【WR】ハイキュー!! 『烏の三冠』獲得RTA 烏野(二年目)チャート 作:いる科
「失礼しまーす!」
高く澄んだ、陽気な声だった。
呼吸の先を追い越すような速度で、体育館の空気がわずかに揺らぐ。
声の主はよほどの勢いで扉を開けたのか、開ききったドアが壁に軽く当たって、カツンと乾いた音を立てた。
現れたのは、少女だ。
それも超がつくほどの美少女だった。
外は風が強かったのか、乱れた空色の前髪をちょいちょい、と直している。
烏野高校排球部の思春期男子たちは、にわかにどよめいた。
「──まさか、新マネか──!?」
「マジか……!!? これが全国大会効果……!?」
「全国最高ォオ!! うおおおおおお!!!」
最も鋭く反応したのは、当然のように田中と西谷だった。
二人の間に交わされるアイコンタクトは、もはや言葉を超えた確信の握手である。
──が。
その暴走を予見していたかのように、縁下が一歩前に出て首根っこを掴む。
「お前ら、怖がらせるなよ……いいな……?」
低く、落ち着いた声。
その一言に、田中も西谷もビクリと肩を揺らし、即座に姿勢を正す。
「う、うぃっす……」
──貫禄だった。
かつての主将・澤村を思わせるような眼差しに、どこか懐かしさすら覚えるほどだ。
二年の首領と言わしめた統率力は、三年となり、キャプテンとなった今でも遺憾無く発揮されているのだ。
そんな顛末も露知らず──。
水色の少女は、体育館の中ほどで立ち止まると、くるりとその場で一回転。
きょろきょろと首を巡らせ、何かを探すように視線を走らせた。
そして。
「あー!! 居た!! 日向翔陽さん!!」
「へ!? おれ!?」
次の瞬間、彼女はまっすぐに日向へと駆け寄っていった。
ブレーキをかける気などさらさらない勢いで、体育館の床を蹴る足音が高らかに響く。
「えっ、まさか日向の知り合いかよ!?」
「ま、まさか日向に春が来ているとは……」
「いやいや……日向に限って彼女とかはないでしょ。トモダチなんじゃね?」
「……トモダチならフルネーム呼びはないでしょ」
「ん? なんか言った? ツッキー」
「何も」
憶測広がる体育館の中で、日向はがちがちに固まっていた。
頭の中ははてなマークでいっぱいである。
(なんか、知らない美女に話しかけられた。……初対面、だよな……?)
日向は人の顔と名前はすぐ覚えるタイプだ。
名前をたとえ覚えていなくとも、暫定的にあだ名をつけているため、一度会った人間を忘れることはない。
記憶を遡り、初対面であることを確認した日向は、わざとらしく咳払いを一つ。
少し背筋を伸ばして、声の調子を意識的に低く整えた。
美女は苦手な日向だが、この時ばかりは、高校二年生となった事の矜恃──先輩としての意識が強く働いた。
「あー、コホン。キミは一年生かな? 新しいマネージャーかね?」
──妙に気取った言い回し。
唐突な敬語。
そして手を腰に当てて仁王立ちする、謎のポーズ。
頼れる先輩を演じているつもりなのだろう。
明らかに空回っている日向の様子に、月島は眉をひそめた。
「妙な先輩風吹かすのやめて日向、恥ずかしいから」
「なんだと月島!!」
即座に振り返って怒鳴る日向だが、肩の力は抜けたようだ。
何のことはない。いつも通りにしていれば良いのである。
「あっはは、先輩たち面白いですね。あとオレマネージャーじゃないですよ、選手として入部希望です。もちろん目指すはレギュラー」
「え、そうなのか? でもここ男子バレー部だぞ?」
「? はい。そりゃオレ、男子なんで」
「え、まじか!!」
素直に驚く日向だったが、周囲の様相はその比ではない。
「ツッキー、今の聞いた!? あの可愛い子、男だってさ……!! 俺てっきりアイドルかなんかだと」
「まあそういう事もあるでしょ。多様性って奴じゃないの。てか山口見てあれ。固まっててウケる」
月島が指を指す先にあったのは、思わず少女──改めて少年を二度見する部員たちの姿だ。
(え、今なんてった? 男? あれで? あの可愛さで? マジ??)
