シャア・アズナブル軍服消失事件 作:St. One is Stoned
予めご了承ください。
赤い彗星シャア・アズナブル屈辱、NT研に失神KO! ガルマに正体を悟られる。
軍服を掻っ攫われ、プライバシーを毟り取られた哀れなシャアは、その最中に己の正体がジオン・ズム・ダイクンの子、キャスバル・レム・ダイクンだとバレてしまった。
風が吹けば桶屋が儲かる。ジークアクス世界のシャアが幸運ならこの世界のシャアが不幸になる。世界の均衡はこうして守られる。シャアは人身御供なり。
ただそこはしぶといシャア、最後の一線は超えていない。
ガルマ・ザビは志高い男である。軍服消失をア・バオア・クーと同類の現象を見抜いた彼は、即座に己の権限を以てシャアのプライバシーを溝に捨てた。とある世界において、ガルマ・ザビはニュータイプ猿の研究をしていたという説がある。この世界でも同じように、彼の麾下にはニュータイプに関する研究機関が、小規模ながらも存在した。
お陰でシャアの正体を真っ先に把握したのは、シャアの親友ガルマであった。
「私はザビ家を恨んでいない。信じてほしい、ガルマ」
嘘である。チャンスがあったら犠牲になった味方を裏切り、民間人の犠牲も無視して月にソロモンを落とすくらいはする。
「誰が友を売るものか。安心してくれ、シャア」
しかしガルマは騙された。とはいえこれは責められない。なにせシャリア・ブルがそれを察知していないように、今のシャアはさして急いて復讐をする気はない。ただオリチャーを思いついたら突っ走るだけである。最強の読心対策、それは出たとこ勝負である。
「ありがとう。私は良い友人を持った」
これは嘘ではない。良い友人だとは思っている。しかし思いついたら脇目も振らず突っ走り、取り返しがつかなくなってからしっぺ返しを食らうのだ。
ギレンもキシリアも、勿論ドズルも、弟には甘い。末弟ガルマの一部隠蔽された報告は、概ね疑問を持たれずザビ家の面々を納得させた。
それに、ザビ家はそんなものを気にできる状況ではなくなったのだ。「ムラサメ研究所」にまつわる特大スキャンダルが、ザビ家のみならずジオン全体を震撼させていた。
戦後まもなく、デギン・ソド・ザビは「病死」した。キシリア・ザビはこれをギレン・ザビによる暗殺と推測、父殺し(と思われる)兄と、水面下で対立を開始した。
こうなるとドズルも立場を明確にせざるを得ない。もともと多少反りの合わない姉弟である。ザビ家はギレン・ドズル派、キシリア派、そして小規模中立のガルマ派に分かれ、混沌を極めていた……
戦力的に劣るキシリア派は、一週間戦争でのとある現象に着目する。メガ粒子砲を回避するパイロットの存在である。これをニュータイプと見做したキシリアは、フラナガン機関を設立。ニュータイプの軍事利用に向け、積極的な研究を開始した。
この動きを察知すれば、ギレンと言えど腰を上げた。そもそもギレンがニュータイプに懐疑的なのは、兵器としての実用性の問題──要は理論派で慎重な長兄は「何で光るのか我々にも分からんのです」が嫌いなだけだ。しかしこの世界では、ゼクノヴァにサイコミュもニュータイプも関わっていない。あくまで「驚異的な反射神経」「優れた空気読み」に過ぎないニュータイプを否定する理由がない。
そういうわけで両派競って研究をする。今回のスキャンダルは、それに関連するものである。
「ムラサメ研究所」とは、地球は日本某所にある、キシリア派のニュータイプ研究所である。なぜわざわざ地球にあるかというと、人体実験がやりやすいからである。連邦軍人とか心的外傷を負った民間人を攫うまでもない。「衣食住保証」を掲げるだけで人がいくらでもやってくる。その中にはコロニー落としやア・バオア・クー落下による心的外傷を負った者も多く、これも都合が良い。
事件は、そんな闇の深すぎるムラサメ研究所で起こった。
ムラサメ研究所所属のとある強化人間が暴走、研究所を壊滅させたうえで、ギレン派へ亡命した。
名前は、ゼロ・ムラサメ。本名不詳。ムラサメ研究所──ひいては人類全体において、最初の強化人間である。
これに激怒したのはギレンというよりドズル、もっと言うならドズル派の将兵たちである。彼らは一週間戦争で先陣を切り、多くの仲間を失った。ゆえに彼らのなかには、国のため最前線で戦った自負がある。それはジオン・ダイクンの言うところのニュータイプ論を信じたからでもある。ムラサメ研究所の悪行は、その地雷を二重三重に踏む行為であった。
アースノイドによるニュータイプ研究、ニュータイプ候補者に対する非人道的行為、過酷な戦場を経験せず背後の一突きを狙う姿勢、どれもこれもドズル派将兵の怒りを爆発させた。
部下思いのドズルである。部下が望めばせざるを得ない。そしてギレン派は政治的には強くとも、実働部隊の数はドズル派、キシリア派には及ばない。ドズルが動くなら動くしかない。そしてギレン・ザビは、やるならとことんやる男である。
キシリアに対するバッシングはとどまるところを知らず、その勢いが日に日に増していく。マ・クベなどキシリア派の一部将校もこの動きに乗った。彼らだって、ニュータイプの大義を信じていた。一歩間違えればギレン・ドズル派とキシリア派の内戦が勃発しただろうが、キシリア派の良心が勝ったのだ。
ギレン・ドズル派は連合といえど、ギレン派に実働部隊は少なく、ドズル派は一週間戦争でベテランパイロットを多く喪失した。まともにかち合えば互角。戦争は間違いなく膠着した。しかしそれを、正義と良心が防いだのだ。心あるものほど、この結末を喜んだ。
ムラサメ研究所など、キシリア派のニュータイプ研究所は解体。被験者はギレン派が責任をもって保護、適切な治療を施すと発表。ただ皮肉にも治療用の専門設備があまりに専門的で、研究所のものを流用するほかないため、被験者たちはしばらく地球にとどめ置かれることとなる。プライバシー保護やトラウマへの配慮のため、取材は厳重に規制されたが、一部の比較的安定している被験者は、取材陣に対し口々に環境の改善を喧伝した。
ギレンの野望をやったことがある方なら、この先の展開は割とわかると思います