シャア・アズナブル軍服消失事件 作:St. One is Stoned
宇宙世紀0087。キシリア派が一掃され、いよいよギレンの独裁が強くなってきた──かというとそうでもない。
ギレン・ザビは賢い男である。一人の人間が、軍事と内政と外交と扇動を同時にできるわけがない、仮にできたとしてそれが続くわけがないことを、とても良く分かっていた。
公国首相ダルシア・バハロを筆頭に、ギレン・ザビは各分野の責任者を設けた。もちろん彼らはギレン・ザビの影響下にあり、一度ギレンが手を振れば雁首揃えて傀儡になる。しかし平時においては、ギレンの示した方向性という制約こそあれ、ある程度の権利と責任を与えられていた。
ガルマ・ザビの立場もそういうことである。同じザビ家ゆえ他より自由というのもあるが、何よりもギレン当人の慧眼が、ガルマの独自活動を可能にした。
それでは平時に、ギレン・ザビが何をやっているのかという話である。
ギレン・ザビの傍らにはセシリア・アイリーンが居る。
彼女はギレン・ザビの秘書であり、愛人でもある。そしてギレンが能力・容姿ともに高い評価を下す傑物でもある。
時折、ギレン・ザビは彼女をニュータイプなのではないかと考える。
ギレン・ザビはニュータイプに懐疑的である。単なる優れたパイロットという意味ならいざ知らず、矮小な人とさして変わらぬ存在が、果たして人類の革新と言えるものだろうか。ニュータイプだろうと殺せば死ぬ。
仮に彼らが人類の革新なら、勝手にオールドタイプを淘汰し取って代わるだろう。
しかし、傍らの金髪の美女なら、あるいは人類の革新と呼ぶに相応しいかもしれない。ギレンはある時、派閥のニュータイプ研究機関を喚んだ。
ニュータイプ研究の一環として、素質ある両親の子供を観察する提案があった。当人はともかく、研究所のジオン国民はギレン・ザビこそが被検体の父親に相応しいと考えた。
精子を提供したギレン・ザビは、卵子提供者としてセシリア・アイリーンを指名した。彼女をニュータイプと考えていたのかもしれない。あるいは何らかの独占欲が働いた可能性もある。
こうして、提供された精子と卵子は、試験管の中で受精した。女の子であった。
予備や対照実験のため、少女は胎児期に複数体のクローンを作成された。彼女らはみな成長促進を受け、実年齢より幾らか成熟した姿形で様々な試験を受けた。
クローン培養の過程で失敗したものや、環境に精神を病んだものをナンバー外にすると、オリジナル・クローン合わせて12体の少女が最終的に生き残った。
このうち、オリジナルの名前を「エルピー・プル」という。
このように、ギレン・ザビも秘密裏にニュータイプ研究をやっていた。アプローチが違うだけで、キシリアとどっこいどっこいである。しかしギレンは飼い犬に手を噛まれる愚は犯さなかった。
時を近くして、地球連邦にも不穏な動きがあった。知っての通りキシリア派研究機関の被験者は地球にとどめ置かれている。
もちろんギレンは巧妙に隠蔽したが、ニュータイプ研究に必要な物資の流れを辿れば、不審な場所を見つけることは、決して不可能ではない。三流タブロイド誌しか拾わないような信憑性に目をつぶれば。
連邦軍元将校が結成したとされる右派テロ組織「ティターンズ」、その構成員であるバスク・オムはニュータイプ研究所への破壊工作を画策していた。
前述の通り、情報の信憑性は低い。あえて言おう、カスであると。
しかし彼らにとっては些末な問題である。疑わしきは総て罰せよ、さすればジオンに一矢報いることができる。
アースノイドの誇りを持った正義の市民なら、この攻撃を甘んじて受け入れる。受け入れぬものは卑劣な裏切り者だから、殺して良い。これが彼らの思考である。
目的と手段が入れ代わった狂気の集団。それを理屈で止めることはできない。
この有り様をガルマ・ザビは憂いていた。無辜の民と哀れな被害者を傷付けてはならない。もとよりザビ家が招いた惨禍である。その後始末をすることこそ、ザビ家の男子の償いである。ガルマ・ザビはこう考えていた。
ティターンズの装備は軟弱とは言い難い。一週間戦争への反感から、親連邦に傾いたコロニーも多い。また地球圏でもユーラシア大陸は比較的被害が少ない。フランス・バルカン・ウクライナあたりでは多少の食糧生産ができる。あとはなけなしの食料を貧困にあえぐ難民に与えなければ、当座の食糧にはなる。備蓄と合わせれば、徹底的な禁輸を強いてもしばらくは耐えられる。そしてその間にテロを遂行される。
よって採り得るのは特殊部隊による対テロ作戦である。地球では荒事も多い。ガルマ・ザビ麾下には専属の特殊部隊がある。地上に範囲を限定すれば、ギレン直属のエージェントにも、練度・人員・装備いずれも劣らない。
ティターンズは同時多発テロを行う。それを止めるにはこちらも戦力を分散させる必要がある。一時研究所の魔の手より解放されたシャア・アズナブルなど、一部の(ガルマにとって)信頼できるものを加えた混成部隊は、急ピッチで戦闘態勢を整えていた。
次話、戦闘回。