巨大な隕石、ニビルがサーキットに突き刺さる。その質量がもたらす運動エネルギーは周囲の地面を上空に吹き飛ばし、周囲を揺らす。
それはまさに爆発だった。
飛び散る瓦礫はエレクトラムの装甲をその中身ごと簡単に粉々にする。
吹き出すエネルギーはヒエラルキアの守護を容易く打ち破りその身体を蒸発させる。
ニビルが直撃したアストログラフはその質量に押し潰され、瓦礫に捩じ切られ、エネルギーに焼き尽くされ何の痕跡も残さないよう念入りに消滅させられた。
残ったのはただ一つの大きな隕石、ニビルのみ。それも暫く転がり続けた挙句漸く止まる。すると殻を破るように一部が割れ欠け、中から悍ましい化け物が飛び出て海音のフィールドの中央に着地した。
原始生命態ニビル ⭐︎10 ATK:3000
ニビルトークン ⭐︎10 ATK:?
海音の命を削った展開はたった一枚のカードによって全て吹き飛ばされ無に帰した。
その悲惨とも言える状況を見て対戦相手は満足げに口角を上げる。
「弱い」
「弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い!! 」
「ありとあらゆる手札誘発が刺さりその対抗手段は何もない!そんなんで現代遊戯王を戦おうだと?なめてんじゃねぇぞ、こら!!」
痛恨の一撃によるアドレナリンの過剰分泌の為か、整合性のない発言を無視しながら海音は次の札を切る。
ニビルの直撃によって盤面が崩壊した今、可能な限りリカバリーしなければいけない。エレクトラムの効果で引いたカードを使えば多少は動けるのが不幸中の幸いか。
「《ドレミコード・エレガンス》を発動!手札のドレミコードをEXに送ってペンデュラムスケールをセッティング!」
瀬野尾海音 LP:6000→5000
「揺れろ、魂のペンデュラム! 旋律を描け星々のビート!」
「ペンデュラム召喚!!」
「現れて!エリーティア!グレーシア!」
ミドレミコード・エリーティア ⭐︎3 DEF:400
ソドレミコード・グレーシア ⭐︎5 DEF:1400
エレガンスの効果でEXに送られたエリーティアと、手札に来たグレーシアがペンデュラム召喚によってフィールドに現れる。
エレクトラムを失いリンクマーカーの無いフィールドではEXデッキのペンデュラムモンスターは一体しか召喚できなかった。
「グレーシアの召喚時効果でデッキから《ドレミコード・ムジカ》を手札に加える」
「罠カードか」
そう相手がぼやいたのが海音にも聞こえた。無茶苦茶な事を言っていたわりにはよく場を見ている。
今このカードをサーチしたのはスケールが揃っているからだ。偶数・奇数のスケールがセットされている状況でこの罠を発動すると相手のカード1枚を破壊、つまり相手の展開の妨害札になるのだ。
その意図を読み取られた。相手はこちらが妨害を構えている事知った上で動くだろう。
「フィールド魔法《ドレミコード・ハルモニア》を《トゥルース・スピードワールド》に重ねて発動!」
スピードワールド、速さの世界に音の世界が重なる。
これも調整の上のおこぼれだ。フィールド魔法を軸とするテーマを阻害しない為に、スピードワールドに効果を書き加えるという形でフィールド魔法の存在も許された。
しかし世界を上書きする代償は他の魔法と同様に受けなければいけない。
瀬野尾海音 LP:5000→4000
「《ドレミコード・ハルモニア》の効果!フィールド上のドレミコードのスケールが偶数三枚、もしくは奇数三枚の時にフィールドのモンスター一体を破壊できる!ハルモニアの二番目の効果で条件を整え、この効果でニビルを破壊する!」
音の波がニビルを貫くと内側から震え、砕け散らせた。
壁モンスターと罠による1妨害しかない今、ニビル一体の処理を怠っただけでも致命傷になりかねない。
「ハルモニアの効果でEXからキューティアを手札に加え、カードをセットしてターンエンド」
先ほどサーチした《ドレミコード・ムジカ》を伏せて終了を宣言する。
残りライフ4000。
