ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」   作:とるてぃーや

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第5話 お久しぶりです、麻央ちゃん先輩!

~初めての歌枠。アーカイブ残るかは未定です~

 

コメント

:『準備中。もうちょっと待ってね』

 

:歌枠……だと?

:あのFPS星人のことカスが……歌う?

:枠がちぎれるまでランクしてたことカスが歌うなんて……

:たのしみ~

:ずっとお待ちしておりました!

 

『おはよ~う。びっくりした? そうなの。今日はちょっとね、新しいことをしてみよっかなって』

 

コメント

:きた!

:きたー!

:ことカスー!

:今日も声が可愛い~

:歌なんて急にどうしたー?

:なんかいつもと音質が……違う場所で配信してる?

 

『えっと、今日一緒に遊んだお友達におすすめされてね。急遽事務所で配信してまーす。あ、ちなみにその子は今も隣にいるんだけどね。わたしの歌が聞きたくて仕方ないって言うからーーあいたっ』

 

コメント

:とも……だち?

:ともだちって……なんだ?

:ソロランクの女王のことカスに、友達?

:ことカス……お前に友ができたと言うのか!?

:え、その子はことカスのこと知ってるの?

:早く歌聞きたいよ~

 

『……え? うん、もちろん知ってるよ。事務所のスタッフもやってもらってるし、ダンスの先生でもあるんだ~』

 

コメント

:ダンス!?

:ってことは……3D!?

:3Dってマジ!?

:え、言っていいの!?

:踊るって……こと!?

 

『まだまだ先の話だけどね。あ、話す許可は貰ってるよ。のんびり待ってくれると嬉しいな。だから、今日は歌だけで我慢してね』

 

コメント

:はーい

:いつまでも待ちます!

:かわいい

:今日って曲リクエストしてもいいの?

:早く歌って~

 

『あ、ごめんね。今日はリクエストはなしなんだ。初めての歌枠だからセトリも少なめだけど、ご了承でね~』

 

コメント

:了承しました~

:かわいいw

:今日はどれくらい歌うの?

:ワクワクw

 

『楽しみにしてくれてる人もたくさんいるみたいだし、そろそろ歌いますか。……うわ、ちょっと緊張するね。声カスカスだったらごめんね?』

 

コメント

:どんな声でも可愛いよ~

:心臓の音聞きたい

:なに歌うんだろう……軍歌とか?

:軍歌だったらおもろいw

 

『じゃ、行きまーす。最初の曲は、コチラから!』

 

コメント

:うわ、これなっつw

:俺にドストライクです、これ

:懐かしい気分だ……

:もう好き

:ことカス、最近の曲知らなそうだもんな

 

『ん゛っ、んん……ふぅ…………』

 

『-ーーー』

 

『すぅ…………、~~~♪』

 

コメント

:え

:……え?

:うま

:めちゃうま

:うまくね?w

:普通じゃん

:声きれいすぎる

:かわいい~

:ことカス、歌姫だった

 

***

 

 「ほら見てください! どーですか、コレ!」

 

 詩歌と遊びに出かけた日から数日後、週明け最初のシフトの日。自転車を飛ばして事務所に飛び込んだあたしは、目をギョッとしている峰岸さんに向かってスマホを突き付けた。

 

「お、おう……いや、俺も見たけどよ…………マジか。あいつが、これ歌ってんのか」

 

 幽霊でも見たんじゃないかと思うほど動揺した様子で、「マジか」とブツブツ繰り返していた。それを見たあたしは、満足気に頷いて見せる。

 

 そりゃそっか。数日前に詩歌があたしの隣で配信した歌枠のアーカイブは、過去の平均再生数を余裕でぶっちぎっていたんだから。

 

 歌枠と言っても全体としては30分もなくて、詩歌がすぐに歌えそうな曲を適当に何曲か選んだだけ。

 それでも、これだけの数字が出た。コメントの流れ方もかなり良かった。これこそ、磨けば強力な武器になるという何よりの証拠だった。

 まあ、人が増えたことで変なコメントするやつもちらほらいたけど、それは有名税みたいなもんでしょ。

 

「えー? 知らなかったんですかぁ?」

 

 声が上ずる。ふふん、幼馴染だという彼よりも先にあたしが見つけた輝きだ。ちょっといい気分。

 

「最後にあいつの歌聞いたの、あいつが小学生のときだからな。上手いとは思ってたけど、そんときのイメージがどうしてもな」

 

