ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」   作:とるてぃーや

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第三章 未練編
第16話 Vtuberとあたし


 事務所のとある個室。もとは誰かの寝室だったんだろうけど、今は違う。峰岸さんの厚意で事務スペースにあった配信用の機材一式が運び込まれ、今はあたしによって活用されている。

 一方のモニターには配信で映しているゲーム画面が表示され、もう一方にはコメントは始めとした様々な情報が表示されている。

 あたしはゲーム画面の中心を凝視しながら、マウスを強く握り、キーボードを指が痛くなるくらい押し込む。画面の中の視点が前に進む。少し進むと建物が見えたので、入ってみる。

 突如、けたたましい銃声と共に画面が赤く点滅した。

 

「あ、うわ、敵ぃ!? えっと、まず構えてぇ……痛い、痛いってぇ!」

 

 敵がどこにいるか分からない。どっちから撃たれてるのかも分からない。パニックの中、やっと敵を見つけても操作がおぼつかない。慌てて乱射してしまうも当然当たらず、銃の反動で画面が上を向く。

 

「あ……!? うわぁ、もう……またやられちゃったぁ」

 

 普段だったらとっくに強い言葉が出てるけど、配信なので我慢する。

 これで、また最初からやり直しかぁ……しんど。なにが面白いんだ……コレ。

 

 チラリとコメントを見る。励ましのコメントが何件も流れている。あたしとしては信じがたいんだけど、こんなプレイでも推してくれる人はたくさんいるらしい。

 その代わり、ゲーム内チャットからは足手まといのあたしに向けた苦言で溢れている。

 ──gmks

 ──トロール

 ──下手くそはゲームすんな

 マジで湯水のように暴言が飛んでくる。そんなの分かってんだよと思いつつも、ダメージはでかい。

 がんばって見ないようにしながら、ゲームを進める。ただ、急に上手くなるわけもなく、走れないしゃがめない当たらないの退屈セットを配信に垂れ流すだけだった。

 

「今日はここまで! いや~、せめて次はもうちょっと当てられるようになりたいねぇ。それじゃ、バイバーイ!」

 

 最後まで明るく振舞いながら、配信を切った。峰岸さんの注意通りに確実に切れているのを確認してから、背もたれに思いっきり寄り掛かった。

 

「うがぁ……ぜっんぜんできねぇ……」

 

 あの華々しいデビューを飾ってからそろそろ1ヵ月。世間はクリスマスシーズンだけど、あたしはそれどころじゃない。せっかく見に来てくれているリスナーに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 調子がよかったのは最初の雑談配信だけだった。モニターの前で1人でしゃべり続けるというのは変な気分だったけど、それはすぐに慣れた。元々話すのは得意だし、コメントと雑談するというのも結構面白いと思ってる。

 だけど……いよいよゲーム配信を始めてみたら、大問題が起きた。あたしが致命的なまでに、ゲームが下手だった。

 

 詩歌におすすめのゲームはと聞いてみたら、無料で遊べるパソコンゲームを紹介してもらったんだけど……それが激ムズだった。

 少し前に流行ってたバトルロワイアル系のFPSで、今でも配信でそれなりに人気で、詩歌によるとかなり取っつきやすいらしいけど、どこがだよと言ってやりたい。

 キーボードとマウスを使って移動するということ自体が難しいし、小指でキーを長押しとか指がつりそうになる。

 なによりも、ほとんどの試合でなにもできないままやられちゃう。ぶっちゃけ……つまんない。配信の為って理由がなかったら、とっくにやめている。

 

 せめて誰かに教わりたいけど、詩歌はなんか色々とイベントに呼ばれてて忙しそうにしてるから今は頼りづらいしなぁ。平田は……まだちょっとそういう距離感じゃないのと、あっちもあっちでバスケの大会が近いらしい。

 自分でどうにかするしかない。そう思って居残りで射撃練習をしてみるけど、画面の中の指先くらいの大きさの的なんて、止まってても当たらない。

 

