ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」 作:とるてぃーや
穏やかな風に乗った、残暑というには強すぎる熱気が肌を撫でる。カラスの鳴き声がときおり響いてくる。
えい! という掛け声と共にちびが両手でシュートを打つ。素人目でも綺麗と分かるフォームで放たれたそれは、はっきりと練習の成果が見て取れた。
放物線を描いたボールはスゥーっとゴールに吸い込まれ……ギリギリでリングに当たって明後日の方向に弾かれてしまった。
「うわ、惜っしぃ……」
近くのベンチで見守っていたあたしは、思わず声を漏らす。今の入ったと思ったんだけどなぁ。
「……」
……横から無言の圧を感じる。あたし史上最高の気まずさを感じつつ、チラリと横を見る。
そこには、同じベンチの隣に座る平田の姿があった。ちびの手前、離れて座ることができなかったんだろーけど、無言で表情を変えずにちびのことを見守っており、なにを考えているか全く分からないのが怖い。
確かに、平田と話すって決めたけどさ~っ! このタイミングは聞いてないっての……!
「あ~、えっと……サンキューな。ちびの面倒見てくれて」
なんとか会話の雰囲気を作ろうと、無難な話題を振ってみる。実際、かなり助かったし。
「……別に。偶々体動かしに来たら、下手くそがいて見苦しかっただけだから」
「いや、お礼くらい素直に受け取っておけよ。めんどくせーな……」
「アンタがすっぽかさなきゃよかっただけの話でしょーが」
うっ、そこを突かれると痛いけど……いっそ、全部話しちゃうか。どのみち後で共有するつもりだったし。
「……しょーがねーだろ。事務所にとっても大事な用事だったんだから」
「事務所ねぇ……アンタでも事務くらいならマトモにできるみたいだけど、約束破るほどの仕事が日曜なんかにあったわけ? ──本当は、社長さんと遊んでただけなんじゃないの?」
「……はぁ?」
いきなりなに言ってんだ、コイツ? なにがどうしたらそういう話になんだよ。
こっちとしては喧嘩を買いたいわけじゃねーのに……やめろっての。
「別にそういう関係じゃねーんだけど」
「どうだか。顔合わせのときも、やたらと庇ってたし……随分と気に入られてるみたいじゃん?」
「だから、違うって言ってんじゃん……!」
声を荒げそうになったところを、寸でで抑える。
……熱くなるな、あたし。ゆっくりと深呼吸をして、いつの間にか握っていた拳を開く。ちびが近くにいるし、喧嘩腰になるのだけはナシだ。
「そういう話がしたいんじゃねーんだって」
「アタシは話したいことなんてないけど」
「こっちは聞きたいことがあるって言ってんだよ」
「そんなの知るかっての。……アタシ、もう帰るから」
全然話を聞いてくれない。しかもほんとに帰るつもりなのか、ベンチから立ち上がろうとする。
だけど峰岸さんに大口を叩いた手前、今回ばかりはあたしも引き下がってやらない。
あたしは平田の手首を掴み、無理やり引き留める。平田はなにも言わずにそれを振り払おうとしたけど、あたしも指に力を込めて絶対に離さないようにする。
「……離してくんない?」
「絶対にイヤだ。離して欲しかったら、ちょっとだけでいいから話聞けよ」
「力づくでもいいんだけど?」
「いいの? ウチのちびが見てるけど?」
わざと笑みを浮かべて挑発する。平田は黙り込んだままこっちを睨む。隙あらば振り払おうとしているのは感じるけど、平田の言う強引な行動を取ることはなかった。
平田の言葉に内心イライラが爆発しそうになっているあたしだけど、それでも確実に分かっていることがある。コイツが、ちびには最後までずっと優しく接していたということを。
でなきゃ、ほとんど話したことがない筈のコイツのことを、ちびがあんなに嬉しそうに語るわけがない。見るからに懐いてたし、平田の方もちゃんと教えてたのはシュートを見てれば分かる。
町内のイベントで顔を見たことくらいはあった筈だから、あたしの妹だって知らなかったという言い訳も通用しない。あたしの妹だと知ってて、優しくしたんだ。