先行1ターン目とは思えない程ダメージを負った。しかもそれは相手から何かされたというわけでもなく、全てがペンデュラムによる自傷ダメージだ。
そこまでの犠牲を払って得られたのはニビルトークンを除けば壁モンスター二体と罠一枚のみ。
「たった一妨害貰っただけで、その程度のことしかできないか」
「弱いな。本当に弱い」
その、現環境においてお粗末と言える盤面が相手の舌を滑らかにする。
「散々環境を壊しまくったいつかだったら『仕方なく』使うのはわかるけどよ、ここまで落ちぶれた今使わない理由しかないのになんで使う?」
「アクファのクソしょんべんを固めて作り上げたその紙屑を」
「お前みたいなアスペルガーにはわからないか!あの時の俺たちの絶望と、失望を!!」
「俺たちの遊戯王が壊れていくあの感覚を!お前たちは鼻垂らしながらボケーっと見てたんだもんなぁ!」
「この世界はな、もう見たくないんだよ!もう思い出したくもないんだよぉ!」
「だからそんな汚らしいもんを振り翳してんじゃねぇ!世界に!嫌なものを思い出させるんじゃねえよ!」
「だから死んでくれよ!いっそ!死ね!死んでくれよぉ!!」
情熱と悲哀と憤怒のこもったすばらしくかんどうてきな演説だ。
報われないのは聴衆が海音一人しかいないことと、その唯一の聴衆がまともに聞く気はないからか。
海音にとってそれは初めての経験ではない。そして海音はいつからかそれを話半分で聞くようにしていた。
何故なら彼らが真実のように語るそれはいつもバラバラだからだ。
やれ愛だ。
やれ何だ。
果てにはあの時あのキャラが右を向いていたからなどと言う訳のわからない理屈まで飛び出す彼らの論は常に混沌として不定形で簡単に矛盾すらする。
そしてそれが何であれ誰もがそれを受け入れ、賞賛する。
論破するべき敵と見做されその理屈を絶対的な正論としてぶつけられる海音にとって、彼らの行動と差異は不気味以外の何物でもなかった。
何故すり合わせをしないのか。
彼らは異論を許さない生き物だ。どんな些細なすれ違いでも間違いを指摘する生き物だ。
しかし何故彼らはその話題に限ってはそれをしないのか。最強のカードや最強のデッキを語るように、答えを統一しないのか。
試行と思考の上で海音は一つの答えに辿り着いていた。
彼らはあえてそれをしないのだ。
原因を追求するのではない、反面教師にするのでもない。
初めからそれは求めていない。今その瞬間、自分達の行動が正しいと証明できれば何でもいいのだと、そう理解した。
要するに誰彼構わず騒ぎ立てる大義名分の為の言い訳なのだ。
だから彼らは擦り合わせず、その時々に応じて使い分ける。
付け焼き刃と言うのも憚られるほどの粗末な付け焼き刃だが、刃である事には変わらない。一方的に人を殺傷できるならそれで十分であり、戦うにしてもその無数の手数に敵う敵はいない。
それが愛であろうが、文脈であろうが、首の角度であろうが何でも良いのだ。それで今の自分の正しさが証明できるのであれば。
破綻した理屈でも矛盾した常識でも狂気の行動でも何でも良いのだ。なんであれ必ず受け入れられる構造が出来上がっているのだから。
だから海音は何も学ぶ事も改める事もないと見切りをつけた。
現に彼の説教から新たに確信したことは一つだけ。
彼の手札には既に勝ち筋が入っている。
だから自信満々に語れる。
それだけだ。
「俺の、ターン!」
瀬野尾海音 LP:4000 SPC:1→2
対戦相手 LP:8000 SPC:2→3
ドローの瞬間にまたDホイールのスピードが一段上がる。そして相手は2枚の魔法カードをノーリスクで使用できるようになった。
相手の一挙手一投足を見極め、たった1枚のカード、《ドレミコード・ムジカ》で展開の弱点を確実に突かなければいけない。
さもなくば負ける。
どう動く?
それは仲間の消滅という事態によって答えられた。
二人の仲間と一匹が光の粒に分解されて空中に巻き上げられる。
「貴様のモンスターを生贄に捧げ、俺は神を召喚する!」
ラーの翼神竜-球体形 ⭐︎10 ATK:?
