【WR】ハイキュー!! 『烏の三冠』獲得RTA 烏野(二年目)チャート   作:いる科

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裏4-2:もう一本

 孤爪によるサーブを起点としたブレイクで、多少の点差は縮まった。

 稲荷崎を思わせる、強力な応用力を見せる烏野に──音駒はなんとか食らいついていく。

 

「レフトォ!!」

 

 主砲である山本のスパイクは、強烈な衝撃音を伴って襲いかかる。

 

「俺が取る!!」

 

 ブロックの形と山本のフォームからコースを読み切った西谷が、反射的に身を投げ出す。

 ──ギリギリの位置で、完璧なディグ。ボールはAパスとしてセッターに繋がった。

 

 そこから氷見のスパイクへ。

 警戒しなければならないのは、ブロックアウト。

 スパイクそのものの威力はたいしたことがない。

 ──意識配分を適切に。

 

「音駒に”もう一回”は、ないんだ……ッ!!」

 

 孤爪の指示であらかじめ下がっていた芝山が、跳ね返った難しいボールを正確に拾った。

 

「んなっ!? それ拾うの!?」

 

 氷見が驚く間もなく、リエーフが跳ぶ。

 鞭のようなしなりを持った腕が鋭く振り抜かれ、速攻が烏野コートに突き刺さる。

 

(驚いてるね──リエーフの高さに一歩でも出遅れたら届かないよ。……特に、その身長じゃね)

 

「相変わらず対応はえーな、音駒は……もう少し、氷見びっくりタイムが続いて絶望してもおかしくねーんだが」

 

 模範解答のような切り返しに、烏野コーチ──烏養 繋心は思わずぼやく。

 まして、猫又監督がほとんど口を出していないというのだから、なおさらだ。

 

 音駒は、理不尽を一手ずつ理詰めで“対処可能”に変えてみせる──そんなチームだ。

 かつての三年生たちが離脱しても、その対応力には翳りがない。

 

「っしゃあ!! 負けねーぞ、日向!!」

 

「うおーー!! おれも負けねえー!!」

 

「熱くなりすぎないでね。翔陽一人と戦ってるわけじゃないんだから」

 

「分かってます研磨さん!!」

 

「それ絶対分かってないやつ……まあいいや」

 

 孤爪 研磨による局所的かつ的確な戦術への対処、そして音駒全体のハイレベルな守備。

 音駒がまさに看板として掲げるチームスタイルが、危ういながらにこの均衡を作り出していた。

 

(冷が前衛のとき、得点能力は今までの烏野の比じゃない……でも、ブロックの高さは下がる。こっちがブレイク狙うなら、そのときを狙うしかないかな……)

 

 ただし均衡といっても、四点差。

 駆け引きとしての試合が成立する、ギリギリの点差だ。

 

 そこに──追い討ちをかけるように、ついに巡ってきた氷見のサーブ。

 

(冷のサーブの番……最悪……。冷が後衛に下がって防御力も上がるし、相手にとってはブレイクチャンスだよね……。サービスエースは絶対阻止。ここまでにかけたプレッシャーで、アウトしてくれると一番ありがたい、けど──)

 

 音駒は、烏野を削ってきた。

 選手の体力を。精神力を。

 得意とする長期戦に持ち込み、奪われたリードを取り返す。

 そうして、決まるはずだった烏野の一点を、二点を、三点を奪う算段。

 

 苦しい戦略だが、氷見はアレで一年生だ。

 自身の得意とする攻撃を何度も拾われれば、焦って普段通りの動きが出来なくなったとして不思議ではない。

 

 しかし。

 それでも。

 

「……すげえなあ……」

 

 ブロックアウトを防がれても、自身の参加するシンクロ攻撃を何度拾われても、氷見が焦ることはなかった。

 

 むしろ、ヒリつく状況を楽しんでいた。

 

 氷見の思考にあったのは。

 惜しみなき相手への賞賛と──ゲームへの没頭。

 

(凄いよなあ、音駒。絶対決まるって思ったスパイク、綺麗に取っちゃうんだもんな……!! ブロックアウトにも速攻で対応してきたし。オレって力ないし、そのせいもあると思うけど──いやぁ、どうしよっかなあ!? 打つ場所ないもんな、フツーに!!)

 

 氷見は頭の中で、状況を整理する。

 勝つために、今を楽しむために。

 思考を回す。

 

(ああ、オレ──生きてる……!!)

