東方二次創作劇場 「巫女とバク」 - 東方紺珠伝 より - 作:俄かさん。
- これは数多ある幻想郷のうちのとある幻想郷における物語 -
それはいつか見た「ゆめまぼろし」。
遠い遠い「過去の想い出」。
けもののむすめ けもののむすめ
けもののむすめが ふくきるな
けもののむすめ けもののむすめ
けもののむすめが にあしであるくな
「人里界隈」、その裏通り。
同じ年頃の少年少女の集団の輪の中でいじめられている「裸一貫の娘」。
口々に囃し立てられ、着ていた「巫女装束」は取り上げられ、なにも着ていないその小さな身体に盛大に水までぶっかけられる。
そんなひどい仕打ちに晒されながら、その娘はただ蹲って泣いていた。というより、泣くしかなかった。
その娘の名は。
梅雨の只中、早朝よりしとしとと降り注ぐ雨は昼になりても止む兆しを見せぬ。
その静かな雨音とは裏腹、賑やかな話し声が「博麗神社」の縁側に響いていた。
「そいつはもー傑作だったぜ、なにせドーンでドッカーンだったからよー?」
「なあに魔理沙、また夢の話?擬音ばっかで全然わけわかんないんだけど?」
昨夜見た夢の中での武勇伝を誇らしげに語るのは霧雨魔理沙。それを呆れたように相手するのは博麗霊夢。そんな二人のやり取りを東風谷早苗は微笑ましげに眺めている。
「それにしても魔理沙さんってすごいですね。よく夢の内容覚えてるなんて?」
「あー?あたぼうよっ。こんなおもしろおっかしーのを忘れる方がおかしいのぜ?って、そーゆー早苗は昨夜はどんな夢見たのぜ?」
「え、わたしですか?んー?よくは覚えてないんですけど、とてもキラキラしてキレイな夢だった気がします、けど」
「ふーん?んだよ、ロマンかよ?」
「ロ、ロマンですかね?」
急に話を振られ困惑気味に答える早苗をからかう魔理沙。
「やれやれ」と霊夢はここでずずっとお茶を啜る。今日もお茶が美味しい。
と、そこへ。
「ああ、そうだ、霊夢?」
「なによ」
「おまえは昨夜はどんな夢を見たんだ?」
「ああ、……夢なんて見ないわよ。それがどうかした?」
魔理沙の問いかけにあっけらかんと返す霊夢。まさかの夢を見ない発言に、魔理沙も早苗も驚いたように目を瞬かせる。
「あ、あの、センパイ、夢を見ないっていうのは?」
「まんまよ。夢なんて見ないわ。いつもぐっすり眠って起きたらもう朝よ」
「んだよ、それ? 」
「夢なんて見ないわよ。見る必要ある?どうせ起きたら忘れるでしょ?」
「あん?あたしはちゃーんと覚えてるぜ?」
「嘘ばっかり。ホラ吹くのもいい加減にしなさいよ」
「んだと?」
「なによ?」
ばちばちばちっ。
「ちょっ、ちょっとお二人とも喧嘩はやめましょうよ、喧嘩は?」
売り言葉に買い言葉。激しく火花散らしながら睨み合う魔理沙と霊夢。あわやそこで不毛な喧嘩になりそうなところを慌てて早苗は止めに入る。なだめすかされ、仕方なく二人はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「てかさ。つまんねーな、霊夢はよー。ああ、そうそう、今日はこいつを持ってきたんだ。忘れてたわ」
悪態つきつつ仕切り直しとばかり、魔理沙はぺんっと霊夢の前に枕を投げ寄越す。
突然寄越された枕を受け取るなり、霊夢は至極迷惑そうな顔をしてのける。
「なによこれ?ただの枕じゃない?」
「ただの枕じゃねーさ。『安眠枕』だよ。最近人里で流行ってんだ。おまえもこいつ使ってみろよ。いい夢見れるかもだぜ?」
「ふーん?夢なんて見ないって言ったでしょ?……まあいいわ、ありがたく受け取っとく」
「あとで感想聞かせてくれよ?そいじゃ、あたしゃそろそろ行くぜ?」
「あ、わたしもそろそろ。またです、センパイ?」
雨が止んだ頃合いで立ち上がる二人。やれやれと嘆息つきがてら二人を見送る霊夢。
「またね二人とも?寄り道しないで帰るのよ?」
「余計なお世話だっての」
「あは、センパイ、またですっ」
雨上がりの空に舞い上がった二人は、仲良く虹の彼方に消えていく。
程なくして一人になった霊夢はしばらく呆けたようにしてから、思い直したように置き土産の安眠枕を手に取る。
(……まったく、夢なんて見ないのにね。でも今よりもぐっすり眠れるならいいかな?)