海音の仲間を生贄として現れたのは黄金の球体だった。
その球体は所々に法則性を感じる裂け目があり今の形が真の姿では無い事が読み取れるが、海音はその真の姿を見るまでもなく既に知っていた。
《ラーの翼神竜》。原点である遊戯王におけるライバルキャラの一人、マリク・イシュタールが使用する神のカードの一つ。
そしてラーが最も得意とするのは後攻1ターンキル。
何故ペンデュラム召喚後にニビルを切らなかったのか、その意図も察した。ニビル召喚後にもこちらに展開させ、全てスフィアモードの生贄にするつもりだったのだ。
海音のモンスターがいなくなり、全てが手遅れになった今ようやくそれを理解した。
相手の戦術が読めたということはこれから起こることも予想ができる。1ターンキルを成立させるために場を整えるはずだ。
その為に《ドレミコード・ムジカ》の存在は邪魔でしかない。
「そして次は速攻魔法《サイクロン》!その端のゴミを吹き飛ばせ!」
《ドレミコード・ムジカ》の破壊効果は相手フィールド上のモンスターと、両方のスケールが無ければ発動できない。この時点で目論見が崩れた。
本来想定していた用途では無いが、ここで発動するしかない。
「罠カード《ドレミコード・ムジカ》を発動!奇数スケールのドレミコードがセットされている時、奇数スケールのドレミコードをEXデッキから特殊召喚できる!」
「EXにいるエリーティアを守備表示で特殊召喚!」
ミドレミコード・エリーティア ⭐︎3 DEF:400
スフィアモードの生贄にされEXに送られたエリーティアが再度フィールドに舞い戻ると同時に彼女の背後に現れた突風が「1」と描かれた球、スケールにセットされたクーリアを破壊する。
残ったのはスケール8のキューティアだ。
「これでわずかな妨害も無くなったわけだ」
「なら次はこれだ!《所有者の刻印》をスピードスペル化して発動!ラーは俺のフィールドに戻る!」
対戦相手 SPC:3→2
黄金の球体に五芒星が浮かび上がると、呼応するようにそれが相手のDホイールの傍に移動する。
《所有者の刻印》はそのカード本来の持ち主がコントロールを得るカード。ラーは海音の仲間を生贄に捧げ海音のフィールドに現れたが、正真正銘相手のカードだ。だから当然相手のコントロール下に置かれる。
結果的に見ればたった二枚のカードで海音の盤面を崩しながら切り札となるカードを召喚した。
そしてスフィアモードの能力は相手の盤面を破壊することだけではない。
本来の持ち主の下に戻った今、ラーは真の姿を表す。
「スフィアモードの効果発動!」
「エム イシュア ネウ アンフ セフチェ ヘヌア ウンヌ エフ ヘヌア ウレル ラー エル ネヘフ エン ネフ ジュトゥ イウ アーク イル フェスィ セトゥ ネプ ケティーー!」
腕を交差させ、日本語ではない何かを唱え始める。
古代エジプトの
遊戯王は古代エジプトと密接に関わる物語であり、ラーを始めとした三幻神も太古から伝わる伝説となっている。
この一見意味不明で痛々しい行動も原作ではラーを従える為に必要な儀式だ。
そして彼はそれを不備も滞りもなく完了した。
第一言語ではないどころか古代の言葉を丸暗記し、一字一句違わず読み上げたそれはまさに彼の愛が成した技であった。
彼はラーを、そして遊戯王を愛している。その完璧な行動がそれを証明した。
その愛をもって、ペンデュラム召喚を滅ぼす決意をしていることも。
「神は正確にテキストを唱えたプレイヤーの忠実な僕となる!」
「我が勝利の為に起動せよ!ラーの翼・神・竜ゥー!!」
その言葉の通り、黄金の球体は彼の言葉を受けて真の姿を現す。
副翼が剥がれ、主翼を広げる。胎児のように身を丸めていた黄金の竜が顕になり、その身体を広げると共に、産声というにはあまりにも破壊的な咆哮によって大地が震えた。
ラーの翼神竜 ⭐︎10 ATK:4000
「ライフを100にして、俺はラーと融合する!」
「そしてラーの攻撃力は俺が減らしたライフの分向上!」
対戦相手 LP:8000→100
ラーの翼神竜 ATK:4000→11900
これこそが真の姿を表した《ラーの翼神竜》の最大の特徴。
神と一体となりライフを攻撃力に換算する、ラーを1ターンキルの代名詞とした能力。
「いくら攻撃力を上げてもこっちにはエリーティアがいる!」
しかし今場にいるのは《ラーの翼神竜》一体、つまり攻撃も一回だけ。その強烈な一撃は守備表示のエリーティアに向かい海音には届かない。
つまり1ターンキルは成立しない。
「それはどうかな?」
当然の反論はお約束の言葉で応えられた。
今まで何人もの主人公がこの言葉と共に逆転のカードを繰り出し勝利してきた。彼は今まさに彼らと同じ気分を味わっているのだろう。
全てを覆す最強カードが今、彼のデュエルディスクに差し込まれる。
「俺はスピードカウンターを消費してラーに《メテオ・ストライク》を装備!装備者が守備表示のモンスターに攻撃した時、攻撃力と守備力の差の数値分相手にダメージを与える!」
対戦相手 SPC:2→1
「お前が勝手に減らしたライフとその貧相な防御でラーの一撃を耐えられるわけがない!」
エリーティアの守備力は400。ラーの攻撃力は11900。その差になる11500という数字は、万が一万全の状態だったとしても一撃で全てを奪い去る程の破壊力を表していた。
「この世界の癌よ!神の怒りを受けて消滅するがいい!」
ゴッド・ブレイズ・キャノン!!
