ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」   作:とるてぃーや

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第6話 不穏な影

 いつもの週末のレッスン日。午前中にも関わらず、レッスン室は外の日光でポカポカとしていた。衣替えの季節が近づいている証拠だった。

 あたしは傍らで麻央ちゃん先輩の指導を受ける詩歌をよそに、たった今録画した映像を見返していた。映っているのは、自分自身だ。

 

 う~ん、ここはもう少し動きを大きくした方がいいかなぁ。カメラアングルが、こっちからこうだとして……。

 

 映像に映っているあたしの姿を参考に、振り付けを調整し、へったくそな絵コンテに修正を加える。当初は子供のラクガキレベルだったけど、最近は少しマシになった。

 あまりに下手だったので、最初に進捗として峰岸さんに見せたときに笑われてしまった。腹を抱えて転げ回るもんだから、「笑いすぎだろ!」と腹に蹴りを入れてやった。一方で、あたしの意図はちゃんと汲んで実装してしまうのだからたちが悪い。

 

 ともかく、演出の方は順調に進んでいると思う。頭を捻りすぎて爆発しそうになることもしょっちゅうだけど、心は常に弾んでいた。

 

 するとふと、詩歌の歌声が流れてくる。サビの部分のフレーズを繰り返し練習しているらしく、先ほどからずっと同じパートが聞こえてくる。

 

「いい感じになってきたね。それに加えて、ここでちょっと音をずらすと……」

 

 麻央先輩がお手本を見せるべく、前に出て歌い出した。

 

 うわ、すんごっ。詩歌だって前よりずっと上達してるのに……!

 

 詩歌の歌声は例えるなら、鈴の音だ。夜の景色に静かにチリン、と澄み渡る心地よい音色。それはそれでもちろん美しいけど、どうしても思い浮かぶ情景が限られる。

 

 一方の麻央先輩は、月明かりに照らされた宝石のようだった。静かに輝いてるかと思ったら、拡散された光から七色の音色が映し出され、多種多様な情景が次々と浮かび上がる。その表現力は、あの手毬にだって負けてないと思う。

 

 あたしだったら、上手すぎて委縮してしまいそうなレベルのお手本。だけど詩歌は怯むどころか興味深そうに聞いており、メモまで取っている。

 

「えっと、こうですか? ~~♪」

「うん、そうそう。飲み込みが早くて助かるよ」

 

 麻央先輩に続く形ですぐさま歌い直したところ、目覚ましいほどの変化があった。それはまるで鍵盤の音階が増えたような感覚で、表現の幅が確実に押し上げられていた。

 レッスンが始まってから、ずっとこんな調子だ。成長曲線がえぐすぎる。ダンスが1なら、ボーカルは10くらいのスピードで成長している。

 

 やっぱり、麻央先輩にお願いしてよかったと思う。打ち解けるのもかなり早かったし。数多の後輩の目をハートに変えていたその包容力は伊達じゃなかった。

 

「そろそろ休憩にしようか。45分から再開ね」

「はい……分かりました」

 

 詩歌は壁に背を預けて座り込むと、スマホを弄り始める。どうせ、またコメントでも見返しているのだろう。ここ最近はずっとそうだ。

 

 MVの為の練習が始まってしばらく経ったけど、その間も当然詩歌は配信を行っており、偶にドン引きするような長時間アーカイブが出来上がるところも変わってない。

 そんな中で、詩歌はそれらの合間に歌配信を挟むようになった。日々上達を見せる彼女の歌にリスナー達は熱狂しており、各種SNSを通して拡散されていった。

 元々配信上ではトークも軽快にこなすことができる詩歌だ。瞬く間に新しいファン層を形成してしまった。

 

 それからというものの……この調子だ。鈍化していた数字が改善し始めているのがよっぽど嬉しいらしい。今もニヤニヤが隠せていない。

 

 ……あんまエゴサし過ぎない方がいいと思うんだけどなぁ。いいコメントばっかとは限んないし。

 

 その瞬間、どこかしらの時空から『お前もめっちゃエゴサしてたぞ』という電波が届いた気がするが、気のせいだろう。エゴサしたところで何も見つからないだろうし。

 

「……ぁ」

 

 か細い呟き。レッスン中はともかく、休憩中で静まり返っているレッスン室にその声はよく響いた。

 

「詩歌? どうしたの?」

 

 急に顔を曇らせた詩歌に気付いたあたしは、なんでもない風を装って側に寄る。ま、このタイミングでのこれは、なんとなく予想がつくけど。

 

