ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」 作:とるてぃーや
心臓がめっちゃうるさい。
スマホを握る手に力が入りすぎて、潰れるんじゃないかと心配になるが、意外にもスマホはビクともしない。
画面上部の時間をじーっと見つめる。決して目を離さず、そのときを待つ。
──っ、きた……!
表示中のページに更新をかける。
時間になって有効になったリンクがあるのでそれを押す。
『合否確認』のページに進んだあたしは、手元に置いてある受験番号を入力する。
あとは『照会する』を押すだけなんだけど……なかなか押せない。
──いやいやいや。落ち着けー、あたしぃ。
模試の判定はかなりよかったし、本番の手ごたえも十分だった。
絶対……きっと……多分、大丈夫……な筈。
──つーか、なんであんときのライブより緊張してんだよぉ~!
「あーもう! ……神様、お願いしマス!」
今年は念入りにお参りした神様に祈りながら、あたしは意を決してボタンを押した。
……目は閉じたまま。
──もう、画面変わってる?
いや、もうちょっとだけ待とっかな……なんて。
うっすらと……ちょーっとだけ目を開ける。
ぼんやりと視界が開けて……画面らしきものが見えてくる。
もう少しだけ開けると、輪郭がはっきりしてくる。
結果が見えた瞬間、今度こそ心臓が爆発しそうになったけど……画面に映る2文字の意味を理解したそのとき、あたしは家族が集まってるリビングに駆け込むのであった。
***
「ふーん、合格だったの。それはなによりね」
「おめでとう、ことちゃん」
ウッキウキで2人に結果を報告して、カフェに集まったあたしに待っていたのは素直なお祝いの言葉と、めっちゃ冷めた反応の2つだった。
「ありがと~。詩歌はほんとにいいやつだよねぇ~」
それに比べて明美はさぁ……。
「もうちょっと褒めてくれたっていいじゃん」
「褒めたいのはやまやまなんだけどねえ……」
呆れた視線をこちらに向けながら、明美はコーヒーに口をつける。
うっ……なにを言わんとしてるかは分かる。分かるけどさぁ。
「──これが現役合格だったら、手放しで褒めてたわよ」
「っ~~! それはもういいじゃねーかぁ! めっちゃ謝ったじゃん!」
……そうなんだよね。
もう……あのライブから1年が経っている。
そう、つまり……結局去年のあたしは受験に失敗して浪人した。
確かにあたしは活動と勉強を最後まで同時に進めきったけど……別にあたしがどんなにがんばったって1日の時間が増えるわけじゃなかった。
失った時間を取り戻すには残ってた時間があまりにも少なくて……まあ、そゆこと。
……いや、滑り止めは受かったんだよ? 受かったけど……もう1年だけがんばることにした。
当時は悩んだけど……せっかく自由に選べるようになったんだから、妥協したくなかったし。
ちなみに、明美は予定通りに進学し、詩歌もあたしより先に志望校への合格を決めていた。
これであたしたち『Braid』の全員が、来年度からは大学生だ。
「なにはともあれ、これでようやく本格的に再始動できるわけね」
言葉にはしなかったけど、明美は明らかに「待ちわびた」って感じだった。
それもそっか。ポツポツとコラボ配信はすることはあったけど、ちゃんとしたライブに関してはほぼ休止状態だったし。
ライブ活動メインでやってるわけじゃないからリスナーもそこまで気にしてない様子だったけど、あたしとしてはやっぱりもっとライブがしたかったし、2人もそうだと信じてる。
そんで、そんなもどかしい日々もこれで終わり。
「──また、あそこでライブしような」
すぐさま頷きが返ってくる。
あのときのことは、今でも鮮明に思い出せる。
自分の鼓動、肌を伝う汗、会場の熱気、キラキラとしたライト。
バーチャルなのに、本当のステージに立っていた。
ライブ後に配信用の映像を見返したとき、改めてそのリアルさに感動した。
──次は、ぜっったいにワンマンライブでやってやるぅ!
受験のプレッシャーから解放されたこともあり、あたしの心はどこまでも軽やかだった。
***
「ってな感じで、あたしも今年の春から大学生ってわけ」
完全な個室の中、金網の上で肉が焼け、脂が弾ける。
換気扇で煙が吸われると共に、食欲をそそる匂いが無限にあたしの腹を空かせる。
早く焼けねぇかなぁ……。
「……正直、あんたが受験生だったって聞いたときは驚いたわ。赤点スレスレだったことねが年末にライブって、てっきり進学しないからだと思ってたわ」
向かいに座っているかつての同期……咲季が半目であたしを見る。
要は、「無謀なことするわね」って言いたいらしい。
実際、その通りだったんだけどなぁ。
「今の活動は好きだし、ずっと続けたいけど、それはそれとして万が一に備えておかないとやべーってのは、初星やめたときに思い知ったからなぁ……」
やみくもに働いたってバイトの時給じゃ結局大した収入にはならない。
最低限、学歴やら知識を身に着けておくのは大事だなぁって思ってのことだったけど……まあ、確かにあのころはバイト漬けで酷い成績だった。
「その点、咲季は流石だよなぁ。あんだけすげーライブしてたのに、ちゃんと現役合格だもんなぁ」
「当然よ。日頃からしっかり準備してれば、これくらい大したことないわ」
そう言いつつも、どこか嬉しそうだ。
チョロいところは、あんまり変わってないらしい。
「……ほら、手毬。これとかもういいんじゃね?」
咲季と話している間、隣でずっと黙って食べていた手毬の皿にいい感じに焼けた肉を何枚か乗せてやる。
まあ、自分の分を確保するついでだけど。
「……ありがとう」
