ことね「元アイドル志望にVtuberは荷が重いデス……」 作:とるてぃーや
放課後を待ったあたしは、HRが終わるのと同時に教室を飛び出す。
目指すは5組の教室。あたしは1組なので階段の向こう側の廊下まで行く必要がある。
……よっし、まだHR中か。
教壇にまだ先生が立っていて、生徒は全員座っている。大人しく聞いてるやつもいれば、コソコソとしゃべったり、部活に行きたそうにエナメルバッグを抱えているやつもいる。
あたしは廊下の壁にもたれかかって、そのときを待つ。
その間に思い出すのは、原田から聞かされた胸糞悪い詩歌の過去のことだった。今思い出すだけでも水道近くのバケツを蹴りたくなる。
ーー中3のころ、詩歌はいじめを受けていた。そう原田は言った。
いや、いじめを受けていたかも、か。でも、きっと間違いない。原田だってほぼほぼ確信してる感じだったし。
元々、詩歌と原田は中3で同じクラスだったらしい。ただ、当初はあまり交流はなかったという。まあ、詩歌は学校が終わるとすぐ帰ってたっぽいし、原田は部活に夢中だった。そりゃそうかって感じ。
そんな2人に接点が生まれたのは、くじで文化祭の実行委員に選ばれてからのこと。仕事のやりとりが増え、出し物を練る為に2人で教室に残ることもあったようだ。
最初は原田が一方的にしゃべるだけだったが、次第に詩歌の方も積極的に案を出したり、冗談を言ってくれるようになったっぽい。
……まあ、イケメンムーブをさらっとできる彼だ。詩歌の心を開くのも早かったに違いない。
そのころから原田の方は詩歌のことが気になってたっぽいけど、一番のきっかけはクラスの打ち上げのカラオケだったみたい。
複数の小部屋を借りてたから、みんなあっちこっち移動して、2人っきりになったタイミングがあったらしい。
詩歌はずっと、歌わずにドリンクを飲んだり合いの手を入れているだけだったみたいだけど、そこですかさず歌ってほしいと頼んだらしい。
……なんかいいよね、そういうの。ちょっと憧れる。
とにかく、詩歌はかなり渋ったものの、結局折れて1曲だけ歌ってくれたようだ。そしてそのとき……詩歌の歌に魅了された。本気で詩歌に惚れ込んだ瞬間だったと、懐かしそうな表情で彼は語っていた。
それからも色々あったようだけど、ついには原田は詩歌に告白し……断られたらしい。なんでも、『わたしってゲームばっかりしてるから、きっと付き合ってもつまらないよ?』って言ったらしい。
……なんてやつだ。あたしだったら即OKする流れなのに。そんなにゲームって大事なのか。
だが、それでめげなかったのが原田のすごさだ。それでもいいからと何回もアタックを重ね、ついにはお試しかつ周囲には内緒という条件で、OKさせてしまったのだから。
……やっぱりいいなぁ。あたしもそんな情熱的にアタックされてみたいと思った。
そして、交際も上手くいってたんだと思う。だって、あの詩歌がデートのときにわざわざコンタクトにしたんだよ? 可愛いとこあんじゃん、詩歌。
ーーそれなのに、別れを切り出された。原田からしたら、ほんとに突然。しかも、学校にも来なくなってしまった。
そりゃ、いじめを疑って当然だよね。原田はそれとなく周囲に聞き込みをしたらしいけど、ほとんどなにも分からなかったという。
後はメッセージの履歴の通りだ。詩歌が一方的に原田を遠ざけ、それっきり。
……もし、そのいじめにリーダーがいたとしたら。状況的に、ソイツが今回の騒動の原因かもしれない。少なくとも、絶対になんか知ってる。
けど……どうやって探そう? 手がかりもここまでっぽいし。
そんな風に考えていたときだった。原田から当時のクラスメイトであり、現在は野球部のマネージャーでもある大西という女子の話が出たのは。
クラスの中では詩歌と仲が良かったらしく、休み時間に話しているのを度々見かけていたらしい。
だから当然、大西にも聞き込みをしたらしいけど……なにも知らなかったらしい。
じゃあなんで紹介すんの? って聞いたら、こう答えてくれた。
