ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」   作:とるてぃーや

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第17話 声援とコメントの差

~Side 十王星南~

 

 ライブに出ると承諾したあと、ことねは逃げるようにこの場を去ってしまった。私はその光景から決して目を逸らさず、結果を受け止める。

 

「ふふ……醜い女ね、私は」

「この作戦を考えたのは星南さんではありません。責められるとしたら、俺の方です」

「私たちは一蓮托生よ。私の功はあなたのものでもあるし、あなたの罪は私のものでもあるわ」

 

 これは私がわがままを言った結果だ。卑怯なやり方なのも、筋が通ってないのも分かっている。

 それでも、『伏深まい』のデビューライブに魅入られたとき、こう思ってしまった。

 ──3DモデルのVtuberとしての姿でこれならば、『藤田ことね』ならどれほどの輝きを放っていたのだろうと。

 

「Vtuberは、間違いなく近年のエンタメで最も勢いのある業界の1つです。市場も右肩上がりで拡大し続けています」

「ええ。私たちアイドルも、ウカウカしてはいられないわ。不動の存在だったアイドル業界が、脅かされ始めている」

 

 ──けれど。

 

「ライブにおいては、まだその限りではないわ」

 

 トップアイドルとして、強く断言する。示し合わせたように、プロデューサーも頷く。

 

「3Dライブの技術は日進月歩の成長を遂げています。アイドルとの境目がなくなるのも、そう遠い話ではないでしょう。……ですが、それは今日明日の話ではありません」

 

 好みの差はあるだろう。ドラマが好きな人もいれば、アニメが好きな人もいるように。

 しかし、厳然たる事実として、リアルタイムの3Dライブの技術はまだ私たちには及ばない。いや、正確には演者の力を……ことねの魅力を伝えきれていない。私には『伏深まい』の可愛らしい姿が、彼女を縛る拘束具のようにも見えていた。

 だから、ことねがこの世界に戻ってきたと知ったとき……望んでしまった。なにがなんでも、ことねをアイドルとして輝かせたいと。多忙なあまり、スカウトする前にことねが初星を去ってしまったことに対する贖罪がしたいと。

 

 ──それはそれとして、ことねのライブは楽しみね。絶対に時間を空けて見に行かないと。

 

***

 

~Side 藤田ことね~

 

 ライブの枠なんて取れなければいいのに。それでうやむやになって、なかったことになればいいのにって思った。でも、十王先輩のプロデューサーさんはやっぱり優秀だった。次の日には連絡が来て、ライブの日が決まってしまった。冬休みに入る直前……それがライブの日だった。

 やっぱ断ろうと思って、何度もプロデューサーさんの連絡先を開いた。送信直前まで何回も行ったけど、最後にはメッセージを全部削除してしまうの繰り返しだった。

 

 ライブが決まったのに、それを憂鬱に感じる日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

 事務所では峰岸さんの顔をまともに見れなくて、挨拶だけしてパパっと事務所を出て行き、週明けの学校では平田と合わないように気をつけてしまう。

 昼休みに教室で溜め息をつくと、クラスメイトから心配されたので慌てて誤魔化す。そんなとき、スマホが震えた。通知を確認すると、プロデューサーさんからだった。

 

 ……レッスン?

 

 練習の為のレッスンスタジオを押さえたという連絡だった。スケジュールは……問題なかった。『分かりました』と、返信してしまった。

 とんとん拍子で話が進む。引き返す道がどんどん狭まっている気がして、怖くなってくる。

 

 ──いやでも、これならVでも役に立つし。

 

 心の中の言い訳はまるで藁の家みたいで……吹けば簡単に飛びそうだった。

 

***

 

「かなり上手です! その調子ならすぐに次の曲に行けそうですね」

「ほんとですかぁ? ありがとうございま~す!」

 

 いつも以上にしっかりと猫を被り、愛想よく振舞う。

 レッスンスタジオに到着するまではずっと足取りが重かったのに、いざレッスンスタジオの空気に触れたら、すぐに気持ちが切り替わっていた。時間を無駄にしないようにと、真剣に取り組む。

 

「1234 5678……!」

 

 曲に合わせて踊る。今回のライブで歌うのはどれも初星の定番曲で、過去に散々練習してる。何回か踊れば、すぐに体が思い出してくれた。その度に、流石十王星南の秘蔵っ子だと褒めちぎられる。