 今はまだデビューライブ効果でたくさん見に来てくれる。でも、このままじゃいつかは飽きられる。つーか、あたしがリスナーだったらとっくに見るのやめてる。もしかしたら、内心つまんないと思いながら見てる人もいるかもしれない。

 

 MVやライブなんてそう何度もできるものじゃないから、ゲーム配信で楽しんでもらえるようにならないと。頭では分かってんだけど、モチベーションがやばい。

 ……実写だったらカメラ映すだけで簡単にダンスできんのになぁ。いや、Vtuberでやってくって決めたんだから、これくらいは我慢しないとだけどさ。

 

 帰ろう。そう思ったあたしはパソコンを落とし、荷物を持って部屋を出る。事務所を出る前に、まだ仕事中の峰岸さんに声をかける。

 

「お疲れ様でーす。あたしはそろそろ帰りますけど、だいじょぶそうですかぁ?」

「ん? ああ、お疲れ。問題はねーけど……ってか、ことねはもうライバーなんだから、シフト以外はそこまで気にしなくていいって言ったろ?」

「いやぁ、あはは……まだクセになってるみたいでぇ」

 

 ちょっとだけ嘘だ。ほんとは息抜きに違うことできないかなぁ、って少しだけ思ってた。

 でも残念ながら仕事はなさそうだった。

 

「そういえば、配信の方はどうだ? 詩歌が選んだゲームやってるって話だけど、いきなりあれは結構大変だろ?」

「あ~……まあ、ちょっとだけぇ」

「時間があったら俺が少し見てやってもよかったんだが……悪ぃな。最初誘ったときは付きっきりでサポートできるとか言ったのに」

 

 最近の峰岸さんは本当に忙しそうにしている。単純にライバーの数が当初の3倍になったし、外部とのやり取りとか企画の準備とか、峰岸さんにしかできないことが山積みだった。

 

「ああいう対人ゲームができた方が活動の幅は広がりやすいけど、別に絶対じゃねーからな。どうしても無理だったら、別のゲームに切り替えるのも手だぞ?」

 

 そう言われても、そもそも操作から苦戦してるレベルだしなぁ。ゲーム変えても、そんな変わんねーんじゃねーのって思ってしまう。

 

「あはは、ありがとうございます。考えてみますね」

 

 話を切り上げて、帰路についた。小腹が空いたので、帰り道のコンビニで肉まんを買って帰ったら、ちびたちが喜んでた。自分の分を取ってから、ちびたちにレジ袋をそのままあげる。

 そのまま自室に戻ろうとしたら、お母さんに呼び止められる。

 

「ことねー。ことね宛の郵便来てたわよー」

「えー? なんだろう……」

 

 食卓に置かれてた封筒を手に取ってから自室に戻る。心当たりはないけど、誰からだろう。

 その差出人の名前を見たとき、「うげっ……!?」と汚い声が漏れてしまった。いやだってしょーがないじゃん。封筒には、『十王星南』って書かれてたんだから。

 

「な、なんで十王会長が……」

 

 百歩譲って、住所知ってんのはいいよ。十王会長なら調べようと思えば調べられるだろうし。でも、十王会長はとっくに卒業してて、あたしもやめてからもうすぐ1年だ。今さらなんで郵便なんか送ってくんだ……?

 当時にしたって、バイト先に突撃されたり、自分のものになれとか言ってきたり、色々と意味不明な絡まれ方をしただけだ。アイドルの十王星南はずっとあたしのスターだけど……十王会長本人は、なに考えてるか分かんなくてめっちゃ苦手だった。

 

 開けたくない。でも、開けないわけにもいかない。なにが出てきても良いように覚悟だけ決めて、封筒を開けた。

 

「……ぇ……ええ~!? こ、これってぇ!?」

 

 中身を半分くらい取り出した瞬間、手が震え始めた。手のひら返しで残り半分を勢いよく取り出して確認する。

 見間違いじゃない……! これ……次のライブのチケットだ……! 県内のアリーナの、めっちゃ高いアリーナ席の……っ!