 

 思考が研ぎ澄まされ、澄み切っていく。

感覚が一点に集中し、視界がまるでスローモーションのように静まる。

 

 コートの様子が、まるで空から俯瞰しているかのように、手に取るように分かる。

 

 

 己の心臓の鼓動さえ排した、極限までバレーに最適化された世界の中で。

 このために生まれてきたのだと、熱弁して回りたい気持ちを、全てボールに込めて──。

 

 

 氷見がサーブトスをあげると同時。

 音駒の守備位置が前に上がる。

 

(……ジャンフロは、前めに構えてオーバーで処理──いやこれっ、ジャンフロ、じゃないっ!?)

 

 モーションは、ジャンフロと同一。

 ただしその性質は、真逆。

 ジャンプサーブとほぼ同等の威力を備えた、強烈な回転のかかったサーブ。

 

「こんなの、聞いて、ない……っ!!」

 

 普段の音駒であれば、崩されるような球ではない。

 威力でいえば、田中のジャンプサーブよりも低いのだ。

 しかし前めに構えていたことが裏目になり、ボールは相手コートへと弾かれてしまう。

 

 むしろ、これを間一髪で拾ったことを流石の音駒と賞賛するべきだ。

 

(あれ? 今の拾う? やっぱり力が足りないんだな、オレ……。まぁでもチャンスボールだし──)

 

 氷見は、相手チームには見えないよう影山にサインを出す。

 ”セッティングをどちらがするかを決める”ためのサインだ。

 

 単に後衛である方がセッティングを行いシンクロ攻撃の枚数を増やすのではなく、ランダムに切り替えることで──”情報を増やす”。

 

 実際、それを相手チームが深く考えることで得られるメリットはない。

 すなわちデコイ。ダミー。

 

 攻撃の本質にたどりつき、効果のある対策に行き着くまでの時間を少しでも稼ぐための──大局的な意味でのブラフ。

 

 無論、氷見がセッティング出来ることを知らない相手には──”効果が最大限に発揮される場面まで、氷見のセッティングは秘匿する”。

 その他いくらかの前提の上で成り立つサイン交換だ。

 

 しかしこのサイン、影山と氷見の思惑が入ってしまっては意味がない。

 であるが故にこのサインは、単純かつ効果のあるランダム性を保有している。

 すなわち、足し算だ。

 

(センパイが出したサインは”2”でオレは”1”。”足して奇数だから、センパイの番)

 

 氷見はサインを確認すると同時に、バックアタックの助走に入る。

 囮のつもりは微塵もない。

 

 常に”全員が攻撃するつもりで助走に入るからこそ”烏野の攻撃は成立するから──そんなロジカルな理由ばかりではない。

 

(オレが点を取る。──トスを、寄越せ……っ!!)

 

 己にトスがあがったなら、絶対に点を取ってみせるという絶対的自信。

 日向とは似て非なるそれが、氷見という物理的には小さな男のオーラを強大に感じさせる、最大の要因だった。

 

 結果としてトスは田中にあがり、音駒はこれを拾う。

 

「ナイスレシーブ山本!!」

 

「今の拾うのかよ……!! すっげぇなクソ!!」

 

(さてと、どこを使って攻撃しようかな……)

 

 氷見のサーブを一本で切る絶好のチャンス。

 だからこそ、孤爪は安易に後衛のエースを使わない。

 

 自身が前衛で攻撃の枚数が少なく、ただでさえ厄介な月島のリードブロックを欺くのは更に難しい。

 

(こういう時こそ──強気に、速さの真ん中)

 

(……って、孤爪さんなら考えますよね──)

 

 月島は、その思考を辿り──完璧にブロックを合わせる。

 Aパスから速攻を使うのは、そもそもとして定石だ。

 

 その定石をこの”ここしかない”タイミングで使うことが、孤爪が凡庸でない証だが──月島もまた、平凡の枠に収まるブロッカーではない。

 

 ”手は前に”。

 スパイカーを圧殺する勢いの月島のブロックに、真塗は冷や汗を一つ──だが、不敵に笑う。

 

(こちとらリエーフじゃねえんだ、撃ちおろしゃしねぇよ!!)

 

 選択したのはフェイント。それも、セッター影山を狙いすましたものだ。

 影山に触らせたところで、氷見がトスをあげる──それが、どうした?

 

(どっちがセットするか分かるだけでも、儲けもんじゃねえか)

 

 そう。崩していることには変わりはないのだ。

 たとえその揺らぎが、氷見がいることで補完されるとしても──。

 ”氷見がセッティングをする”という事象が確定する。

 

 プレイの全てに、意味を求めろ。情報を勝ち取れ。

 雨垂れ石を穿つ──そうすれば”頭脳”がきっと、その綻びを見逃さない。

 

(100%を、1%でも削れ──!!)