だから、ただの嫌なやつじゃない……と思う。そう信じて、あたしは平田を引き留める。
「……話ってなに?」
やっと観念したらしい平田は、ベンチに座り直す。腕の力が抜けたのを感じたので、あたしも恐る恐る手を放す。
よかった。ほんとに話を聞いてくれるつもりらしい。平田の気が変わる前に、あたしはすかさず切り込んだ。
「なんでそんなにあたしを嫌ってんのかって話」
返事はなかった。でも代わりに舌打ちが1つ。あたしは構わず続ける。
「前も言ったけど、小学校のころは大して関わりなかったじゃん。町内会とかで顔を合わせたことはあったけど、あんましゃべった覚えはねーし」
さらに続ける。
「あたしが知らない内になんかしてたんなら謝るよ。それに、どの道このまま不仲なのは事務所的にもよくないっしょ。だからさ、ちゃんと腹割って話し合わねーか?」
今度は舌打ちすら聞こえなかった。視線だけをあたしから逸らすと、なにごとか考えこんでしまった。
あたしはちびの様子を視界に入れながら、じっと返事を待つ。異様に長生きなセミ共の鳴き声があちこちから聞こえる。その内の1匹を選び、なんとなく鳴いた回数を数え始める。
5回目か6回目かに差し掛かるころ。ようやく、平田の声が聞こえた。あたしは意識をそっちに向ける。
「それは、アンタのそのつ……」
──いよいよ本音が聞けると思った、そのときだった。
「ねえ、お姉たちも一緒にやろう!」
遠くから駆け寄って来るちびに、コートへ誘われたのは。
もうちょっと待って欲しかったなぁ……なんてことは、妹相手には言えなかった。
*
ダム、ダム、とボールを片手で弾ませる。目の前には、ゴールを遮るように両手を広げた平田の姿が。その鋭い眼光を前にしたあたしは鷹に狙われるネズミのようで、微かな重心の移動にも完璧に合わせてくる。
くぅ……流石バスケ部。隙なさすぎだろ……っ。もう何回目の攻防なのかも忘れたけど、いつまで経っても抜けそうなイメージが湧かない。
「っ……こんの!」
ヤケクソ気味に左へフェイントを入れてから右へ抜けようとする。
しかし、あたしの動きにピッタリ付いて来た平田によって簡単にスティールされてしまった。
「フン……」
攻守が交代する。あたしは本気で守りに行ったけど、無駄だった。
一瞬右に動いてからの左への急激なダッシュ。視界から消えるようにあたしの横を通り抜けた平田は、あっさりとレイアップを決めてしまった。ムカつくけど、惚れ惚れするくらい綺麗なフォームだ。
くっそ……フィジカルはそんなに負けてねぇと思うんだけど、上手すぎて動きが追えねぇ……! 今のも全然フェイントに見えなかったし……!
「わあ……! 明美お姉ちゃん、すごいです!」
「これくらいは楽勝よ」
汗を拭いながらも、平田は余裕たっぷりな顔で煽ってくる。ちくしょう、ちびは完全にあっち側だし、マジでいいとこなしじゃねーか。
「もっかい! 次はぜってー入れてやるから!」
転がったままのボールを拾い、ポジションに着く。平田はめんどくさそうな顔であたしを見ながらも、ディフェンスに入ってくれる。
「……まだやるの、アンタ。どんな体力してるわけ?」
「こちとら中学んときからずーっと毎朝走り込んでたんだよ。これくらいでバテるかっての……!」
まあ、少し前までサボっててめっちゃ体力落ちてたけどな……! もちろん、そんなことまでは教えてやんねーけど。
「……ふーん」
聞いてんだか聞いてないんだか分からない返事をする平田をよそに、あたしはなんとかゴールを決める方法を考える。
どう考えても、ドリブルで抜くのは無理だ。もう何回も試して失敗してる。
なら、イチかバチかで3ポイントでも狙うか……? 届くか分かんねーけど。
さっきと同じ要領でボールをつく。平田はもうディフェンスに集中しているのか、あたしの狙いには気づいてなさそうだ。ジリジリと、距離を詰めていく。
3ポイントのラインから少し離れた位置だけど、変にドリブルしてもそのまま取られちゃいそうだし、いっそこのまま……!
