ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」   作:とるてぃーや

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第一章 詩歌編
第2話 芽衣野詩歌もしくは『古渡かすみ』


 峰岸さんにバイトに誘われてから、ちょうど1週間が経った。早速バイトの状況を整理してスケジュールを調整したあたしは、放課後を待ってから事務所があるという住所へ自転車を走らせた。

 

 てっきりどっかの雑居ビルにあるのだと思っていたけど、向かった先にあったのはどう見ても住宅街だった。読み間違えたのかと思ってスマホに入力した住所を再確認してみたけど、そういうことでもなさそうだった。

 

 首をかしげながら辿り着いた先は、屋根瓦でできた、昭和を感じさせる古びた一軒家だった。ただ、ちょくちょく改装を挟んでいるのか、玄関は比較的最近のタイプっぽい。

 

 本当にここで合ってるのかなぁ。そう思ってチャイムを鳴らしたけど、玄関から峰岸さんが出てきたのを見て、ようやく安心できた。

 

「もーう、事務所が一軒家ならそう言ってくださいよぉ。何回も住所確認しちゃったじゃないですかぁ」

「悪い悪い。まあでも、こうして辿り着けたんだからいいじゃねえか。ほら、入ってくれ」

 

 峰岸さんの案内のもと、早速事務所と名のついた一軒家にお邪魔する。

 峰岸さんによると、ここは少し前に亡くなった祖父母の家で、今は彼のお父さんが所有しているらしい。そこから峰岸さんが頼み込んで事務所として使わせてもらっているとのことだ。

 おかげで、月々の費用などがかなり抑えられているようだ。

 

「ここが事務所スペース。奥のキッチンに冷蔵庫が置いてあるから、飲み物とか好きに入れてくれ」

 

 おそらくはリビングだったのだろう空間にデスクが2つの島に分かれて配置されている。

 

 奥のデスクには家電量販店でしか見たことのないような大きな筐体のパソコンやモニター、それに加えて大きなタブレットみたいなものまで置かれていた。多分あそこが峰岸さんの席だ。

 

 そして、もう一方の島にはノートパソコンだけが置かれている席と、その向かいに峰岸さんの席にあるのと同じような筐体やマイクなどが置かれている。多分、ノートパソコンがある方があたしの席で、もう片方は配信用のパソコンなんだと思う。

 実際あたしの予想は正しかったようで、峰岸さんはそのノーパソを指でトントンと叩く。

 

「ここがことねの席ね。ことねはパソコンについてはどれくらい分かる?」

「プライベートはそんなですけど、バイトで使うことがあったんで簡単なことなら分かります」

「そんじゃ、レッスン以外は基本的にここで事務作業をよろしく。細かいことは、顔合わせの後で説明する」

「はい、分かりました。あの、ところでぇ……なんですケド……」

 

 周囲を見渡す。あたしと峰岸さん以外、誰もいない。普段はそれでいいのかもだけど、今日に関してはおかしい。もう1人、ここにいる筈の見知らぬ誰かがいない。

 

 芽衣野詩歌さん。現在唯一の所属Vtuberである彼女と顔合わせの予定だったのだけど……いない。どこかに隠れているわけじゃないことは、盛大に溜め息をつく峰岸さんを見れば分かる。

 

「……ああ、言いたいことは分かる。ちょっと待っててくれ」

 

 峰岸さんはスマホを取り出すと、なにかしらを確認しだす。

 

「……くそっ、未読かよ。つか、何時間配信してんだコイツ……」

 

 今度はスマホを耳に当てて、電話をかけているっぽい。スピーカーから漏れる呼び出し音が淡々と部屋に響く。だいぶ長い間粘っているが、一向に相手が電話に出る様子はない。

 ついに、峰岸さんが諦めて電話を切ると、苛立たしげに後ろ髪をかいて、こちらを向いた。

 

「わりぃ、予定変更だ。今から車出すから、移動すんぞ」

「えぇっ!? それって、もしかしなくても……」

「ああ。アイツの家に行く。あんにゃろう、連絡来てないかこまめに確認しろつったのに……」

 

 大丈夫カナ……なんか、いきなり先行き不安だ。顔合わせすっぽかすとか、初星でおんなじことやったらマジでヤバいことになるのに。

 

 バイト乗り換えんの早まったかなぁ、なんて思いながら事務所の近くに実は停めてあった軽自動車に乗り込むと、すぐに出発する。

 