 ふ~ん、そういうもんなのか。適当に頷いておく。

 それよりも、だ。あたしはノーパソを開いて、事前に準備してあった動画ファイルを開く。

 

「あ、それと、ちょっと見てほしいもんがあるんですけど」

「ん? なにそれ」

「配信の後、日曜日に事務所でちょっと撮ったんですよ。振り付けは即興であたしが考えたんですけど」

「鍵預けといてなんだけどよ……お前、割と好き勝手やってるよな」

 

 峰岸さんの言葉を無視して動画ファイルを開いて全画面にする。動画に映っているのはもちろん詩歌だ。個室スタジオを背景に、マイク代わりに油性ペンを持っている。少しばかり、緊張で顔が強張っている。……実はこれでもテイク3だったりするのは内緒だ。

 

 選んだ曲は、カラオケで詩歌が最初に歌った曲。配信の歌枠では、わざと外した曲。即興だったけど、手ごたえはある。

 

「いきますね~」

 

 再生を開始する。静かだった事務所がノスタルジックなメロディで包まれる。

 

『~~♪♪』

「これは……! へえ、なるほどな……」

 

 よっし! 驚いてる驚いてる。あたしも撮った後、何度も見返したもんなぁ。あのとき感じた輝きは、嘘じゃなかった。やっぱり苦労して撮っといてよかった。

 

 即興だったし、マイクから離れすぎてもいけないから、振り付け自体は本当に簡単なもの。曲に合わせて少し歩いたり、手のひらを持ち上げたり、くるりとターンしたり。今の詩歌でも問題ないものだけで構成した。

 まだ少し動きは固いし、撮られ慣れてないからちょくちょくカメラの方を気にしている様子が映る。急な撮影だったから流石にしょうがない。

 

 でも……その代わりに1つだけ、あたしなりに重視したことがある。詩歌にも口酸っぱく言い聞かせて、事前に何回も練習した。もうすぐ、そのパートだ。

 サビに差し掛かるころ。映像の中の詩歌は、ゆっくりと背を向ける。そのまま首だけこちらへ回すと……計算し尽された顔の角度で、静かに微笑んだ。それは月の光のように柔らかく、凛としていた。

 

 息をのむ音が聞こえた。出所は言うまでもない。女のあたしでもドキリとするくらいなんだから、何も感じない筈がない。

 自分をなるべく可愛く見せることに関してはとことんこだわっていたあたしだ。これくらいの演出はわけもない。

 

 あたしプロデュースのファンサに、詩歌の歌唱力。まだまだ粗削りな動画だけど、ポテンシャルだけは、はみ出すくらいギュウギュウに詰まっている。それが分からない峰岸さんではないだろう。

 

 動画の再生が終わる。歌が終わった直後、緊張が限界に達した詩歌は床にへたり込んでしまったけど、もちろんそこはカットしている。

 

「って、感じなんですケド……どうでした?」

「……昨日から驚きまくりだよ、マジで」

 

 こっそり背中で握り拳を作る。めっちゃ感触いいじゃん! 撮った甲斐があった。

 

 っとと、いったん落ち着け~あたし。本題はここからだ。

 

「それでぇ、なんですケド……PR用の動画、構成全部練り直しません? もっと歌をメインにする感じの方がいいと思うんですけど」

「そう来るよなあ……」

 

 峰岸さんは背中を思いっきり背もたれに預ける。背もたれがしなり、彼の顔が天井を向く。

 

「……やっぱ、いろいろ問題ありマス?」

「言いたいことは分かるんだよ。てか、絶対そっちに舵切った方がいいのは分かってんだよ」

 

 言葉を一瞬切ると、「けどなあ」と続く。

 

「あとは収録と編集だけってとこまで準備しちまったんだよ……没にするしかないんだけど、結構したんだよなあ」

「うっ、そうなりますよね。はぁ……お金かぁ」

 

 頭が痛くなる。結局、なにをするにもお金がかかるってことかぁ。学校に行くにも、商売するにも。

 

「3D周りは俺がなんとかするとして、選曲と演出と振り付けだな。ちなみにさ、選曲についてはなにか考えてんの?」

「あ、はい。詩歌と相談して、これとかどうかなって。ボカロ? の曲らしいんですけど」

「これか……なるほど。まあ、これなら大丈夫そうだな。じゃあ、やっぱり演出と振り付けかあ……」

 