ーーなんか、視線を伏せて、周りを気にしまくってて変だったと。
『起立ー』
HRが終わったらしい。ミュートが解除され、教室全体が騒がしくなる。
ガタガタと机を動かす音や話し声が聞こえ始める。
同時に、扉が勢いよく開くと男子どもがデカい荷物を持って教室から飛び出て行った。先を争うように廊下を駆け、上履きの音を反響させながら遠ざかっていった。
急いだって大して変わんねーのに、なんであんなにせっかちなんだか。
そんなことを考えながら、HRが終わったばかりの5組の教室に入る。いや、入るってよりは開いたままの扉から中を覗き込むって感じで。
「ごめん、ちょっといい?」
入口の近くにいた女子に話しかける。掃除当番らしく、箒を手に持っていた。あたしに気づいて顔を上げた彼女は、ピタリと動きが止まる。
「えっ……ふ、藤田さん?」
……理由は分かるけどさ、その反応マジでやめてくんねーかな。もう数か月経ってんだし。
「このクラスにさ、大西ちゃんって子がいるって聞いたんだけど」
無視して無理やり話を進めると、彼女は「あ、大西さん?」と上ずった声で返事をする。
「大西さんなら、あそこに……」
彼女が指で示した先。そこにはミドルくらいのポニーの女子の後ろ姿があった。背はあたしと同じくらい。少し染めてるらしく、全体的にやや明るめの茶髪だけど旋毛の辺りが少し黒い。
野球部のマネージャーというのも本当らしい。原田が持っていたそれと比べると一回り小さいけど、校章とかが入ったエナメルバッグを肩に掛けている。
あたしは教えてくれた子にお礼を言うと、遠慮なく教室の中に踏み込んだ。
瞬間、あたしに視線が集中したのを感じた。ざわり、と困惑が周囲に伝わる。ぜーんぶ無視して、あたしは真っすぐに目当ての机まで進んだ。
あたしが真後ろまで来たところでようやく気づいたらしい。ポニーの髪が横に揺れたかと思うと、目が合った。
「……もしかして、藤田さん?」
「はぁ……こっちばっか知られててハズいなぁ、もうっ。大西ちゃん……でいいんだよね?」
彼女はコクリと頷いた。初対面でいきなり訪ねて来たことを不思議に思ってるのだろう。目をパチクリとさせている。
「いきなりごめんねぇ~。原田くんに大西ちゃんのこと教えてもらってね。すこ~しだけでいいから、時間ないかな?」
逸る気持ちを抑え、手を合わせながら努めて明るい声を出す。ここで警戒はさせたくない。
……だがどうやら、それ以前の問題だったみたい。
「原田君から? うーんと、私これから部活があって……」
……あ。
「そ、そっかぁ。あはは、そりゃそうだよねぇ」
しまった。そうだ、原田と同じ野球部だった。アイツが部活あんなら、コイツだってあるに決まってたわ。
急に体温が上がるのを感じる。
どうしよ。明日は学校休みだし、週明けだと遅すぎる。かと言って、初対面なのに休みに呼び出すのもどうなんだ……?
そんなあたしの葛藤を察したのかそうでないかは分からない。
でも、大西おずおずと申し出る。
「一応、部活が終わったあとなら時間はあるよ。それでもよければ、だけど」
「……それでお願いしマス」
し、締まらねぇ……なにやってんだ、あたし。
意気揚々と知り合いのいないクラスに突撃したあたしは、気まずい空気だけを作って、日が落ちるのを待つことになるのだった。
*
日はすっかり落ち、校舎の窓から漏れる明かりもまばらになったころ。暑くなってきたけど、夜はまだまだ涼しい。あ、遠くからカエルの鳴き声がする。田んぼかな。
木が風で揺れるのをぼんやりと聞きながら、昼休みと同じように倉庫裏で部活が終わるのを待っていた。校庭の方はとっくに静かだ。もうそろそろの筈だけど。
「遅くなってごめんね。ボールがなかなか見つからなくって」
そんなとき、ちょうどよく横から声がかかる。そこにはジャージ姿で荷物を持った大西の姿があった。
「気にしなくていいよ。さっきまでずっと図書室にいたし」
大西はあたしの隣に並ぶと、ドサリとエナメルバッグを足の間に置いた。微かにだけど、ミントの香りがする。制汗剤かな……?
