【WR】ハイキュー!! 『烏の三冠』獲得RTA 烏野(二年目)チャート   作:いる科

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裏1:新たな風

 細く白い首筋に、翳りを帯びた長い睫毛。

 凛とした顔立ちと中性的な輪郭は、少年であることを忘れさせるほどに端整で。

 その姿は、『美しい』『可愛い』という言葉の意味を、静かに問い直してくるようだった。

 

「なんか、つまんね」

 

 受験を間近にひかえた中学三年生、氷見 冷。

 勉学に問題はなく、ある程度の友達もいる。

 暇な時間はゲームをして遊び、それなりに楽しい毎日を過ごしてはいるものの──。

 

 どこか、人生への熱量が欠けている自覚が彼にはあった。

 たとえるならば、そう。

 人生を構成する大切なパズルのピースが、一つ不足しているような。

 

「って言っててもなあ。人生に疲れたオッサンかっての、オレは──」

 

 その時、不意に目に留まったのは、寂れた電気屋のテレビに流れる中継だった。

 ひゅ、と、無意識に喉が鳴る。

 

 映っているのは、木漏れ日のように差し込む光を背に、空へと跳び上がる一人の少年だ。

 彼の姿は、重力という法則すら忘れさせるほどに、あまりにも真っ直ぐで。

 そして、あまりにも眩しかった。

 

『決めたァァ!! 烏野高校十番、日向翔陽!!』

 

 熱を帯びた実況が、赤く、力強く、胸の奥に突き刺さった。

 

「──これだ」

 

 自分の人生に今までなかった衝動が、確かにそこにあった。

 根拠など何もない。だからこそ、この衝動は手放してはならないのだ。

 

「バレーボール……!!」

 

 沈んでいた少年の瞳に、熱と光が宿った。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 ボールの弾む音、体育館に響く靴のきしみ。

 短く鋭い声が飛び交う、いつもの放課後。

 烏野高校排球部の練習風景は、今日も汗と熱気に包まれている。

 

「おっ、今の良かったんじゃないか、おれ!? フフ、ついにジャンフロを体得してしまったか……このおれの成長は留まるところを知らない……」

 

「まぐれだろうがボゲェ。さっさと次撃てボゲ。日向ボゲ」

 

「ちょーっとは褒めてくれてもいいんじゃないかなァ、影山クン!!」

 

「あぁ゛?」

 

 たまたま上手くいったサーブに一喜一憂する日向を、影山が鋭く咎める。

 その様子を見ていた成田が、感心したように口を開く。

 

「にしても日向がジャンフロかぁ。なんか感慨深いよな」

 

「だなあ……月島もサーブ練習力入れてるし、負けてらんないよなあ」

 

 そう返すのは、リリーフサーバーから一転、ウィングスパイカーとしてスタメンで活躍中の木下だ。

 

 二年の頃はリリーフサーバーであった以上、他の者がサーブを強化しているとなれば、”負けてられない”と対抗心が燃えるのは必然であった。

 

「菅さん直伝のヤなとこ狙いだろ? 性格的に合ってるよなー」

 

「あの。木下さん、成田さん、聞こえてるんですけど」

 

「ツッキー、今のは褒め言葉だよ! 多分!!」

 

「山口うるさい」

 

 ……軽口の応酬については、ともかくとして。

 

 春の訪れとともに、烏野高校排球部は転機を迎えている。

 

 事実から端的に述べよう。

 前年度の春高全国大会で旋風を巻き起こした烏野は、主将澤村大地、エース東峰旭、控えセッター兼リリーフサーバーの菅原孝支──。

 すなわち三年生たちの引退によって、戦力の低下を余儀なくされていた。

 

 無論、残されたメンバーの実力は確かだ。

 田中龍之介や西谷夕、日向翔陽、影山飛雄らを中心に、梟谷グループとの東京遠征合宿における調整を経て、烏野は再編成されている。

 

 三月の県民大会では五色を新エースとして再編された白鳥沢に敗れ、準優勝で終わったものの、充分に良い結果といえる。

 

 だが、日向や影山は、”優勝以外は全て悔しい”というスタンスであり、その熱は今やチーム全体に波及しているため、慢心など有り得なかった。

 