 腕を組み、唸っている。さらには足を組み、深く溜め息をつく。

 撤回をするつもりはないけど、この様子は見ているだけでもつらい。

 

 ーーなんて思ってたそのときだった。峰岸さんは弾けたように頭を上げた。明らかに悪い顔をしている。……なんか、イヤな予感。

 

「なあ……振り付けと演出、ことねがやってみないか?」

「……え゛っ、あたし……ですか!?」

 

 思ってもみなかった提案に、声が裏返った。

 

「この動画の振り付けとか表現とか、お前がやったんだろ? ならできるだろ。というかそうしねーと、予算足りねーし」

「……マジですか?」

 

 大マジらしい。真顔で頷かれてしまった。

 

「そりゃ、言い出しっぺではありますケド……あたし、どっちも初めてですよぉ?」

「カメラ周りなら、俺も手伝う。だけど多分、今の詩歌の魅力をより分かっているのはお前だ。俺はあいつの歌のこと知らなかったし、最近はVに誘うまでは偶にゲームするだけの関係だったからな」

「ぇ……えぇ? そうですかぁ? うーん……」

 

 悪い気分はしなかったものの、今度はあたしが頭を悩ませる番だった。顎を摘み、うーんと唸る。

 朧げだけど、イメージしているものはある。さっきのデモ動画とか選曲を一緒にしていたときに、自然と頭の中に浮かんできた。それを、形にすれば。

 

「あれを、こうして……ここで光らせて……腕の振り方はこう……指先は……」

 

 なんとなくで、アイデアの断片を組みあげていく。グラグラで今にも崩れそうだけど、一応形にはなっている。細かいことは自分で検証していかないとだけど……なんとか、なるかも?

 

 歌枠を終えたあとの詩歌の顔を思い出す。意外な結果に驚きつつも、ものすっごく嬉しそうにコメントを見返していた。

 もし、あたしが最高のMVを作れたら……。

 

「……あの、本当にあたしがやってもいいんですか? この企画って、会社にとってすごく大事なことですよね?」

 

 最終確認。あたしは、あたしなりに腹をくくるって決めた。あとは、峰岸さん次第。

 

「……任せるよ。予算って現実があるのは確かだけど、そもそも実績って意味では俺の3Dだって似たようなもんだし。それに、俺はあのデモを1日足らずで準備したことねを信じるよ」

「っ!? あ、ありがとう……ござい、マス」

 

 い、いきなり不意打ちでそんなこと言わないでほしい……っ! 耳の先まで沸騰するのを感じ、目を逸らしてしまう。

 なんか最近、褒められてばっかりだ。こんなのいつぶりだろう。いや、もしかしたら『可愛い』以外のことでは初めて……かも。…………嬉しい。

 

「目標は、だいたい1ヵ月。どうだ? いけるか?」

「わかんないですけど……とにかくやってみます!」

 

 改めて覚悟を決める。こうなったらやるしかない。経験はないけど、あたしだって色んなアイドルのMVやライブは見てきたんだ。詩歌の為にもやってやる、絶対に……!

 

***

 

 演出とかを引き受けてから数日後。放課後を待ったあたしは私服姿で事務所の最寄り駅に来ていた。まだ日は落ちてないけど、数分ごとに空の明るさが徐々に変わっている。

 サラリーマンの帰宅時間にはまだ早く、代わりにあたしと歳が近そうな制服姿の男女が絶えず改札を出入りしていた。

 スマホを確認する。最後に受信したメッセージによれば、もうすぐ到着する電車に乗っているらしい。

 

 ……髪、変になってないかな。念の為、手鏡で少し前髪を整える。当時は寮長としてとてもお世話になったし、今日はお願いをする立場だからちゃんとしてないと。

 

 そんな風にしばらく身だしなみを整えていると、改札の方が騒がしくなった。電車の乗客が出てきたようだ。目的の人物の姿を探すと、すぐにその特徴的な薄い桃色の髪が見えた。あたしは近くに小走りで駆け寄り、声をかける。

 

「お久しぶりです! 麻央ちゃん先輩!」

「その呼び方はやめてくれって前も言ったじゃないか。……久しぶりだね、ことね」

 

 懐かしい声。3年生の多くは3学期はあまり姿を見せなかったのと、あたしはあたしで転校の準備もあったので、下手すると半年ぶりくらいかもしれない。

 

 革のスニーカーに、ジーンズとメンズっぽいジャケット。当時の男装っぽかった制服姿をそのまま私服に変換したような姿だ。

 相変わらず、変な恰好だなぁ……可愛いのに、もったいない。

 