 こんなときでも、褒められちゃうと心が素直に反応し、頬が緩んでしまう。最近はゲームで落ち込んでばっかだったので、なおさらだった。

 高揚感に満たされながらレッスンを終えて……更衣室で、ガンと額をロッカーにぶつけた。

 

 ……なにやってんだ、あたし。

 

 荒波のように心が揺れる。すぐワクワクしたり、落ち込んだり。自分がどうしたいのか、よく分からない。

 額が痛くなってきたころにようやく離れて、シャワーを浴びてからスタジオを出る。

 帰りのバスでぼーっと窓の外を眺めていたら、スマホに連絡が来る。またプロデューサーさんかと思って見てみたら、胸がぎゅうと締め付けられた。

 連絡は……詩歌からだった。

 

『ほったらかしでごめんね。おすすめの動画がいくつかあるから、これ見るといいかも』

 

 いくつかの動画のリンクが貼ってある。忙しい中、時間を縫って見つけてくれたのだろう。その優しさが、あたしを苦しめる。

 詩歌に悪いので、1個だけ見てみる。実際、動画も色々あってどれを見ればいいのかよく分かんなかったし。

 

「なになに……素早い移動。リロードを早くする。ウルトの置き方……なにこれ」

 

 動画のタイトルは確かに初心者向けって書いてる。書いてるけど……知りたいのはそういうことじゃない。もっとこう、ゲーム自体が初めての人の為の動画が欲しいっていうか。

 まあ、一応覚えておこうって思いつつ動画を閉じた。

 

 ──ゲーム配信か……やだなぁ。

 

 さっきのレッスンが楽しかったから、余計にそう思う。レッスンがしたい。踊りたい。歌いたい。そんなんばっかりだった。

 一応、次の日に動画にあったことを頭に入れながら挑戦してみたけど……結果は悲惨の一言だった。

 

コメント

  :ウルトはちゃんと置こう

  :なんで射線通る場所にいつまでも突っ立ってんのか

  :いちいち考えすぎなんだよね。まだ初心者なんだから、味方のピンに脳死でついていけばいいのに。それで勝手に孤立してやられましたはヤバいよ。

 

 しびれを切らしたのか、新しいリスナーが流れてきたのか、どっちでもない愉快犯がいるのかは分からないけど、コメント欄がだいぶ荒れてきた。

 余計なお世話だっつの。カチカチと消していく。大丈夫……詩歌だって通った道だ。これくらいどうってことない。

 でも、結局テクニックの問題じゃなかった。基本の移動くらいならどうにか形になってきたけど、肝心の撃ち合いがどうにもならない。

 

 ライブだったら……ライブだったら、ちゃんと期待に応えられるのに。

 ライブがしたい。ライブの為に、時間を使いたい。積み上げてきたものを、もっと見てほしい。

 

 配信が終わったあと、すぐにパソコンを落として事務所を出た。ただ、次のレッスンが待ち遠しいと思いながら。

 

***

 

『聞いたわよ、ことね。万全の仕上がりのようね?』

「何回も練習してたんで。これくらいならラクショーですよ~」

 

 ライブ前の最後のレッスン日。バスを降りたあたしは、歩きながら十王先輩と電話越しで話す。

 レッスンはほんの数回しかなかったけど、とても有意義な時間だった。自分1人だと変な癖がついてても気づかないから、このタイミングで見てもらえてよかった。

 

『当日は私もお忍びで覗きに行くつもりよ。楽しみにしてるわね?』

「ほんとですか? なら見せてあげますね。完全体になったことねちゃんを」

 

 レッスンの度に褒められまくり、肯定感爆上げ中のあたしは終始ご機嫌だった。ここ数日はゲーム配信をしないで、雑談中心だったのも大きい。

 

『ああそれと、今日はプロデューサーが打ち合わせを兼ねて様子を見に行くらしいから、よろしくね』

「了解でーす」

「ふふ、ありがとう。それじゃーね、ことね」

 

 電話が切れる。めっちゃ忙しそうだな。流石トップアイドル。

 レッスンスタジオの建物が見えてきた。よーっし……最後のレッスン、がんばるか~。

 

 このときのあたしは、ぶっちゃけ油断しきっていた。最初はバレない心配ばっかしてたのに、結局今日まで事務所の誰とも会わなかった。レッスンで褒められてる内に罪悪感も薄れ、昔に戻ったみたいに熱中していた。

 だからこそ……更衣室に入った瞬間、背筋が凍ってしまった。

 

「……アンタ、どうしてここにいるわけ?」

 

 そこには、トレーニングウェア姿の平田が立っていた。怪訝そうな視線があたしに突き刺さる。

 