そう言いながらも、食べる手は止まらない。
今日は一応チートデーらしく、相当楽しみにしていたんだろう。
素直にお礼を言えるようになっただけ、よしとするか。
ちなみに、手毬は大学に行かずにアイドル一本で行くらしい。
まあ、手毬の場合は歌っていう唯一無二の武器があるわけだし、アイドルじゃなくなってからもやっていけるだろうけど。
「しっかし、もうあれから1年かぁ……」
肉をつまみながら、しみじみと呟く。
ライブ前に宣戦布告してた手前、ほんとはもっと早く集まるつもりだった。
でも、あたしはあたしで浪人してたし、2人は2人で事務所に所属してからどんどん忙しくなっていった。
結局、集まるのに1年もかかってしまった。しかも、清夏とリーリヤちゃんとは予定が合わなかったし。
リーリヤちゃんとは配信上ではよく遊んでるけどね。
「もう少しで、お酒が飲めるようになるわね。そのときは、改めて乾杯でもする?」
「ああ? ストイックの権化の咲季が、酒を飲む姿なんて想像できねぇんだけど」
「そりゃ、毎日は飲まないでしょうけど……少しくらいは、興味あるわよ」
ふぅん、そんなもんか。
「……手毬は、プロデューサーのいないとこでは飲むなよ~」
「はあ!? なんでよ、別にいいでしょ」
「なんでって……手毬でも、流石にガチの炎上で消えていなくなるのは寝覚めが悪ぃし」
「どういう意味!?」
ラーメンも揚げもんも大好きな手毬にビールなんて与えたらどうなるか。
そんなの、そこらの飲み屋を覗けば一発で想像がつく。
「ま、なにはともあれ。ことね、お疲れ様。改めてになるけど、あのときのライブはすごくよかったわ。流石、当時からライバルと見込んでただけはあるわ」
「……へ? ライバル? あたしがぁ?」
思いもよらぬ言葉に、声がうわずる。
今でこそ自分に自信が持てるようになったし、ライバルになってやるって宣言したけど、初星のころはさっぱりだった。
そんなあたしが、当時からそんな風に思われたのは意外も意外だった。
「……やっぱり覚えてないのね、ことね」
一方の咲季は、やれやれという感じであたしを見る。
それはまんま、咲季が佑芽に向けるときの表情にそっくりだった。
「あなた、いつだったか体調崩して数日休んでたことがあったでしょ?」
「んん……? ああ、そう言えばあったような」
夏の手前の季節の変わり目のころ、気温の変化やらバイトの疲労やらで熱が出したのを思い出す。
当たり前だけど、バイトも休んでずっと部屋で休んでたんだった。
「バイトのし過ぎで体調崩すとか、本末転倒だよね。なんの為に初星通ってたんだか」
イラっとするが、返す言葉もない。
咲季も同じように思ってたらしく、うんうんと頷く。
「全くよ。大体、あそこまで悪くなる前にちゃんと休んでれば……って、それはいいのよ。もう終わったことだし」
こほんと、咲季は咳払いで仕切り直す。
「とにかく、体調が回復したあとの最初のダンスレッスン、覚えてない?」
「うーん? 病み上がりだったし、ぶっちゃけあんまり……」
まあどうせ、早く遅れを取り戻さないととか、ガンガンバイトして稼がないと、みたいな感じだったんだろうなぁ。
そんな風に思い返していると、咲季は神妙な顔で続きを話す。
「……正直、あのころはことねのことは大したことないって思ってたわ。少なくとも、パフォーマンス面でわたしが負けている部分は無いって」
そりゃそうだ。
方や主席のスポーツエリート、方や中等部からの落ちこぼれ。
その差は明確だった。
「──けどね、違ったのよ」
え?
「あなたは覚えてないみたいだけど、あのときのレッスンであなたが見せたパフォーマンスは……負けを認めるしかなかったわ」
悔しいけれど、と付け加えられる。
一方で記憶に全く無いあたしは混乱していた。
──あたしが、初星時代に咲季に勝ったことがある……?
「今にして思えば、寝込んでたことで結果的に休息になってたのね。もっと早く気づけばよかったわ」
どうやら、それからすぐにバイト漬けで元のあたしに戻ってしまったらしいけど。
「へえ……そんなことが」
「そんなことがって……あなたねえ」
呆れた視線。
そうは言われても、覚えてないもんは覚えてないし。
そりゃ、そんとき気づいてればまた違った未来もあったかもだけど、今となっては大して気にしていない。
──けど、ライバル。ライバルかぁ……ふひひ。
「ま、いいじゃん。こうして全員上手く行ってんだし。それに宣言通り、ちゃんとライバルになったっしょ?」
「……ふふ、そうね」
咲季が思ってたような、アイドルとしてのライバルとはちょっと違うけど。
Vtuberとして活躍して、改めてみんなのライバルとして舞い戻れた。
ぐにゃぐにゃの道のりだったけど……無駄なことなんてなんもなかった。
「よっし、じゃんじゃん追加すっか! 上ロースと、上カルビと……他なんかある?」
たくさん頼んでた筈の肉がほとんど消えてるのを見て、あたしはメニューを開く。
「……厚切りタンと、特選盛り合わせ」
「そうね……じゃあ、ホタテと海老を……」
いや、焼肉で海鮮かよ。ここでも脂質とか気にしてんのか。別に好きにすりゃいいけどさ。
あたしは呼び出しのボタンを押した。
──けど、ま……よかったわ。またこうやって集まれるようになって。
Vtuberとして成功してなかったら、みんなとまた会う気にはきっとなれなかった。
新しい環境、新しい挑戦、新しい仲間。
そのおかげで、咲季たちとなんの気兼ねもなく肉をつついていられる。
──そういや、あんときも焼肉だったなぁ。
全てが変わったあの日のことを思い出しながら、あたしはやってきた店員に追加の注文をするのであった。