…避……無理!!)
(受け止める?無事で?!出来る?!)
否
――次に目が覚めた時、リタは川辺に立っていた。川の向こうでは、羽の生えた少女がこちらに手を振っていた。
(お迎え、来ちゃってますねぇ……)
少女はリタに近づき、微笑を浮かべながら手を伸ばしてきた。当然のように、その手を取ろうという思考が浮かぶ。
リタが少女に触れようとした次の瞬間、景色は見覚えのある教室に変わった。目の前には、少し大きくなった先程の少女が居た。
先程とは違い、その顔に笑みはない。手を伸ばしても、届く距離には来なかった。
少女はリタに指を差し、叫んだ。
「トリニティから出ていきなさい、ゲヘナの魔女!!」
「うわコレお迎えじゃなくて走馬灯じゃないですか危っっっぶねえぇぇ!」
そう叫んで必死に頭を逸らしたリタの横を、枕が通り過ぎる。
本来避けられるようなものではなかったのだが、二つの幸運な要素が彼女には味方していた。
まず、投げられたのが枕であったこと。大気中を高速で物体が動く際、空気抵抗の大きい物体は空気を圧縮し、圧縮された空気は超高温となる。高温で発火した枕にはラム圧によって大量の酸素が不規則に流れ込み、それによって枕が爆発的に燃焼したことで軌道が逸れ、着弾面積も大幅に狭くなっていた。
そして、戦闘と枕投げの経験だけはリタが上だったこと。彼女には反射的にヘッドショットを避ける癖が身についており、着弾までに少しは動くことができていたのだ。
枕を避けきったリタは、即座に自分の枕を回収した。ミカの枕は焼失したので、リタが枕を投げなければこの危機を終わらせることができる……はずだった。
「……次は、私の番ですね」
しかし、枕投げ無敗の矜持はそれを許さない。彼女はこれまでの枕投げで、イレギュラーじみた強敵と戦ったことも当然ある。その全てに枕を投げつけ、勝利を重ねてきたのだ。
リタは枕を振りかぶり、投げ……その枕は、空中で破れ、羽毛をまき散らした。
「わぷっ?!」
残った部分による打撃と目眩ましを兼ねた牽制技、『毛舞撃』である。枕投げに技名を付けるな痛々しい。
枕は残骸となるため、もう一度投げるには羽毛を集め直さなければならないのでミカの行動も遅れ、防御に十分な時間を使える……というのはブラフ。本命は『もう枕がない』と油断させてからの、隠し持っていた予備の枕によるもう一撃であった。
しかし、投げた二つ目の枕が羽毛を晴らすと、そこにあったのは衝撃的な光景だった。
「へくしっ……ああもう、羽根まみれじゃんね?!」
圧倒的なパワーによって圧縮された、枕サイズの掛け布団と敷き布団。それを枕として、ミカが振りかぶって投げようとする姿だった。
強度が足りないのなら、物量を増やすことで補える。ギチギチに圧縮すれば空気は遮断され、表面しか燃焼しない。先の失敗から学習したミカのそれには、もはや避けられる要素は無かった。
「えいっ……あれ?」
しかし、その一撃は放たれる寸前で止まることとなった。振り回されただけの布団は、そのまま炭化した。
リタが放った、起死回生の一手。それは……
「立ったまま、寝てる……」
入眠。幸いにも、リタは傭兵時代の経験から、立って銃を構えたまま眠ることができるようになっていたのだ。投げられるよりも早く眠りにつき、避けようの無い一撃を止めてみせた。それはまさに……『武』の勝利であった。
客観的には完全に負けなのだが、まぁ言い訳ができる余地があることは大事なのだ。枕投げ連勝、継続である。
「あ、そういやこれで布団一枚になっちゃったけど……まぁリタちゃんを立てたままにしとけばいいか」
布団が一枚だからといって、必ずしも床に寝るだの何だのとラブコメみたいに揉めるわけではない。ミカはリタの布団を敷き、そのまま眠りに就いた。
それからしばらくして。嫌な汗を大量にかくことになったリタは、風呂に入り直していた。
「……ふぅ。只者じゃないとは思っていましたが、あれは流石に無法が過ぎるでしょう……ジェネリック風紀委員長じゃないですか」
「まったくもってその通りだな。吹き飛んだ窓の修理費はどっちに請求したらいい?それともティーパーティーかい?」
「私はアルバイトですのでお嬢様かティーパーティーになりますが、どちらも指名手配犯の請求は無視するでしょうね」
「ふむ、どうやって取り立てたものか……」
「まぁ、過ぎたことはいいですよ」
「何も終わっちゃいないんだよ」
まだ風呂に入っていたのか、それともリタと同様に入り直したのかは分からないが、既に浸かっていたカスミがリタに近付いてきた。
「それにしても、どういう心境の変化だい?執事なんてものは、特に君に向いてない仕事の一つだと思っていたんだが」
「普通にバイトです。あと、あなたはあなたでどうしたんですか?以前まで温泉とは大した関わりも無かったはずですが、変なものでも拾って食べましたか?」
「いや、こっちも色々とあったのさ。あと私は拾い食いはしないぞ。革靴とか煮て食べてた君と一緒にしないでくれ」
「まぁ、トリニティは金持ちらしいからな。それだけなら納得できるんだが……聞いたところによれば、万魔殿からのスカウトをかなりツッケンドンに断ったそうじゃないか。副議長のことだ、アルバイトとは比にならない程の好条件を提示してきただろう?」
「ちょっと欲をかきすぎまして。足元を見誤りました」
「ハハハッ!面白い冗談だな?君が?」
「使いもしないのに金が第一で、他のことに大した関心を持たない。依頼もその手段も選ばない、今日味方でも明日は敵。貸した金は帰ってこない、割り勘の時に忽然と消える、拠点の前に自分用の募金箱が置かれてる……そうやって、付いたあだ名が『黄金狂』!そんな君が?相手の足元を見誤る、だって?」
「そんな時代もありましたね」
「随分と君らしくない行動じゃないか。あのお嬢様に弱みでも握られているのか?それとも、前に所属していた会社は激務な上常にドローンで監視されていたそうだが、それで更に輪をかけて頭がおかしくなったのか?私にもちゃんと情はあるからな、かつてのビジネスパートナーを心配しているのさ」
「……あなたが思うようなことは、多分ありませんでしたよ」
そう言うと、リタは手で水鉄砲を作り、カスミの顔に向けて発射した。
「わぷっ!」
「ただ、こういうこともいいな、と思いまして。多分、前よりも私は私らしくやっていますよ」
「そうか。こちらでもスカウトは無理そうだな……とうっ!」
「ヴエェッ?!ちょ……やりましたね?!」
「ハハハ!お返しだよ!」
カスミの水鉄砲がリタの顔面に当たり、変な所に入り込んだらしい。咳き込みながら、リタがバシャバシャとやたらめったらに湯をまき散らし、カスミが煽りながら正確に湯をかける。そんな騒ぎがもうしばらく続いた。
カスミ……一話でミカを風紀委員長の次に恐れていると書かれていたが、それは設定がちゃんと固まっていなかった頃の話だからね。清渓川送りということで忘れてくれたまえ!ハーッハッハッハ!あと作者はカスミを持ってなかった上にどこぞの超光速粒子をよく育てていたせいで、カスミは人にくん付けするタイプだと思っていたんだが、ストーリー見返してみたら普通にちゃん付けだったよ!
アル……いつの間にか隣に温泉旅館ができていた。商売の邪魔になるのか、人が集まる分依頼も増えるのか判断に困っているが、カスミの口車でだいぶ後者寄りになっている。