ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」   作:とるてぃーや

3 / 21
第3話 ダンスレッスン

 レッスン初日。事務所のレッスン室という名のただの個室にあたしたちは集合した。防音対策くらいはしてあるらしいけど、まだあまりここら辺に投資する余裕はないらしい。

 一応、2階の中で一番広い部屋ではあるらしい。ステップとか踏んだら下に響きそうだけど、これは仕方がないかな。

 

 少し前までは毎日のように着ていたトレーニングウェアに着替えたあたしは、向かいでオドオドとしている芽衣野の様子を伺う。

 

 その姿を見てると、あの配信は本当に彼女ではなかったんじゃないかと錯覚してしまうレベルだ。

 

 ちなみに、昨日と違って身だしなみはちゃんと整っている。髪はちゃんと梳いて束ねてあるし、コンタクトにしているのか、眼鏡はつけていない。到着時はマスクもしていたので、玄関先で出迎えたときは一瞬誰だか分からなかったくらいだ。

 

 そんな彼女は、おそらくは学校指定のジャージを身に着けながら不安そうにこちらを見ている。そして実を言えばあたしも不安だ。なにせ、今この場にはあたしと彼女しかいないのだから。

 

「あはは、ごめんね。ほんとは今日くらい峰岸さんにもいてもらう筈だったんだけど、用事があるとかなんとかでさ」

「…………うん」

 

 あんまり大丈夫そうではない。明らかにこの状況に委縮してるし、このまま始めてもガチガチのロボットみたいな動きで終わっちゃいそうだ。

 

 ……スカウト時は付きっ切りでサポートするとかほざいていたのに、いきなりこれだ。戸締りまで任されちゃってるし、信頼され過ぎててちょっと怖い。

 

 ともあれ、レッスンを始める前にもうちょっと落ち着いてもらわないと。そう思ったあたしは、一旦その場で地べたに座り込む。

 

「え……? えっと」

「ほら、芽衣野ちゃんも座って。お互いまだ名前くらいしか知らないっしょ? レッスン前に少しだけ話そうよ」

 

 それでも芽衣野は戸惑いを見せていたけど、あたしが再度促すと恐る恐ると言った様子で向かいに正座で座る。そんな妙に生真面目な彼女に、思わず笑みが漏れる。

 

「いやいや、別に面接とかじゃないんだから、もっと楽にすりゃいいんだって。ほら、こんな感じで」

 

 大げさな感じで体育座りから胡坐で座り直し、太ももを何度かペチペチと叩く。それを見てようやく安心したのか、ゆっくりと彼女は足を崩してくれた。……これはこれで、なんかあざといけど。

 

「今日は来てくれてありがとー。その髪型、めっちゃ似合ってんじゃん。昨日も最初からそうしてりゃよかったのに」

「あんまり、外出なくて……これは、外出のときだけ」

「ふ~ん。じゃあ、いつもは家で配信してる感じ?」

「配信とか……ゲームとか…………ぇと……ゲームとか」

 

 あたしが聞き、彼女が返す。そんなことを何回か繰り返す内に、次第に彼女の言葉も滑らかになる。別に話すのが嫌いというわけじゃなくて、対面で話すのが苦手なだけっぽい。その証拠に、ゲームの話ともなるとかなり饒舌だった。

 

「そういえば、昨日の配信見たよ。コメントでめっちゃ褒められてて、すごいじゃん」

「っ…………あ、ありがとう」

「まあ、あたしはあんまりゲームのことは分からないんだけどさ。あれって、どんなゲームなの?」

「……! えっと、あれはボムゲーっていうFPSで……あ、FPSって言うのは一人称で銃を撃つゲームで、チームで分かれて戦うんだけど、攻撃側と防衛側があって攻撃側は爆弾を設置するのが目標で防衛側はそれを防がなくちゃいけなくて……」

 

 ……こんな調子だ。人が変わったように早口でしゃべり始めたときはびっくりしたけど、口を挟まずに相槌を打ち続ける。

 

 すごく楽しそうに話してくれるし、意外にも説明が上手くて素人のあたしでも最後まで飽きずに聞くことができた。そこは流石、配信者ってことなのかな。

 

 説明が終わった後に一方的に話し過ぎてごめんと謝られたけど、むしろあたしとしてはこれくらい分かりやすい方が好印象だった。

 

「あ、そうだ。ついでにだけど、これからは詩歌って呼んでもいい? あたしのこともことねでいいからさ」

「う、うん……平気だよ」

「サンキュー! さて、じゃあそろそろやりますか!」

 