 大通りに出て、道なりに進む。ラジオが車内に軽快な音楽を提供する中、車はひたすら走り続ける。助手席で揺られる間、あたしは峰岸さんの愚痴に付き合わされる。

 

「……つーわけで、マジで困ったやつなんだけど、頼むぞ。同級生で同じ女子のお前の方が言いやすいこともあんだろ」

「げっ、やっぱりそういうことになりますか。いやまあ、バイトになったからには頑張りますけど……」

 

 窓の外に視線を向ける。そんな遠くじゃないらしいけど、到着まではもうしばらくかかりそうだし、少し寝てようかな。そう思い、重くなってきたまぶたを閉じる。

 

 するとちょうど、ラジオの曲が切り替わる。ぼんやり聞き流していたが――イントロのあと、思わず息を呑む。

 

 ……あれ、この声。

 

 曲自体は初めて。でも、この声は知ってる。自信に満ち溢れたハスキー声。そして、激しいリズムに乗った力強い歌。

 

 ……咲季。

 

 あのいつも尊大な態度を取りながらも、意外と小さな背丈の彼女の姿が思い浮かぶ。

 

 もう、ラジオで持ち歌が流れるとこまで来てんだ。まだ2年なのに……すんげーな……あいつ。

 

 ……いいなぁ。

 

 ……せめて、夢の中では同じステージに立たせてほしいなぁ。

 

 そんなことを考えている内に――いつしか、あたしは眠りに落ちていた。

 

***

 

 肩を叩かれ、ゆっくりと目が覚める。思ったよりぐっすりだったようで、まだ頭が重い。頭を軽く振って眠気を飛ばす。

 

「ふぅわぁあ~~。よく寝たぁ~」

「バイト漬けなのは知ってっけど、ほどほどにしとけよ? ちゃんと寝た方が絶対効率いいぞ?」

「大丈夫ですよぉ。これでも初星の頃と比べれば全然余裕ありますし、お母さんにもバイトしすぎないように言われてますから」

 

 体を起こして、峰岸さんに続いて車から出る。ついでに、うーんと軽く伸びをする。

 

 どうやらここも住宅街のようだ。ただ、事務所周辺と比べると全体的に一軒一軒の間隔にゆとりがあって、家自体も少し大きい気がする。

 

 峰岸さんが車を停めた目の前に建っている家も同じく、割と大きい。しかも、庭付きだ。……雑草が生え放題になってるのは不気味だけど。

 

「もしかしなくても、芽衣野ちゃんのトコって結構なお金持ち?」

「富豪ってほどじゃねーけど、親父さんが結構でかい会社に勤めてるらしいからな。それなりってとこじゃねーか?」

 

 ふーん、と適当に相槌を打つ。あたしから見れば十分金持ちの部類だ。約束のことと言い、なんだか甘やかされてそうだなぁ。

 

 峰岸さんの後ろを付いて行く。玄関前に付くと、峰岸さんは懐から鍵らしきものを取り出した。

 

「え‟っ……合鍵、持ってるんですか」

「ちょっと事情があってな、アイツの親父さんから預かってんだ。ほら、行くぞ」

 

 峰岸さんは躊躇なく鍵を開けたので、そのまま一緒に中に入る。廊下が暗い。奥の部屋からも明かりが全然漏れていない。1階からは、明らかに人の気配がしなかった。

 

「こっちだ。アイツの部屋は2階の角だ」

 

 先導のもと階段を上り、奥まで進むとすぐに目的の部屋の前まで着いた。ご丁寧に小さな看板が下げられており、『詩歌』と書いてある。

 

 問題は、ここまで近くまで来たのに扉の向こうからなにも聞こえてこないことだ。出発前までは配信してたらしいけど、もうやってないのかな。

 

「えと……なにも聞こえないですけど」

「……配信も終わってる。こりゃ、寝てるな」

 

 寝てるって……生活リズムどうなってんだ、コイツ? てか、今日って平日じゃん。なんで長時間配信なんてしてんだ。

 

 ……なんかもう、ヤバいやつの匂いがプンプンするんですけど。

 

「おい詩歌! 寝てねえでとっとと出てこい!」

 

 しびれを切らしたのか、峰岸さんはノックというよりは借金取りみたいな調子でドアを叩き、扉越しに怒鳴る。そりゃこういう対応にもなるわ。

 

 ドンドン、とけたたましい音が何度も響き渡る。待ってるだけの時間というのは、やたらと長く感じる。そのドアがようやく開いたのは、手持無沙汰でなんとなくスマホを弄り出したときだった。

