ヤンデレCD交響曲   作:弘樹eatsuoi

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第一幕「渚と過去とトマト果汁」

 長い夢を見ていた。家族4人で仲良く食卓を囲んで鍋料理を楽しんでいた。私の好きな食べ物を先に食べてしまうお父さん。お父さんを注意しながら火加減を調整して具材を追加してくれるお母さん。隙をついて私の好きな具材を確保してくれるお兄ちゃん。なんてことないそんな3人が私はずっと好きだった。こんな幸せな時間がずっと続けば良いのにといつも思っていた。そんな風に思っていたからあんな事が起きちゃったのかな。そんな事、無いと思うけど。

 結婚記念日だからと子供を置いてディナーに向かった両親。その日は叔母さまが晩御飯を作りにお家に来てくれた。仲の良い従妹も一緒に来てくれたので料理をしてたんだよね。久しぶりに夢見ちゃんに会えたんだけど少し見ない間に大きくなっててびっくりしちゃった。そういえばお兄ちゃんにベッタリだったっけ。今度会ったら注意しようかなあ、なんて。

 そんな夜に事件は起きてしまった。

『お義兄さん達が交通事故に遭ったって…』

 電話を受けた叔母さまの口から告げられた言葉を私は信じられなかった。そんなはずはない。2人は早く帰って来るって言ってた。美味しいお土産を用意してるって言ってた。どうして、どうしてなの。

 