 十王会長がライブツアー中で、今月そこでライブすんのは知ってたけど、チケットが高すぎて諦めてた。なのに今、それが手元にある。チケットが、純金のように光り輝いて見える。

 

「これ、あたしにか……!? あたしにだよな!? ふぅわあぁ~!」

 

 めっちゃ嬉しいんですケド~!? ウキウキと心が舞い踊る。

 ただ、それもほんの一時だけだった。

 

「……いや、でもぉ……うぐぐ……やっぱ、受け取るのはちょっとなぁ……」

 

 しばらくチケットを眺めていたら、次第に冷静になってきた。そうだよ……こんなの、理由もなく貰うわけにはいかない。

 思えば、十王会長はいつもそうだった。いきなりポケットから札束出してきたり、わけの分かんない桁の報酬を提示したり。対価もなしに、そんなの受け取れないってのに。

 

 ……惜しいけど、マジで喉から手が出るほど欲しいけど、このまま送り返そう。

 そう思ったとき、封筒の中にもう1枚なにかが入っているのに気づく。なんだろうと思って取り出して開いてみると、あたし宛の手紙だった。

 こっちの差出人は……十王会長のプロデューサー?

 

『内密でお話があります。ちょうど十王星南のライブがございますので、せっかくなのでご覧になってからいかがですか』

 

 ……話? 十王会長のプロデューサーさんが、あたしにぃ?

 

 十王会長のプロデューサーさんには会ったことないけど、文面はすごく丁寧だ。十王会長ならともかく、プロデューサーさんからの誘いとなると、断りづらい。

 

 それでも寝る時間まで散々迷ったけど……最後には、ライブに行くことにした。

 せっかく誘われたんだしー? 断る方が失礼だよねー? ……楽しみだなぁ。

 

***

 

 ライブ当日。数万人を収容できる会場が、ペンライトの光でギッシリと埋まっている。今か今かと開始を待つファンたちの熱気が充満している。もちろん、あたしもその1人だ。

 

 ──きた……! ステージのイルミネーションが一斉に灯り、スポットライトが照らされる。そこには変わらぬ憧れの、十王星南の神々しい姿があった。手を伸ばせば届きそうな……息遣いまで聞こえてきそうな距離。

 

「──ふふ、みんなようこそ。ライブツアーもいよいよ終盤。今夜も盛り上がっていくわよ!」

 

 歓声で会場が揺れた。衝動に身を任せるがままに、両手のペンライトを懸命に振った。

 

「では早速1曲目!──」

 

 ライブが始まった。久しぶりの……特等席でのライブだ。楽しくないわけがない。

 初星学園の頂点を示す一番星の称号を、そのままトップアイドルの証にまで押し上げてしまった十王星南。

 卒業後も数々の星々を呑み込み、太陽のように輝き続けるあたしのスターのライブは、魔法の世界そのものだった。非の打ち所がない、完璧すら突き破ったビッグバンだった。

 ずっとこの時間が続いて欲しいと思いながら、会場のみんなと盛り上がり続けた。

 

 夢のような時間が終わり、ファンたちはライブの感想を語り合いながら会場から出て行く。

 あたしはというと、人の流れから離れて行く。事前に手紙に書いてあった通りに、プロデューサーさんとの待ち合わせの場所に向かっている。

 しばらくすると、あたしより少し年上くらいに見えるスーツ姿の男の人が見えてきた。峰岸さんと比べると、いかにもビシッとしていて真面目そうな印象だ。

 

「初めまして、藤田さん。今日は来ていただき、ありがとうございます」

「いえいえ~! あたしの方こそ、ライブのチケットありがとうございましたぁ! マジで楽しかったです~」

「それはよかったです。用意をした甲斐がありました」

 

 プロデューサーさんの案内で関係者専用のスペースに入り、しばらく進んで行くとプロデューサーさんが足を止める。近くのプレートを見ると、関係者用のVIPルームって書いてある。

 

「こちらです、どうぞ」

 

 促されるまま、開けてもらった入口に近づく。

 ……この瞬間まで、あたしはずっとプロデューサーさんとだけ話すって勘違いしてた。それが違うと知ったのは、入室した直後だった。

 

「久しぶりね、ことね!」

 

 扉を閉めた。バァン、といい音が鳴った。

 体の震えが止まらない。

 

「あの、プロデューサーさん。話って、プロデューサーさんとだけなんじゃ……」

「いえ、そんなことを明言した覚えはありませんが」

 

 だ、騙された……! 最初から、十王会長と引き合わせるつもりで……!

