小話   作:抹茶だった

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羅生門の呪いの人形

 

 京の都が荒廃し、夕暮れの羅生門に吹き溜まる風は、いつもどこか乾いていた。飢えと疫病、戦と天災。人の世が地の底へと滑り落ちる音が、門のあちこちで軋んでいた。そんな場所で、ひとりの老婆が暮らしていた。

 

 老婆は、死体の着物を剥ぎ取ることで生計を立てていた。生きるためには手段を選ばぬ、そんな時代だった。けれどある日、老婆は羅生門の奥、朽ちかけた梁の陰で、不思議なものを見つけた。

 

 それは人形だった。

 

 人形といっても、どこか人間めいており、目は閉じているのに、まるでこちらを見ているようだった。服は古く、髪はぼさぼさで、黒光りする異様な艶を放っていた。その髪に老婆の目が留まった。

 

「これは……使える」

 

 老婆は手慣れた仕草で、その人形の髪をむしり取った。毛根からすっぽりと抜ける感触が、何故か生きた人間のそれと変わらなかった。束にした髪を懐に収め、老婆はいつも通り門を後にした。

 

 翌朝、老婆はまた羅生門を訪れた。目的はもう、死人の衣ではない。あの人形の髪だった。

 

 不思議なことに、人形の髪は前日と変わらぬほどに、生え揃っていた。老婆は言葉もなく髪を抜いた。そして次の日も、その次の日も、髪は元に戻っていた。

 

 それからというもの、老婆は羅生門に通い詰め、髪を抜き取り続けた。洗い、整え、束ね、町の鬘(かつら)屋に持ち込むと、想像以上の高値がついた。人形の髪は柔らかく、光沢があり、人間の髪と寸分違わぬほど上等であった。いや、時にはそれ以上だと、店主は舌を巻いた。

 

 老婆は商売を始めた。最初は鬘屋に売るだけだったが、やがて自ら髷や髪結い道具を揃え、髪を編み、形を整え、立派な鬘を仕立て上げるようになった。町の裕福な女たちの間で、「羅生門髪」と呼ばれる鬘が流行し、需要は増える一方だった。

 

 老婆は、その儲けの一部で、人形の服を新しいものに変えてやった。どこか後ろめたい気持ちがあったのかもしれぬし、単に「髪の質が落ちては困る」と思っただけかもしれない。ともあれ、絹の切れ端で簡素な小袖を縫い、人形に着せた。

 

 次の朝。羅生門に現れた老婆は、驚いた。

 

 人形の髪が、昨日の倍以上に伸びていたのだ。しかも、いっそう艶やかで、まるで夜の湖面を思わせるような黒だった。

 

「……これは、着物のお礼じゃろうか」

 

 老婆は呟いた。もちろん人形が返事をするはずもない。だが、その閉じた目元が、ほんの僅かに笑んでいるようにも見えた。

 

 それからというもの、老婆は人形に服を贈り続けた。古着屋で仕立て直した子供用の着物や、色鮮やかな帯を買い与えた。人形は黙ってそれを受け取り、翌日にはより長く、より美しく髪を生やしていた。

 

 やがて老婆は鬘屋の女将として町に店を構え、「羅生堂」の名で知られるようになった。町の女たちは羅生堂の鬘を求めて列をなし、武家の奥方や大店の娘までが顧客となった。老婆は金を蓄え、召使いを雇い、かつてのボロを着た影はどこにもなかった。

 

 それでも老婆は、決して羅生門に通うことを止めなかった。

 

 人形は、今や色とりどりの服に囲まれ、まるで人間のように華やかだった。老婆は毎朝その髪を整え、礼を言い、髪を抜く。

 

 人形は、何も言わなかった。けれど、日を追うごとに髪は増し、香りすら帯びるようになった。まるで喜んでいるようだった。まるで――。

 

 ある日、老婆はついに声をかけた。

 

「おまえは、一体、何なのじゃ?」

 

 人形はやはり黙っていた。けれど、その沈黙は、もはや恐ろしいものではなかった。老婆は静かに手を合わせると、言った。

 

「ありがとうよ。おまえのおかげで、わしは……生き直せたわ」

 

 そうして、老婆はその日も髪を抜いた。一本一本、丁寧に。

 

 やがて、老婆が亡くなった後、羅生堂は養女によって受け継がれた。だが、誰もその養女がどこから来たのかを知らなかった。年齢も、出自も、不明だった。

 

 ただ、彼女が羅生門のある方角に向かって、いつも静かに手を合わせていることだけが、記憶に残っている。

 

 そして、羅生堂の鬘は今日もまた、どこか温かい艶を放っているという。

 

 まるで、誰かの愛情を宿しているかのように――。

 

 




 下人の行方は、誰も知らない。
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