「渚様」

 機械的な声が聞こえる。お兄ちゃんと夢見ちゃんが廃材置き場で拾ってきたと言っていたメイドロイドであるユーミアの声だ。

「とても悲しそうなお顔をされておりました」

 どうやら寝ながら泣いていたらしい。目が少し痒い。

「大丈夫。起こしてくれてありがとうございます」

 ベッドから起き上がる。簡単な事なのにいつもより少し重く感じる。

「いつも渚様に起こしていただいてましたから、今日は渚様を起こす事ができてちょっぴり嬉しいです」ユーミアは微笑んで見せた。

 そういえばこのメイドロイドはタイマーで自動で起きる機能があるんだっけ。あれ、でもいつも私が起動させていたような気がしたけど…。

 ロボットにも嬉しいという感情が芽生えるのだと少し驚いた。

「お兄ちゃんは?」

「マスターならぐっすり寝られてますよ」

 起こしましょうかと提案されたが今日は何となく自分で起こしたくなった。昔を思い出したからなおさらだった。もう、お寝坊さんなんだから。

 いつもなら早く起きて朝ごはんを作るのだけど今日はメイドロイドにお願いすることにした。

「承知しました」

 ユーミアはキッチンへ向かった。その動きは少し軽やかに見えた。

 さてと、ねぼすけなお兄ちゃんを起こすとしますか。

 兄の部屋は私の向かいにある。鍵なんてのはドアにはないからいつでも開けられる。

 二人の関係にノックなんていらない。

 ベッドに横たわる血のつながった人間は少し寂しそうな顔をしていた。普段はあまり見ない顔だ。

「……お兄ちゃん、起きて」

 体全体を揺さぶるように兄を起こす。いつもなら「あと5分」とか言うくせにパッチリと目を開けてスッと起きてきた。

「おはよう、渚」

 眠い目を擦りながらお兄ちゃんは私を確認した。そしてじっと見つめてきた。

「なぁに、お兄ちゃん」

「………目、赤いぞ。大丈夫か?」

 ベッドから体を起こしながら兄は顔を覗かせてきた。まっすぐな視線だ。瞳の奥を見られた気持ちだ。

 私は思わずお兄ちゃんに抱きついた。

「お、おい、渚。どうした?」

 両親が亡くなったあの日を思い出した事を伝えた。

「今日だもんな………」

 お兄ちゃんが優しく抱きしめてくれた。お兄ちゃんの体温を感じる。お兄ちゃんの匂いを感じる。お兄ちゃんの心臓の音が聞こえる。

 思わず涙が溢れてしまった。

「…離れたくない」

 そんな言葉が出た。いつもなら平気なのにやっぱり今日はダメみたい。

「なぁに、大丈夫だよ。俺がいるから」

 ああ、私はお兄ちゃんが好きだなぁ。いつだってかっこいい。だからこそもう家族が離れ離れになんてなりたくない。お兄ちゃんはずっとそばにいてほしい。

「マスター、渚様。お食事の用意が………あら」

 どうしましょう。メイドロイドは困って立ち尽くしているらしい。いつの間にかかなりの時間が経っていたようだ。

「朝ごはん食べようか」

「…うん」

 朝食は白米に、渚が作り置きしていた豚汁、厚切りのベーコンと目玉焼き。野々原家定番の朝食だ。

「聞いてくださいマスター。最近はちゃんと卵が割れる様になったんですよ」

「この目玉焼きキレイだな」

 ユーミアは誇らしげだった。卵の割り方を教えるだけで沢山の卵が犠牲になったけどそのおかげで卵料理のレパートリーも増えたんだよね。

「そろそろ渚様の得意料理であるオムライスも作ってみたいです」

 そうくると思ってた。

 でも、私のオムライスだけは譲れない。

「それはダメ。オムライスは私の得意料理だもん」

「残念です」

 メイドロイドが悲しんでいる様に見えた。そんな表情差分も搭載されているのか。

「渚のオムライスは本当に美味しいんだよね」

 お兄ちゃんが口の中にご飯を入れながら話してる。行儀が悪いからやめてって注意したのに。

「褒めても何も出ないんだからね」

 兄に褒められた妹は優しく微笑んだ。

 

 野々原家の微笑ましい朝食の最中、インターホンの電子音が鳴った。メイドロイドであるユーミアは野々原家の電子製品と繋がっており訪問者が誰なのかすぐに理解できる。

「…小鳥遊夢見様です」

 夢見ちゃんか。

 渚は席を立ち玄関の戸を開けた。そこには渚よりも一回り小さい桃色の髪をした少女がそこに立っている。派手な洋服は着ないタイプだが今日は黒が目立つ装いだ。

「おはよう、夢見ちゃん」

 右手には何やら紙袋を持っていた。

「おはよう渚お姉ちゃん。これお父さんが渡してって」

 小鳥遊家と野々原家とは従兄弟関係にあり、夢見ちゃんは従妹の関係に当たる。私よりも年下なんだけど人懐っこい性格だからか敬語を使ってこない。

 両親の交通事故以来夢見ちゃんと会う頻度は少し減ってしまったが関係は続いている。

「うん。ありがとう」

「御墓参りは?」

 まだ行っていないのか、これから行くのか、という事だろうか。できたらお兄ちゃんと二人きりが良いのだけど。

「まだなんだ。今起きたばかりで」

「そっか。…………まあ、私がいたら邪魔だもんね。あとで一人で行くね」お兄ちゃんもバイバイと言い残し夢見は去って行った。

「あ、ああ」

「またね、夢見ちゃん」

「夢見様、風の様に去って行かれましたね」

 夢見ちゃんが持ってきたのは何だろうか。

「こちらはレーズンウィッチですね。味のバランスがよく紅茶などと召し上がると良いかと思われますが…」

「小川軒の…」

 包装紙を確認してユーミアが解説をする。しかしデータベースと照合すると違和感を覚えた。その違和感は商品を見た時に渚にも感じていた。

「ご馳走様でした。ユーミア美味しかったよ」

 手を合わせて一礼するお兄ちゃん。いつの間にか朝食を食べ終えていたみたい。

「お粗末さまでした。よろしければまたお作りいたします」

「渚、食べ終わったらお父さん達の所に行こうか」

「うん」

 今はお父さん達の所へ会いに行かなきゃね。

 

「じゃあ、ユーミアはお留守番お願いね」

「承知しました。お任せください。本日はかなり気温が上がると聞いておりますので熱中症にはお気をつけくださいね」

「ありがとう。行ってきます」

「いってらっしゃいませ」

「ユーミアさんも無理しないでね」

「はい」メイドロイドは手を振り見送ってくれた。

 久しぶりのお兄ちゃんとのお出かけ。それがお父さん達に会いに行くだなんて、ちょっと寂しいけれどせっかくなんだし服とか買いに行きたいな。

「あら、偶然ね」

 家を出た直後に声をかけられた。隣に住む河本綾瀬である。幼少期にいじめられていた兄を助けてくれたらしく、そこから関係が続いている。どうやら河本さんも出かけるみたいね。

「どうも」渚は少しだけ頭を下げた。

「おはよう綾瀬」

「おはよう二人とも。今日はお出かけ?」

 なんて言えば良いか、お兄ちゃんも迷っているみたい。河本さんは事情をわかっているはずだけど。

「買い物です。食材とか」

 ありきたりな返事をしてみた。

「そうなの。じゃあ、私も買い出しだから一緒に行きましょうよ」

「え…」

 そうくるか。いや、そうなってしまうのか。

「一緒に買い物すれば楽しいでしょう?」

 河本さんは私ではなくお兄ちゃんを見て言った。私よりも兄の判断に任せると言うことなのだろうか。そうだとするなら私にだって考えはある。

「お兄ちゃん……」渚は兄の袖を少し強く掴んだ。

「渚…?」

 河本綾瀬は出会った時から波長が合わなかった。明るく元気で面倒見はとても良いのだけれど、年上が故のお姉さん気取りな所が私は気に入らなかった。いじめられていたお兄ちゃんを助けてくれた事には感謝しているけれど、隣の家だからって家に勝手に上がってきたり料理したり、やはり気に入らない。