顔面にクエスチョンマークを浮かべながら固まる面々。
その中で、特に異彩を放っていたのが──田中と西谷だった。
二人は並んで正座し、目を閉じ、何やら深遠なる会話を始めていた。
始まるは、悟りを開くがための問答。
「龍……可愛さに、性別の壁ってあると思うか?」
「いいえ、ありません──これが烏野の新時代なのです──」
「熱い……!! 熱いぜ龍!!」
「うおおおおおノヤっさんーーっ!!!!」
「田中、西谷!! うるさい!!」
縁下の一喝が飛び、体育館に再び静寂が戻る。
(うめぇ……)
影山は黙々とおにぎりを咀嚼しながら、その一連を傍観していた。
■ ■ ■
「改めて、氷見 冷です。よろしくお願いします、日向センパイ」
「よろしく!! つーか最初から思ってたけどさ、なんでおれの名前知ってるんだ?」
問い返す日向に、氷見は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「春高テレビで見たんすよ! カッコよかったなぁ!! 速ぇし高ぇし、ほんと、翼が生えてるみたいでした!! ドンっ!! って跳んで、バシュッ!! って決めて!!」
「テレビかー! くぅ〜〜、芸能人みたいだおれ……!! 氷見はバレー中学でやってたのか? ポジションどこ?」
「いえ、全くやった事ないですよ! 日向センパイに憧れてバレーはじめたんで」
「へぇ、そっか! そっかぁ〜!! …………そっかぁ……!!」
日向は思う。”同じだ”と。
──あのとき、自分が見たのも、全国大会の中継だった。
画面の中で跳んでいた『小さな巨人』の背中に、強く憧れた。
目が離せなかった。
自分も、あそこに行きたいと思った。
あんな風になれたら、かっこいいと思った。
今日向が目指すのは『小さな巨人』ではない。
自分は、『小さな巨人』でなくていい。
あの日憧れたものになるのではなく、自分の向かうべき道──向かいたい道へと。
『最強の囮』としての道を、歩んでいる。
烏野で過ごし、戦った一年という日々が、日向の価値観を変えたのだ。
──それでも。
(……おれも、なれたのか)
『小さな巨人』に、ではない。
もっと漠然とした──イメージとしての。
そう。”あの日の背中”だ。
日向は、自身でも知らぬ間に、それになったのだ。
(…………)
不思議な感覚だ。
あの背中に憧れてバレーをはじめて──。
憧れるのをやめて、自分の道を見つけて。
そして、今目の前に、自分を見てバレーをはじめた者がいる。
──バレーをはじめて本当に良かったと、心底そう思う。
日向は、自分の掌を見つめる。
幾度もボールを叩いた、高校二年生の男子にしては小さな手を。
目を瞑る。
この一年の道程に、思いを馳せる。
長いようで、あっという間のようでもあった。
ずっと夢中で、ずっと全力だった。
──そして、それは。
きっとずっと、これからも。
今日、いま、この瞬間。
日向は、バレーボールにもう一段階──深く沈んだ。
「なあ氷見、バレーってすげー楽しいぞ!! あ、そうだ! ちょっとパス練とかやってみる? おれ教えるからさ!」
──そわそわする。
今すぐバレーがしたい。
日向を突き動かすのは、強烈な衝動だ。
明らかに浮き足立つ日向に、氷見は目を輝かせて食いつく。
ブレーキなどあるはずもなかった。
「え、いいんですか!? 是非っ!!」
そうして唐突に始まったレクチャー。
そこで日向を待ち受けるのは、更なる衝撃だった。
日向が実際のフォームを交えながら教えると、氷見は「なるほど」と一言──すぐに覚えてしまったのである。
「オーライ!」
初心者にありがちな腕を振り回すそれではない。
体ごとボールの下に持っていき、最適な角度で腕に接地させる。
バレーの基礎にして奥義──流麗にこれをこなせるようになるまでに、本来どれほどの時間を必要とすることか。
アンダーだけではない。
オーバーも至極丁寧かつ、上手い。
「すっげぇ!! ほんとにバレーやったことないのか? めっちゃ上手いな!! すげーなっ!!」
「あはは〜、大袈裟ですよセンパイ」
照れくさそうに頬をかいて笑う氷見だったが、日向には強烈な、言語化できない予感がしていた。
この少年──氷見 冷こそが、今の烏野の穴を埋める男なのかもしれない、と。