「おりゃ!」
コントロールなんて気にせず、力いっぱい飛び上がりながら両手でボールを放つ。こうでもしないと、そもそも届かなそうだった。
呆れたような視線があたしに突き刺さる。経験者的にはありえないシュート。そんなの分かってるよと思いながら、あたしはボールの軌道を目で追い続ける。
体育の時間、男子がお遊びでめっちゃ遠くから片手でゴールに向かってぶん投げてるのを何回か見たことある。ああいうのって、不思議なことに1発目は意外とすんなり決まったりするんだよなぁ。その後の男子どもが馬鹿みたいに騒ぐからよく覚えてる。
まあ、なにが言いたいかっていうと──
「「あ」」
また声が重なる。それは、リングに当たることなくパスッ、とゴールに入ったボールを目撃した瞬間の声だった。ゴール下に落ちたボールが何度か弾むも、お互い立ち尽くしたままだった。
……は、入っちゃった。マジか。すげーな、あたし。
この爽快感……男子どもがはしゃぎたくなる気持ちも分かるわ。
「わー! お姉、すごーい!」
「い、いやぁ~。偶々! 偶々だっての~!」
ちびに褒められて気分は最高潮だけど、ラッキーなのはマジだ。実際、平田は納得のいってなさそうで、すごい顔してるし。
「……まだ1回決まっただけでしょ」
「おんや~? どしたの、急に~? もしかして、悔しいのか~?」
「うっざ」
仲が悪いことも忘れ、あたしはここぞとばかりに楽しげに煽る。平田は眉をひそめるも、そこに悪い感情は感じない。
「次はマジでやるから。姉妹2人がかりでかかってきなよ」
「……へぇ? 言うじゃんか。ならいっちょ見せてやるか、ちび?」
「う、うん」
空気が緩んでいく。最初はちびの前で揉めないように必死だったのに、いつの間にか純粋にバスケを楽しんでいた。
それからは、平田に一方的にボコられつつも、日が暮れるまで体を動かし続けるのであった。
平田と別れた帰り道、結局アイツとなんの話もできてねぇと頭を抱えることになったけど、後の祭りだった。
……まあ、ちびが満足そうだったから、いっか。
***
~side 平田明美~
風呂から上がり、ベッドに倒れ込む。ちょっと子供の面倒を見るだけのつもりだったのに、随分と体力を使わされた。
この後配信の予定だってのに……マジでだるい。しかも、結局腹を割って話せていない。
「嫌いな理由……ね」
仰向けになり、天井のライトを見つめる。思い出すのは、小学校のころ。
昔から運動と勉強のどっちも頑張っていた。バスケを始めたきっかけの憧れの選手が、努力の大事さを説いてたから。その人みたいに、ワイワイ言われたかったから。
事実、町内の運動会の徒競走で一番速かったのはアタシ。惜しくも全国を逃したミニバスの主力だったのもあたし。たかだか小学生のテストだけど、いつだって満点だった。一方のアイツはポロポロと点を落としてたし、先生に指されたときの回答の正答率もヤバかった。
……なのに、いつだってチヤホヤされるのはアイツの方だった。可愛くて、愛想がいいというだけの理由で。
今でもはっきりと思い出せる。
可愛いってだけで、商店街の大人たちに持ち上げられてるアイツを。
可愛いってだけで、男子からの人気を集めてたアイツを。
そうやってチヤホヤされて思い上がって、初星に行ったアイツを。
なんで可愛いだけでそんなに評価されるんだって思った。
商店街に買い物に行っても、アイツと同じように可愛がられたりしなかった。
男子をバスケで負かすくらい活躍しても、次から混ぜてもらえなくなるだけだった。
結果を出している筈なのに、なんの見返りもなかった。仕事で飛び回っている両親からは、褒められるどころか応援に来てもらったことすらない。
おかしいと思った。努力に見合った報酬がないことに。実力がないやつが応援されることに。努力なんて馬鹿らしいって考えることだってあった。実際、強豪のバスケの推薦は断ってしまった。まあ、それでも続けてしまうくらいには好きだけど。
だけど……アタシだって、「すごい」くらい言われてみたかった。
──だから、始めた。自分の容姿に関係なく評価されるVtuberの活動を。
貯めてた小遣いとお年玉のほとんどを使って、2Dのモデルを用意してもらった。後で知ったけど、それでも相場よりかなり安かったらしい。
