リッシュ伯爵の屋敷は厳重な警備だった。
ルノーFT17型戦車3両が警備に駆り出され、シャール2C型重戦車1両も加わることになった。
美しい庭は物々しい雰囲気を感じる。
アランは屋敷の2階からその様子を眺めながら、デスカと無線連絡を取り合っていた。
「軍は強硬路線を貫くつもりか?」
「だろうね、でなければ偽情報を流出させ、重戦車まで引っ張り出すなんて暴挙は考えないだろうけど」
「リッシュ伯爵がここに来るのも偽情報なのか?」
アランもデスカの采配に驚く。
「ああ、敢えて油断させて、分断してみようと思ってね。まあ、結果としてはうまくいった方だけどね」
「そうか、連中は辺境基地や特定の地域を叩いてからパリを侵攻しようというつもりか」
「その通りだよ、アラン君。ラムジンとかいう怪人は『ナチュレ』のリーダーとして威力偵察を敢行し、やがて戦略兵器を持ってして、パリを焼け野原にしようというのが目論見と予想するよ」
デスカの予想はおおよそ事実だろう。
ラムジンやキャル、アルスバッハも『ナチュレ』の中では恐らく前座のような存在なのかもしれない。
つまり裏にはまだラムジン以上の地位を占める怪人がいるに違いない。
「それにしても軍も機械人形の研究なんかどうして目論んだのか」
アランが話題を変えるとデスカは苦そうに「戦争のためさ」と返答した。
「軍は機械人形を研究して、戦車や歩兵以上の兵器の研究を進めていたようだ。そんな時に、いくつかの鉱山で機械人形の部品や設計図が見つかり、軍は技術の限りを持って組み立てた。しかし『ナチュレ』は自力で奪還しようと試みた。それが結果的に成功したんだけどね」
「それがソンムの事件か」
「ああ、あれらの兵器は『ナチュレ』が地上侵攻用に試験開発した機体でね。それを僕らの国が色々触ってくれて彼らはお怒りのようだがね。それもあって各地で報復攻撃に踏み入っているってのもあるね」
アランは許せなかった。
たとえ彼ら彼女らに大義があったとしても、隊長や仲間たちを殺された恨みは、一生消えることはないだろう。
せめて『ナチュレ』に一矢報いてやる。
そう思った矢先、デスカから「アラン君!やつが来たぞ!」と緊迫感のある緊急連絡が届く。
「数は?」
「今のところ、クモ型機械人形の『クレシェンド』タイプ・・・・・・」
無線が途切れてしまった。
妨害電波でも発しているのだろうか。アランはライフルを手に、ベランダへと出た。
アランの眼前にルノーFT17戦車が蒸発する様子が確認できた。
蒸発したルノー戦車を踏み潰すように、黄色に塗られた8本脚の機械人形が姿を現す。
クモ型機械人形『クレシェンド』だ。
クモの尾にあたる機体底部にはアンカーが射出可能で、このアンカーを使って、上空を跳躍することができる。
武装は対車両用機関砲『ファイヤーフライ』を装備しており、中距離支援機としての性質が強い機体に仕上がっている。
ルノー戦車2両とシャール戦車1両が必死に『クレシェンド』を食い止めようと砲撃を浴びせようとする。
『クレシェンド』のワイヤーアンカーが屋敷に向けて射出された。
アンカーは屋敷の屋根に撃ち込まれた。
宙に向かって跳躍する『クレシェンド』、飛翔しながら背部の『ファイヤーフライ』から涙雨のような連射を戦車に浴びせた。
強力な弾丸の雨は頑丈な戦車の装甲を貫き、穴あきチーズのようにボロボロにした。
ルノー戦車とシャール戦車は数秒も立たずに蒸発する。
『クレシェンド』の機動力は抜群だった。
3両の戦車を撃破すると、リッシュ伯爵の屋敷へと飛びついた。
屋根の上に取りついた『クレシェンド』の重量に耐えられなかったか、屋敷の屋根が一部崩れてしまう。
「はははははは!最高だわ!もっと人間をなぶり殺しにしたいわ!」
パイロットのクモの怪人、ルビーのテンションは上がっていた。
しかし、『クレシェンド』の胴体に弾丸が襲う。
「対戦車ライフル?」