「それで、話ってなぁに?」
「あー、えっとねぇ……」
さて、どう切り出そうか。図書室にいる間に色々と考えたけど、いざ彼女を目の前にすると結局迷ってしまう。
「大西ちゃんはさ、原田くんと中学でクラスメイトだったんだよね?」
「そうだよ。中3のときだけだけどね。……もしかして、原田君のことが気になるの?」
「……え? ああいや、そうじゃなくて……」
変な勘違いをされてしまった。でも、傍から見たらそう見えるのか。まあ、原田が詩歌の元カレじゃなきゃワンチャンあったかもだけど、別にそんな気はない。
「そっちじゃなくて……なんていうか、そのクラスにさ……」
言葉に迷う。詩歌と仲良かったんなら、当時のことはあんまり思い出したくないと思うんだよなぁ。
なんかいい聞き方はないかな。なんて思っていたそのときだった……「もし違ってたらごめんなんだけど……」と前置きした大西さんの言葉が耳に入ったのは。
「もしかして……芽衣野さんのこと?」
「へ? ぇ、ええ!?」
動揺が口から漏れる。な、なんで分かったの……!?
「だ、大丈夫?」
「ぇと……へいき、へいき。でも、なんで詩歌のことだって……」
超能力でもない限り、あたしと詩歌の関係なんて知りようがない。むしろ、さっきみたいにあたしが原田を狙ってるかもって考えの方が普通だ。
けど、あたしは彼女が野球部のマネージャーだってのを忘れていた。
「この前、野球部の練習試合が大宮であったんだ。その帰りに2人が歩いてたのを見かけたの。だから、友達なのかなって」
「あ、ああ……そういうコトか」
そう、原田と全く同じ理由だった。肩の力を抜いて、あたしは大きく息を吐いた。
「うーんと……今ちょっと色々あってさぁ、詩歌の中学時代を知ってる人に話を聞いてるんだよね」
「あのころの芽衣野さん……それって、もしかして……」
「そ。急に学校に来なくなっちゃったこととか。原田くんからも聞いたよ? 大西ちゃん、クラスでは詩歌とよくしゃべってたんだよね?」
すると、外灯で照らされていた彼女の顔に陰が混じる。そのときのことを思い出してるのかも。
「……うん、そうだね。良かった方……だと思うよ? 芽衣野さんは1人のことが多かったけど、意外と気が合って。昼ごはんとか一緒に食べたりしてたかな」
一緒に遊ぶ友達というよりは、クラスの中での友達って感じか。
確認してみたけど、外で一緒に遊んだことはなくて、ときどき一緒に下校することがあったくらいらしい。
「だから、急に学校に来なくなったときはびっくりして……先生に聞いても、体調不良ってしか言わないし。帰り道もすぐに分かれ道だったから、家の場所も分からなくて」
それで結局なにも分からないまま卒業を迎えて、今に至るらしい。
暗くて顔見えねーけど、声のトーン的には嘘は言ってないような……気がする。
「あ、でも最近元気にしてるってのは知ってるよ。藤田さんと遊んでたのもそうだし……あ、それと、これはあんまり言い触らさないでほしいんだけど……」
なんだろ、急に?
大西は周囲に誰もいないのは分かっているにも関わらず、ヒソヒソと内緒話をするときのように顔を寄せてくる。
制汗剤だけじゃ消し切れなかった汗の匂いの残りが若干鼻につく。
「ーーVtuberって知ってる? 芽衣野さんね、今Vtuberやってるみたいなんだ」
「……ぇ」
呼吸が止まっていた。
気がするじゃなくて、実際に息苦しさを感じるまで本当に止まっていた。
バレないようにこっそり、深く息を吸った。
いま……Vtuberって言ったよな……?