「…………」

 

 こちらに気付いてないのか、黙ったまま返事をしようとしないので無理やりスマホの画面を覗き込む。すると、案の定だった。

 

『絵がアイドルの歌すんのってどうなん?』

『大して上手くないのに歌枠多すぎ』

『声が生理的に無理』

 

 なんでわざわざそんなこと書き込むんだろう、と思うようなコメントが並んでいた。あたしまで胸がざわついてきたので、全て吐き出すつもりで大きく溜め息をつく。

 

「気持ちは分かるけどさぁ、これからはあんまり不用意にエゴサしない方がいいよ。するにしても、サブスクの人だけにするとか」

「うん……気を付ける。……ちょっと、浮かれすぎてたかも」

「最近勢いヤバかったしねぇ……ま、でも褒めてくれる人だって増えてるし。気にすんなって」

 

 このときはそれで話は終わりだった。詩歌の休憩時間が終わり、あたしも作業に戻る。コメントで湧いた怒りも、とっくにどっか消えていた。

 

 だけど……話はこれで終わりじゃなかった。無視しても問題ないような小さな火種。放っておけば勝手に鎮火する筈だった。だった、のに……事態は思わぬ方向に動き始めたのだ。

 

 ーーまるで、誰かが息を吹き込んだみたいに。

 

***

 

 すっかりと日が落ちたある日の夜。予報にないゲリラ豪雨が来ているようで、屋根や雨戸が雨音で騒がしい。

 それを象徴するかのように、事務室には重苦しい空気が漂っていた。過去のバイト先で、閉店時のレジの金額が大幅にずれていたときのことを思い出す。

 正直、そっちの方が何倍もマシと思えるくらい、今の状況は深刻だった。

 

 詩歌は既に帰宅している。厳密には、本人の状態を考慮して麻央先輩の判断で早めに切り上げたのだ。なのでこの場にいるのはあたし、麻央先輩と峰岸さんの3人だけ。

 

 誰から切り出すべきか……。沈黙が続き、空調の風が前髪を揺らしてうっとうしい。そんな中、先陣を切ってくれたのはやはりと言うべきか、この場の代表者である峰岸さんだった。

 

「……アンチコメが増えてる。内容も量も、シャレになんねえレベルで」

「そうですね。この手の職業には付き物ではありますが……ちょっと、普通じゃないですね」

 

 頷く。少し前に詩歌に入れたフォローがまるで意味を成さないくらい、意味不明な事態だった。

 

 ある日を境に始まった……アンチコメの激増、誹謗中傷のDM、配信の荒らし行為、そしてSNSや掲示板での偽情報の拡散。

 それらがなんの前触れもなく、火山の噴火のように突如としてあちこちに溢れ出した。しかも、最近伸び始めていたとはいえ、そもそもの登録者数に対して量がおかしすぎる。

 

 結果は言うまでもない。善意であれ作為的であれ、配信のコメント欄は血みどろの言い争いが生まれてしまったし、DMは閉鎖するしかなくなったし、偽情報に関しては公式で声明を出したけど、まだ事務所としての発信力が足りなくてあまり効果がない。

 

 当然、止める間もなく詩歌の目に入ってしまって…………あのときの詩歌の様子は説明もしたくない。いったん情報を全部遮断するようには言ったけど……どれだけ耳に入っていたか。

 

「偽情報も……なんか、変ですよね? ほとんどは明らかな嘘ですけど……なんかちょいちょい、絶対に詩歌のことを知ってるっていうか……その、まるで」

「まあ、そうだな。というか、学校が同じだったとかまで書いてたりするしな。詩歌のことを知ってるやつが混ざってるのは間違いない。それに、拡散の流れを考えたらこの状況を作ったのはもしかしたら……」

 

 本人の身バレ防止の為か具体的に明言はされてないけど、そうでないと説明がつかないような書き込みや呟きが多々あった。……なにより、詩歌の反応がその真偽を物語っていた。

 

「……こういうとき、事務所としては法的措置を取るべきだと思いますが?」

 

 ……そっか、そういう手があるのか。個人でできる対応ばかり考えていたあたしには目から鱗だった。むしろ、事務所としてはそっちの方が自然な対応だ。

 峰岸さんもきっと同じことを考えていた筈。光明が見えたことに安堵を覚えながら、峰岸さんの方を見た。

 

 ところが……麻央先輩のごく当たり前の意見に、峰岸さんは沈黙したまま口を開こうとしない。それどころか、その案には否定的な表情にすら見える。

 

 ーーどうして?

