遊戯王MinDMAterial   作:さんこのれい

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01 始まりの音ドレミコード-B

 

ドレミコードの最初の『ド』、《ドドレミコード・キューティア》は海音の問いかけに満面の笑みを返す。

 

「はいそうです! どうでした!?」

 

 

いやどうと言われても。返答に困る。

 

当たり前の話だが決闘盤(デュエルディスク)立体映像(ソリッドビジョン)はカードゲームを楽しむ為のものであってキャラクターと会話をする為のものではない。

海音が知らない間に恋愛シミュレーション機能でもぶち込んだとでも言うのなら話は違うが、それにしてもデュエルディスクに勝手にインストールする事もその機能を容量に収め切る事もできないだろう。

 

 

ましてそれをペンデュラムでやるなんて。

あの企業がそんな事、殺されたってやるわけがない。

 

 

何か異様な事が起こっている。

その『異様な何か』が何なのかは先に聞いていたが、説明されても現実として受け入れ難いことが起きていた。

言葉だけではどうしても信じられず、彼女達の提案通りに街に出て適当にデュエル相手を見繕った。それが先ほどのデュエルだ。

案の定海音はそこでも信じられない事を目の当たりにしたのだ。

 

 

海音の切り札《ジ・アライバル・サイバース@イグニスター》。

相手のカードの効果を受けない強靭な耐性を持つ強力なモンスターだが、属性が異なるモンスターを複数用意しなければ召喚ができない。特別な構築を組んでようやく最大限の力を発揮する特別なモンスターだ。

 

海音のドレミコードデッキは偶然にも属性にばらつきがあるから採用をしていた。しかし6属性を揃えて攻撃力6000のジ・アライバルを出せたのはこれが初めてだった。

普段は出せたとしても精々4000程度。先程のデュエルは不気味な程に何もかもが上手くいってしまった。

 

それだけではない。

初動になるカードが手元に引き寄せられる感覚。

妨害をあっさりと乗り越える手が並び立ち致命の一撃をすり抜け手に入る《灰流うらら》。

 

 

そういう事もあるだろう。そういう運の向き方をする事もあるだろう。

しかしキューティアはそれが自分達の力だと言った。そう言うのであれば一つの可能性として認めざるを得ない。

 

彼女達が自らをそう名乗ったようにカードの精霊が本当にこの世界にいるのかもしれないと。

 

 

「これで私達が、精霊が居るという証明ができたでしょうか」

 

声だけが海音の耳に届く。

キューティアではない。近くを歩く誰のものでもない。落ち着きの中に強い意志と自信を感じられる声がどこからか届く。

 

《ドドレミコード・クーリア》。

キューティアの『ド』よりも高音の『ド』の位にいる彼女はドレミコード達の事実上のリーダー。

まだ顔を合わせて話し合っておらず声と顔が一致していないにも関わらず海音はそう確信していた。

 

 

「もし信じて頂けたなら一度家にお戻りください。そこで詳しい話をしましょう」

「先ほどのダメージも心配です。どうか、戻ってください」

 

クーリアの嘆願が聞こえる。言われるまでもなく家路に向けていた足に更なる力を入れた。

 

鼓動が早まっているのは早足だからか、それとも未知の何かへの恐怖と期待からなのか。

海音は自分の身体の変化も気に留めず、ただ家に戻ることだけを考えた。

 

 

早く家に戻りたい。戻って話をしたい。

その心が、いつも眺めていた紙片をその日だけ視界から外した。

 

 

数年前複数の市区町村が統合され、新たな名称として遊戯王から肖り童実野市と名付けられた。

遊戯王の主人公、武藤遊戯の故郷の名を関したその土地はそれ故に遊戯王を愛する者が集まる聖地になった。

最も先進的なデュエルができる場所であり、どの場所よりもデュエルモンスターズのカードが集まる場所、それが童実野市だ。

 

 

だからだろうか、カードが捨てられているのをよく見るのもこの場所の特徴だ。

風にあおられ壁や地面にぶつかり白く欠けているだけならまだまし。踏み潰され尖ったアスファルトが食い込み削られたもの、そして2分割、4分割に破かれているカードもある。

 

ここではそんなカードを見る機会が多い。

下半分だけ緑色に染め分けられたカードは特にだ。

 


 

玄関の鍵を閉めて早々にデッキからカードを取りだす。

 

「《ドドレミコード・クーリア》」

 

輝く文字、絵柄に敷き詰められた星々を背景にその女性は自信に満ちた表情でこちらを向いていた。

カードをデュエルディスクにセットする。デュエルディスクが光りカードの情報を読み取り始める。読み取ったカードの情報を元にディスクがソリッドビジョンの生成を開始した。