ゲームは素人だった。だけど、デビュー前の猛練習でどうにか上位ランクまで到達させた。
しゃべり方も工夫した。ガラじゃないけど、「可愛い」と言われる為にどうすればいいか考えた結果だった。
結果は……大成功だった。モデルは「可愛い」と言われ、ゲームの腕は称賛され、男のリスナーからチヤホヤされるようになった。あっという間に登録者が増え、それこそまるでアイドルになった気分だった。
外面がいいだけで、こんなにも結果が違う。それに関しては複雑だったけど、結局はファンの声援や称賛が勝った。こんな快楽、一度でも手にしてしまうともう手放せなかった。
だから、藤田が転校してきたときは本当にスカッとした気分だった。可愛いだけで努力しなかったアイツは落ちぶれ、ハンデを克服して努力したアタシは栄光を掴んだ。
……そう思ってた。
「……アイツ、最後まで付いてきてた」
少し体を動かしたくなって、運動公園のバスケコートに向かったら、チビが1人で下手くそなシュートを打っていた。先客のチビが藤田の妹ってのはすぐに分かったけど、その練習姿を見たアタシは、きまぐれで少し教えてやることにした。誰であれ、がんばるやつは嫌いじゃない。
練習の合間に話を聞くと、元々姉の藤田と練習予定だったがアイツは急に仕事が入ったので1人で練習していたらしい。
そのいい加減さに、ますますアイツに腹が立つ。アタシには、妹より社長の峰岸との関係を優先しているようにしか見えなかった。
事務員だとか、トレーナーだとか言ってたけど、どうせ狙いはデビューに決まってる。またいつもみたいに愛想よくして、気に入られて、楽してアイドルに代わる地位を手に入れようとしているに違いないと。
そんなことを考えていたときだった、藤田のやつと鉢合わせたのは。
話がしたいなんて戯言をいつまでも言うもんだから、いっそのこと妹の前で全てぶちまけてやろうかと、本気で思った。
その前にチビがやってきて、なし崩し的にバスケをすることになったけど。
ただ、驚きはそこからだった。
アタシは、紛れもなく本気でアイツを叩きのめそうとした。それでアイツがグロッキーになったところで、やっぱり全部ぶちまけてやろうかと思った。
なのに、アイツは全然バテなかった。むしろアタシの方が余裕を取り繕うのに苦労するほどの、ふざけた体力だった。あんなの、毎日のようにランニングをしてないとまずありえない。
それに、体幹がしっかりしていてアタシの動きにある程度付いて来てた。バスケ自体は素人だったから技術で躱せたけど、危ない場面は何度かあった。これだって、日々トレーニングをしてないと無理な動きだった。
──もしかして、違うんじゃないか。そんな考えがよぎった。
初星でのアイツは、努力してたのかもしれない。それも4年間、尋常じゃないくらいに。そう思わざるを得ないくらい、今日のアイツの動きは油断ならなかった。
だけど、もしそれが本当だとするなら……アイツが帰ってきたということは、つまり。
「……初星、どんだけなんだよ」
業腹ながら、容姿だけはいいと認めていたアイツが努力しても届かない領域。
真の頂点ってのはそれほど遠いのかと、身震いがするほどだった。
しかし、そんなアイツが今はトレーナーをやっている。峰岸の話によれば、芽衣野のMVの演出も担当したらしい。
これまでは、どうせ芽衣野の歌が上手かっただけだろうと興味も示さなかった。
「……これか」
検索で出てきたそれを、すぐに再生する。
……もし、この動画の出来がアタシの予想を超えていたら。
そんなことを考えながら、視聴を開始する。
──このとき、初めてスタッフKという存在を本当の意味で認識したのだった。
***
あの日から間もなく、峰岸さんから全員に召集がかかった。きっとテスト撮影のときに話してくれた企画の話だと確信したあたしは放課後、学校から事務所までの道の途中でアイツを待った。
……残念ながら、まだ平田のやつとちゃんと話ができていない。アイツはあれでも結構な文武両道らしく、昼休みや放課後を狙っても部活に行ってたり、どっか勉強しに行ってたりと、なかなか隙がなかった。夜は配信で忙しいだろうし。
だから、今日だ。今日、事務所行くまでの間に、ぜーーったいに話す!