 今の自分たちが酷く脆い欠陥を抱えた危ういチームであることを、彼ら自身が誰よりも痛感しているのだ。

 

 まず、守備の要であった澤村の脱退により、チーム全体の安定感が揺らいだ。

 新キャプテンの縁下は精神面で強く頼れる男だが、技術面では全国クラスとは言い難い。

 西谷の他に、敵チームの強烈なサーブを安定して完璧にあげられる者が、今の烏野にはいない。

 レセプションが悪ければ、攻撃は繋がらない。

 

 また、失われた東峰の攻撃力についても、木下では補いきれない側面がある。

 エースとしての才覚を開花させつつある田中は良いものの、木下にはいまひとつ力強さが足りていない。

 ジャンフロでサーブを攻められる点は評価に値するが──東峰のジャンプサーブの威力を考えれば、物足りなさは否めない。

 

 日向の積極的な攻撃参加によってチームの攻撃力自体は高い水準を保っているが、それも日向が前衛にいる場合のみの話だ。

 

 そして菅原を失った今、戦術的ワンポイントツーセッターも封じられている。

 月島サーブのローテでは、西谷が居ない上に影山が前衛のため、前衛の攻撃は二枚。

 西谷がおらず、縁下も前衛──月島のサーブも強力とは言い難く、ブレイクチャンスが殆どないローテとなってしまっている。

 

 ピンサーで山口を投入する手も、一セットにつき一回までしか使えない。

 

 無論、新たにスタメンとなった者たちが”三年生の代わり”になるわけではない。

 これから作りあげていくのは、在籍するメンバーの強みを活かして再構築する──全く新しい”新生烏野”だ。

 

 ただ、全員が共通認識として、”今の自分たちが去年の烏野よりも弱いこと”と”去年でさえ優勝はできなかったこと”に、正面から向き合っていた。

 

 その中でコーチである烏養がまず部員たちに取り組ませたのは、技術と戦術の昇華であった。

 特に、サーブ&ブロックとレシーブ──鴎台が行っていたような、”淡々と強い”を目指す。

 

 サーブが強ければ、ブレイクのチャンスが増える。

 ブロックとレシーブが強ければ、相手のブレイクのチャンスを減らせる。

 

「サーブの練習もいいけどさ、日向。君もMBなんだから、ちゃんとブロックのコーチング出来るようになってよね。王様も僕も後衛の時とか特に大事でしょ。まぁ、君はバカだから無理かもしれないけど」

 

「あなたほんと一言余計ですよね」

 

 月島の煽りを含んだリクエストに、青筋を立てる日向。

 言っていること自体はまともなのがタチが悪い。

 

「とにかく日向、後でまたビデオ抜粋したの見るから、時間用意しといてよ。他のブロッカー陣も」 

 

「トーゼン!! バンチシフトのリードブロック、油断するとすぐ崩れちゃうからなあ〜。お手本沢山見ないとな!」

 

 ──無論、烏野の特性である雑食性も決して崩していない。

 現在は月島を筆頭に、『鴎台』や『伊達工』に代表される、バンチシフトのブロックシステムを構築中。

 

 『鴎台』がやっていたような、臨機応変なデディケートシフトへの移行についても模索している。

 全体的に高さが足りない以上は、ブロックのタイミングを最適化する他に道はない。

 

 これが形になれば、リベロの西谷も含めたトータルディフェンスが、更に強く機能するだろう。

 

 とにもかくにも、それぞれが多くの時間と練度を要する事柄ばかり。

 ”遠きに行くは必ず邇きよりす”。

 目先の物に飛びつかず、じっくりとやらなければならない。

 

 

「入部してくるの、十人だっけ? 多いよなあ、やっぱ全国行ったからかなぁ」

 

「影山のユース効果もあるんじゃない?」

 

 そうして迎えた、今日。

 一年生が入部してくるこの日、この瞬間──。

 

 扉が開かれる音が、静かに鳴った。

 

「失礼しまーす!」

 

 鈴の音のようなその声と共に──烏野に、新たな風が吹く。

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