 

「じゃあ、あたしはここでぇ……」

「ライブ、楽しかったのですよね?」

「う、うぐぅ……それは~」

 

 さ、最初からそのつもりで……! あのチケットの値段をあたしは知っている。とてもじゃないけど、この場ではいサヨナラできるような値段じゃない。

 流石十王会長のプロデューサーさん……一筋縄じゃいかない。

 

「わ、分かりましたよぉ。でも、プロデューサーさんも一緒にいてくださいよ? 十王会長と1対1だけはお断りですから」

「それはもちろんです」

 

 ドアノブに手をかける。凍ってるみたいに固く感じたけど、大きく息を吐いてから……一気に開け放った。

 

「ふふ……ごめんなさい、ことね。驚かせてしまったようね」

 

 まるで何事もなかったかのように、得意げな笑みを浮かべる十王会長が全く同じ場所に立っていた。さっきまでステージにいた十王星南は、もうどこにもいなかった。

 

「十王会長……えと、お久しぶりです」

「あらことね、私はもう会長じゃないわよ? うっかりさんね」

 

 ……寸前で言葉を堪える。いや、確かにそうだけど、言い方がなんか嫌だ。

 

「……十王先輩」

「せ、な」

「それで、話ってなんですか? 十王先輩」

「……もう、つれないわね」

 

 あからさまにしょんぼりした顔をしてるけど、無視する。代わりにプロデューサーさんにも同じことを聞く。

 

「その前に、1つ確認させていただきたいことがあります」

 

 いつの間に取り出したのか、プロデューサーさんは手元のタブレットを操作する。

 そしてタブレットに映った画面を見た瞬間……息を吞んだ。そこには、この場で映ってたらおかしいものが映っていた。

 

「『伏深まい』──こちらを演じているのは、藤田さんで間違いありませんか?」

 

 デビュー時のライブの映像が流れている。後日、個別に動画でアップしたやつだ。ありがたいことに、今現在も爆発的な再生数を稼ぎ続けている。

 いや、今はそんなことどうでもよくて。別に声を作ってたわけじゃないけど……そんなあっさりバレるものなの……?

 

「ご心配なく。今のところ、見抜いたのは星南さんだけですよ。もちろん、口外するつもりもありません」

「え……そ、そうですか。なら、安心です……」

「ふふ……一目見た瞬間、すぐにことねだと分かったわ。Vtuberのことねも、可愛らしくて素敵だったわ」

「……そですか。ありがとうございます」

 

 なんでだろう。十王先輩に言われると身の危険を感じるのは。反射的に、後ずさってしまう。

 

「それで……これがなんの関係が……?」

「──ことね。もう一度言うけれど、このライブは本当に素晴らしかったわ」

 

 急に声のトーンが変わって、あたしは背筋を伸ばす。さっきまでの、だらしなく涎を垂らしてそうな十王先輩から、かっこいい十王星南に戻っていた。

 

「相当な研鑽を積んだのでしょう? 今のあなたのステータスは、1年のときとは比べものにならないくらい伸びているわ」

「ステータス?」

「それは気にしないでください。要は、実力が驚くほど成長しているということです」

 

 十王先輩はなにか言いたげだったが、プロデューサーさんに視線で制されているようだった。あの十王先輩をちゃんと制御してるなんて、すげーわ。

 それはそれとして、あたしが2人にそれだけ評価されているっていうのは嬉しくもあり、驚きでもあった。今のやり方が間違ってないって自信が持てて、安心する。

 

「藤田さんが初星学園をやめた理由については把握しています。本当は、そのような状況になる前に私のようなプロデューサー科の人間がサポートできればよかったのですが……」