「今日は来てくれてありがとうございます。もしかしたら地元に帰っちゃってるかなぁ、とも思ってたんですけど」

「なんだかんだボクもこっちでの生活に慣れちゃったからね。就職はともかく、大学まではこっちにいることにしたんだ」

 

 初星の学生寮の寮長でもあり、あたしの2学年上の先輩でもあった麻央先輩。当然、彼女もアイドルを目指していた身だ。確か、元々は子役として活動していたこともあった筈で優れたパフォーマンスを持っていた。講堂ライブも何度かやっていた気がする。

 

 ……だけど、結局麻央先輩がアイドルとして成功することはなかった。詳しいことは知らない。ただ、プロデューサー科の人にも度々声をかけられていたけど、すぐに意見が合わずに契約を解除していたとは聞いている。

 

 その後、初星を卒業してからどうしていたのかは不明だったけど、現在は東京の大学に通っているらしい。だからこそ、こうしてすぐに会うことができた。

 

「しかし、元気そうで良かったよ。寮長の引継ぎのときにことねが転校したって聞いて、少し心配だったから」

「ほぇ? あたし、そんなに問題児でした? 掃除とか、ちゃんとやってたと思いますけど」

「そういうことじゃなくてね……いや、別に元気ならいいんだ。積もる話もあるだろうけど、今日はその為に集まったわけじゃないだろう?」

 

 なんだかはぐらかされた気がするけど、麻央先輩の言うことも確かだ。

 

 そもそも、麻央先輩には自分がVtuberの事務所でバイトをしていて、歌を教えてあげてほしい人がいることしか伝えてない。それ以上のことは、峰岸さんを入れて話す必要があったから、わざわざ来てもらったのだ。

 

「それもそですね。じゃあ、事務所に案内しますね。あ、コンビニとかって寄っておきます?」

「事前に行ったから平気だよ。それじゃあ、案内お願いね」

 

 あたしは麻央先輩を連れ、来た道を戻る。その間、麻央先輩に大学での生活を根掘り葉掘り聞いたりした。キャンパスの雰囲気とか、サークルとか、彼氏とか、気になったことはなんでも。

 ……きっと、あたしは大学に行くことはないから。

 

 

 事務所に到着後、出迎えてくれた峰岸さんの先導で麻央先輩を事務スペースの奥の和室に案内した。来客用と言えば聞こえはいいけど、ちゃぶ台と座布団を並べているだけの普通の部屋だ。押し入れ開けると布団とか入ってるし。

 

 「……へえ。なるほど、確かに上手ですね。少なくとも、初星にいたとしても不思議じゃないレベルだと思います」

「それを聞いて安心しましたよ。いけそうな感じはしてましたけど、こちとら歌は素人なもので」

 

 世にも珍しい峰岸さんの敬語を聞きながら、あたしは淹れたばかりのお茶を2人の前に並べる。来客なんて想定されてなかったからか、ティーバッグしかなかったけど。

 あたしも峰岸さんの隣に座る。お茶の香りがふんわりと周囲に漂い、和室特有の畳の匂いと混じる。ほっと安心する空気に包まれたまま、姿勢を正した。

 

「それで、その芽衣野さんの歌を見てほしいということでしたが……?」

「そうですね、実は近々彼女の演じる『古渡かすみ』のPR用のMVを出したいと思ってまして。……ことね』

「あ、はい」

 

 峰岸さんに促され、説明を引き継ぐ。

 

「最初は、あたしがダンスも歌も全部見ようと思ってたんです。でも、歌は見ての通りあたしより全然上手くて。基礎トレとかは教えたし、今も続けているんですけど……もっと上のレベルの指導ができる人が必要で」

「ふぅん……だけど、それは別にプロの教室に通うでも良かったんじゃないかな? ボクだって、誰かに教えたことはあまりないよ?」

「どの教室がいいとか全然分からないですし……詩歌って、すごい人見知りなんです。本人にも確認したんですけど、それは嫌だって」

 

 元々麻央先輩に断られた場合のことも考えて、外部でレッスンを受ける案も出したんだけど、詩歌は頑なにそれを拒んだ。あたしでは教えられないからと伝えても同様だった。

 あたしとしても予想外の徹底的な拒絶ぶりで、これは無理そうだと諦めるしかなかったぐらいだ。人見知りのレベルを超えている気がしたけど、その場では追及はできなかった。

 