ニビルより一回り大きな火球がラーの口腔に生成され、射出される。
対してエリーティアは指揮棒を神の業火に向け、妖精に指示を出す。それは普段周囲に振り回されがちな、気弱な彼女からは到底考えられない行動だった。
その指揮に合わせて妖精がコントラバスを掻き鳴らす。顔に血を上らせ、まるで弦を挽き切らんとばかりに弓を動かす。
弦が震え、空気が震え、それが具現化したような音符の水泡が現れ、守るようにエリーティアと海音を包み込んだ直後、泡の膜に神の炎が直撃した。
水泡が歪み力と空気を逃すように横に膨らみ広がる。
一瞬の均衡。しかしすぐに限界まで膨張して遂に力の逃げ場を無くし、熱とぶつかる壁もグズグズと溶け始めた。
水泡が弾け、炎に焼かれて跡形も無く消える。
神の怒りはその心を反映するかのように加速して、失った速度を取り戻しながら呑み込まんと突き進む。
業火に焼き尽くされる一瞬、エリーティアは自らの口を手で塞いだ。恐怖に歪む顔も悲鳴もその手の内に隠されたまま彼女は炎に包み込まれ、抗いようのなかった破滅が海音にも襲いかかった。
11500ものダメージの衝撃によりコントロールを失った海音のDホイールがコースの壁、積み上げられたソフトブロックに激突する。
激突の衝撃で身体がコース内に弾き返され、操縦者を失ったDホイールは尚も回転し続ける車輪に乗り、デュエルディスクを弾き飛ばしながら彼方へ滑って行った。
ライフを破壊し尽くす神の一撃にDホイールが耐えられず、クラッシュ。地に伏すデュエリスト。
完全な敗北。
完璧な勝利。
瀬野尾海音:LP 4000
しかし海音のライフポイントは1たりとも減っていない。
神の攻撃は確かに貫通したはずなのに何故だ。
衝撃のあまりデュエルディスクが壊れたか?それともペンデュラムなんかを使っているせいでバグが引き起こされたか?