 20分くらい経ったところで、話を切り上げる。勢いよく立ち上がり、「じゃあ準備体操から」とストレッチを始める。詩歌も慌てて立ち上がると、あたしに倣う。

 

 随分と体は硬そうだ。足は全然開かないし、前屈では微動だにしない。それでも懸命に足を開こうとはしてるし、指をプルプルさせながらも体を前に倒そうとはしている。

 

 初星入学前のあたしにも負けてる有様だが、やる気はちゃんと感じる。途中、あたしがサポートに入りながら、柔軟を最後まで終える。

 

「よし、ストレッチも終わったし、最初はダンスからやろっか。……一応聞くけど、経験は?」

 

 ブンブンと首が勢いよく振られる。

 

「そっか。それじゃあ、なんかスポーツとかは」

 

 ブンブンが強くなった。

 

「……ちなみに、シャトルランとかは」

「…………昔の話だけど、20回を越えたことない」

 

 マジか。さっきとは別の意味で一抹の不安が脳裏をよぎる。マジであの補修組の入学時とどっこいどっこいだ。

 いや、流石に広よりかはあるっしょ。あると信じたい。

 

「まあ、体力なんて毎日走ってればすぐに付くし、平気っしょ。今日は初日だし、上手いとかは気にしないで体を動かすとこから始めよっか」

 

 あたしは手元のスマホを操作すると、無線で繋がれているスピーカーから音楽が流れ始める。ひと昔前にめちゃくちゃ流行っていたアイドルの代表曲の1つだ。

 テンポはゆっくりで、振り付けもかなり簡単なやつだ。

 

 これなら知ってるかなと思って選んでみたけど、大当たりだったっぽい。「あ、これ」と興味を示す。

 

「これの最初の部分だけをまずあたしが踊るから、その後一緒に振り付け覚えて、最後に曲と合わせてみよっか」

「う、うん、分かった」

 

 曲を巻き戻し、再び再生するとイントロが流れ始める。あたしはすぐにポーズを取ると、曲に合わせてゆったり、大きく、流れるように腕から指先までを躍らせる。

 小学校のころ、TVを見ながら何回も何回も見様見真似で踊っていた曲だ。最近はレッスンどころか日課だったランニングもしなくなってたけど、体は淀みなくリズムに乗ってくれる。

 

 ーーうん、なんだか今日は調子いいかも!

 

 ステップからのターンと同時に両手で円を描く。片足立ちで回し蹴りを入れてからの決めポーズ。キレッキレの腰の動き。体の芯が熱い。どんどんエンジンがかかり、四肢が躍動する。頭の中にある理想の動きがそのまま再現できる。

 

 ファンサも忘れない。1,2,3のステップで詩歌の近くに寄ると、小さく首を傾げながら彼女だけに向けて手を振る。少し手を伸ばせば触れそうな距離の中、はっきりと目が合う。少しばかり上体を引いた彼女に向かって精一杯笑いかける。

 

 ーーっと、そうだ。冒頭だけだった。

 そのことを思い出したあたしは、足で急ブレーキをかけて無理やりダンスを中断する。危ない危ない。楽しくて、最後まで突っ走るところだった。

 前髪を軽く横にかき上げると、詩歌に向き直る。ダンス中はノリノリで気にしてなかったけど、詩歌にはどう映ってたかな。ちゃんと見本になれてただろうか。

 

「ええっと……こんな感じ。どうかな? 分かりそう?」

 

 両手の人差し指を突き合わせながら聞いてみる。だけど、返事はない。ぼーっとしたまま、こっちを見ている。

 もしかして、あんまりよくなかった? 勝手に調子がいいって勘違いしてただけで、実はいつもと変わんなかったか? むしろ間が空いた分、悪化してたり?

 

「あの……反応くらいは欲しいかなって。ダメならダメって……」

 

 そんな風に勝手に思考が悪い方に転がって行きそうになるが、杞憂だったらしい。あたしの言葉を遮るようにして、詩歌は弾けるように首を振った。

 

「ごめんね、そうじゃなくて。ただ……」

 

 詩歌は少し言い淀んでから続ける。

 

「……その…………上手だった。とても綺麗で……すごかった。ただちょっと、本当にデビューしてたらと思うと……怖くて」

「そ、そう? あはは、よかった~! やっぱデビューしちゃおっかな~?」

 

 耳が熱くなるのを感じつつも、安心する。

 デビューはしねーけど、褒められて悪い気分はしない。デビューはしないけど。

 