声を漏らさなかったのは奇跡だった。それに、暗くて表情が読まれないのもラッキーだった。今、あたしがVの詩歌を知ってることを知られちゃうのはまずい。
「Vtuber? それって、あのキャラクターとかで配信してるやつ?」
「うん、それそれ」
完璧なとぼけ方だったと思う。全然疑われてない。……あぶね。
まさか、普通にVの詩歌に気づいているやつがいるとは。想像すらしてなかったわ。
「偶然だったんだよ? なんかおすすめで出てきてね? なんとなく見てみたら、芽衣野さんが歌ってたの……!」
あたしの動揺を他所に、大西はどこか嬉しそうに語り続ける。
「最初は恥ずかしそうだったんだけど、どんどんノリノリになってさ。あんな楽しそうな声、久しぶりだったから、ちょっと泣きそうになっちゃって……」
他にも、コメント欄で褒めちぎられていたことや、他のゲーム配信とかのアーカイブも一気に見直してしまったことも教えてくれた。
「だから、元気そうでよかったなって。まあ、同接増えてアンチ増えて、ちょっと大変そうだけど」
「そうなんだ。へえ……詩歌ってばあたしにも内緒でそんなことしてたんだねぇ」
適当に話を合わせながら、話を整理する。
Vtuberには詳しくなさそうだけど、詩歌の配信は熱心に追っているようだ。
ただ、最近は忙しくて直近の配信はまだ見てないらしい。つまり、現在の騒動はまだ知らないっぽい。
まあ、配信を追ってるくらいじゃ、変なやつらが配信を荒らしているくらいにしか見えないかもだけど。
……この場ではあたしはVとしての詩歌を知らないことになっている。質問は慎重にしないと。
「……あのさ、その詩歌のことでちょっと調べてることがあってさ」
「調べてること?」
「うん。最近詩歌から相談を受けてね……なんか、ネットで嫌がらせされてるらしいんだよね」
「え? ……ねえ、それって」
なにかを察したように大西が尋ねる。あたしは、その通りだと頷きを返す。
「大西ちゃんの話がほんとならさ……Vtuberの活動でなんか嫌がらせ受けてるのかも」
あたしは大部分は伏せつつ、嫌がらせをしているのは中学のころの知り合いなんじゃないかという予想を話す。
そして、中学でいじめがあったんじゃないかということと、原田が大西に聞き込みに行った筈のことも付け加えて。
「……そっか、原田君から聞いたんだ」
さっきまでと違って、その声から明るさは感じられなかった。国語で指名されて音読するときのような平坦な声。正直、少し怖い。
「……ねえ、大西ちゃんはほんとになにも知らないの? 知らないんだったら謝るよ。でも、なんだか事情があって話せなかったんじゃないかって気がして……」
体の向きを変え、両手を合わせながら頭を下げ、「お願い!」と頼み込む。
返事はない。だいぶ話し込んだせいで、校舎はとっくに真っ暗だった。
おどろおどろしい空気が漂う中、あたしは姿勢を変えずにその場から動かない。
もしかして、もうどっか行っちゃった? そう思ってしまうほど長い沈黙が流れた直後、ついに大西からの反応があった。
「……分かりやすくなにかあったってわけじゃないの」
ポツリと一言。そこからは、立て続けだった。
「でも、席が隣だったときに教科書を忘れたから見せてとか、外での体育が終わってからなかなか教室に戻って来なかったり、ちょっとずつ休みが増えたりして……それで」
やっぱり……とりあえず、いじめがあったことはこれで確定か。
「なんで原田くんにはなにも言わなかったの? それに、さっきも」
「……あのときは、見張られてる気がして。言ったら、自分が狙われるじゃないかって、怖くて」
「見張られてるって? いじめのグループにってこと?」
「うん……ちょっとガラが悪い女子グループがあってね。多分だけど……そこがやってたんだと思う。芽衣野さん、文化祭の準備のとき原田君と一緒にいることが多かったから」
原田のやつ、昔から人気だったのか。んで、そのグループにも好きなやつがいたと。
要は嫉妬でいじめのターゲットになったと、そう言いたいらしい。
なるほどね……理屈としては通ってる気がする。別に嘘でもなんでもないし。ああ……もしかしたら、2人の関係もどっかでバレてたのかもなぁ。
つまり、いじめの主犯はーー
「ねえ、そのグループにはリーダーみたいな人はいたの?」
「確か、えっと……水沼さん、だったかな」
「……水沼?」
あれ、その苗字、どっかで。あたしは腕を組んで心当たりを探る。
「…………あ」
そうだ、思い出した。……いやでも、そんなことある? アイツがぁ?
……一応、聞いてみっか。
「ねえ、それってさぁ。耳にピアスしまくってて、これくらいの髪で、赤メッシュとか入れてなかった? あと、めっちゃ不良っぽかったかな」
あたしは耳たぶを摘んで見せ、手で髪の長さを伝え、最後に自分の髪を指で梳いてメッシュの場所を示す。
この暗さで伝わったか不安だったが、どうやらちゃんと伝わったらしい。息をのむ気配を感じた。
「合ってるけど……ぇ、もしかして知り合い? 実は藤田さんって不良?」
「んなわけないっしょ。ーー多分、前のバイト先で一緒だった人だと思う」
当時のことを思い出す。
大西の言う通り、マジでガラが悪そうに見えるやつだった。
声に圧があったし、物言いがストレートなことが多かったし。
彼女のことを怖がってたバイトの子もいるにはいた。
なるほどね。そっか……アイツがね。
……でもなぁ、うーん? ほんとにアイツかぁ~?
