雨が降ってきた。
「今日は夕方から雨なんだってね」ポニーテールを揺らしながら幼馴染みの河本綾瀬がそんな事を言っていた気がする。本当に降ってくるのか。折り畳み傘忘れてしまったんだよな。今日は濡れて帰ってしまおうか。
「お兄ちゃん、雨で濡れるとか風邪引くよ?」水の滴る良い男ではないから風邪を引いてしまうと妹の渚に心配をかけてしまうかもしれない。傘を借りるしかないだろうか。うーん。雨足が強くなっている気がする。
「おい、野々原。聞いているのか?」
「え、はい?」
「…この先を読め」
窓の外を眺めていたら教師に注意されてしまった。そういえば授業中だったな。えっと何ページだ。
「23ページです」ボソッとそんな声が聞こえる。隣の席の柏木園子だ。教科書の該当箇所を指で教えてくれた。ほんのり花の香りがする。
「ありがと。ええっと……」
朗読、今日は自分が呼ばれる日だったのか。窓の外ばかり眺めていたから気が付かなかった。
「……よし、まあ良いだろう。次はちゃんと授業を聞くように」
「はい」目は見なかった。面倒な教師だ。
「しっかり聞いていないとダメですよ」柏木はまたボソッと声をかけてきた。心配してくれているようだ。
「ごめん。ありがと」
「ふふ」柏木は小さく笑った。また花の香りがした。
終業のチャイムが鳴ると授業が終わった。学級委員が号令を掛け生徒たちはバラバラに立ち上がり何日経っても揃わない一礼をする。
「ありがとうございましたー」
その言葉から途端に教室が騒がしくなる。
さて、放課後になったわけだが、雨の問題が解決されていない。傘を借りるのはどこだったか。
「…ねぇ、あんた。今日こそ一緒に帰るわよ」
ツンとした高い声、綾小路咲夜に声をかけられた。金髪ツインテールに自信ありげなドヤ顔。何故かいつも一緒に帰りたがるんだよな咲夜って。…うーん。…一緒に帰る理由は無いしいつも断ってるんだけど。何度も言われるとしつこい。なので次のセリフは決まっている。
「今日も用があるから。んじゃ」
まあ、こう言うだけでいつも諦めてくれる。
「はぁ。全くいつになったら一緒に帰れるのかしら。まあ良いわ。明日こそ一緒に帰るんだからね。………もしもし、ななせかしら。至急車を寄越して頂戴。雨降ってるんだから私を濡らさないようにしなさいよね。あんたが一緒に帰ってくれれば車なんて呼ばなくても良いのにまったく本当に世話の焼けるんだから」とぶつぶつ文句を言いながら咲夜は教室を後にして行った。あいつお嬢様だから迎えの車が来るんだっけ。良いよな。でも執事はストレス溜まりそうだよな、あんなお嬢様だと。
「ま、用はないんだけど」
部活動に所属しているわけでもなく習い事もしていない。放課後は自由なのだが今日は別だ。バイトもあるし傘を借りなくてはならない。流石に濡れた状態でシフト入るのは迷惑がかかるだろうし。確か事務室に声かければ良かったはずなんだが…。
「え、きゃっ!」
「うわ!」
考え事をしながら教室を出ていたせいか誰かとぶつかってしまった。相手はその拍子に倒れた様子。
「ごめん。大丈夫?」
黒髪の綺麗な女の子…えっと、確か七宮神社の巫女さんで伊織と言ったか。
「ええ、私こそごめんなさい。考え事をしていて」
手を差し出したが「大丈夫」と言って彼女は一人で立ち上がる。どこも外傷は無さそうだ。
「…やはり」七宮は真剣な表情をする。「今日は寄り道をした方が良いかもしれません」
「え、急に何?」
「神からのお告げがありました。今日の貴方はまっすぐ帰ってしまうと何か大変な事が起こってしまうかもしれません」
「…は?……寄り道?」
それに神からのお告げって、いくら神社の巫女さんだとしても変な気がする。
「はい。私としても嫌な予感がしてなりません」
「バイトは?」
「バイトは校則で禁止されているはずでしたが…」