 ……それに、これは麻央先輩には言えないけど、予算の問題もあった。元々あたしを雇うことでレッスン代を節約しようとしていたのだ。ぶっちゃけ、プロ向けのレッスンはかなりの重荷だった。

 事前に用意していた資産にそれほど余裕は残っておらず、今回のPRがこけたら峰岸さんが個人的に受託案件をこなす必要があるレベルらしい。

 そういう意味でも、麻央先輩を逃したくはない。

 

「その点、麻央先輩はあたしの知り合いって括りになると思いますし、すごく面倒見も良くて寮のみんなに頼りにされてたじゃないですか。講堂ライブの歌もめっちゃ上手かったですし。

 だから、ダメ元でどうかなーって?」

「……あのときのライブ、来てくれてたのか。ありがとう、今更ではあるけど……嬉しいよ」

 

 目を細め、花のような笑みを向けられた。普段の王子様キャラのときとは違う、自然な表情。一瞬、胸が高鳴る。

 

「あ、いやいや! いっつもお世話になっていた先輩の晴れの舞台でしたから~! そりゃもちろん行きますよ!」

「君はいつものらりくらりとボクから逃げていたような気がするんだけどね。でも、そうだね、話は分かったよ」

 

 綺麗な所作で湯呑みを傾けると、それを音すら立てずに丁寧に置く。その表情は穏やかだ。期待で胸が膨らむ。

 

「可愛い後輩の頼みだからね。MVの収録が終わるまでは、協力させてもらうよ」

「ほ、ほんとですかぁ!? ~~~~っ。よっ、しゃああ~!!」

 

 立ち上がってガッツポーズを決める。これで第一関門はクリアだ。後はもう、あたし次第だ。

 

「ありがとうございます、本当に助かります。それでは、守秘義務と給与に関しての相談なのですが……」

「いや、守秘義務はともかく給与に関しては必要ないですよ? ボクはあくまで、後輩のお願いでここにいるんですから」

「ほんとか!? ぁ……いえ、そういうわけには……」

 

 本当に苦しいのだろう。一瞬素に戻った峰岸さんだが、すぐに咳払いで取り繕う。そんな様子の彼を麻央先輩はクスクスと可笑しそうに笑った。

 

「いいんですよ。正直に言えば、こうやって最後にボクが積み上げてきたものを誰かに伝えられるだけでも嬉しいんです。それだけの可能性を、この子からは感じる」

「……あの、あたしからお願いしておいてなんですけど、やっぱ何かしらは受け取ってもらえませんか? 一方的に貰うのも、よくないと思うので」

「うーん、そうは言ってもね……」

 

 逆に困らせてしまったのか、麻央先輩は悩み始める。沈黙をごまかすように、あたしはお茶をチビチビと飲み続ける。半分くらいなくなったころ、麻央先輩は再び口を開いた。

 

「それなら、ボクが就職先に困るようなことがあったら、雇ってくれるっていうのはどうですか?」

 

 麻央先輩の言葉に、あたしの思考はフリーズした。んん? えっと……それはつまり、結局……?

 

「え? まあ、構いませんが……それは、対価になってるのですか?」

「だって、ボクが就職するころにはこの事務所も大きくなってますよね? なら、そこの席があるというのはすごいメリットじゃないですか」

 

 さも当然のように言われてしまった。その姿は間違いなく、初星で王子さまと呼ばれていたかっこいい麻央先輩そのままだった。

 

「……麻央先輩」

「……ありがとうございます」

 

 どちらにせよ、事実上の給与の拒否だった。ここまで言わせてしまったら、その厚意に甘えないわけにはいかない。麻央先輩の優しさに涙腺が緩む。

 峰岸さんも、深々と頭を下げていた。

 

「今日は彼女は来ていないんだよね?」

「はい。一応、明日は来る予定ですけど……」

「少し遅くなるけど、ボクも明日は空いてるよ。なら、早速明日から始めようか」

 

 それから、峰岸さんと麻央先輩が事務的な手続きを終えたあと、あたしは麻央先輩に現状の構想を共有したり、レッスンの方針を決めてから解散となった。

 

 ここまで大変だったけど、いよいよ本番だ。詩歌の為にも、事務所の為にも、気合入れないと。

 そうして気合を入れ過ぎて夜遅くまで演出を練っていたあたしは、そのまま寝落ちして遅刻しかけたのは別の話。

 

 

 

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