 

薄桃色のロングヘアが波打ち、共鳴するように胸のジャボが波を打つ。

黒のドレスから伸びた手は染みも黒子も無い。更に伸びた皺の無い白い指が空気の隙間に滑り込む。

 

 

一人の『人間』が目の前で生成されていく。

身体の構築を海音の目の前で終えたその人は、海音を見据えて口を開いた。

 

 

「改めまして自己紹介を。私は《ドドレミコード・クーリア》」

「ドレミ界に座す天使の一人。そして貴方のカードに宿る精霊です」

 

 

そう言ってその人は微笑んだ。

 

「精霊。精霊ってGXとか5Dsに出てるような、あれ」

「はい。それで間違いありません」

メディアミックスされた遊戯王、アニメーションにカードの精霊は存在している。だからこそそう言われれば理解するのは容易い。それを受け入れる事が難しいと言うだけだ。

 

しかしそれでもまだ、わからない事は多い。

 

 

「それで、えっと…何か願い事とかあるの?」

「と言いますと?」

「いや、カードの精霊がこっちの世界に出てきて何かしたいのかなと」

「我々は貴方のカードとしてこれからもデュエルをし続けられるのであれば他に望むものはありません」

 

それがね、と呟きながらカードを見る。

上半分がオレンジ色、下半分が緑色に染め分けられたカード。

 

「今の世の中の事知っている? 『ペンデュラムアレルギー』だよ」

「存じております。ペンデュラムの難解さで手が出せない人達が自称する、自虐のようなものだと」

 

クーリアの見解はペンデュラム召喚というものの複雑さを背景にしている。

モンスターカードであり魔法カードでもあるペンデュラムモンスターはそれぞれセットされた場所で効果が異なる。

カードに詰め込まれたテキスト量の多さはそれを制御・処理するデュエリストの負荷に比例する。そしてキャパシティをオーバーするカードはデュエリストには扱えない。魔法としての効果、モンスターとしての効果その他諸々他とは一線を画す複雑さが忌避の理由。

 

クーリアの見解はそれだった。

ある意味間違ってはいない。

しかしその知識は古い。或いは上っ面だけだとも言う。

蛇の皮、トカゲの尻尾。今となってはそれよりも価値のないゴミだ。

 

 

「それは大分違う」

「ペンデュラム召喚は悪」

 

 

言葉の意味や用法、それを示す内容を記し続ける辞書は不変の存在ではない。一度出版されれば何十年もその内容を維持しているものではなく時勢に合わせて都度改訂する。

 

つまり、言葉とはその時々に合わせて意味も用途も変わるものだという事だ。

 

ペンデュラムアレルギーという単語は今や趣味趣向や向き不向きのそれではなく、決闘者にとって生命活動と同義になっていた。

ヒンドゥー教やイスラム教が牛豚を食す事を禁止しているように、彼らは彼ら自身と周囲にペンデュラム召喚を禁忌として触れ回っていた。

 

そしていつしかペンデュラム召喚を使うデュエリストは宗教上の悪魔のように、或いは病原菌を撒き散らす環境テロリストのように見られるようになった。

 

 

「皆ペンデュラムが嫌いなの。強いだとか弱いだとか使いにくいとかじゃなく、嫌いなんだ」

「多くの人がペンデュラムなんて消えてなくなってしまえばいいと思っている。少なくとも表面上は、皆そう思っている」

 

現実を教えるように、刺したナイフを更に押し込むように、ペンデュラムモンスター《ドドレミコード・クーリア》を見据える。

ペンデュラムに対してペンデュラムの存在を否定する。だが、この世界に居たいというなら知っておかなければいけない事だ。

 

 

「開発会社のお墨付きなんだよ」

その一言から長い説明が始まった。海音はこの世界が本音を隠さなくて済むようになった理由を語り出す。

 

数年前、とある企業が決闘盤(デュエルディスク)の開発に成功した。それは空想上の技術だった立体映像(ソリッドビジョン)の完全な再現。

この技術によって『遊戯王』とそのカードゲーム『デュエルモンスターズ』はフィクションの枠を超えて爆発的に普及した。

 

開発に携わった彼らはそれまでは無名のエンジニア集団に過ぎなかった。しかしこの一件以来、彼らは一夜にして天才、英雄として名を馳せた。

 

デュエルモンスターズを開発した企業を『遊戯王』作中のインダストリアルイリュージョン社とするのなら、デュエルディスクを開発した彼らと彼らが属する企業は海馬コーポレーションだ。