「ひ、平田!? え、マジか……ここに通ってんのっ? 全然見なかったけど……っ」

 

 動揺が声に出る。これは……ほんとにヤバい。靴裏が縫い付けられたように、その場から動けない。

 

「バスケの方で忙しかっただけ。最初からずっとここに通ってるっての。つーか、聞いてんのこっちなんだけど」

 

 話が逸らせない。でも、納得ではあった。近場で有名なとこって、ここくらいしかないし。流石のプロデューサーさんもそこまでは分かる訳がない。

 

「いやー、なんつーか……やっぱ1人だけだと動きが合ってんか不安じゃん? だから、ちょーっと見てもらおうかなーって……」

「ふーん……別にいいけど、そんな余裕あるわけ?」

 

 配信のことを言ってるのだろう。余裕はもちろんないけど、ほんとのことは言えない。

 

「ま、まあそうなんだけど~。やっぱ息抜きって大事ってか~」

「息抜きねぇ……鼻歌まで歌って、随分とご機嫌そうだったけど」

 

 あたしの焦りに反して、特に不審には思ってないらしい。すぐに興味をなくしてあたしの横を通り過ぎる。

 

「じゃあ、アタシはそろそろ時間だから」

「お、おう……」

 

 更衣室の扉が閉じる。足音が遠ざかった辺りで、あたしはようやく胸を撫で下ろした。まだ手のひらが汗で湿っていた。

 

「……はぁ」

 

 ここに来て、悪いことをしてるって思い出した。同じ建物に平田がいる。まるで近くで熊がうろついているみたいだ。

 

「あ、藤田さん。お疲れ様です」

 

 レッスン室に入ると、プロデューサーさんが声をかけてくれる。あたしは愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。

 もう仕上がってたおかげで、パフォーマンスにはあまり影響は出なかったけど、レッスン中はずっとビクビクしていた。初星の曲が流れている中、もし平田が入ってきたら。ほぼありえないって分かってるのに、そんな想像ばかりしていた。

 でも幸か不幸か、そんなことは起きずにレッスンは終わった。

 

「少し気になるところはありましたが、良い仕上がりでした。後はしっかり休んで、本番に備えてください」

「あー、はい。了解です……」

 

 すぐにでも更衣室に戻って帰りたいのに、プロデューサーさんが解放してくれない。早く話が終わってくれと思いながら、廊下で話を聞き続ける。

 

「それと、ライブの構成ですが……」

「『初』から順々にですよね? 分かってますって」

「MCの経験は……」

「話すのは慣れてますし、なんとかなりますよ」

 

 早く話を終えようと、積極的に答える。のんびりとしているプロデューサーさんに焦りを覚える。まさか近くにVのあたしを知ってる人がいるって思わないだろうから、しゃーないけど。

 

「ライブハウスの場所は、後ほどお送りします。……星南さんが認めた『藤田ことね』のライブ、私も楽しみにしてますね」

 

 一礼すると、プロデューサーさんは去って行った。

 話途中で平田が入ってくるみたいなことは起きなかった。ようやく、肩から力を抜く。

 

 ……でも、やっぱよくないよな、こんなの。平田と顔を合わせて、ようやく目が覚めた。

 

 コソコソこそこそ、事務所に黙ってライブに出ようとして。それでいざバレそうになったらびびりまくって。

 でも、今さらライブをやめても迷惑がかかる。せめて、早く答えを出さないと。Vなのか、アイドルなのか。

 

 ところが、今日の試練はまだ終わりじゃなかった。

 

「……お疲れ」

 

 あたしより少し早くレッスンが終わったのだろう。既に制服姿で荷物を持った平田がロッカーの前に立っていた。

 なるほど、直で来てたからあたしより先に来てたんだと、どうでもいいことを思う。

 

「お疲れー。えーっと、調子はどうだった?」

 

 いるかもしれないとは思ってたので、もう動揺はしない。平静を装い、近くの自分のロッカーを開けて、シャワーの準備をする。それでも、内心はドキドキだった。

 

「別にいつも通りだったけど。なに急に? 気持ち悪いんだけど」

「いや、気持ち悪いってなんだよ。ちょっと気になっただけじゃん」

 

 一応、これでもまだ事務所のトレーナーなんだけど。平田には一度も教えてないけど。

 

「そういうアンタこそどうなの? ゲーム、結構苦戦してるみたいだけど」

「……見てんのかよ」

 

