シャア・アズナブル軍服消失事件 作:St. One is Stoned
ゼクノヴァ──それはサイコミュによる物質の空間転移現象である。ある時はソロモンを消し飛ばし、またある時はモビルスーツを呼び寄せる既存の物理法則を超越したその現象は、まさしくニュータイプの奇跡というに相応しかった。
とはいえ、ニュータイプと言えど神ではない。ララァ・スンと言えど、シャロンの薔薇と言えど、無からエネルギーを生み出す神業を成すには至らなかった。ゼクノヴァによって起こる破壊も、生じる物質も、放たれるエネルギーも、どれも別宇宙からエネルギーを引っ張ってくるものに過ぎず、彼女の引き起こした総ての現象には、必ず
──そしてそれは、とある物でも同じことで。
「──は?」
ジークアクス世界のシャアが着せられた軍服にも、
「は?」
「は?」
「は?」
しかもそれは、替えの服とか古着とかではなく、洗濯機の中のズブ濡れの服でもなく。
よりによって別の世界線で、現在リアルタイムで着られていたもので。
「は? ……は?」
それを着ていたのは赤い彗星に憧れたコスプレイヤーでも、ルウムの英雄を守るための影武者などでもなく。
『は?』
よりにもよって、別の世界線の彼──シャア・アズナブル(キャスバル・レム・ダイクン)その人が、今現在着ていた筈のものだった。
要するに、シャアは
「は?」
■
宇宙世紀0085、某日。宇宙世紀その場に居たのは、シャア当人を除き4名である。
ジオン公国突撃機動軍所属、ガルマ・ザビ
同じくジオン公国宇宙攻撃軍所属、ムサイ級ファルメル艦長代理、ドレン中尉。
同じくジオン公国宇宙攻撃軍所属、シャリア・ブル大尉。
何れも、ドズル・ザビ麾下のシャア・アズナブル
この世界において、ミノフスキー粒子の異常を伴う物質転移現象──別世界で言うところのゼクノヴァは既知の現象である。
先述のように、この世界のシャア・アズナブルは異世界のために軍服を奪われた。ゼロから物を作り出すことはできない。同じように、ゼクノヴァが消し飛ばした質量を全くのゼロにしてしまうことも、また不可能である。
シャアが軍服を奪われたことからもわかるように、件の別宇宙とこの宇宙は繋がりが強い。ということは、ゼクノヴァによって消し飛ばされた大質量の、ゴミ捨て場であるということでもある。
それを説明するには、時代を少し遡ることになる。結構長くなるが、お付き合い頂きたい。面倒な方は読み飛ばしてもらっても構わない。
■
時は宇宙世紀0079、1月15日。この日、サイド5宙域には地球連邦とジオン公国、双方の軍が結集しており、順当にことが運べば後にルウム戦役と呼ばれる一連の戦闘が勃発する──筈であった。
この日、この世界における最初のゼクノヴァが発生する。やって来たのは、よりによってア・バオア・クー。別宇宙にてイオマグヌッソによって消し飛ばされた、ジオン公国の宇宙要塞である。
イオマグヌッソは名目上地球環境改善のために建造されたので、当然地球の周回軌道上にある。そしてソドン・クルーがア・バオア・クーを目撃したことからも分かる通り、イオマグヌッソの標的となった物体は、一度イオマグヌッソ近辺に転移してから、別宇宙に送られる。このワンステップのせいで、この宇宙に追いやられたア・バオア・クーは、よりにもよって地球周回軌道上に、突如として出現した。
そして、地球の重力に惹かれたア・バオア・クーは、そのまま大気圏へ突入する。先んじて落とされたスペースコロニーとは違い、ア・バオア・クーは岩である。中に居住区を作るため、空洞になっていたりはしない。密度が違う。
運命的にもスペースコロニーに似た軌道を辿ったア・バオア・クーは、コロニーの直撃を受けたオーストラリア大陸へ、第二波攻撃を叩き込む。オーストラリアの右半分は文字通り消滅し、南米では海岸線がアンデス山脈まで押し込まれた。パナマ運河は水圧によって海洋となり、北米もロッキー山脈以西は名状し難い壊滅具合。メラネシア、ミクロネシア、ポリネシアなどは言うまでもなく、インドネシアの島々までもがツバルと同じ運命を辿る。日本は千葉が島になり、東京湾はその軍事境界線を大きく押し込むことに成功する。長崎県は海岸線を大きく縮め、大阪などもその多くが水没する。更に衝撃によって誘発された地殻変動により、霞ヶ浦は茨城湾となった。影響はインド洋にも及び、スリランカは致命的な被害を受ける。更に核の冬による寒冷化によって、ドイツやスカンディナヴィア、アイスランドやブリテン諸島は凡そ人の住めぬ領域となり、シベリアの永久凍土はロシア帝国のように南下した。東欧や北米の穀物生産にも致命的な影響を与え、極東の後発穀倉地帯も壊滅的被害を被った。南米の降水量は大幅に低下し、気温と相まって熱帯雨林はその鬱蒼さを保てなくなる。結果ジャブローはジャングルという隠れ蓑を失い、その脆弱な姿をジオン公国のマスドライバーの前に晒すことになった。
あとはもう、連邦はガタガタである。戦後統治を押し付け、難民をおっかぶせるために完全消滅はしていないが、事実上地球連邦とはジオン公国の属国のような有り様である。ユーラシア・アフリカ・北米などでは現地勢力は未だ抵抗運動を続けているし、逃亡したタカ派将校が率いる右派テロ組織も絶賛潜伏している。とはいえ地球の食糧生産は事実上崩壊し、とある世界では宇宙世紀0100前後に話題に上がったサイド共栄圏さながらである。アースノイドはコロニーで生産されたなけなしの食料に、「蜘蛛の糸」のカンダタのように縋り付いている有り様である。反スペースノイド団体と言えど、食っている飯はコロニー製という滑稽さ。
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とまあ長々語ったが、結局のところ、異世界のイオマグヌッソによって、ア・バオア・クー落としが実行され、結果ジオンが勝ったということだ。とにかくジオンは順風満帆。しかしそれ故に、例えばシャア・アズナブルは別世界ほどの戦果を挙げられず、少佐の地位に甘んじている。統治のため階級を上げられたガルマとは、この辺りが対照的だ。
そういう訳だから、この異常事態も有り得べからざることだと断言したものは、何処にもいなかった。ただ、みんな呆気にとられたし、よりによって何でシャアの軍服を掻っ攫っていったのか討論もした。なにせア・バオア・クーとシャアの軍服である。一体何処に共通点があるというのか。実際は別宇宙の人の都合でしかないのだが、そんなもの、彼らが知るわけがない。
それに恐ろしいことは、あの物質転移現象──奇しくもこの世界でもゼクノヴァと名付けられた──の法則性がわからないということである。あれが地球に向くなら(もうあまり人が生きていないので)構わないが、まかり間違って月の上にソロモンが落ちたり、サイド3の内部に小惑星がポップしないとも限らないのだ。
そういう訳で、シャアは兎に角調査された。尻の毛に到るまで検査された。公益のため、シャアのプライバシーは犠牲になった。しかし有用な情報はまるで得られなかった。
シャアは泣いた。