あ。
「んー。わかったよ」
「はい。お気をつけてお帰りくださいませ」
変だとは思ったがたまには従ってみるのもありかもしれない。寄り道か…どこへ行こうか。バイトは…シフト変わってもらうか?店長は適当だし何とかなると思うのだが。
さて、傘を借りる事に成功した。と言うと少し違っていて「ビニール傘は大量にあるから一つくらいならあげる」と職員に言われたのだ。やっぱりビニール傘って誰しもが忘れるものだよなと一人で納得をした。
雨足は強くなりアスファルトを照らしていく。舗装されていない所には水溜りができていた。近くを通ると自分が歩く姿が反射して見えた。
「あ、お兄ちゃん!」
「あら、お兄ちゃんだわ」
二人組の女の子に声をかけられた。ウチとは近所に住んでる小学生のナナとノノだ。自慢のゴシックロリータ風の洋服が雨で濡れないように大きめの傘で仲良く相合傘をしている。
「何で今日に限って会うのかなー」
「本当ねー」
今日は雨だから遊ばないからね。二人はそう言いながら去っていく。晴れだったらまたいつものように鬼ごっこをしなくてはならないから救われた気分になる。思い出すだけで恐ろしい。見た目はか弱い少女なのに体力だけは成人並みにあるせいで彼女達は一日中走り回れる。あんな体力はどこにあるのか。だから次の日には筋肉痛になってしまうのだ。
「あ、先輩!」
二人が見えなくなる辺りで向こうから一人の少女がやってきた。銀色のツインテールがゆらゆらと踊っている。
「今日はシフト一緒でしたよね」
こんな所で会えるなんて偶然ですね、と続けるこの子は朝倉巴。24時間営業コンビニエンスストアで共にバイトをしてる後輩だ。
「ん、今日は休もうかと思ってる」
「え!?何でですか!?」
神のお告げがとか言ったら呆れられるだろうしな。それっぽい事でも言っておくか。
「気分かな。店長には休むって伝えておいて」
「先輩いないと寂しいんですけど⁉︎ 先輩!」
呼びかける彼女をおいて帰る事にした。
しかし、寄り道といってもどこへ行こうか。
ん、あの後ろ姿は…。
「慧梨主…?」
「あ、お兄様…」
純白のベレー帽を被った少女が一人前を歩いていた。桜ノ宮慧梨主はその体に似合わない大きな傘を差している。
「元気なさそうだね」
「そう見えますか…?」
いつものスクールバックの他に荷物を抱えている。これは確かバイオリンだったか。
「これから習い事なんです」
「雨の日でも習い事か…」
はい…。と肩を落とす。そういえば習い事は余り好きではないとか言ってた様な気がしたな。
「今日は亜梨主はいないんだな」
慧梨主は双子の妹で、落ち着いた彼女とは真逆の外交的な姉が亜梨主である。
「……やっぱり、お兄様は」
「ん?」
「いえ………………………。では」
「うん、またね」
少し早足で少女は歩いていく。その背中は先ほどよりも少し寂しさを覚える。
今日に限って色んな人に会うな。寄り道が良かったのか、または偶然か。
「…………廃材置き場にでも行くか」
そこは町の外れにある廃材置き場になってしまった公園。行政の手がつけられないほどに電子製品が溢れておりとある事をきっかけに訪れる事になったんだけど今は話さなくても良いか…。でもあの日がそろそろ近いんだよな。
気づけば雨足は弱まり止んでいた。何だ、傘いらなかったじゃん。傘を下ろして雫を振り払う。畳もうとすると人影が見えた。綺麗な桃色の髪をしている。
「あれ、お兄ちゃん。今日はバイトじゃないの?」
先客がいたようだ。親戚の従妹、小鳥遊夢見だ。叔父さんには結構お世話になっている。
「ん、なんか気分じゃなくてさ」
「変なの。それでここに来たんだ」
「…まあね」
廃材置き場には沢山の家電製品が並んでいた。と言うより捨てられている、が正しいだろう。トースターやコーヒーメーカーの様な小さいものから掃除機や冷蔵庫の様な大きなものまで無残に置かれているが。