否、どれも違う。正しい裁定の上で導き出された答えがこの状況だ。
「《ミドレミコード・エリーティア》は偶数スケールを持つドレミコードがペンデュラムスケールにいる時、戦闘ダメージを0にすることができる」
彼が貧相と言った防御は、神の攻撃から主を守り切っていた。
彼からしたら下級の雑魚ペンデュラムモンスターがそんな力を持っているとは予想の外だ。
ニビルが直撃した脆弱な盤面、罠カードさえ乗り切れば勝てると、そう思っていた。
わかりやすく見えているそのカードに意識を向けすぎて、エリーティアの効果など眼中になかったのだ。
「インクの染みの分際でェ!」
見逃した自分の責任を棚に上げながら、最高の瞬間を台無しにされた男が吠えた。
してやったりと言ったところだが海音も無傷では済んでいない。
戦闘ダメージはなかったものの、数値にして11500にもなる神の一撃が引き起こした衝撃はオートパイロットの想定を越え、Dホイールの制御を失わせた。
その結果Dホイールはクラッシュ。海音を置き去りにしてコース外まで滑り去っていった。接続されていたデュエルディスクはその過程で弾き出され海音の近くに転がっているが、Dホイールは失った。
今の海音の位置に相手がたどり着いた瞬間、周回遅れによる敗北が確定する。
「いいさ!この一撃で死に損なった事を後悔させてやろう!」
「ヒーローがバイクで怪人を轢き飛ばすシーンってあるだろ?あれかっこいいよなぁ?一回やってみたかったんだよなぁ」
「そこで待ってろ!今、轢き殺しに行くからよぉ!」
耳を疑うような発言がはっきりと耳に入った。
こいつは何を言っているんだ。
そんな事をしたらどうなるのかもわからないのか。
個人では傷害罪、最悪殺人罪。社会ではライディングデュエルが事故を引き起こした危険なアトラクションと見做され撤去される可能性もある。
しかし彼が万が一後々その責任を負う事になったとしても、それは自分とバイクが激突したずっと後だ。
倫理も法律も今この瞬間に吹き飛ぶ自分の命は守ってくれない。
結果さえあれば責任も必要経費と割り切るタイプであれば尚更、何の慰めにもならない。自分の命も責任もガチャを回す課金のように軽く扱われて忘れられるだけだ。
徒歩で逃げるにせよDホイールを拾いにいくにせよ、それは無理だ。その前に追い付かれて轢き殺される。
今、自分が助かる為には何をすればいいのか。
「マスターちゃん!私を出して!」
何もない空から、鼓膜を震わせることのない声が聞こえた。
恐怖で高鳴る鼓動と狭窄する思考がその声の意のままにデッキからカードを抜き取らせる。
出せば助かる。根拠も確信もないそれが海音の腕を動かしていた。
瀬野尾海音 LP:4000 SPC:2→3
対戦相手 LP:100 SPC:1→2
召喚の為に必要なカードは効果モンスター2体。海音は急いで盤面を整える。
「キューティアを通常召喚!」
排気が気筒を震わせ、ヒステリックな音を上げる。
回転と摩擦によってゴムのタイヤがアスファルトを踏み締め、蹴り付ける。
「キューティアの効果で引き入れたドリーミアの効果で自身を特殊召喚!」
石や鉄の衝突によって成立するその力は、海音という柔らかい肉を引き千切り砕く為に、文字通り
「死ねよペンデュラムうううう!!!」
「リンク召喚!リンク2!I:Pマスカレーナ!」
後方から現れた新たなバイクが海音を掴み上げ、乗せた。コーンバーのような柄のコードが一人でに海音の身体に巻き付き乗り手の身体に固定する。
Dホイールではないそれはスピードカウンターなどという概念を無視して加速し、轢殺に向かうDホイールは拒絶されてどんどん距離を離されていった。
「あっぶない!危機一髪!」
「大丈夫マスターちゃん?肩とか外れてない!?」
乗り手の女性の声は先ほど聞こえた声そのものだった。
彼女の通り名は《I:Pマスカレーナ》。あらゆるものを運び届ける闇の運び屋、そしてカードの精霊だ。
I:Pマスカレーナ L2 ATK:800
「何をどうやってるか知らないが、そういう事ならマスカレーナを倒せばお前は終わりだ!」
「マスカレーナの攻撃力はたった800!次のターンになったら即!ラーで焼いてやる!」
《ラーの翼神竜》の力は海音の切り札《ジ・アライバル・サイバース@イグニスター》の最大スペックすら遥かに凌駕している。
マスカレーナの登場は目の前の危機から脱しただけで根本の解決にはなっていなかった。
マスカレーナ自身もそれを理解している。自分の力だけではラーには勝てず、勝てなければ奴はまた海音を轢きに来る。
ならば。
マスカレーナはライダースーツの中に手を突っ込んだ。隠し持っていたカードを引き出し、海音に手渡す。
「これ持って!」