 

 すぐに賛成すると思っていただけに、その反応はあたしの神経を逆撫でした。

 

「なんで黙ってるんですか!? さっきの詩歌見てましたよねっ!? このまま放っておいたら……!」

「分かってるよンなことは!!」

 

 怒号が部屋を揺らした。本気の男の人の怒鳴り声に体が竦む。さっきまでの勢いはすっかり萎み、猫に追い詰められたネズミのようになってしまう。

 

「落ち着いてください。怒鳴ったところで何も解決しませんよ?」

 

 そんなあたしたちの間に入ってくれたのは麻央先輩だった。後ろからあたしの両肩を抱えると、いつも通りの声で峰岸さんに語りかける。

 

「……悪い」

「ことねもだよ。感情的になるのはらしくないんじゃないかい? もっと冷静に話すんだ……できるかい?」

「……はい。すみませんでした」

 

 過熱していた空気が一気に冷える。麻央先輩がいてくれてよかった。心の底からそう思う。

 

 空気を完全にリセットしたくて、冷たい飲み物を全員分用意した。それを一口飲んだころ、峰岸さんが話を再開した。

 

「確かに、有村さんの言うことは正しい。だけどな、ことね……それを徹底的にできるのは体力のある企業だけなんだ」

 

 開示請求、そして裁判。法的措置による解決を図るには、費用も時間もかなり必要らしい。そして、知名度向上の為のPR動画の作成に全てをつぎ込もうとしている今の状況で、それはかなり厳しいとのこと。

 

 ……物件を借りずに民家を事務所にしてて、あたしのようなバイトにレッスンやら演出を任せてて。しかも、ただのPR用の動画に社運がかかってて。

 改めて、この事務所のギリギリ具合を痛感してしまった。

 

「……言いたいことは分かりました。分かりました、けど」

「納得はできないよな。……そりゃそうだよな」

 

 やるせない声。その声を聞いてしまうと、あたしも堪えるしかなかった。拳を強く握りすぎて、爪が食い込む。歯ぎしりで奥歯が砕けそうになる。

 

 それからも議論は続いたものの、結局はその場その場での対処療法をするしかないという結論にしかならなかった。

 

 失意と怒りで頭がグチャグチャのまま、帰途につく。その間、ずっと何かを叫びたい衝動に襲われ続けた。

 

 ーー詩歌のことを知ってるやつが誰か分かれば。

 

 そう、思わずにはいられなかった。

 

***

 

 これと言った名案が思いつかないまま、次の日の朝を迎えてしまった。仕方なく制服に着替え、学校に向かう。

 

 ……眠い。

 

 一睡もできなかった。頭は重いし、鏡を見たら隈ができてた。そこまでして悩み抜いても、なにも思いつかない自分にもムカつく。

 

 昨日、家に帰った後に少しだけ詩歌と通話をした。思っていたより元気そうな声だったけど、言葉の節々が時折震えていて、気丈に振舞っているだけというのが丸分かりだった。

 レッスンができなかったことを謝られ、次は必ず行くようにするからと言われた。あたしの言う通り、しばらくの間は絶対にネットを確認しないようにするからと。

 

 ……こんな場当たり的な対応で、ほんとにいいのかな。詩歌1人が我慢してるだけで、いつか鎮火してくれればいいけど、そうなるとは思えない。

 だって、詩歌のことを知ってるやつが主犯かも知れないのだ。理由は分からないけど、なにかしらの悪意があるんだとしたら、いつまでも続けるに決まってる。それこそ、詩歌が折れるまで。

 峰岸さんによると、詩歌は所属している高校はあるが登校したことはないらしい。つまり、中学のときになにかあったんだ。せめて、それがなにか分かれば。

 

 ……でも、誰に聞けばいいの? 今の詩歌に聞くわけにはいかないし。

 

 そうやって悩んでいる内に高校の校舎が見えてきた。校門を越え、駐輪場に向かう。普段より停まっている自転車がかなり少ない。どうせ寝れないならと、早めに家を出た結果だ。どうせなら一番校舎に近い場所に停めるか。そう思って、自転車に乗ったまま奥まで徐行する。

 

 ちょうど朝練の時間らしく、エナメルバッグを背負った坊主姿の男子が近くで同様に自転車を停めていた。少なくとも、同じクラスの男子ではない。

 特に気に留めることもなく、先に停め終わったあたしは彼の横を通り過ぎようとする。

 

