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「なっ、なんで...」
セリカは目を点にして、受け入れられないという色の表情で悠二を見返した。瞳が一瞬だけ泳ぎ、唇が震えるように動く。普段ならば平静を装えるはずの顔が、今はまるでガラス細工のように脆く見えた。
その直後、アヤネが操る中型ドローンがせわしなく旋回し、細い機械の眼――カメラがセリカの姿を捉えた。風に揺れる髪の毛や、コンテナの切断面に映る光の反射まで克明に拾っている。
『セリカちゃん発見! 生存を確認しました!』
ドローンのスピーカーから届いたアヤネの声は軽やかで、だが同時にどこか興奮を含んでいた。あまりの事態にセリカはたじろぎ、肩が小刻みに震える。
「え、アヤネちゃん!?」
驚きの声が漏れる。機械越しの同級生の声は、現場の緊張を一瞬だけ和らげる。しかしその僅かな安堵は長く続かなかった。
「こちらも確認した、半泣きのセリカ発見!」
切断されたコンテナの縁に乗り出しているシロコが、インカムに向かって力強く告げる。声のトーンには茶目っ気さえ混じっていたが、その観察眼は確かだ。
「えっ!?」
「半泣きっていうか、普通にかなり泣いてたな」
誰かの軽口に、セリカの頬は差恥でさらに赤くなった。悠二の無邪気な一言が、熱を帯びたように表情を焼き付ける。
「う、うわああ!? う、うるさいっ!! 泣いてなんか──」
セリカが必死に否定しようとしたその瞬間、ドローン越しにさらに甲高い声が被さる。
「泣かないで下さい、セリカちゃん! 私達がその涙、拭いて差し上げますから!」
割って入ったのはノノミだ。彼女は至って真面目な顔で、まるで式典の宣誓をするかのようにそう言った。言葉の真剣さと場違いな優雅さが混ざって、周囲の空気が一瞬フワリと揺れる。
その真面目さにつられるように、ホシノが勢いよく便乗する。
「なにぃー!? うちの可愛いセリカちゃんが泣いてただと! ママが悪かったわ、ごめんねぇー!」
どこか芝居がかった口調に、悠二は思わず苦笑いを漏らした。心の中で「おじさんなのかママなのか…」と呟き、場の滑稽さに気づくが、声には出さない。
その一方で、セリカの表情は怒りと恥で限界を迎えていた。頬が熱を帯び、目には薄い涙の膜が張る。
「も、もうっ! うるさいってば!! 違うったら違うの! 黙れーっ!!」
叫びの端に、震えと必死さが混ざる。声は風にかき消されかけながらも、確かに届く。
そんな混乱の脇で、先生が静かに乗り出した。身体に滲む緊張はあるが、表情には安堵の色が濃く出ている。
「...安心したよ、良かった。セリカが無事で」
その言葉を聞いて、セリカはたちまち固まった。驚きと困惑が同時に押し寄せる。なぜ、彼女を遠ざけ、取り残し、拒絶したはずの人が――なぜ迎えに来てくれたのか。疑念は心の奥でくすぶり続ける。
「な、何で先生まで!? どうしてここに...?」
問いかける声は震えている。周囲の喧騒が遠のき、彼女の耳には先生の言葉だけがくっきりと響いた。
何故あそこまで突き放しておいて、今さら抱き留めるのか。そうした矛盾がどうにも腑に落ちない。だが、更に追い打ちをかけるように、先生は静かな口調で答えた。
"セリカを皆と助ける為だよ"
その驚くべき返答に、セリカは一瞬言葉を失った。胸の中で鳴っていた不安が、さらに大きな波となって押し寄せる。
「う、嘘でしょ...!?」
信じられないといった声が漏れる。周囲の誰もがそのやり取りを見守っているようで、空気は張り詰めたままだ。
その時、悠二がふと息を吐き、ふざけたような明るい口調で状況を和らげる。
「うへ、元気は有り余ってそうだねぇ?」
言葉少なに、だがどこか余裕がある。続けて悠二は手をひらりと上にかざす。次の瞬間には、驚くべきことが起きた。まるで魔法でも使ったかのように、セリカの手元に彼女の愛銃――アサルトライフルがすっと収まっていた。
「そうだな...セリカ、これ持っとけ」
「え、今どこから出したの!?」
「...まぁ、マジックって言えばいいかな?」
悠二の一言に、場に笑いが漏れる。セリカは半信半疑の面持ちで銃を受け取り、習慣のように薬室の確認とコッキングを淡々と済ませる。銃の冷たい金属の感触が手の平に伝わり、彼女の中で少しだけ秩序が戻るのを感じた。
「えぇ...ま、ありがと」
言葉は短いが、心の奥底では複雑な感情が渦巻いている。感謝と戸惑い、そして未だに消えない怒りが同居していた。
その間にも、シロコは容赦なく周囲を見回し、低い声で周囲に指示を出す。耳に残るのはコンテナの金属音と、遠くで響く機械の唸り。
「まだ油断は禁物。悠二が先回りしてトラックを制圧した所までは良かったけど、此処はまだ敵陣のど真ん中」
彼女の声には冷静さがあるが、そこに含まれる危機感は鋭い。誰もがそれに頷き、身構える。
『はい! 周囲50m程にカタカタヘルメット団の兵力、多数確認! 重火器も確認しました!』
ドローンの報告が正確な数値を伴って届く。機械の無感情な声だからこそ、逆に現実味が増す。
「...見た感じ、虎の子は対戦車砲か...恐らく口径は10cm以下だが、先生は特に爆風に気を付けてくれ」
シロコの分析には戦場慣れした理知がある。遠目に見える砲の威力と吹き飛ばす力を計算して、注意を促す。皆の視線が一様に固まる。
"了解。みんな、準備はいいね?"