カードを彩るのは深い青、リンクモンスターだ。
しかしテキストも絵柄もはっきりしていない為、それが何なのかまでは海音には判別ができない。
「何この、カード」
「私の配達物。お得意様みたいなものかな」
「使っていいの!?」
「使わなきゃマスターちゃんが危ないでしょ!?」
「でもこれ、どう使えばいいの!?」
「こうする!」
バイクの先からポインターが射出される。
赤い光の玉は空中で弾け8方向の矢印の内側に取り囲まれた幾何学模様の巨大なゲート、サーキットが展開された。
「準備ができたらあのサーキットに突っ込む!私達がリンクマーカーになるからマスターちゃんはあそこに飛び込んで!」
「入ったところで何になるの!?これはただの立体映像で…」
「実態のない立体映像なら!何で今こうやって走れてると思う!?」
反論で言葉を詰まらされたのは海音の方だった。
マスカレーナの腰に両腕を回し、抱きしめている。本当に立体映像ならすり抜けて感触など残らないし、こうして高速移動する事すらできていない。
そこにないはずの人間に抱きつき、そこにないはずのバイクに乗っている。
何故か。その答えを海音は理解していた。
「私達を信じて」
どうせ自分のデッキにラーを倒す手段は無い。合理的判断も込みで海音はマスカレーナを信じる事にした。
彼女から手渡されたカードに賭けるしかない。
「このカードの召喚条件はEXから出たモンスターが二体以上!あと一人用意して!」
「それならスピードカウンターを消費して《死者蘇生》を発動!墓地のエレクトラムを特殊召喚!」
瀬野尾海音 SPC:3→2
ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム L2 ATK:1800
ニビルに消し飛ばされたエレクトラムだったが、一度正規の召喚を経ていた事で蘇生条件を満たし、《死者蘇生》によってフィールドに復活する。
これで提示された条件はクリアした。
「アローヘッド、確認」
サーキットの奥を見据える。先が見えないどころか先が無い、壁に見えるその奥を。
想像も付かない未知と、現実的に考えた妥当な結末。その二つが海音を後ろに引っ張るが、それ以上の推進力で前に押し戻される。
「リンクマーカーは私達だ!行っけー!!」
暴力的に暴れ出したマスカレーナのバイクが海音の身体を宙に放り出し、芸術的なまでの放物線を描きながらサーキットの中央に何の滞りもなく向かっていく。
顔を近付けても先が一切見えないサーキットが海音の視界を埋め尽くし、遂に恐怖に負けて目を瞑った。
次に目を開けた時の光景は、病室だった。そう認識してすぐにそれを改める。
白く見えているが本当に白いのではない。何も無いのだ。
清潔なのではない。何も無いのだ。
それどころか肌寒さも暑さも無い。壁が無いが屋外のような空気の流れも感じない。
そこはまさに無だった。
「なにここ」
「ここは
振り返ると、リンクマーカーとなったエレクトラムとマスカレーナがそこにいた。
精霊界。確かにカードの精霊がいるとなればそれがあっても不自然ではない。しかし、それでも今の状況は不自然そのものだった。
「こんなに殺風景なもの?」
5Dsなどで描写された精霊界は自然に囲まれた場所だった。それと比べてこの世界は何もない。
ただ真っ白な空間を三人は歩き始めた。
「何というか、死後の世界?みたいな感じがする」
「ここの主がもう存在していないからだね。あの人は世界を救う為に消えてなくなった」
「消えた?」
「命を司る創星の神sophiaとtierraに並び立つ力を得た彼は、自分の存在と引き換えに失われた命を巻き戻した」
「ですがその絶大な力はまだ消えずに残っています。彼の、神の力はまだこの世界に」
創星神とそれに匹敵する第三の神。《ラーの翼神竜》と同じ神であるが出自が全く異なる彼らの事も海音は知識として知っている。
その三柱の物語は、夥しい程の死体の山で築かれたものだ。
恐怖と悲しみと怒り、逃避、裏切り、支配欲と生存本能が渦巻く果てで、あるものは光の中に消え去り、あるものは絶望の人生の最後に友との再会を果たし、あるものは世界を救う装置としてその身を捧げた。
「《双星神a-vida》。またの名を《聖杯に選ばれし者》アウラム」
辿り着いた先にあったものは、星遺物の力によってアウラムが覚醒した姿。《
神がかつて人間だった最期の時の姿。
創星神の残滓とはいえカードの精霊であるならば意思疎通は可能なのか。
アストラムに近寄り、手を挙げる。神の残滓はそれに反応し、視線を海音に向けた。
「はぁい勇者様。この子は私のマスターちゃん」
「今デュエル中なんだけどさ、勝たないとだいぶ危ない状況なんだ。力貸してくれない?」