「……てことは、水沼ちゃんが嫉妬でグループでいじめた……ってことだよね?」
「うん、たぶんだけど……」
「ふぅん……そっかぁ」
頭は冷静だけど、沸々と胸の奥から湧き上がるものを感じる。
スマホを開く。連絡先は持っていないけど、代わりに他のバイト仲間の連絡先は残ってる。
「ありがとう、大西ちゃん。それとごめんね、こんな時間まで話すことになっちゃって」
「気にしなくていいけど……ねえ、もしかしてあの水沼さんに会おうって思ってる? それはさすがに危ないんじゃ……」
「知らない相手じゃないし、大丈夫だよ。それじゃ、ほんとにありがとね……!」
軽く手を振りながら別れを告げ、小走りでその場をあとにする。
その間、あたしは当時のバイト仲間宛てに通話をかけていた。
大西はああ言ってたけど、水沼のやつが犯人ってのは、ちょっと怪しかった。少しの間だけど一緒にバイトしてたから、どういうやつかは知っている。
見た目は、ぶっちゃけ怖かった。どう見たって不良だし、目つきは鋭いし。あたしも最初は怖かった。
年上が相手だろうとなんでもストレートに言うもんだから、衝突も多かった。パートや大学生組からは、見た目も相まって嫌われてたとは思う。
けど、あたしは知ってる。仕事で手を抜いたことはないし、細かいことにも気が回るタイプだった。それでいて、案外面倒見がいいもんだから同い年や年下には慕われていたことも。
勘違いされやすいし、あたしもめっちゃ仲良いとかではないけど、寄ってたかっていじめをするやつには見えなかった。
もしやるなら、正面から拳でいくタイプだ。
けど、いじめと全くの無関係とも思えなかった。
だから、早く会って話を聞きたかった。
しかし、繋がった元バイト仲間に話を聞いたところ、水沼は新しい店長と衝突してとっくに辞めてるらしい。
それからも昔の伝手を頼りにあちこち聞いて回ったけど、なかなか足取りが掴めなかった。
その間、レッスンの日が1回あったけど、詩歌は明らかに憔悴していて、歌声には元気がなかった。声をかけても「大丈夫だよ」としか言わないし。
急がないと。
そう思って必死に探した結果、ようやくその所在を突き止めることに成功した。
***
学校の最寄りの隣駅。駅からさほど離れていないところにあるライブハウス。入口は地下にあるらしく、階段が下に続いている。
あ、来た……!
話に聞いた通りの時間に、目当ての人影が階段を上ってきた。数か月前に見た姿と変わらない。強いて言うなら、今日の彼女はギターケースを背負っているようだった。
「水沼ちゃん!」
階段を上り切ったところを見計らって声をかける。
気だるげに向けられた視線。
それだけで誰かを射抜けそうなその視線が、少しだけ緩んだ。
「藤田じゃん。なんでここに」
「最近ここに入り浸ってるって聞いてさ。事情があって、ちょっと水沼ちゃんのこと探してたんだ」
「アタシを……? ふーん、わざわざご苦労なこって」
今、時間はあるかと聞く。ちょっとくらいならと同意を得られたので、近くのカラオケ店に入る。「近くに公園あるぞ」と言われたけど、こっちがいいとごり押した。
変な目を向けられたけど、特に文句を言わずに付いてきてくれた。部屋に入った後、あたしはふざけた感じでマイクを手に取る。
「せっかくだし、なんか歌う?」
「そこまでの時間はねーよ。それに、今は喉セーブしとかなきゃいけねーんだ」
「へえ、バンドでもやってんの?」
「そんなとこ。……で? 話ってなに?」
世間話をぶったぎって、本題を促される。相変わらずだなぁ。
まあ、回りくどいのは嫌いだろうし、単刀直入に切り出そう。マイクを元に戻す。
「実はさ……」
Vの部分だけは隠して、これまで分かったことを説明する。
その間、水沼は終始黙ったままだった。反応を探りたくても、ほとんど無表情でなにも分からない。ごく偶に目を細めたりするだけだった。
説明を終え、あたしは説明中に届いたドリンクで喉を潤す。冷たすぎる空調の中、氷で冷えた液体が喉を通る。
「……大西ちゃんは水沼ちゃんが犯人じゃないかって言ってだけどさ、あたしはあんま信じてないんだよね」
水沼は答えない。
「でもさ、多分だけど水沼ちゃんがいたグループの誰かがやったんだと思う。だから、知ってることがあったら教えてほしい」