 

「うぅん……あれ……翔くん、どうしたの? わたし、今配信終わったばかりで眠くて……」

 

 ――いかにも出不精ですって感じの子だった。

 

 髪ボサボサだし、化粧してねーし、ダサ眼鏡にジャージだし。胸元の主張だけは激しいのが逆に腹立たしい。

 

「ああ。よーーっく知ってるよ。お前が昨日から連絡を一切確認してねーこともな」

「連絡……? んん? ちょっと、待って……」

 

 そう言って彼女は部屋に引き返す。きっと、確認に戻っているのだろう。しばらく待っていると、再び彼女がドアの隙間から顔を出す。今度は、顔を真っ青にしながら。

 

「あの、えっと……ごめんね、見てなかった……」

「毎日確認しろって何回も言ってんだろーが。今度やったらペナルティ食らわすからな。……そんで、連絡は読んだか」

「うん……顔合わせ、だよね? 今から事務所に行くの? わたし、昨日からまだお風呂入ってなくて……」

 

 風呂入ってないとかマジか。アイドル目指してる初星の生徒だったら、絶対にありえないってのに。世の中って広いなぁ。

 

 峰岸さんはそんな彼女に対して青筋を浮かべながら、あたしのことを指差す。

 

「ならとっとと入ってこい。もう、ここに来てるぞ」

「来てる? …………ぁ」

 

 今のでやっとあたしの存在に気付いたらしい。目が合った瞬間、彼女は動きを止め、目を見開く。

 

「こんにちは~、藤田ことねでーす。よろしくね~」

 

 なるべく警戒されないよう、いつもよりも気持ち優しめな声を作り、ヒラヒラと手を振る。コミュ力はあると思っている方だけど、初めての人種すぎてこれでいいのか分かんねぇ。

 

「……っ!」

 

 失敗だったっぽい。彼女はバタンとドアを閉めたかと思うと、ガサゴソと部屋を引っくり返すような音を立てる。そして次の瞬間には部屋を飛び出し、衣服を抱えたままあたしの横を猛スピードで通り過ぎて行った。

 間違いなく、風呂だ。

 

「うーん……と、ですねぇ……あれです……そう、すごく個性的ですね!」

「精一杯のフォロー、サンキューな。あんなでも、悪いやつじゃないんだ。最初は大変だと思うが、どうか頼む」

 

 方向性は違えど、この人も割と苦労しているようだ。それはそれとして、もうちょっと値上げ交渉しよかな、なんてことを考えながら階段を下りるのであった。

 

***

 

 暖色系の照明でリビングが照らされる中、ダイニングテーブルであたしと峰岸さんは対角線上の席に座っている。

 

 そのあたしの前に、飲み物が注がれたコップが置かれる。色や炭酸の泡から察するに、コーラらしい。ほんとはお茶がよかったんだけどなぁ。

 

「ありがとう。芽衣野ちゃん、でいいんだよね?」

 

 飲み物を出してくれた張本人である芽衣野にお礼を言う。しかし、彼女は顔を俯かせたまま、一言も返すことなく、自身の分のコーラを持って向かいに座った。

 

 ……返事くらいしろよ、コイツ~~! 返事は返ってくる分、手毬の方がマシって感じるレベルなんだケド!?

 いや、嘘ついたわ。アイツのヤバさはこんなもんじゃなかった。

 

「おい、返事くらいしろっての……」

「うう、ごめんなさい……知らない人だから、緊張して……」

 

 峰岸さんから注意が入るが、あんまり効果はなさそうだ。一応、昔馴染み相手なら割と普通にしゃべれるっぽいな。無愛想というより、人見知りなだけらしい。

 

「ことねは大丈夫だって。ほら、早く自己紹介」

 

 それを聞いた彼女はより一層縮こまり、捨てられた子犬のような目で峰岸さんの方を見る。だけど峰岸さんは顎で自己紹介を促すだけでそれ以上はなにもしない。助けがないことを悟った彼女は下を向いたまま動かなくなった。

 

 10秒……20秒……と経過する。もしや日が変わるまでこのままか、と思ったとき、ようやく彼女の口が微かに動いた。

 

「………………芽衣野……詩歌、です。……『古渡かすみ』、やってます。その……よろしく、お願いします」

 

 静寂の中でしか聞こえないような、消え入りそうな声だった。その一方で、聞いているだけで心が落ち着くような、夏の風鈴のようでもあった。

 