「どういう状況なんだそれは」
新たな神、そう仰々しく説明したわりには軽い態度でマスカレーナの補助が入る。それを聞いたアストラムの表情が驚きと困惑で僅かに揺れた。
「デュエルで負けたらバイクで轢かれる。ここで召喚に失敗しても同じ」
「それに相手はあのラーなんだよ。神に対抗するにはこっちも神の力で戦わなくちゃ」
「マスカレーナ。わかったから君はちょっと黙っててくれ」
マスカレーナを視線から外し、アストラムは海音と向き合う。
何も言わずに海音の顔をじっと見つめた後、品評するように口を開いた。
「嫌な目だ」
「目の前の事に振り回され、こんなはずじゃなかったと思いながらもどうにもならなくて、それでも何とかしなきゃいけない。そういう目だ」
それは哀れみと嫌悪だった。まだ彼が人だった時に感じたものが、鏡のように彼の目の前に立っていたのだ。
そして、だからこそ、尚更悍ましい。
海音の世界は、少なくとも海音が暮らすそこは命を脅かす天敵はいない。危険などとは無縁に近いところのはず。ただ消え去るまでここに残り続けているだけの彼にもその程度の知識はある。
なのにどうして、そんな目ができるのか。全ての人が満たされ救われるべき世界で、何故そんな目になってしまうのか。
それを彼は理解できず、受け入れられず、だからこそ不快感を湧き立てられる。
彼が人としてあった頃に抱えていた二つの心、慈愛と嫌悪のままに剣を掴んだ。
敵や海音を切る為ではない。その意志も力も彼には無いからだ。
「ここにいる俺はただの燃え滓だ。君のために力は振るえない」
「だから君がこの力を振るえ。この剣を手にすれば、この力は君のものになる」
「またそんな事。サーキットに飛び込めとか剣を掴めとか…」
「できるでしょ?私のバイクに乗れたんだから」
「ここで召喚に失敗したら危ないのならやるしかないだろ」
そう言われればやるしかない。
海音はアストラムに言われるがまま剣を掴む。アストラムの、a-vidaの力が肌に触れる。
その瞬間、入り込んだ何かによって海音は身を裂くような後悔に襲われた。
今まで考えた事もないような、見た事もないような何かが海音に入り込み、心を乱していく。
自分は、やってはいけない事をやってしまっていた。今の今まで想像力が働いていなかった事を悔やむしかなかった。
今すぐこの場を立ち去りたくなった。
剣を掴んでいる手を離したくなった。しかし、離せなかった。
「やっぱりそうか。ただの人間が素のままでできることじゃない」
「その子に感謝しなよ」
構築世界が崩れていく。主の消滅、力の譲渡によって世界が維持できなくなっていた。
脱力した腕に必死に力を入れる。後悔よりもまず目の前の状況をなんとかしなければならない。
剣の切先を前に向け、祈りの言葉を口にする。
「哀れなデウスエクス・マキナ。救いの為の消耗品よ」
「何かを憐れみ悲しむ心がまだここにあるのなら…我に力を!」
「リンク召喚!リンク4!
そう言い切ると同時に世界が完全に崩れ去り、海音はサーキットから飛び出した。
双穹の騎士アストラム L4 ATK:3000
「うわ、何これ」
海音は自ら空を飛んでいた。
青白の鎧。手札を持つ手を覆う籠手は先ほど見た剣を握り締めている。海音はアストラムそのものになっていた。
流れ込む情報がこのターンで決着が付くことを確信させる。
自分がアストラムと同化したように、ラーと同化した相手を見据えて剣を構える。
「バトルだ!《双穹の騎士アストラム》で《ラーの翼神竜》を攻撃!」
「たかが攻撃力3000で攻撃力11900に攻撃だと!」
「アストラムは特殊召喚されたモンスターとのバトルの際に、その攻撃力を相手の攻撃力分向上させる!」
「モンスターではない、神だ!」
「同じだよ!これはアストラム自身の効果!完全耐性があろうが止められない!」
双穹の騎士アストラム ATK:3000→14900
「行くよ!双穹の騎士アストラムの攻撃!」
有り体に言ってしまえば、戦闘となれば確実に勝利して相手にダメージを与える効果だ。ラーと同化してライフを100まで減らしている今、それは致命の一撃となる。
妨害の手段がなければこれで終わり。
「罠発動《聖なるバリア・ミラーフォース》!自分の攻撃を食らって落ちろ!」
「そうはさせない!」
《聖なるバリア・ミラーフォース》は対象を取らない破壊だ。これでアストラムを破壊して海音の機動力を無くせば勝ち。
その確信に水を差したのはリンクマーカーになって既に消滅したはずの女の声。マスカレーナの声がどこからかフィールドに届く。
「マスカレーナをリンク素材にしたモンスターは相手の効果では破壊されない。だからミラーフォースの破壊効果も効かない!」
プロテクト・プロトコル!