 ぼそりと愚痴っぽく呟く。周りも話し声で結構うるさいし、これくらいじゃ分からないと思う。

 

「アンタ、ゲームやったことないでしょ? なんでいきなりあんなバトロワやってるわけ?」

「いやだって詩歌があれがおすすめだって言うからさ」

「……あのeスポーツ中毒め、もっと考えて勧めろっての」

 

 呆れ混じりの溜め息が聞こえた。少し前だったら怒ってたかもだけど、別に本気で馬鹿にしてるわけじゃないのは分かってる。

 

「そんで? 上手くいきそうなの?」

「う~ん……それがさぁ、一応詩歌にも動画貼ってもらったんだけど、あたしのレベルに合ってなくて……エイムの練習は、やってるけど」

「ふーん……ところでだけど、明日の予定ってどうなってる?」

「どうって……いつも通りだけど」

 

 それだけでちゃんと伝わったらしい。なんでそんなこと聞くんだと思っていたら、そのまま平田は帰ろうとする。

 

「え? ちょっと、どゆこと?」

「後で連絡するから。それじゃ」

 

 結局平田はなにも答えてくれないまま、更衣室を出て行ってしまった。

 あたしの頭にはずっとハテナが浮かんでいた。

 

 その真意が分かったのは家に帰ってからだった。事務所側のチャットアプリの方に通知が来ていて、確認したら平田からのメッセージだった。

 そのメッセージは非常に簡潔で、ただ一言こう書いてあった。『明日コラボで教えるから時間教えて』と。

 

***

 

 平田の急な提案に驚いたあたしだったけど、断る意味もないと思って返信した翌日。配信開始前にVCを繋いだあたしは、ゲームの画面を共有してもらいながら色々教わっている。

 

『──そこを開くと感度ってやつがあるでしょ? 今のマウスの設定なら、大体これくらいの範囲で調整してみて』

「えっとじゃあ、これくらいで……」

 

 言われた通りに設定したあと、練習場で試してみる。いつもの感覚で合わせようとしたら、照準の移動の遅さにびっくりする。まるで水の中に入ったみたいに重かった。

 けど、しばらく撃っていると……この設定の便利さに気づく。

 

「なんか、めっちゃ合わせやすいんだけど」

 

 今までは、めっちゃ小さい文字を書くときみたいに、慎重にマウスを動かさないといけなかった。だから、いざ撃ち合いが始まると力が入りすぎて照準が明後日の方に行っちゃうことが多発した。

 でも、今の設定は違う。腕を少し振るように動かさないといけないけど、その分前より楽に合わせられる。マウスを動かす距離が長くなった分、多少力んでも関係なかった。

 

『やっぱりね。FPSやってる人にとっては常識だけど、普通はこんなの分かんないし』

「ほえ~、なるほどね。助かるわ~、マジで」

 

 そうして、設定を終えて配信が始まってからは一緒にパーティを組み、エイムとか立ち回りの基本を1つずつ丁寧にレクチャーしてくれた。今までずっと手探りだったことがどんどん解決し、試合を重ねる度に動きがよくなる。平田が強いのもあり、少しずつ順位が上がってきた。

 そして、配信を開始してから3時間が経ったころ。いよいよその瞬間がやってきた。

 

『下のパーティが戦い出したら降りますわよ! ウルトの準備を!』

「了解! いつでも大丈夫!」

 

 崖の上で、じっとそのときを待つ。その間、平田は撃ち下ろしたりグレネードを投げて敵をジワジワ削る。

 

「──今! 降りますわ!」

 

 ウルトを敵のど真ん中に投げる。同時に、パーティ全員で降りる。

 ウルトの光弾が降り注ぎ、大ダメージを与える。着地と同時に、全員で弱っている敵を1人ずつ倒していく。

 そして、ついに最後の1人を倒した。

 その瞬間、画面に大きく『VICTORY』の文字が飛び出した。

 

「っ……! やったーーーっ!!」

 

 跳ねるように立ち上がり、操作を放棄して両手をあげた。その勢いで椅子が後ろに滑って行ったけどどうでもいい。

 

コメント

  :ないすーーー!!

  :ナイス!

  :おめでとー!

  :最後のウルトまじよかった!

 

 やっと、やっと試合に勝てた!

 平田の助力はあったけど!

 それでも、ちゃんと試合に貢献できた!