「っ、それは……」

「あ、いやいや、冗談だから!」

 

 真に受けそうになっている詩歌を慌ててフォローする。

 危ない危ない。このタイミングで言うような冗談じゃなかった。ちょっと反省。  

 

 ごほん、と咳払い。気を取り直して、先に進もう。

 

「んー、それなら……まず最初はゆっくり動くから、それに合わせてみる感じにしよっか。じゃあ、こっちに立って……」

 

 詩歌に部屋の中央に立ってもらい、あたしはその横に並ぶ。

 

「準備はオッケー? まずは、手をこうして……」

 

 こうして、初日のレッスンが始まるのであった。

 

 ……始まったんだけど、あたしは開始早々にとんでもない現実と向き合うこととなった。

 

***

 

「いや、そうじゃなくて……もっと体全体を使うんだって。立ったまま腕を回すんじゃなくて、もっと順番にくねらせる感じで」

「……っ……こ、こう?」

「そうでもなくて……重心をもっとこっちに寄せんの」

 

 バタン、と詩歌が尻もちをつく。足をもつれさせてバランスを崩し、転んでしまったのだ。これでもう3回目だ。

 

 やっべー……どうしよう。普通に無理じゃね、これ?

 

 あたしは真の運動音痴とはどういうものかを知らんかったのかもしれない。なんだかんだ言って、あたしも一応は初星の人間だったってことか。

 

 リズムは簡単に外し、動作は錆びついたロボットみたいだし、少し体を動かしただけで息が上がってしまう。

 なにがヤバいって、ここに最終的には歌も加わるということだ。

 

 ーーまずいまずいまずいって~~!

 

 考えれば考えるほど詰んでる。もしこのまま成果が出なかったら、絶対給与に影響が出る……! なにか、なにか対策を考えないと。

 

 ……とにもかくにも、まずは大急ぎで体力をつけないと。いや、筋力もか?

 あたしは頭の中で大急ぎで昨日のプランを破り捨て、新たなプランを捻り出そうと腕を組む。

 

「ごめん、詩歌。ちょっとこのメニューは早かったわ。もうちょっと基礎的な部分からやっていくけど、平気?」

「はぁ……はぁ……うん、大丈夫……ごめんね、どんくさくて」

「いやいや、大丈夫だって! まだ初日だし、少しずつやってけばいいって」

 

 バイト代の為にも、どうにかしてここから挽回しないと。

 

 それから、あたしは詩歌にこれからの方針を伝える。

 まだ体力や筋力が足りないからまずはランニングや筋トレを毎日やること。

 ダンスにおける基本の体の動かし方を丁寧に教えていくこと。

 そして、リズム感を鍛えること。

 

 それらを詩歌に理解してもらったところで、今日の残り時間はランニングと筋トレにそれぞれ費やすこととした。どちらも軽めの内容だったが、詩歌にはハードだったようで、帰宅の時間になる頃には吐きそうな顔でしばらく動けなくなってしまっていた。

 落ち着くのを待ってからバス停まで送り、ようやく今日のバイトが終わるのだった。

 

 ーー詩歌にはああ伝えたけど……ほんとに行けるかな。

 

 帰り支度を整え、事務所を閉めたあたしはふと空を見上げる。

 

 月……綺麗だなぁ。いいよね、あんたは呑気に輝いてればよくてさ。焦ってるあたしが馬鹿みたいじゃん。

 

 今日の詩歌を見ていると、初星に入ったころの自分を思い出す。あたしも赤点ばっかりくらってた。そんなあたしのこともトレーナーたちは一生懸命指導してくれてたけど、結果は見ての通りだ。

 あの人たちも、こんな気持ちだったのかな。自分が失敗してるわけじゃないのに、こんなにハラハラするもんなんだ。

 

 おいしいバイトだと思ったんだけどなぁ……あたし、ちゃんと教え切れるかな。

 

***

 

 何週間かが経ち、ゴールデンウィークが明けたころ。

 

 レッスン前に必ずランニングを入れていたが、数分もしない内にバテていた詩歌も、今では10分は粘れるようになった。

 柔軟も多少はマシになった。足は僅かに開くようになり、前屈も指先が少しずつ床に近づいている。もうすぐで、ちょっと体が硬い人くらいにはなりそうだ。

 

 少しずつ、前に進んでいる。そう信じたいけど、その歩みは恐ろしく遅かった。

 

「ーー1,2……っと、あ……!」

 

 詩歌が自身のミスに気づき、反射的に動きを止めてしまう。

 あたしは音楽を止めて、すぐに巻き戻した。

 