「どう?」綾瀬は顔を覗き込んできた。

「今日は渚と二人で行きたいんだ。ごめん」

「え、いいじゃんいいじゃん。一緒の方が」

「ごめん」

「……なんかさ、最近付き合い悪くない?」声のトーンが明らかに下がる。綾瀬の目が怒りを露わにしていた。

「デートに誘っても断るしさ、家にも上げてくれなくなったじゃん。何で?」

「……後で埋め合わせするから」

「埋め合わせって何よ」少しづつ声量が上がっている。

「ごめん」

 お兄ちゃんはそう言うと私の手を引いて歩き出した。兄の手は汗でとても濡れていた。

「話終わってないんだけど?」

 綾瀬は先回りをして二人の前に立ち塞がる。

「私何か変なことした?」「やっぱり付き合い悪いよね?」「そんなに私のことが嫌い?」綾瀬はこちらの返事を聞く間もなく畳み掛けるように言葉を飛ばす。面倒な人。

「話が終わるまで今日は…」と言いかけた所で電子音が響き渡るスマートホンのデフォルトの着信メロディーだ。綾瀬のスマートホンから流れている。

「もしもし、いま手が離せな」

「…渚、今のうちに」お兄ちゃんは小声で話しかけられた。誰からの着信かわからないけど確かにこれはチャンスだ。今のうちに……。

「あ、ちょっと! え? は?」

 速足で去る兄妹を追いかけようとした綾瀬だが電話の内容が彼女を引き止めた。

『彼に手を出すな……』

 

「ねぇ、待ってお兄ちゃん」

 一緒に歩き出したのに気がつけば2人とも走っていた、逃げるように。

「あ、ごめん」

 呼吸を整える。体育以外で走ったのはいつぶりだろうか。

「ああなると綾瀬って面倒臭くて、ごめん」

「いいよ。なんとか、なったみたいだし」

 河本綾瀬という人間の本当を知れたようで妹の私としては良い収穫だ。絶対にお兄ちゃんの彼女には相応しくない。

「渚?」

「あ、ううん、なんでもないよ。早くお父さんの所に行こうよ」

「そうだな」

 両親が眠っている場所はアパートからはさほど遠くない。そこは七宮神社に併設されており多くの魂が安らかに眠っている。"野々原家"と掘られた石は敷地の隅に鎮座していた。

「…おはよう」兄が墓石に向かって声をかける。

「最近、渚が唐揚げ作れるようになって、もしかしたらお母さんより美味しいかも」

「それ私が報告したかった」

「ごめんごめん」

 墓石はそれほど汚れていなかった。命日とお盆に訪れて掃除などを行なっているがもっと汚れていても良いはずなのに。誰かが手入れをしてくれているのだろうか。もしかして小鳥遊伯父さんとか。

 献花して線香を供える。辺りには落ち着いた香りで満たされていく。おばあちゃん家に行ったような気分になる。

 私達は墓石の前に屈んでこの1年の出来事を報告した、そこにはもう誰もいないのに。火葬され骨だけになったらもうそれは人ではなくなるのに。

「そろそろ帰るね」兄が立ち上がった。「お腹空いてきたな」

「じゃあ、唐揚げでも作ろうかな」

 鶏の唐揚げは私の得意料理のひとつだ。あまり油を使わずに調理するから普通の唐揚げと比べるとヘルシーだし外はカリッとあげるから食べ応えも抜群。お兄ちゃんにも評判が良い。と言ってもレシピサイトを参考にしただけなんだけど。でもアレンジを加えているんだから得意料理としても大丈夫だよね。

「楽しみだ。食材を買って帰ろう」

「うん」

 

「……………あの、野々原くん」

 両親への挨拶を終えた私達は声をかけられた。声の主は青紫の髪を綺麗に長く伸ばした巫女だった。うん、結構胸が大きい。その装いのおかげで余計に際立っている気がする。

「あ、七宮さん?」

 どうやら兄はその巫女を知っているようだった。

「はい。今日はお越しくださりありがとうございます」

 姿勢良く一礼をする巫女。綺麗な髪が風に靡く。

「そちらの方は…?」

 視線を私に向けた。少し表情が強張っているようにも見えた。

「ああ、妹の渚だよ」

 私は小さく一礼した。どうやら巫女は安堵したようだった。

「……良かった」

 小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。

 ……………………良かった?何が?