 

『やりましたわね。ナイスウルトでしたわ』

「エリカちゃんの指示が上手かったからだよ! あ~、きっもち~!」

 

 もし、初星の最終審査を突破できてたら。そんなもしものときと同じくらい喜んでる。全くの0から積み上げたから、達成感がヤバい。未成年じゃなかったら、絶対にビール開けてると思う。

 歓喜に震える中、時間もちょうどよかったのでそこで配信を終わりにした。ただ、まだ通話は切らずに平田……いや、明美と話を続けた。

 

「明美ちゃーん! マジでサンキュー! もーう、愛してる~っ!」

『急に馴れ馴れしいわね……』

 

 目の前にいたら抱き着いてそうな勢いで迫り、お礼を言う。明らかに引いてそうな気配を感じるけど、あたしは気にしない。

 

「いや~、まさかFPSも上手いなんて。これでバスケ部のエースで勉強もできるとか、完璧超人じゃん!」

 

 自業自得とは言え、昨日は平田に怯えてたりもしたけど、今はかつての咲季みたいに頼もしい。

 

『……別に、効率よく時間を使えばこれくらいなんとかなるっての』

「あっれ~、どうしたの? なんか照れてな~い?」

『黙れ』

 

 軽口が飛び交う。距離が縮まったのを感じる。

 それからも、しばらく雑談が続く。音楽好きの友達のこととか、バスケ部のこととか、今まで知らなかった平田のことをどんどん知れた。

 

 ──コメントも、すっごく嬉しかったなぁ。

 

 ずっと応援してくれて、上達すれば褒めてくれて、勝ったら思いっきり祝福してくれる。

 詩歌の配信を追っかけてたころのことを思い出した。そうだった、ああいうコメントを見て、Vtuberもいいなって思ったんだった。

 あのときもいいなって思ったけど、それが自分に向けられたときの快感はその比じゃなかった。後で、絶対にアーカイブは見返そう。

 ほとんど折れかけてたけど、今日の配信やってマジでよかった。天秤があっという間に元に戻った。

 というか、ちょっと意気地になってたのかもしれない。峰岸さんの言ってた通り、ケチらずにもっと色々なゲームを試してもよかったし、ASMRみたいにゲーム以外の配信の形もあったことを思い出す。

 ……ASMRをやるって意味じゃないけど。つか、あれは1人では絶対にやりたくない。

 

 とにかく、答えは……出たと思う。

 

「ねえ、明美」

「なに? そろそろ勉強の時間だから、切りたいんだけど」

「いやさ、実は……」

 

***

 

~Side 十王星南~

 

「本当に……本当に、素晴らしいライブだったわ、ことね」

 

 ライブ当日。変装した姿でライブハウスに忍び込んだ私は、ことねのライブの全てを見届けた。その完成度の高さは、観客の熱狂を見れば明らかだった。

 これこそが、私がずっと見たかった輝きだ。ライブ後、私は楽屋でことねに賞賛を送っていた。

 

「ありがとうございます、十王先輩! 見てもらえて、ほんとに嬉しいです!」

 

 屈託のないことねの笑顔に、目がくらむ。今からでも、ファンクラブを設立したい。今ならば、ナンバー1……教皇の地位は私のものだ。

 

「どうだったかしら、アイドルとしての初めてのライブは? 声援を、真正面から浴びた感想は?」

 

 声援の魔力を知る私は、敢えてそう問いかける。比較的小さいステージとは言え、私の知名度のおかげで観客は満員だ。その威力は十分。一度でも経験してしまえば、もう抗えない。そう信じ切っていた。

 

「はい、楽しかったですよ~。コールの迫力もすごかったです!」

「ふふ、ことねの力が観客にそうさせたのよ」

 

 実を言えば、既にプロデューサーと相談してこの後のプランも考えてある。今回のライブ映像があれば、よりランクの高い会場でライブができる。佑芽や千奈と同じ所まで、すぐに連れて行ける。

 

「それじゃあ、ことね。答えを聞かせてくれないかしら?」

 

 期待を込めて……どうかこっちを選んで欲しいと祈りながら、本題に入る。ただ、自信はあった。志半ばで初星を去ったことねがライブを経験すれば、きっとこっちを選ぶだろうと。

 しかし……ことねが申し訳なさそうに笑った瞬間、己の敗北を悟った。

 

「ごめんなさい。あたしは、アイドルにはなりません」

「……理由を聞かせてもらえる?」

「あたしはもう、『伏深まい』なんです。ステージの声援より……配信のコメントが欲しいんです」

「……アイドルでも配信はできるわよ? 私が、そうしているように」

 

 苦し紛れの反撃。無駄だと分かっていても、ことねを諦めきれない。

 