「ーーなあ、ちょっといい?」

 

 まさか声をかけられると思わなかった。寝不足なこともあって反応が遅れた。ちょうど通り過ぎたタイミングで慌てて足を止め、振り向く。

 

「えっと、あたし?」

「ああ。突然でごめん。ただ、少し聞きたいことがあって」

 

 なんだろう? 知り合い……じゃ絶対ないよね。学年も知らねーし。タメで返事しちゃったけど先輩だったらどうしよ。

 

「あ、悪い。オレのこと知らないよな。2年3組の原田だ。見ての通り野球部……ってそれは別にいいか。そっちは藤田で合ってるよな?」

「うん、合ってるけど、なんで……いや、そりゃ知ってるか。あの噂、有名だし」

 

 新学期の開始時点で平田らによって広められた自身の噂を思い出す。あのころは休み時間を利用して教室を覗きに来るやつが多かったし、そうでなくとも誰かから聞くくらいはしてるだろう。

 

「他のやつらがどうなのかは知らないけど、オレはかっこいいって思ったけどな。オレは野球は好きだけど、プロを目指そうとまでは思えないし」

 

 イケメンかコイツ。こんなときなのに、その言葉で勝手に顔が熱くなる。

 

「っ……んーと、まあ、ありがと。もう終わったことだけどさ、そう思ってくれるだけでも気が楽になるかな」

 

 なんで自分はこんなにチョロいんだろうと思いながら、無理にそっけなく振舞うことで顔の熱さを振り払った。

 

「それで、聞きたいことって?」

「ああ、そうだった。その、違ったら謝るんだけど…………少し前の週末さ、詩歌と大宮で遊んでたりしなかったか?」

「……は?」

 

 ……今、詩歌って言った? なんで、コイツが詩歌を知って……?

 

 一歩、校舎の方へと後ずさる。眉間に力が入り、背負っているリュックの肩ひもを握る。早朝なものだから、誰かが通りかかる様子もない。自身の判断が恨めしい。

 

 ……もしかして、コイツが? 働かない頭を強引に回転させて、1つの最悪の可能性を考える。

 

「どういうこと? あんた、詩歌のなに?」

「なにって……それを説明しようとすると、長くなるというか」

 

 彼は自身の頭を撫で回しながら、煮え切らない答えを返してくる。なんか、ますます怪しい。あたしは疑念を確信へと変える。

 

 ーー今にして思えば、やっぱりあたしは寝不足だったんだと思う。普通に発想が飛躍してたし、思い込みも激しかった。元々向こうから声をかけてきたことも、初対面のあたしを褒めてくれたことも忘れていた。

 

 だからこそ、この場を逃げ出すことすら考えていたあたしにとって、次に原田が発した言葉はトップアイドルの結婚発表並みの破壊力を秘めていた。

 

「ええと……つまり、だな…………短い間だったけど、付き合ってたんだよ。中3のとき」

「……………………ぇ」

 

 ……ん? なんて?

 

「誰が?」

「オレが」

「誰と?」

「だから、詩歌と」

「あのゲーム三昧で、引きこもりの詩歌と?」

「そのゲーム好きで、あんまり外に出たがらない詩歌で合ってるよ」

 

 ……へぇ。詩歌、やるじゃん。あんな大人しそうな顔しといて、ちゃんと青春してたんだ。まあ、ちゃんとしてれば可愛いし、慣れてる相手なら話すのも上手いし。

 

 …………いやでも、えぇ!?

 

「ほぇええ~~~!?」

 

 あたしの絶叫は校舎の壁で何度も反響し、グワングワンとあたしの脳を揺さぶるのであった。

 

 

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、昼休みとなった。チャイムと同時に顔を起こしたあたしはまぶたを擦る。

 今のあたしにとっては勉強も大事なんだけど、流石に今日の眠気に抗うのは無理だった。1から4限目までたっぷりと睡眠を取ってしまったが、代わりにあたしの頭はだいぶスッキリしていた。

 

「おはよう、藤田さん。普段は頑張って起きてるのに、珍しいね」

「バイトでちょっと色々あってさぁ……」

 

 席近くのクラスメイトの子と雑談を交わす。その間、あたしは用意してきたお弁当をリュックから取り出した。

 

「それとごめん。今日はちょっと他の人と食べる約束してるから、行ってくるね」

「そうなんだ。分かった、行ってらっしゃい」

 