その例に漏れず彼らはあくまで対戦装置を開発しただけだが、その影響力は凄まじく実質的にデュエルモンスターズの事業展開にも携わる事となる。

 

彼らはあくまで遊戯王を愛するファンの集団である。彼らは遊戯王を心の底から愛している。

それが彼らの原動力だった。

遊戯王を愛しているからこそ、ソリッドビジョンとデュエルディスクを遊戯王そのままの形で実現せしめたのだ。その心の底からの愛は疑いようも無いほど本物だ。

 

 

そして本当に愛しているからこそ、本当に嫌悪するものもある。

その愛が強ければ強いほど倫理から外れていく。

 

 

「アークファイブとかいうクソアニメを我々は認めない。ペンデュラム召喚もまた生まれてくるべきではなかった」

 

デュエルディスクが世界中に普及し遊戯王とデュエルモンスターズの名が轟いたある日、彼らはSNS上である宣言を行った。

 

「過去の作品を愚弄し遊戯王を貶めたアークファイブ」

「かつて遊戯王を終わらせかけたリンクショックも元はと言えばペンデュラム召喚が引き金になったものだ」

「あのクソアニメさえなければ、リンクショックも起こらずに遊戯王はもっと早く、今よりも、いいものになっていた」

 

「我々は反省の意を示す。今の遊戯王に携わる者として」

「我々は反省の意を求める。古くから遊戯王を愛する者として」

 

 

それはデュエリストとしての純粋な言葉だった。

アークファイブへの嫌悪。ペンデュラム召喚への嫌悪。その言葉は単純かつ簡潔で、解釈の違いを産む余地もなく、彼らの純粋な意志のまま世界に拡散された。

それがペンデュラム召喚に対する絶滅政策の始まりとなった。

 

 

「イカれてるでしょ?でもみんなそれに従ったんだ」

「どうして」

「みんなも同じだったから。アークファイブが嫌いだから」

 

 

遊戯王アークファイブはアニメーション第五作目にあたる作品。当時新しい召喚方法だった『ペンデュラム召喚』の販促を兼ねた映像作品だった。

その評判は最低と言っていい。

 

曰く主人公がカス。曰く過去キャラを改悪した。曰く乱入デュエルが多い。曰くいつも同じカードを使う。曰くストーリーが終わってる。曰く対戦環境がペンデュラムで埋め尽くされた。曰くデュエルが冗長。曰く顔がキモい。曰く感情移入ができない。曰く引き伸ばしが酷い。

曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く等等等等等等等等等等等等等等等等。

 

人々はそれを綴った。時に直接的に表現し、時に素人の身でストーリーを改変するという回りくどいやり方で。

 

数年経っても

十数年経っても

数十年経っても

延々と

あらゆる場所で

延々と

時間を問わず

延々と

綴り続けている。

 

そうせざるを得ない程、それ程までに酷い作品。

 

それが多くのデュエリストの共通認識だった。だから彼らが特段ズレた事を発言したというわけではない。

 

古今東西あらゆる場所で語られていた事を持ち込み、そこにほんのちょっぴり自分達の意思を乗せただけ。

そしてその意思すらもありふれたものに過ぎない。太陽を直視すれば目が眩むような、生理現象と言っても過言ではないのだから。

 

 

世界が今までそうならなかった理由は一つだけ。

そのままでは勝ち目がなかったからだ。

 

誰もが考えていた事だが、本音をさらけ出すにはリスクがあった。発言者に何の力もなければノイズにしかならず、発言者は倫理観の無い異常者、ただの『ヤバいやつ』として片付けられる。

周囲もそうしなければ自分も異常者として排除される。例え同志だとしても切り捨てなければ自分達すらリスクに巻き込まれる。

下手をすれば同じ事を考える事すら罪になりかねない。それは死活問題だ。だから誰もが、無能な味方を処分する事に何の躊躇もしなかった。

誰だって悪役にはなりたくないのだ。

 

だが今は違う。今度の発言者は遊戯王を誰よりも愛している事を証明し、今の遊戯王を牽引する存在となっている。

発言者には力がある。強い意思もある。その意思が、アークファイブへの嫌悪が大衆と合致している事は前述の通りだ。

つまり勝ち目が生まれた。ただ迎合するだけで悪を滅ぼし正義を振るう主人公になれるのだ。

 

 

もう複雑性などという回りくどい言い訳は必要無い。

何の遠慮もいらない。全てが許される。

例え関係なくともクソアニメを想起させる汚らしいそれを、クソアニメから生まれた不愉快なそれを消し去る活動は正義になった。

 