そう思ってたら、狙い通り自転車に乗っている平田のやつが現れた。あたしは分かりやすく姿を見せて、「おーい!」と呼び止める。
あたしの前で自転車を停めた平田は、いつもの細目であたしを射抜く。
「……こんなとこでなにしてるわけ?」
「この前話そうって言ったじゃん! なのにアンタがいつまで経っても捕まんねーから、こうして待ち伏せするハメになったんだよ」
「アンタと違って、暇じゃないからね」
「あたしだって別に暇人じゃねーっての!」
最近はダンスレッスンとかもやってんだよ! ボーカルも詩歌に教わってるし。
だけど、平田はあたしの話なんてどうでもいいと言わんばかりに「ふーん」と返すだけだった。
こ、コイツ~~! 人を苛つかせる天才かよっ!
「……アンタは、」
「ああ?」
平田が口を開く。おちょくられていたことに腹を立たせながらも、いったん我慢して続きを待つ。
……けど、なかなか出てこない。どうしたんだと思って平田の様子を見ると、コイツにしては珍しく口をまごつかせている。なにかを言おうと口を開いては、閉じるの繰り返しだった。
「? なんだよ?」
「…………別に」
「え? あっ……おい……!」
いきなり話を打ち切ると、平田は自転車を漕ぎ出す。風と共に一瞬で遠くなった背中に、あたしも慌てて自転車に乗り直して追いかける。
「ちょっと待てって! あんときは話そうとしてくれたじゃん!」
「うっさい。どうだっていいじゃん、そんなの」
自転車の速度が上がる。あたしも遅れないように、漕ぐスピードを上げる。
くそっ、こんなことならケチらずにギア付きのやつにすりゃよかった……!
その後も粘り強く話しかけ続けたけど、事務所に着くまでずっとダンマリだった。追いかけるあたしの方を時々チラリと見ることがあったから、ただ無視されてるわけじゃなさそうだけど……最近、ますますアイツのことが分かんなくなった気がする。
*
「『かすみ』と『エリカ』の3Dライブをやる!」
見るからにテンションが高い峰岸さんが、高々と宣言する。なんだか、背中から炎が見える。よっぽどやりたかったんだなーっていうのは分かる。
あたしは事前に聞いてたからそんなに驚きがなかったけど、初耳の2人は呆気に取られている。実際、まだ2人しかいない事務所としてはとんでもない早さだとは思う。
「翔くん……それっていつやるの?」
「開催は11月中旬! 2人合わせて30分くらいのミニライブだが、今回はスタジオを借りてのライブ配信形式だ!」
10月29日……? てことは……2ヵ月くらい? 予想よりかなり早い。そんなに早くスタジオが取れたのか。
「ってことで、ことね! 頼んだぞ!」
「……はい?」
「セトリと演出だよ! それぞれ1曲と……2人で1曲。どうだ?」
「どうって……」
考える。詩歌に関しては、次のMVに備えてある程度準備してきたものがある。それを流用すれば、そんなに時間はかからない。
となると、平田の分とユニットの分だけど……ギリ、なんとか?
……まあ、平田があたしの演出を受け入れることが前提の話だけど。それに、峰岸さんのアイデアに乗るならあたしのデビュー用の曲も必要になる。そっちは最悪、既存のやつを使うしかないかもなぁ。
デビュー曲以外のことを、正直に峰岸さんに話す。その間、意外にも平田からの反応はなかった。密かに安堵しつつ、報告を終える。
ただ、それを聞いた峰岸さんが話を先に進めようとしたタイミングのことだった。
「1つ、聞きたいことがあるんだけど」
平田が軽く手を上げる。全員の視線がそっちを向いた。今度こそ演出に関する文句かと身構えたけど、それとは違う話だったことをすぐに知る。
「──これは、本当に2人だけのライブなわけ?」
ぶっちゃけ、よく分からない質問だと思った。そりゃそうだろ。あたしのデビューはまだ正式に決まってないから、そもそも平田は知らねーだろうし。
と思ってたんだけど、そこで平田は思いもよらぬ行動に出た。あたしの方をはっきりと指差すと、語気を強めてこう言うのだった。
「そこのスタッフKとやらは、ライブに出ないのかって聞いてんの」
純粋な疑問にも聞こえるし、挑発のようにも聞こえるし、ただ怒っているだけにも聞こえた。
その言葉の本当の意味を理解できないまま、あたしは平田からKの話が出たことに心臓を跳ねさせるのであった。