 クラスメイトの子と別れると、教室を抜け、校舎の外に出る。それからしばらく歩くと校庭の近くに並んでいるベンチが見えてきた。最近は少しずつ気温が上がっているからか、利用する人は減ってきている。それでいて校庭ではサッカーやらで遊んでる男子が多くて騒がしい。

 

 話をするには、もってこいの場所だった。あたしは先にベンチで座って待っていた原田の姿を見つけると、そちらへ近寄って行く。

 

「ごめ~ん、待ったぁ?」

「いや、今来たとこ……って、なに言わせるんだよ」

「あはは、ごめんごめん。中学から女子校にいたようなもんだったからさぁ、ちょっとやってみたくなっちゃって」

 

 隣に座り、お弁当の包みを解く。原田の方はと言うと、どうやら購買で購入したらしいたまごサンドを手に持っていた。詩歌がよく配信中に食べているやつだ。

 

「ふ~ん、たまごサンドですかぁ」

「なんだよ……なんか、今日はそんな気分になったんだよ。悪いか?」

「いや、別にぃ~? いいですなぁ、と思っただけで」

 

 一方のあたしは夕飯の余りのハンバーグと今朝焼いた卵焼き。ハンバーグはチビどもの為に細かく刻んだ野菜が入っているのが特徴だ。

 

 お互いの昼食をそれぞれで食べ進めながら、タイミングを見計らってあたしの方から朝の続きを促した。

 今のあたしにとって、原田という過去の詩歌を知っている存在は重要な情報源だ。可能な限りたくさんの話を聞きたい。

 

「それで? 詩歌と付き合ってたのは分かったけど、なんで急にあたしに声をかけたの? というか、なんで大宮にいたの知ってんの?」

「そうだな……まず、大宮のことだけど、その日は練習試合があったんだ。それでその帰りに偶然見かけたんだ。コンタクトだったから、気づくの少し遅れたけど」

「あれ、詩歌のコンタクトって外出用じゃないの?」

 

 レッスン来るときは必ずコンタクトだったから、あたしてっきり。

 

「いや、学校では眼鏡のままだったよ。一緒に遊びに行ったときに一度だけ、コンタクトにして来てくれたんだ。いやあ、あれはマジでヤバかったよ。出会い頭、『どう、かな?』って聞いてきてさ……」

「ああ、はいはい。そですか」

 

 惚気は適当に聞き流す。なんか……別れたという割には、随分と楽しそうに話す気がする。じゃあ、別れを切り出したのは……詩歌?

 

「脱線したけど……つまり、オレは詩歌が今どうしてるか知りたいだけなんだ。突然別れを切り出されて、それからバッタリだったから。その、元気にしてるかな……とか」

 

 ……難しい質問だ。なんて答えよう……嘘吐くのは、なんか違うし。かと言って、いきなりVのことを明かすわけにもいかない。

 間を稼ぐ為に卵焼きを1切れ口に入れ、咀嚼にいつもの倍の時間をかける。

 ……あたしは慎重に言葉を選び、返事をする。

 

「……うんとね、元気……だったんだよ。最近までは」

「最近まで? ちょっと待て、じゃあ今はどうなんだよ……?」

「……その前にさ、1個だけ確認させてもらっていい?」

「な、なんだよ」

「原田はさ、今も詩歌のことが好きなんだよね?」

 

 その質問を投げかけた瞬間、彼はそっぽを向いた。でも、日焼けしていても簡単に分かる彼の赤い耳を見れば一目瞭然だった。

 

「っ……そうだよ。未練がましいかもしれないけど、今でも好きだよ……」

「ふーん、そっか」

 

 横から彼の瞳を覗き込む。ここまで話した印象では、あんなことをするような人物には見えない。できれば、信じてあげたい。だからこそ、そうだと信じるに足る確かな根拠が欲しかった。

 

「原田はさ、今も詩歌の味方だって誓える? それと、その証拠を出せる?」

「は? いきなり何を言ってん……」

 

 もしかしたら大げさだと思ったのかもしれない。怪訝そうな様子で視線を返すが、すぐに黙り込んでしまった。いや、あたしの視線で黙らせたと言った方がいいのかも。あたしの表情で深刻さが伝わっていることを祈る。

 

 彼はしばらく怯んだままだったが、どうやら祈りが通じたらしい。彼はスマホを取り出し、なにやら操作を始めた。

 

「……これ。最後に遊びに行ったときの写真だ」

 