「それについては私も同様ね。ごめんなさい、ことね。最初から気づいていれば、あんな苦労をさせずに済んだのに」

 

 それも知ってるんだ。この人たちの前じゃ、なにも隠せそうにない。

 と言っても、それはもうあたしにとっては過去の話だ。特に気にすることなく、首を横に振る。

 

「気にしないでください。そりゃ当時はどうしよ~って頭を抱えましたけど、今は知っての通りなんとかやってますから」

 

 まあ、今は今でゲームが下手でつまらないって問題を抱えてはいるけど、当時と比べればずっとマシだし。

 

「そう、正にその話です」

 

 プロデューサーさんがズイと前に出てくる。大人な雰囲気を感じる顔立ちに、力強い眼差し。不意に胸が高鳴る。場違いなのは分かってるケド、かっこいいんだからしょーがない。

 だけど、十王先輩が頬を膨らませながらこっちを睨んでたのに気づいて、速攻で誘惑を断ち切った。

 あっぶねー。そういう感じなら、先に言ってくださいよ。ったく。

 

「藤田さん。1つ伺いたいのですが、藤田さんは初星学園でのことをどのように思われていますか?」

「どのようにって言われても……思うところがないわけじゃないですけど」

 

 最後の1年はもっと捨て身で行った方がよかったんじゃないかとか。無理にでもプロデューサーと契約してもっとサポートを受けられるようにした方がよかったんじゃないかとか。

 それらにしたって、もう終わった話だ。いい経験になったって思うしかない。

 

「申し訳ありません。少し言い方が回りくどかったですね」

 

 そういうことじゃなかったらしい。あたしは首を傾げる。

 

「単刀直入に申し上げます。藤田さん……もう一度アイドルを目指してみませんか?」

「ぇ…………ええ!?」

 

 予想外の言葉に、頭が真っ白になる。

 少しして、ようやく言葉の意味を理解したあたしは通行止めのように両手を顔の前で広げる。

 

「いやいやいや……っ! なーに言ってるんですかぁ、あたしはもう初星をやめていて」

「ですが率直に言って、あなたのアイドルとしての素質はずば抜けています。ルックスも素晴らしい。このまま埋もれさせてしまうのは、惜しいくらいに」

 

 1年……いや、2年くらい前に欲しかった言葉が紡がれる。ほんとに……心の底から嬉しいけど、当時と今では状況が違う。

 

「光栄なんですけど……知っての通り、あたしはもうVtuberですから」

 

 流石にどっちもやるのは無理だし、それなりに覚悟を決めてVtuberを始めたんだ。

 だから、気持ちだけ受け取っておく。

 

「ですが、未練はないのですか?」

 

 しかし、プロデューサーさんは引き下がらない。未練という言葉に、胸がチクりと痛んだ。

 

「えと、ですから……あったからこうしてVtuberをしてるわけでして……」

「それはVtuberがやりたいということですか? それとも、ただの代償行為ですか?」

「……どういうことですか」

 

 言った後に、自分の声に怒気が混じっていたのに気づいた。

 その先を聞いてはいけない気がする。聞いてしまったら、取返しのつかないことになるような、嫌な予感。

 でもそれは状況的に無理だった。次にプロデューサーさんから飛び出した言葉に、背筋が凍った。

 

「Vtuberとしての活動で注目されるのは『伏深まい』であって藤田さん本人ではありません。それは決して悪いことではありませんが、藤田さんはそれで良いのですか?」

 

 言葉に詰まる。すぐに否定しようと思ったのに……できなかった。

 それは、心のどこかでずっと引っかかってたこと。けど、それを分かった上で選んだ道でもある。なぜなら、藤田ことねとしての道は閉ざされたと思ってたから。

 でも……もし、そうじゃなかったとしたら?