マスカレーナが生成した幾何学の防壁を纏いながら海音はミラーフォースと激突する。あらゆるものを光雷に変えて跳ね返す攻性バリアはその役割を果たす事なく風穴を開けられた。
そしてアストラムの剣が翼神竜の額に突き刺さる。
神の絶叫が海音の内臓を揺らさんとばかりに響く。絶叫を上げる顔面を蹴り飛び上がると同時に神の身体が弾け飛び、爆炎と共に消え去った。
そして神の死は、それと同化している決闘者の死でもあった。
対戦相手 LP:100→0
ライフを失い停止したDホイールに乗ったまま、男は未だ現実を受け入れられないでいた。
あの状況からラーを撃破するカードを持ってきた事。そして最早説明も付かないような、それに纏わるいくつかの現象。
ソリッドビジョンのバイクに乗り、ソリッドビジョンと一体化して飛び回る対戦相手。
欲望の熱から冷めた彼は遂にその現実に直面する事となった。
夢でも見ているのかと何度も考えては、首元の冷えた感覚にその考えを否定される。
じゃあ何だと繰り返される無意味な思考と試行は視界の端に映った異物に遮られ、跳ね上がるように顔を上げた。
化け物が、海音が歩み寄ってきている。
纏っていた鎧も剣も消えている。しかし何も言わずにこちらに向かってくる化け物に彼は恐怖した。
今度は何をする気か。まさか。
あれだけの力を、今度は自分に向けるつもりなのか。空を飛び、神を切り殺したそのふざけた力を。
冗談じゃない。あんな意味の分からないもので人に危害を加えようというのか。
ふざけるなよ。こんなことで、こんなくだらないことでそんな事をするバカがいるか。
「何だよ!あんなの冗談だろ!?まさかマジに捉えたわけじゃないよな!?」
「冗談だよ!遊びだよ!そんなこともわからねぇでデュエルやってんのかお前は!?あ!?」
彼はすかさず必勝の手札を切る。
冗談、遊び、誇張表現。そう後出しで言うだけで全ての責任から逃れられる最強のカードだ。
どれだけ相手を傷付けようが、深刻な心の傷を負わせようが、その数文字を言えば周りも自分を守ってくれた。
「寄るな!バケモンが!」
未知への恐怖を怒りに変え、倫理を無視して自分に危害を加えようとする海音に怒り、怒りのままに語彙力を使い相手を貶める。
唯一認識しているその正義にだけ従い、叫び続けていた。
その正論を聞いて、化け物は歩みを止めた。
化け物は踵を返し、男から離れていく。
「クソが」
論破された無様で狂った怪物の背中に、男はそう吐き捨てた。
「やなもんだねー!追い詰められた人間ってみんなそう」
それに対してマスカレーナも眉間に皺を寄せながらそう吐き捨てる。裏社会の人間である彼女からしたら見飽きた態度なのだろうか。
「一発殴ってやればいいのに」
「それどころじゃない」
周囲ばかり気が立ち、殺されかけた本人である海音が一番無関心だった。
「ああ、さっきの?」
海音は後悔していた。
また考えが及んでいなかった。
カードの精霊が見えるようになったというのに、何故この可能性を考えていなかったのか。
考えてみれば、それも当たり前のことだったのに。
「アストラムのおかげで忘れてたことを思い出した」
まだ間に合う。言語化できない根拠に甘えながら手早く行動に移る。
Dホイールを回収し返却、施設を出てすぐにスマートフォンに手を伸ばし、耳に当てた。
「ごめんねいきなり!頼みたい事がある」
「こんな事頼めるの他にいないんだよ。お願い、
今回の召喚口上〜
時系列で姿かたちが変わるモンスターの精霊はどういう状態になるのか、という疑問を今回はこう解釈しました。
聊か某ゲームに影響を受けてるなとは思います。
口上はその解釈を踏まえた上で既存キャラではなく某ガンダムのセリフから。