 

 だが。

 氷見はまだ、100%を見せてはいなかった。

 

 誰よりも早く飛び出した、後衛の日向に気づく者はいない。

 

 何故なら。

 

 彼らは知っている。

 そのトスは、”影山にしかあげられない”と。

 

 彼らは、確信してしまっている。

 影山がファーストタッチを取った今──”あの速攻”はない、と。

 

 

(座標。刹那。傾斜──確定)

 

 

 敵陣の思考過程の全てを嘲笑うように、烏は飛ぶ。

 誰も届くことのない、大空の”青”を黒く染める。

 

 

(──的中)

 

 

 硬直と静寂が支配する音駒コートに、ボールが叩きつけられる乾いた音が響く。

 

 

 

「……は……?」

 

 

 

 起きた事象は至極単純。

 氷見から後衛の日向への、”変人速攻”。

 ”ウシロマイナス”。

 

「なんだよ、今の……!!」

 

 自軍の選手たちの顔が困惑──あるいは絶望へと染まっていく中。

 孤爪は相手コートの様子を食い入るように観察する。

 もし今のがイレギュラーならば、然るべき反応があがるはずだ。

 

 だが、その様子はない。

 日向は氷見にとびつき喜んでいるが、そこに”氷見が変人速攻のトスをあげた”ことへの驚きはない。

 ベンチの様子も同様だ。

 

(イレギュラーじゃない……冷は、セッターとしても”影山の下位互換性能”じゃない……ってことか……)

 

 ひとつ攻略する度に、更に難題を突きつけられていく。

 恐らくは、敢えてそうしているのだろう。

 

 相手の対策状況に合わせて──マニュアル車のギアをあげるようにして、氷見は技を解禁していく。

 

(ここまでの俺の、冷に対する対策……全部、想定内ってことになるよね……)

 

 孤爪の見解は、当たっていた。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 氷見は──今。

 ここまで積み上げてきた全てが、己の120%が発揮されるその快感に酔いしれていた。

 

(脳内のシミュレーションと現実が重なるこの感じ……気持ちいい……っ!!)

 

 楽しい。ああ、楽しい。

 もっとだ。もっと。

 バレーには夢がある。可能性がある。

 

 今、過去となった現在の悦に浸りながら──未来を貪欲に侵食する。

 

「──もう一本」

 

 ボールを受け取って、氷見は据わった目でそう宣言する。

 それは挑発でもなければ、自信でもない。

 ただ、“もっと面白くなる”という確信だった。

 

 “もっと楽しいが欲しい”という純粋すぎる悦びから連なる欲求だけが、そこにある。

 

 その目は。表情は。

 獲物を前にした捕食者の嗤いに、酷く似ていて──。

 

 ぞわり、と。

 音駒の面々の背筋に、冷たい戦慄が走る。

 その中にただ一人──。

 

(あんなの初見じゃ取れないに決まってるじゃん……次から次へと”新しい”が飛び出してくる……。ああ……攻略、してみたい)

 

 好奇心に脳を揺さぶられる、理性の獣がいた。

 

 そしてその理性による対策をひとつ。

 またひとつと、氷見は超えていく。

 

 気づけば、24-17。

 公式試合ならば、セットの先取を諦めるレベルの点差がついていた。

 だが──。

 

(まだ。まだ負けてない。福永のサーブで乱して、その後は──)

 

 孤爪は、考えるのを決して止めなかった。

 それは生来の負けず嫌いが故か。

 それとも──。

 

「レフトォ!!!」

 

(乱した。冷のオープン……今まで通りブロックアウト警戒で──大丈夫。ブロックしっかり跳んでるし、皆冷静にポジション取りしてる──)

 

 ──刹那。

 視界が、ふっと静まり返る。

 

 強烈な音も、チームメイトの足音も、すべてが遠ざかっていく。

 氷見 冷の姿だけが、暗闇の中に色濃く浮かび上がる。

 

 右手を振りかぶるスパイクモーションから──氷見の身体が、ごく自然に。

 まるで呼吸をするように──右手から左手へと切り替わった。

 

 視覚情報が理解を追い越す。

 右手で打つと見せかけ、左手でそっとボールを押し込むその所作は。

 水面に静かな波紋を呼び込むような、その所作は。

 

 ──ただただ、美しく──。

 

 氷見の瞳は、どこまでも静かで。

 けれどその奥に、すべてを支配しようとする研ぎ澄まされた意志が、ぎらりと光っているように見えた。

 

 こうして。

 静かに、しかし確かに──決着のときは訪れた。

 

 25-17。

 数字だけを見れば、烏野の圧勝であった。

 

 

 

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