「……これって、人の手?」
「ん、んん??」
夢見と二人で確認した。人の手だ。でも間接に少し空間があり分割線の様な模様があり機械仕掛けに見える。
その手を頼りに周りのゴミを移動させると何とそこには人型のロボットが倒れていた。色んな所が焼損しており着させられたであろうメイド服の様な衣装は無残に破れていた。
「ふむ。これは、メイドロイドだね」
「メイドロイド?」
夢見が解説をしてくれた。
主に富裕層をターゲットに製作されている身の回りや家事に庭の手入れなどを行うロボットを指す。多くの大手企業が事業に参加したが実際は綾小路財閥の傘下である綾小路重工が開発したメイドロイドが市場をほぼ独占しているようである。
「型式はA9……。A9なんて市場に出回ってないわね。どうしてそんなメイドロイドがこんな所にいるのかしら…」
メイドロイドの胸部辺りには"TYPE-SAKUYA A9"と書かれており、Aの後に続く数字でバージョンや型式がわかるらしい。夢見の話だと型式は6が最新で9は市場に出回っていないらしい。やけに詳しいな。
「まあね」夢見は誇らしげだった。
「焼損や6ミリの穴…人間の様な顔もこれじゃあ台無しね。長くて綺麗な金髪も傷んでるし、可哀想」
「夢見ちゃん…」
「なあに?」
「何とか助けてあげられないかな、この子」
「え?」
どうしてそう思ったのか、助けてあげたいのか、振り返ると明確に答えられないけど自分と同じで寂しそうに感じたのかもしれない。
「色々壊れているかもしれないけど、ここは廃材置き場だから色んなもので代用できるんじゃないか………って思ってさ」
「んー。わかった。お兄ちゃんがそう言うなら……9もうちょっと調べてみようっか」
綾小路重工が製作するメイドロイドは動力部が体の中心に納められ主に電気を使用する人間型の家電製品の様だがこのA9は少し製造方法が違うらしい。内部構造を見ると一目瞭然だよ、と言うのだが少しも理解ができなかった。
「はぁ、お兄ちゃんはもっと勉強した方がいいよ」
でも夢見って中学生だよな。と言う言葉を飲み込み聞いた話を自分なりにまとめてみる。
このA9はミスカトニック大学が開発したシステム"ワルプルギス"と言う人工知能が搭載されており人間と同様の感情を表現ができる。そのため主人の事を充分に理解すればするほど優秀になっていくんだとか。また動力源は脚部に内蔵されている"クェーサーエンジン"で特殊な回路を組まれている事から家庭のコンセントからでも動力源として変換でき活動ができるんだとか。うん。すごいな。よくわかんないけど。
「ん、このメイドロイド、動くわね」
「本当?」
夢見は持っている鋏を使って回路に突き刺す。するとバチバチと回路が音を立ててメイドロイドが反応する。
「やっぱり動くわ」
『Ultimate Maidroid Imagination A9…起動します』
機械音声がメイドロイドの口腔から聞こえる。女性の声だ。
「ウソ……。本当に動いた…」
『脳内メモリーにアクセス、マスターを照合します。……脳内メモリーを照合した結果、マスター記録がロストしています。それでは貴方が私のマスターでしょうか』
メイドロイドはまっすぐこちらを見つめた。貴方って俺の事なのか?いやでも、起動させたのは夢見なんだけど。
「でも、お兄ちゃんが動かしたいって言ったでしょう」
「そうか、じゃあ、俺がマスターになるのかな」
『マスター登録を開始します。……マスター登録を完了。Ultimate Maidroid Imagination A9は貴方のメイドロイドとしてお仕えいたします。以後、何なりとご命令ください』
「夢見ちゃん、このあるてぃめっとめいど…とか言うのは?」