ドリンクを置く。水滴で手のひらが濡れていたが気にしない。
水沼はと言うと、急にドカッと後ろに倒れかかると天井を仰ぎ、深いため息を吐いた。深すぎて、息が天井に届いたんじゃないかと思うほどだった。
「……最初に言っとくと、アタシは犯人じゃないし、いじめにも関わってない」
それだけはすぐに主張したかったみたい。水沼は一旦ドリンクで唇を湿らすと、話を続ける。
「アイツらとは最近会ってないから、詳しいことは分かんねーけど……」
そんな前置きがあった上で、水沼は1つ1つの過去を掘り返すように、ポツポツとなにがあったかを語ってくれた。
原田がグループの連中に人気があったのは事実。ただし、水沼自身はその時点で現在の彼氏といい感じになっていた。
写真も見せてもらったので、それは間違いない。
グループのやつらが詩歌をいじめていたのも事実。しかも、水沼の知らないところで。水沼がそれに気づいたころには、詩歌はほとんど学校に来なくなっていた。
「ずっとつるんでたんでしょ? 気づかないことなんてあるわけ?」
「最後まで聞け。ふざけた話なんだけどよ、アイツらはアタシが裏で指示を出してたって思ってたんだよ」
「……どゆこと?」
事態に気づき、実行犯の主犯格のやつを問い詰めたところ、どうもソイツは学校の裏サイト経由で指示を受けていると思っていたらしい。
なんでも、水沼としか思えない書き込みをしているやつが、詩歌に原田を取られたことに対する恨みつらみを吐いていたらしい。
「裏サイト……そういうのがあるってのは、ニュースとかでも聞いたことあったけど……」
もしかして初星にもあったのかな? でも、そんな書き込みする暇なんてそもそもなかったしな。なかったと思いたい。
「あるってことは知ってたけど、使ったことはなかったんだ。なのに、見てみたら……いたんだよ。アタシのフリしてるやつが」
既に該当のページは見れないらしいが、かなり巧妙に騙っていたらしい。水沼本人でもさほど違和感を抱けないほどで、その中に原田が好きという嘘が1つだけ混ぜられてたとのこと。
当時は割とヤンチャな部分もあったらしく、過激な指示を出してもそこまで疑問に思われなかったであろうことも悪い方向に働いたようだ。
つまり犯人は、そこまで計算した上でやっていたことになる。
……やってること、ほんとにヤバい。吐き気がする。
詩歌と原田の交際にもちゃんと気づいてたし。
「グループの連中は全員締め上げたけど、おそらく全員主犯じゃない。アタシには、それ以上のことは分からなかった。……悪いな」
その言葉からは悔しさが滲み出ており、歯ぎしりが聞こえてくるかのようだった。その在り方は、紛れもなくグループのリーダーだったという風格があった。
……違うような気はしてたけど、水沼じゃなかった。
それに、グループの中にも犯人はいなかった。
……じゃあ、一体誰だって言うの……?
どんどん真相は明らかになっているのに、一向に犯人が見つからない。
犯人の姿が映画とかのピエロに見えてくる。お前には見つけられないよと、おちょくられているかのような気分。
詩歌の力になるって決めたのに、なんの助けにもなれてない……っ!
その後、1曲も歌うことなくカラオケを出て、水沼とは別れた。
落胆を隠せないあたしは、下を向いたままトボトボと駅に向かう。
完全に手詰まりだ。原田のやつに、なんて言おう? これ以上は騒動が収まることを祈って、詩歌に耐えてもらうしかないの……?
そんな風に思っていたときだった。スマホの着信が鳴る。峰岸さんだ。あたしはすぐに出る。
「お疲れ様です……どうしました?」
『悪い、今どこにいる?』
現在地を告げる。すると、車で迎えに行くから学校の方の最寄り駅まで戻ってくれと言われた。それも、かなり早口で。
……なんだか、慌ててる?
『今日のレッスン中、詩歌が熱出してダウンしたんだ。今は家で休んでて、有村さんが付いてるけど、ずっとはいられないらしくて。代わりに頼めねーか?』
ーー詩歌が?
その後も峰岸さんは二言三言しゃべってたけど、全然耳に入らなかった。
分かったのは……詩歌に耐えてもらうという、あたしの考えはあまりにも甘すぎたということだけだった。