ある者は自分の感情の赴くまま、ある者は英雄を救う為の手段という逃げ道を残したまま振る舞う。

静止の声は達観を気取った冷笑として排除され、激情だけが世界を支配する。

 

やがて事件が起きた。とある人物が白昼堂々と他人のカードを奪い、破り捨てた。

理由は単純。あの言葉に従いペンデュラムモンスターカードを無くそうとしたのだ。

しかし動機はわからない。不快感が我慢できずに暴力に訴えたのか、過激な事をすれば認められるという承認欲求に駆られたのか。

 

今でもわからない。わかったところで何かが変わるものでもない。この件の問題はそこでは無いからだ。

それを見た人々は眉を顰めるのではなくこう感じた。

 

 

「そこまでやってもいいんだ」

 

『勇気ある先導者』が許される範囲を押し上げた。

今までの過激な言動が当たり前のものとして日常に溶け込んでいく。

 

ペンデュラムを使うデュエリストを情報弱者として排斥し、愛が無いと面と向かって批判する。

かつて事件として見られていた他者のカードを破りさる事もありふれた日常の一コマへと変わっていく。

口先だけの嫌悪も捨てられ、高潔ぶった人々も列に加わる。

脅され不本意に参加させられた人々もいつしかその役割に酔い暴力的で支配的なものに変質する。

そうしてまた『勇気ある先導者』が許される範囲を更に押し広げていく。

 

「Pendulum, No Life」

「ペンデュラムがある人生はあってはいけない」

その心こそが今のデュエリストの最低条件であり、美徳になっていた。

 

 

そして今も『自分にとって都合のいいバカ(勇気ある先導者)」がその勢力を拡大させてくれる事が願われている。

 

 

「それが今の世の中」

「そんな世の中でおいそれとペンデュラムなんて扱えないし、生きていくのも辛いと思う」

「悪い事は言わないから帰った方がいいよ」

 

そう言って海音は漸く息を吐いた。『説明はこれで終わり』とでも言うように。

クーリアは自分達の存在を否定されたにも関わらず怒らなかった。呆れる事も無く、淡々と、確認するように口を開いた。

 

 

「お言葉ですが、それなら貴方はどうして今もペンデュラムを握るのです? 他人の真似をして他のカードを握ることだって出来たでしょう」

海音の眉間に皺が寄る。今海音が説明した事が真実ならば、まずは海音自身が今すぐペンデュラムを手放すべきなのだ。

 

「嘘はやめてくださいね。わかっていますから」

クーリアはその矛盾を見抜いていた。海音の想いを知っていたからこそその矛盾を指摘できた。

 

 

「使っていて楽しいから」

「ペンデュラムを使うのは危ないと、そう言ったのは貴方ですよ?」

「たかが遊びに馬鹿馬鹿しい」

議論を完全に終わらせる暴言が吐き捨てられてクーリアは思わず吹き出した。口はあまりにも悪いが正論だと感じたからだ。

 

どうやら慰めも励ましも余計なようだ。であれば彼女のするべき事は最初からやると決めていた一つだけ。

 

「海音様。誰が何と言おうと私達は貴方に付き従います。それだけが私達が顕現した理由です」

「貴方の気持ちが踏み躙られないように私達が貴方を支えます。だからどうか貴方の傍に居させてください」

 

自分達の意思を伝える。ただそれだけだ。カードの精霊としての本心に海音は、それが本心だと伝わったからこそ狼狽する。

クーリアを始めドレミファソラシド全員が同じ意思であることを海音も感じ取っている。だからこその狼狽だ。

これはあまりにも…

 

「都合がよすぎるよ。なんか心配」

「都合が良くて結構です。使われ、楽しまれてこそのカードですから」

「いやでもそれは…そう、だね」

 

それ以上口を出すことができなかった。ありとあらゆる面で海音はクーリアに言い負かされたと言ってもいい。

本心を当てられ、本心を伝えられ、彼女達の望むままに動かされた。

 

「じゃあこれからもよろしくね、みんな」

 

握手する為に照れくさそうに差し出されたその手すら彼女達が予想した形であり、最も望んだ形であった。




今回の召喚口上〜ジ・アライバル・サイバース@イグニスター〜

元ネタはAiの召喚口上とドレミコードの元ネタにもなっているサウンド・オブ・ミュージック。
並べた六つの単語のうち前半は迫害を象徴するもの、後半は直接的な暴力の象徴するもの。

サウンド・オブ・ミュージック作中曲は楽しげだったり優しい歌が多いですが、物語の背景にはナチス親衛隊が付き纏っています。
主人公達はナチスから逃れる為に亡命するのですが、もし失敗すれば待っているのは
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