 

「今から初星に復帰するのは現実的ではありませんので、候補生からのスタートにはなると思います。ですが、星南さんはもちろんのこと、星南さんがプロデュースしている方々も目覚ましい成果を発揮しております。藤田さんも、ご存じですよね?」

「それは~、はい。佑芽と千奈ちゃんと、美鈴ちゃんのことですよね?」

「ええ、その通りよ。……美鈴に関しては、その……私の手には負えなかったけれど」

 

 十王先輩の声からは、大きな気苦労が感じられた。あいつのマイペースさは同級生の間では特に有名だったし、驚きはなかった。

 

「あなたのことは、私とプロデューサーで直接面倒を見るわ。候補生と言っても、今のあなたならすぐに大きな会場でライブができるようになると思うわ」

 

 話が先に進んでしまう。ほんとはあたしがきっぱり断らないといけないのに、それを止められない。

 ついさっきまで見ていたライブの、十王星南の姿が目にくっきりと焼き付いている。何万人ものファンのコールを浴びながらの最高のライブ。あれはまさしく、あたしの原点だった。

 

「あたしは……いや、でも……」

 

 未練がどんどん大きくなってくるのを感じつつも、それを必死に振り払う。

 多くの助けがあって、あたしはVtuberとしてデビューした。あたしにかかったお金だって、決して安くない。そんな裏切るみたいなこと、とてもじゃないけど……できない。

 

「……なにを考えているのかは分かるつもりよ。私たちが、酷い選択をさせようとしていることも」

 

 優しい声に、あたしの天秤はますます揺れる。ずっとVtuber側に傾いているのに、見えない力が強引に反対に傾けようとしているような、歪な揺れ。

 

「Vtuberとしてのあなたはもちろん素敵よ。ただ、ことねには知って欲しいの。あなたのアイドルとしての力を。アイドルとして輝くことの喜びを。私にとって……ことねはやっと見つけた未来のスターだったから」

 

 冗談を言っているようには聞こえなかった。初星時代は、一番星で生徒会長の十王先輩が落ちこぼれだったあたしに、そんなことを本気で言う筈がないって思い込んでた。

 今になってようやく、それが嘘でもなんでもなかったと気づく。

 

「全身全霊で、あなたを導くわ。私のライバルになれるような、もう1つの一番星に」

「十王先輩……」

 

 手を握られる。吐息がかかり、数本の髪が頬をくすぐる。

 熱のこもった声に脳が痺れる。それは麻薬のように甘美で、抗いがたい。

 十王先輩に認められた高揚感に包まれながら……それでも思い浮かんだのは詩歌たちのことだった。ほんとにギリギリのとこだったけど……天秤が覆ることはなかった。

 今度こそちゃんと断ろうと口を開いた瞬間、プロデューサーさんから横やりが入った。

 

「では、こういうのはいかがでしょう。一度、アイドルとしてのライブを経験してみるというのは」

 

 しつこいなぁ、と思いつつ、その言葉に耳を傾けてしまう自分が嫌だった。せめてもの抵抗で、あたしは意識的に眉をひそめる。

 そんなあたしのポーズに気づいているのか分からないけど、プロデューサーさんは気にせずに続ける。

 

「十王星南プロデュースの期待のルーキーという謳い文句で、ライブの出場枠を確保しておきます。目立ちすぎないよう、会場も手ごろなライブハウスを選びます」

 

 それに出てみませんか。そう、言われた。

 

「ライブに……出れる」

 

 悪魔の誘いだった。ほんとならコツコツと積み上げないといけない過程をすっ飛ばして、いきなりライブに出れてしまう。しかも、十王星南という強力な後ろ盾付きで。

 プロデューサーさんは繰り返し、これはただの体験会みたいなもので、その後改めて断っても構わないと言ってくれた。

 それが、トドメだった。ゲームを楽しむことも上達することもできないストレス。それが原因でリスナーがいつか離れるんじゃないかという不安、再燃したアイドルへの憧れ。

 グラグラと揺れたあたしの心の綻びに、体験会という言い訳はこれ以上ないくらい効いてしまった。

 結局……あたしはダメだと知りつつも、その誘いに手を伸ばしてしまった。帰り道、浮気のような罪悪感をずっと抱えながら。

 

 

 

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