ルビーの『クレシェンド』は対戦車ライフルを構えるフランス軍兵士を捉えていた。
その人物はアランだった。
「金髪の軽装歩兵さん!生きていたのね!私がアルスバッハの分も殺してあげるわ・・・・・・」
『クレシェンド』から黄色い霧が吹き出た。
ベランダにいたアランは、その霧を知っていた。
「毒ガスか!」
『クレシェンド』から吹き出た霧、それは第一次大戦で使用されたマスタードガスであった。
第一次大戦、敵軍に大打撃を与える兵器として、神経ガスなどを用いて歩兵たちを多く苦しめた大量殺りく兵器の代表とも言える兵器で、そのガスを吸ってしまえば、人体への被害は想像以上の地獄になることは想定できる。
アランはそんな極悪兵器を知っていた。
すぐさまライフルを捨て、持っていたハンカチで口をふさぎ、目をつぶった。
「さあて、どこまで持ちこたえられるかな・・・・・・」
『クレシェンド』の無線越しでルビーは楽しんでいる。
アランは息を止めた。
地獄の時間が続く。
「うん?」
ルビーは異変に気づいた。
風向きが変わったからか、毒ガスの霧は風に流されてしまう。
アランはどうにか難局から脱出できたのだ。
「キーッ!幸運だったようだけど、今度はそうはいかなくてよ!」
ルビーは怒りに燃えていた。
『クレシェンド』は背部の『ファイヤーフライ』の発射体制を取りはじめる。
「金髪の軽装歩兵さん!今度こそあなたのお終いよ!」
アランは咄嗟に館の中へと逃げた。
その瞬間、ルビーはアランが落とした円盤のような物に気が付いた。
「まずい!地雷!」
しかし、ルビーの判断は遅かった。
『クレシェンド』のファイヤーフライから放たれた弾丸は、対戦車用地雷を貫通していた。
地雷の爆発による威力はすさまじく、屋敷を大きく崩した。
「きしゃああああああ!」
ルビーの乗る『クレシェンド』は屋根の崩落に巻き込まれ、そのまま1階へと落下する。
瓦礫に呑まれた『クレシェンド』は、身動きが取れないようになっていた。
立ち込める土煙、瓦礫の数々を抜けて人影が近づく。
「まさか!」
ルビーの全身に戦慄が走る。
その人影は、アランだった。
ガトリングガン『ジョワユーズ』を手にし、砲身を『クレシェンド』に向けていた。
「『ジョワユーズ』は使えるか!うおおおおおおおおおおおっ!」
アランの叫びとともに無数の弾丸が『クレシェンド』をハチの巣にする。
「いやあああああああああああっ!」
ルビーの甲高い悲鳴が無線越しから響く。
『ジョワユーズ』から発射される弾丸の数々に、『クレシェンド』は鞭打った。
やがて砲撃が止んだ。
『クレシェンド』からは火花が迸り、ハチの巣にされた全身から赤い液体が流れていた。
それはオイルではなく、ルビーの鮮血かもしれない。
「ジャン隊長とミシェルたちの敵は討ったぞ・・・・・・。次はラムジン・・・・・・」
アランが『クレシェンド』に背を向けると、冷たい涙雨が曇天の空から降り注いだ。
その日の雨はどこか冷たく、寂しさと虚しさを感じた。
ジャン隊長もミシェルたちや友人たちがこの世にいないという真実から逃げられないことを知っているからだろうか。
アランの気持ちは空と同じように曇っていた。
涙雨の降り注ぐ中、オートモービルがアランに近づく。
そのオートモービルにはデスカが乗っていた。
「アラン君!」
デスカはレインコートを着て、心配そうにオートモービルから降り、駆けつける。
「隊長の無念を一つ晴らした」
「そうか、軍より緊急連絡だ。空軍基地にネコ型機械人形『ダカーポ』が入り込んだ。『ナチュレ』の暴走族も襲ってきているようだ」
「なんだって!」
「それなんだが、空軍基地の一件は特務部隊に任せてほしいと軍から連絡があってね。僕もどうなっているのかさっぱり・・・・・・」
デスカですら事情を知らないというのは奇妙だ。
空軍基地襲撃の件はアランも気にしていたが、考えるのをやめたアランはデスカに連れられ、飛行船でパリ郊外まで移動することになった。