 画面を見る。そこには確かに原田と詩歌の2人が映っていた。多分、プリクラかな……? 写真のあちこちが模様や文字でデコレーションされている。

 あたしが知っているコンタクト姿の詩歌とは違い、髪をおろしたままだ。けど、恥ずかしそうに目を伏せながら淡い笑みを浮かべている彼女は、間違いなくあたしの知っている詩歌だ。

 

「それと……これも見てくれ。最後のチャットの履歴だ」

 

 アプリを切り替えると、今度はスマホごとあたしに渡してくれた。画面には長文のメッセージがいくつか並んでおり、あたしはスクロールしながら目を通していく。

 

『待ってよ。突然別れようって、どういうこと? もしオレがなんか詩歌にしちゃったんなら、謝るから教えてくれないか』

『大輔くんのせいじゃないの。でも……本当にごめんなさい。もうあたしに関わっちゃダメ。今までありがとう。すごく、楽しかったよ』

『不在通話』

『不在通話』

『もう別れたのに、急に連絡してごめん。でも、いきなり学校に来なくなったから心配で。もし何か困ってるなら、オレでよければ力になるから』

 

 そこでやりとりは終わっている。既読はついているが、結局返事はなかったらしい。あたしはスマホを原田に返した。

 

「ありがとう。それと、ここまで見せさせちゃってごめん」

「気にしなくていいよ。……それで、どうだ?」

 

 信じてくれるか、ということだろう。……言うまでもない。ようやく警戒を解いたあたしは、目元を緩めた。

 

「詩歌の味方って信じるよ。……ったく、詩歌もこれくらいあたしに教えてくれたっていいのに」

 

 全然知らなかったし、その気配すら分からなかった。

 

「当時も詩歌の希望で周りには秘密にしてたからな。オレが言うのもアレだけど、恥ずかしかったんじゃないか?」

「まあ、そうなんだろうけどさ」

 

 水臭いなぁ。あたしは一瞬だけベンチに背を預けるが、すぐに佇まいを直す。原田は誠意を示した。だから、今度はあたしが応えないと。

 

「ーーあのさ、こっから話すことはマジのガチで他言無用なことなの。多分、後で秘密保持の契約も結ぶことになると思う。それでも……聞く?」

 

 秘密保持という言葉に驚いたのか、彼は目を見開く。だが、今度は怯むことはなかった。大して間を置くこともなく頷きが返ってきた。

 

 ……流石にここはまずいよね。どっか移動しないと。

 

 あたしたちは急いで食事を終わらせると、より人気がない場所を探して移動を開始した。人目につかないように気を付けながら、慎重にルートを選んで移動する。

 

 そうして見つけたのが体育倉庫の裏だった。学校の敷地の端にあり、背後は木々で埋まっている。倉庫の扉も確認したがしっかり施錠されていて中に誰もいなそうだ。

 さらに念を入れて、互いに声のトーンを落として話すことにした。ここまですれば、流石に大丈夫な筈。

 

 あたしは原田に全てを話した。詩歌がVとして活動していること、あたしが講師をしていること、歌配信をきっかけに最近数字を伸ばしていること、過激なアンチが発生していること。そして……主犯が詩歌の知り合いかもしれないこと。

 

 最初は嬉しそうに聞いていた原田だが、全てを聞き終わるころには顔を真っ青にさせながら口を手で押さえてしゃがみ込んでしまった。幸い戻すことはなかったけど、彼が落ち着くまで背中をさすってあげる必要があった。

 

 ……こうなるのも、無理ないよな。あんな仲睦まじそうにしてたし、ずっと気にかけてたみたいだし。それが知らない内にこんなことになってたって知ったら、そりゃ……ね。

 

「……大丈夫?」

「あ、ああ……っ。くそっ……やっぱりあのとき……あったのか」

「あのとき?」

 

 とうとう出てきた重要そうな言葉に身構える。ここからは一言も聞き漏らすまいと、聴覚に集中力を全て割く。

 

「オレ自身は確信はないし、調べてもなにも分からなかったんだ。けど、消去法的にそうとしか考えられないんだよ」

 

 震えと怒りが混じった声でそう吐き捨てた原田の口からついに、核心に繋がる言葉が飛び出した。

 

 ーー曰く、女子グループによるいじめがあったんじゃないかと。

 

 

 




普段あまり自我を出さないようにしてますが、これだけ。

たくさんのお気に入り、高評価、感想等ありがとうございます。
コツコツ投稿を続けていた甲斐がありました。大変励みになっております。

これからも投稿ペースがあまり変わらないように頑張りますのでよろしくお願いします。
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