「御姿をお見かけしまして声をかけたくなりました。いつも訪れてくださりありがとうございます」

「うん。今日は特に忘れたくないから」

「そうだったんですね」

 巫女がその理由について特に聞いてくることはなかった。巫女なりに察したのだろうか。

「……では、また学校でお会いしましょう」

 巫女は小さく手を振って本堂へ去っていった。私を見たような気がする。しかも少し笑っていたような。私の正体を知った時といい何か怪しい。もしかしてお兄ちゃんの事が……それはないか。

「あの巫女さん、同級生なの?」

「ああ、クラスは違うんだけどね。たしか、七宮…伊織だったかな?」下の名前覚えてるんだ。ふーん。

「綺堂の話だと、スピリチュアル的な力があるらしい」

「なにそれ」

「まあ、七宮神社はパワースポットでもあるし、なんかあるんじゃないか?」

「それで毎週神頼み?」

 兄は毎週放課後に七宮神社に参拝しているのは知っている。でもそこに同級生の巫女がいるのは知らなかった。もしかしてその巫女に会いに行く目的があるのではと渚は考えていた。

「父さん達がいるし、近いんだから参拝はしないとさ」

「ふーん」まあ、今は気にしないでおくか。

 渚はそれ以上は今は聞かない事にした。

 

 食事の買い出しを終えた二人は帰路につく。玄関にたどり着くとガラスの割れる音と女声が聞こえた。

「キャー!」

「え?」

「は?」渚は疑問だったが自分たちの家には女性メイドロイドがいる事を思い出した。

「ユーミアさん!?」

 鍵を開けるとそこには機体が赤く染まってしまったメイドロイドが横たわっていた。血のようにも見えたが近くにトマトジュースの紙パックが転がっているのを見ると何らかの影響で紙パックを撒き散らしたと推測できる。しかし何故こんな事に。

「お二人を待つ間にお掃除をしていたのですが」

「けれどトマトジュースをこぼすなんて」変ね。

「はい…」赤く汚れたユーミアは小さくをする。

「とにかく。まずは掃除をしようか」兄がそう言ってユーミアに近づいた時だった。

「っ!!」頭を抱え込むユーミア。小さく頭上に火花のような光が見えた気がした。

「ユーミア大丈夫か?」

「うぐ…!」顔を顰めるユーミア。相変わらず表情が豊だなと冷静に感じた。

「ねぇ、大丈夫なの?」

「よくわからないけど…とりあえず深呼吸してみようか?」

 まあ、人間ならそれでも大丈夫だけど。それはメイドロイドに通用するのか。

「………だ、大丈夫です。少しAIにノイズが……は!マスター!」

 ユーミアは兄を押し倒した。まだ掃除していないトマトジュースがさらに部屋に撒き散らされる。ああ、この服お気に入りなんだけど…ってこの体勢は…。

「ゆ、ユーミアさん!何してるの!?」

「マスターお怪我はありませんか!?ああ、赤く染まって、私が近くにいながらどうしてこんな事に!」

 いや、あなたがトマトジュースを溢したのでしょうが。一連の動きをしているとどうやらパニック状態になっているのか。

「ユーミア、しっかりして、冷静に」

「は!」兄の声で冷静になれたのか。ユーミアは起き上がる。兄はユーミアに手伝われながら立ち上がった。

「ごめんなさい、ユーミアったら」

「はぁ、掃除は私達がするからユーミアさんは休んでて」

「すみません、渚様」

「お兄ちゃんも手伝ってね」

「もちろん」

 大量のトマトジュースを拭き取るのは骨が折れた。フローリングに染み渡り業務用の洗剤を使用してようやく取り除けた。

「綺麗になったな」

「まったく…」渚は少し呆れていた。

 兄の情けで居候まがいなこのメイドロイド、私達がいない間に変な事をしている可能性はある。掃除と称してトマトジュースを溢しているのがその一つと考えて良い。なぜ機械であるメイドロイドが人間の飲み物を欲していたのか。

「私も覚えておらず、気がついたらトマトジュースを持っていまして、足元を滑らせてあの様な状況に」

 このメイドロイドは案外ポンコツなのかしら。

「今日は休んでて、それに真っ赤だし」

 メイドロイドの機体はトマトジュースで赤く染まったままだ。清掃しないと。

「承知しました」ユーミアは力無く返事をする。

 さて、このトマト果汁を落とすのは苦労しそうだ。

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