「はい、じゃあもう1回。今度はミスっても止めちゃダメだよ。それと、重心はもっと前を意識してみて」

「う、うん」

 

 再度、音楽を流す。今度はふらつきながらも進行は止まらなかった。体力が少しずつ増えている証拠だ。

 おかげで、中断が減って以前と比べれば練習時間はずっとマシになった。だからこそ、現状に対するもどかしさがあった。

 

「運痴なのは知ってたけど、まさかここまでとはな」

 

 横から男の人の声。あたしにしか聞こえない、控えめな声量だ。少し見上げれば、そこには峰岸さんの困り顔があった。

 ここ最近忙しくしていてレッスンにずっと顔を出していなかったが、今日ようやく時間を作ることができたらしい。

 

「詳しいことはレッスン後に話しますケド……どう思いマス?」

「どうすっかな……ちょっと考えとくわ」

「了解です。-ーあ、詩歌。そこのステップはもっとこんな感じで……」

 

 目印とか貼ってみた方がいいのかな。そう思いながら、難なくステップをこなす。なんだか見本を見せすぎて、むしろあたしの方が成長している気がする。

 

 とはいえ、詩歌に全く成長がないかと言われるとそんなこともない。ミスは多いし、振り付けを忘れてしまうこともあるけど、一応中断せずに最初から最後まで通しでこなせることもある。

 外部に公開できるレベルでは到底ないけど、それでもスタートを考えれば驚くべき進歩だった。

 

 努力は感じる。一応成長もしている。だからこそ、どうにかしてあげたいという気持ちはある。なのに、これといった良い案が浮かばない。

 自分なりに言語化して伝えているし、見本も何度も見せている。だが上手くいかない。これ以上なにをどう教えれば上手くいくのか、全然分からなかった。

 

 それはレッスンが終わってからも同じで、いつものように玄関先で詩歌を見送ろうとしたときも、曇り顔の彼女に愛想笑いを向けるので精いっぱいだった。

 

 これで講師なんて言えるのかな、あたし。

 

 胸がムカムカするのを感じながら、峰岸さんを探して事務室に戻る。

 椅子に座り、難しそうな顔で唸っている峰岸さんがそこにいた。レッスン開始時はあんなにウキウキしていたのに、今は見る影もなかった。

 

「あー……お疲れ様デス。すいません、ほんとはミスなく通しでできるようになってればなーって思ってたんですけど」

「お疲れ。いや、気にすんな。正直、あれは予想できねーよ」

「そうは言いますけど、あたしもうお給料もらっちゃってますし、それであれじゃ申し訳ないですよ」

 

 レッスン込みだからあの時給なのだ。このままの惨状が続くようなら、今の時給で働くのには少しばかり抵抗がある。

 

「そこは気にすんな。投資の判断をしたのは俺だし、トータルでプラスになれば問題ねーからな」

「そうは言いますけど……正直、今のところプラスにできる気がしないです……」

 

 結局、あたしみたいな落ちこぼれは、教える側に回っても落ちこぼれなのかな。できない苦しみは嫌というほど知ってるのに、失敗する姿を見てもなんでできないんだろなんて思ってしまう。なにがそんなに分からないんだろう、と。

 

「ほんとはPR用のダンス動画を作りたかったんだけどな。この分だと延期だなあ」

「あのぉ、今更なんですけど、詩歌はこのまま配信だけじゃダメなんですか? 他の得意な人にやってもらった方がいいんじゃ?」

 

 あたしのことを差し引いても詩歌に不向きなのは明らかなんだから、無理にやんなくたっていい筈。ごく当たり前の理屈ではあるけど、それは同時にあたしの降参の宣言でもあった。

 ただ、峰岸さんの考えとは違ったらしく、首を横に振られてしまった。

 

「最初に言ったろ? 俺はこの為に事務所を作ったんだ。俺のデザインしたVtuberを歌って躍らせる。そりゃビジネス上の判断はあるだろうけど、ここは譲らねえ」

「え? 詩歌のやってる子って峰岸さんが作ったんですか?」

 

 初耳だ。本題を一瞬忘れ、つい耳を傾けてしまう。

 

「ん? 言ってなかったか。ちょっと待ってろ……」

 

 峰岸さんは自身のPCのスリープを解除する。デスクに置かれている大きなタブレットに、太めのペンを当てて画面を操作し始める。液タブと言うらしく、PCで絵を描く為の道具のようだ。

 