「シリアル番号みたいな物かな、市場に出回っている機体じゃないから正式には分からないけど」
メイドロイドの胸部アンダー部分にUltimate Maidroid Imagination A9と書かれていた。
「名前長いな」
「そうね」夢見は名前に興味なさそうであった。
「じゃあ、頭文字を取って"ユーミア"とかどうかな」
「…変な所でこだわるよね、お兄ちゃんって」
ずっとアルティメット……と呼ぶのも呼びにくいしA9というのがシリアルなんだとしたらそれにちなんで個別に呼ぶのが良いではと考えた。
『U-MIA………ユーミア………覚えましたマスター』
ユーミアは微笑んだ表情を見せた。焼損している部分が多いので微笑んでいるのかは不明だがそう見えた。
『ユーミアは各部が損傷しており満足に行動ができません。現在は歩く事が困難な状況です』
抑揚のない声でユーミアは言う。起動したとは言っても寝転がったままであるから当然である。
「んじゃ、直そっか」夢見は仁王立ちする。
「できるの?」と言う自分の言葉に応える様に夢見はどこからか持ってきたのか工具箱を取り出した。ドライバーやスパナはわかるけど他にも沢山の工具がそこに入っている。
「これくらい簡単だよ。だけどメイドロイドなんて初めて触るしお兄ちゃんも手伝ってね」
夢見の指示でユーミアの復元が始まった。焼損や小さい穴などの物的に壊れている部分は直すことができなかったが中の回路を夢見は復元したらしい。
「よし」
夢見がスイッチらしき物を触ると一度寝ていたユーミアが起きた。
「Ultimate Maidroid Imagination A9…個体名ユーミア起動します」
おお、起動してきた。
「各部に損傷はありましたが脳内メモリー以外の損傷部は70パーセントほど回復しております」
「そんなに直せたの?」
「まあね」ドヤ顔をする夢見。どこでそんな技術力を身につけたのだろうか。年下のはずなのだが。
「んじゃ、今日は帰ろっか」
服についた埃を払いながら夢見は立ち上がる。そういえばユーミアはこのままにはしておけないな」
「お兄ちゃんが面倒見るんでしょう?」
何言ってるのと訴える様に目を丸くする夢見。メイドロイドに詳しいなら夢見の近くに置くのがベストではないのか。
「ウチはお姉ちゃんがうるさいし」
あっくんという彼氏がいるお熱な姉がいるというのは聞いたことがある。そういえば一度も会ったことは無かったな。
「それに貴方が彼女のマスターでしょ」
「そっか」
名前を付けてしまったしな。ユーミアの面倒を見るのは当たり前か。
「脳内メモリーは自己修復をすることが可能です。しかしそれにはより多くの時間を要しますので…」とユーミアは言う。今後どうするかはとりあえず家に帰って決めれば良いか。
「じゃ、またね。お兄ちゃん」
夢見と別れた。
ユーミアはメイドロイドと言いつつ見た目はほとんど人間と変わらない。足音は静かでかつ機械的な印象を感じさせない。これが今のロボットというやつか。
「メイドロイドとして家庭内での家事はお任せください。炊事洗濯掃除は最新データーベースにアクセスすることでマスターのお部屋に最適な作業を提案、実行いたします」
ひとまずは家で家事をしてもらうのが退屈しなくて良いかもと話してみた。メイドであるが故に大体のことはできる様だ。
小さなアパートで暮らしているとは言っても学校があるから普段は家にいないしいつでも綺麗さを保ってもらえるならありがたいことではある。
「ただいま」
玄関の扉を開けるとそこには仁王立ちをしているエプロン姿の妹がいた。
「おかえりなさい、遅かったね」
いつもより低い声、これは怒っている時の声だ。
「あ、いや、ごめん」
「それと…」
渚は後ろにいるユーミアを睨みつける。
「後ろの女は誰?」