「そうかもしれないですけど……それでもメインはライブですよね? 今でもライブは好きですけど、配信で楽しんでもらうことの楽しさを知っちゃったんです」

 

 ことねは、最近やっていたゲーム配信のことを話してくれた。

 最初は右も左も分からず、負け続けて嫌気がさしたこと。次第にコメントが辛辣になり、レッスンの楽しさに逃げたこと。しかし、事務所の仲間がコラボ配信でゲームを教えてくれて、最終的に勝てたこと。そのときの気持ちよさとコメントの賞賛が、今でも忘れられないこと。

 

「……正直、十王先輩にプロデュースしてもらうという道も、すごく魅力的でした。だから、寂しい気持ちはあります。でも、ステージとファンの距離感より、配信とリスナーの距離感の方がいいんです。だから……ごめんなさい、十王先輩」

 

 これは、もうどうしようもなさそうだった。プロデューサーを加えたとしても、答えは変わらないだろう。

 

 ──遅かったのね、私は。

 

「……分かったわ」

 

 今日のライブをする前から、答えは出ていたのだろう。ライブに出たのは、きっと私を気遣ってのことに違いない。

 

「いじわるなことをして、ごめんなさい。もう、こんなことはしないと誓うわ」

「いえ、あたしにとっても自分を見つめ直すいい機会でした。それに、本番はこれからですから」

「本番……? どういうことかしら?」

「あたしの目標は、十王星南を超えることですから! それはVtuberになっても、変わりません!」

 

 ビシッ! と指をさされる。その不敵な笑みは、自信に満ち溢れていた。背後から、鬼火をいくつも浮かべる『伏深まい』の姿が見えた。

 

「目標? 私が?」

「はい! なにせ、あたしは子供のころからずっと十王星南の大ファンですから!」

「そ、そうだったの……」

 

 顔が熱くなる。子供のころからということは、あのころの私も知っているということ。少し、恥ずかしいわね。

 しかし、そうか。ことねが……私のファン。そして、私を超えると宣言した。

 ……ならば、一番星として……トップアイドルとして、その挑戦を受けないわけにはいかない。

 

 ──闘志を爆発させる。

 

「いいわ、かかってきなさい。頂で、あなたを待っているわ」

「首を洗って待っててくださいよ、十王先輩! あっという間に追いついて見せますから!」

 

 この子はもう、プロデュースの対象ではない。正真正銘、倒すべきライバルの1人だ。

 

 待ってるわ……『伏深まい』。戦える日を、楽しみにしているわ。

 

***

 

~Side 藤田ことね~

 

 あたしの言葉ではっきりと、アイドルとしての道を終わらせた。ライブでは別の名前で出演したので、『藤田ことね』として話題になる可能性は完全に消えた。

 4年も目指した道だったから随分と後ろ髪引かれちゃったけど、ようやく決別できた。チクりと痛みはあるけど、それ以上にスッキリとした気分だった。

 

 あのコラボ配信の後の通話で、あたしは明美に全部白状した。最初は静かに聞いてるだけの明美だったけど、十王先輩たちにスカウトされたくだりに入ったとき、『Vtuberは腰掛けだったっての!?』と烈火のごとく怒りだした。

 いや、怒って当然なんだけど、あのときの明美はマジで怖かった。外を歩いてるときに、真上で雷が鳴ってるときくらい怖かった。

 それでも必死に謝り、ちゃんと断るつもりだってことが伝わったことで、ようやく怒りを鎮めることができた。『もう二度とそんなことすんなよ』って厳重に釘を刺されたけど。

 最後に、今日一緒にゲームをやってくれたからその決断ができたとお礼を言ったら、呆れ混じりに『Vが嫌になったわけじゃないんなら、ちゃんと頼れっての。やる気がある限りは付き合うから』と言ってくれた。誰だよ、明美のこと嫌なやつとか言ってたのは。めっちゃいいやつじゃん。

 後日、峰岸さんにも伝えて、厳重注意に加えて罰として報酬がしばらく減額になったりしたけど、それはまた別の話。まあ、かなり寛大な処置だったとは思う。

 

 十王先輩へのライバル宣言もできたし、これで未練はなくなった。どこで勝負するかはまだ考えてないけど、とにかくこれでVの活動に専念できる。

 そろそろ詩歌もスケジュールが空くし、いっそのことコラボしてあたしの成長を見せてみるのもいいかも。

 決意を新たに、あたしは今後の配信スケジュールを思い描くのであった。

 

 

 

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