 なるほど、これはVtuberに誘うわけだ。長時間聞いてても不快にならなそうな声というのは、きっと貴重だ。

 

「さっきも言ったけど、藤田ことねです。これからよろしくね」

 

 返事はなかった。その代わり、コクリと小さく頷いてくれたのが分かった。少なくとも、あたしを拒絶してるって感じではなさそうなのはよかった。無視されてたらレッスンどころじゃなかったし。

 

「さて、じゃあ早速だが、これからの話だ」

 

 自己紹介が終わったことで、やっと峰岸さんが場を仕切りだす。

 

「メッセージにも書いた通り、ことねが当面の間お前にダンスやら歌やらを教えることになる。大体週に2~3回。時間が取れる土日のどっちかは絶対に入れてもらう。レッスンは事務所でやるから、今度は絶対に来いよ?」

 

 ちなみに、それ以外の平日が事務の日となる。平日3~4日に加えて土日のどっちかまで入れちゃう。しかも、時給はなんと1500円。給料のことを考えたら、顔がにやけそうになる。

 

 ……いや、ダメダメ。あっちは真剣なんだから、顔には出さないようにしないと。

 

「……ねえ、翔くん。本当にあたしがやるの?」

「ん? そうだけど。前にもそう言ったじゃん」

「うん、そうなんだけど……」

 

 

 って、まだその話まとまってなかったのかよ!? 表情はギリ堪えたけど、眉間に力が入った気がする。

 

「だって、わたし昔から運動が苦手だったし、最近の歌も全然知らなくて……だったら、配信をできるだけたくさんやった方がいいんじゃないかなって……」

「お前がやってるゲームが盛り上がってる内はそりゃいいよ。でも、いつかは流行は過ぎるだろ? そしたら別のゲームに乗り換えるのか? そのゲームも終わったら?」

 

 峰岸さんの言葉に彼女は押し黙る。図星だったらしい。

 

「ゲームの腕だけでどうにかなるのはプロゲーマーだけだ。俺の方針とも噛み合わねーし、ゲーム配信だけじゃ絶対どっかで伸び悩む。もっと色々試して活動の幅を広げねーといけねーんだよ」

 

 Vtuberというのも、色々大変らしい。それにしても活動の幅かぁ。まあ、そりゃ必要だよね。アイドルだって、駆け出しなら下積みで苦手な仕事もこなさないといけないらしいし。そんな先輩たちの姿も、実際に見たことがある。

 

「……でも、わたしにアイドルみたいなこと、ほんとにできるかな?」

「だからこうして講師も雇ったし、練習すんだろうが。初星学園って知ってるだろ? ことねはそこの出身なんだ」

「いや、だから落ちこぼれだったって言ってるじゃないですか……」

 

 ずっと下を向いていた芽衣野の顔がちょっとだけ上がり、視線があたしに向く。それは疑念なのだろうか。それとも期待なのだろうか。

 いずれにせよ、あたしとしてはちょっと気まずかった。

 

「なんにせよ、試してみねえことには始まらねーだろ。善は急げっつーし、早速明日レッスンやってみるか。……いいか? 明日は絶対来いよ」

「分かってるよ……今日は連絡見てなかっただけだもん」

「連絡は見ろっつってんだろ……ことねも明日平気だよな?」

「大丈夫です。じゃあ芽衣野ちゃん、明日はよろしくね。ぶっちゃけあたしも教えるのとか初めてだし、お互いに頑張ろ?」

「…………うん」

 

 相変わらず声は小さいけど、返事してくれるようになっただけでも前進かな。正直、最初の印象は最悪だったけど、思ったより真面目そうだし、これならなんとか仲良くできそうかも。

 

 話がまとまった所で、今日はこれで解散となった。あたしは峰岸さんと車で事務所まで戻り、簡単に事務作業の説明を受けてから帰宅するのであった。

 

***

 

 夜、自宅に戻って夕飯を終え、お風呂から上がったあたしは勢いよく布団に倒れ込む。とは言え、寝るのはもう少しだけ後だ。

 

 あたしは充電に繋いだままのスマホを横持ちにし、某動画サイトを開く。そして検索欄に『古渡かすみ』と入れる。するとすぐに、目当てのチャンネルに辿り着く。

 

「登録数は……うわ、結構行ってんじゃん」

 

 設立したばかりという話だったから、活動を始めた時期もそれくらいの筈。それを加味すれば、かなり順調な数字だ。

 

 アーカイブの再生数も最初は悲惨だったようだが、回を重ねるごとに伸びている。

 