先生の短い合図で、周囲は一気に戦闘態勢へと移行した。背後で風が流れ、砂埃が小さく舞う。緊張が筋肉に染み渡るようだ。
だが、その空気の切り替えの中で、ノノミだけが悠二の言葉に引っかかりを覚えた様子で首をかしげる。
「ここから見えるんですか? かなり距離がありますけど...」
目測で不可能と思える距離を悠二は見通したように言う。その自信に、仲間たちも興味と少しの不安を抱く。
「...お生憎様、目が良いもんで。一番脅威になりそうな対戦車砲は俺がやる、他の兵力はシロコ達が撃破してくれ」
悠二の口調には揺るぎない決意があった。言葉は軽くとも、その責任感は本物だ。皆の視線が悠二へ集まり、無言の信頼と期待が交差する。
「うへ、頼りになるねぇ、それじゃ──行こうか?」
ホシノが軽く息を吐いて、仲間たちの動きもスムーズに連動する。足音が静かに、しかし確実に戦場のリズムを刻み始めた。
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俺はホシノの号令と共に座標圧縮を使い、対戦車砲の前面に距離をおいた状態で移動する。
空気の粒子が歪む。地面を蹴るたびに、視界の端で熱が屈折し、世界そのものが一瞬だけ沈黙したように感じた。
重い金属音──対戦車砲の薬室が閉まる音が、静寂を切り裂く。
(...無下限呪術を使わないとあの口径の砲弾は防げないな。でもホシノに正体がバレる...なら、御厨子で戦闘した上で、砲弾は避けるしかないか)*1
短い思考の後、俺は無意識に唇を噛んだ。自らの選択がもたらす波紋を想像していたのだ。
──この一手を誤れば、すべてが崩れる。
全身に呪力を巡らせ、頭に刻まれた術式に意識を集中させる。神経の奥底が焼けるような熱を放ち、骨の髄から軋む感覚が走った。
そして、静かに息を吸う。
─────────【開】─────────
鼓動が、世界の中心で鳴った。
─────────《竈》─────────
"解"という名の工程を終え、初めて"開"への道は開かれる。
それはただの技ではない。自らの存在の意味を、燃え盛る呪力として顕現させる儀式。
己の中に眠る"呪い"と"救い"を同時に抱えたまま、全てを灼き切るための答えでもあった。
砂地が、熱によって音を立てて変質していく。ガラスのように光を反射し、焦げた風が肌を刺す。
対戦車砲から放たれた榴弾は、空気との摩擦で赤く輝きながら迫ってくるが──
その信管は、俺が放つ熱波によって狂い、次の瞬間には爆散することもなく、溶けて形を失っていた。
浅い息を吐き、指先をわずかに曲げる。
弓を構えるように、怪火を引き伸ばす。
その火は生き物のようにうねり、俺の意思を代弁するかのように唸りを上げた。
「今だけは...そう、今だけは──俺は五条英一として存在できるんだ」
それは、願いにも呪詛にも似つく言葉だ。
彼の中に潜む"別の名"が、確かに燃え上がる瞬間。
そして、言い終えた刹那──
前方の火柱は、不良の群れを包み、倒れた者の影と焦げた空気を残して、静かに消えていた。
音すらも焼き尽くされたかのように、世界は一瞬だけ無音になった。
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少量の煙が混じった熱風が頬を撫でる。
熱の余韻が空気を震わせ、地面の残光が揺らめいた。
その中心で、俺は火傷を負った不良達に反転術式を施す。
掌から淡い光が流れ、焼け焦げた皮膚を癒やしていく。
ふと、視界が滲んだ。
炎の名残が目に沁みたのか、それとも心の奥が痛んだのか。
「...あれ、なんで...」
──泣いているんだ?
その問いは、誰にも届かない。
治療を終えた俺は、自分自身に問う。
それは、五条英一ではなく──やるせない気持ちと、果てしない後悔を残して潰えた"飛来英一"に向けた問いだった。
「勝ったのに、バッドエンドを免れたのに、この疎外感は...?」
答える者も、理解してくれる者もいない。
戦場の静寂だけが、やけに優しく俺を包み込む。
結論という名の輪郭は、少しずつ頭の中で構成されてゆく。
その形が出来上がるたびに、胸の奥が冷たく締めつけられる。
──俺に術式、呪力、六眼が無かったら...一体何が残る?
──ずっと目指してきたハッピーエンドをもし達成したら、俺の力は何を意味する?
答えは単純だった。けれど、それを認めるにはあまりに残酷だった。
「...そうか..."僕"は、孤独なんだな」
その一言で、世界が音を取り戻した気がした。
風が吹き抜け、焼けた硝子片が微かに転がる。
更には孤高でもあり、最強であり。
己の力が、誰よりも高みにあるがゆえに──誰も隣にいない。
「...理解したよ」
手を伸ばしても届かない青い春を求めて放浪する、最強の"化物"だったんだ。
追い求めた理想は遠く、眩しすぎて、指先が焼けるようだった。
止まったら、死ぬ。
終わったら、死ぬ。
──それが俺という存在の宿命だった。
僕は元々、"飛来英一"で...終わっていたんだから。
「...待っていてくれよ──結月」
名を呼ぶ声は、風に溶けて消えていった。
その瞬間、心の奥で何かがほどけた気がした。
俺の嘆きは、爛々と光る日光によって、
まるで赦しのように──静かに、溶けていった。