「ほら、これがあいつのVの3Dモデル。最近やっと動かす準備ができたんだ」

 

 促されるまま液タブを覗くと、そこには確かに配信で見た『古渡かすみ』の3Dの姿があった。峰岸さんが何度かペン先を画面上で滑らせると、それに合わせてモデルが回転する。裏まで緻密に作り込まれているのが分かる。

 さらに、彼はモデルの手の周りにペン先を当ててからグルグルと回すと、操り人形のように腕が引っ張り回された。

 

 3Dのことは分からない。でも、モデルはとても可愛いし、動いている腕の動きも滑らかで見ていて面白い。これが踊るんだ。

 

「ほぇぇ……すごい。これマジで一人で作ったんですか?」

「マジだよ。昔からこういうのが好きでな。これを仕事にしたいと思ってCG系の専門学校にも行ったんだけど、会社勤めだと自分の好きにデザインできねえだろ? だから、事務所を作ったんだよ」

 

 それはなんとも自由というか、怖いもの知らずというか。いや、中学から初星に飛び込んだ当時のあたしも大概だとは思うけど。

 

「俺は『古渡かすみ』がライブをしているところが見たいんだ。今後も新しいVをデザインしてはいくけど、やっぱり一発目はどうしても思い入れがな」

 

 峰岸さんは一旦そこで話を切るが、すぐに「それにな」と続けた。

 

「俺だってあいつが本当に嫌がってたらやらせてねーよ。最初にこの話をしたときも、あいつは自信はなさそうだったが最初から興味は深々だったよ」

「え? でも顔合わせのときは……」

「不安だっただけだと思うぞ。どことも知らねー誰かに教わるってのが。知っての通り、かなりの人見知りだからな。だから、ぶっちゃけちょっと意外なんだよな」

 

 峰岸さんの言葉に首を傾げる。意外ってどゆこと?

 

「あいつは同世代の女子相手には特に人見知りが激しくてな。本来なら一言もしゃべろうとしない。だから、慣れるにはもっと時間がかかると思ってたんだが……」

 

 そうじゃないだろ? と目で語りかけられる。

 確かにそうだった。少なくとも、拒絶されるような感じはなかった。

 

「ことねが思ってるよりずっと、詩歌はお前に心を開こうとしていると思うよ。だからってわけじゃないけど、もっと辛抱強く付き合ってくれねーか? お前だって教えるのは初めてなんだし、結論を出すのはまだ早いだろ」

 

 ……そうなのかな。そりゃ、あたしだってこんな中途半端に投げ出したくはないけど。峰岸さんほど確信は持てない。

 

 そんな風に悩んでいると、峰岸さんは部屋に充満していた不安を吹き飛ばすかのように、わざとらしく笑い声をあげる。

 そして、あたしに向けてペンのノブ側を真っすぐ向けてくる。

 

「大体、他のやつに頼むってなったら、そもそもお前しか残ってねーけど、それでいいのか?」

「……ん? んん? え、あたしぃ!?」

 

 思いもよらぬ指摘に声が上ずってしまった。

 

「言っとくけど、俺は別にお前のデビューを諦めたわけじゃない。そもそも、最初はダンス関連はお前に頼もうと思ってたくらいだ」

「……いやいやいや! やんないって言ってるじゃないですか! あたしには無理ですって!」

「そんなことねーと思うけどな。でもまあ、だったら当分は詩歌に頑張ってもらうしかないだろ? 予定通りじゃなくなってるのは確かだけど、配信にそれなりに人が集まってんのも確かだ。そこまで焦んなくてもいいから、頼んだぞ」

 

 そこで話は終わりだった。一応、峰岸さんなりの発破だったっぽい。ぶっちゃけ言われたときは焦ったけど、いくらか気分が楽になっているのを感じた。

 

 ……もう少しだけ、やってみよう。もう少しだけね。

 

「それとだけど、あいつは運動は見ての通りだけど、歌は割と上手かったからダンスさえどうにかなりゃなんとでもなる筈だ」

「そうなんですか?」

「ああ。中学ン頃は友達とカラオケに行くこともあったしな」

 

 そういえば、ダンスの出来がアレすぎることに意識が向きすぎて、ボイスレッスン全然やってなかった。

 あたしが歌が苦手で避けてたっていうのもあるけど。多分、見本にもなれないし。

 

 ーーでも、そういうことなら。

 

 あたしはスマホを手に取るとメッセージアプリを起動する。

 そして、詩歌宛てにこう送った。『気分転換に、今度少し遊びに行かない?』と。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。