 ――どういう配信してんだろ。

 

 最も新しいアーカイブ――つまりは顔合わせをすっぽかしていたときの配信を開き、適当にシークバーを進めてみる。  

 するとそこには、今までなんとなくでしか知らなかった世界が広がっていた。

 

 まずはゲーム画面。たまにスマホのパズルゲームくらいしか遊ばないあたしにはよく分からないけど、どうやら銃を撃ち合うゲームらしい。イヤホンから何度も銃声やら爆発音やらが響く。まるで、アクション映画を役者の視点から見ているみたいだ。

 

 そして、その画面の右下。アニメで見るようなキャラクターがゲームの進行に合わせて動いたり、しゃべっている。やや大きめのスタイリッシュなパーカーに、片目が隠れるようなメッシュ入りの青髪。この子が『古渡かすみ』のようだ。

 

「この声、ほんとに芽衣野なんだ……てゆーか、めっちゃ活舌いいじゃん。ちゃんと落ち着いてるし」

 

 ゲームのルールは分からないけど、チーム戦だというのはしばらく見ていたら分かった。そして、実際にチームメイトと通話をしながら戦っているということも。

 

『右の高台に1人います。わたしから前に出ますね……』

『1人倒しました。多分もう1人います』

 

 さっき会ったときとは全然違う。報告はクリアだし、声も張っている。言葉の節々に、プレイに対する自信を感じさせる。

 

「うわ、うま……」

 

 狙いを合わせるのがめっちゃ早いし、正確だ。他のことはさっぱりだけど、その点だけでもこのゲームが上手いんだろうなぁ、ということは分かる。

 

 コメント欄も、『今のヘッショえぐ』『スキルの判断いいよー』『ないすー』みたいな、称賛っぽいコメントでいっぱいだ。

 

『えへへ、ありがとうございます。あ、ちょっと次のマッチまでの間、ご飯食べてもいいかな? もう食べ始めちゃったけど』

『今日はですね……なんとびっくり、たまごサンドでございます。……え? 昨日もそうだった? いやいや、昨日は卵焼きの方の卵サンドだから別物でーす』

 

 軽快なトーク。コメントのツッコミに反撃しては、いたずらっぽい笑みがマイク越しに聞こえる。お互い、とても楽しそうだ。

 

「なんか、いいなぁ……」

 

 ぽつりと、漏れる。

 

 ステージに立ってるわけじゃないし、ファンの顔も見えない。だけど、こうして注目されて、褒められて、こんな近い距離感で交流したり。

 

 アイドルとはまた少し違うのかもしれないし、まだ駆け出しなんだろうけど……それでも確かに、輝いている。

 

 ――あたしが立ち止まってしまった場所の、遥か先にいる。

 

「って、やめやめ。もうあたしには関係ないじゃん。そもそも、あんなゲーム上手くねーし」

 

 アプリを落とし、スマホを布団の上に放り投げる。

 今度こそはもしかしたら……なんて、自分から断ったのに、それは今更ムシが良すぎる。脳裏に浮かんだ淡い考えをすぐに打ち消す。

 

 大体、まずはちゃんと時給分の働きをしないと。彼女が歌って踊れるようにしっかりとサポートする。これだって、責任重大だ。

 

「あ、そうだ。初星の教本出しておこうっと」

 

 内容は覚えてるけど、きっとあった方が便利だ。なんなら、事務所に置いておくのもありかもしれない。

 

 あたしは仕舞ってあった教本を取り出し、パラパラとページを捲る。

 

 うーん、未経験なんだし、最初はここらへんでいいかな。

 

 再度手に取ったスマホのメモアプリに、今後の方針を簡単にまとめていく。と言っても、入学時のレッスンとあんまり変わんないけど。

 こんなのもあったなと思いつつ、次々とメモを打ち込んでいく。

 

「ここはちょっとムズイかな……どっちかって言うと、あの補修組を参考にして……」

 

 どれくらい時間が経っただろうか。ウトウトと瞼が重くなってきたころ、ようやくアプリを閉じた。

 

「よし、こんなもんかな。あーねむ、そろそろ寝るか」

 

 教本を鞄に仕舞い、部屋の明かりを消す。

 

 講師をやることに対する不安と、遠足前のときのような少しばかりの高揚感を抱きながら、布団に潜る。

 思ったより気合の入っている自分に気づいて口元が緩むのを感じながら、目を閉じるのであった。

 

 

 

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