あくまでも実利一辺倒の霊夢なのではあるが。
(どうでもいいけどあいつら、今日もお賽銭寄越さなかったわね。まったくもう、おかげでまた今日もお粥じゃない)
そっちの方がよっぽど深刻なのであった。
人里。
雨上がりの空の下、濡れた石畳の照り光る往来のど真ん中で今日も今日とてチンドン屋どもの街頭販売が催される。
「さーさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ぐっすりよく眠れる安眠枕だよ!どんな不眠症持ちのあなたでも、あら不思議!これさえあれば朝までぐっすり!お値段たったの百円!いい夢見れるよー!」
景気の良い囃子に合わせてのセールスとその破格の値段につられ、我先に集まる住民ども。
その人だかりを遠くから眺めるウサミミ娘。名は鈴仙・優曇華院・イナバ。そのチンドン屋の顔ぶれを見るなり、ウサミミをビンビンに直立させつつ、ひくぅっと顔を引き攣らせる。
(な、なんであんたらがこんなところにいるのよ?!!)
ごうとうへるのいかれたTシャツを着た女にクラウンの衣装をまとった娘、そのついでに黒っぽいチャイナドレスを着た女。それがチンドン屋のメンバー。その個性豊かな顔ぶれを前に、そこはかとなく世紀末を感じるのは気のせいだろうか?
「買うっ買います!」
「旦那の分も合わせて二つちょうだいっ!」
「おっとおっと、並んで並んで!順番、順番だよ!」
そんな世紀末っぷりのメンツに怖れることなく、目先の欲にかられた住民どもは我も我もと安眠枕を買い求める。
今日も人里は平和だった。
意識と無意識、夢と現の狭間に広がる霧の只中にて佇む二人の女。
二人は初見であるのにも関わらずさながら旧知の仲のように語らう。
「かの巫女のことですか。……さあ、わたしからはなんとも」
「そう。なんでもいいわよ。聞かせてもらえないかしら?」
「分かりました。では強いて言うなれば、ありとあらゆる理から逸脱した稀有な存在。万物の法則に縛られない唯一の例外かと 」
「……興味深いわね。他には?」
「そうですね、敵に回せばこの上なく恐ろしい相手でしょうか。かの道化を圧倒し地獄の女神はまだしも、あの仙霊すら悪魔と恐れ慄かせたとか。刹那とはいえ相対した身であるわたしでも、彼らの言い分にはなるほどと頷けるところがあります。ただ」
「ただ?」
「たしかにかの巫女は強い。けれどその裏に弱さと脆さが見え隠れしているようで」
「ふーん?……ああ、でも、そろそろ頃合いね」
「ええ、そうですね」
ぱんと軽やかに鳴り響く閉じた扇子を掌で打つ音。
その音色が奏でられると同時、幽玄と夢幻の織りなす眠りの夜が訪れゆく。
「いくら歴戦の猛者とはいえあの子も人の子。此処から先はあなたの領域。特例例外関係なしにあの子にも相応の夢を見てもらうわ」
「わかりました。ですが、どうなっても知りませんよ?」
責任放棄とも取れるその発言を真に受けても、扇子持つ女は目元を細め、含んだような笑みを浮かべるのみであった。
そしてそこから時間は流れていく。
そこはなんとも愉快で楽しそうな世界だった。
誰も彼もが思い思いの夢の世界の只中で浮かれ騒いでいる。
「妖夢ちゃーん、おなかすいたー、おかわり持ってきてー」
「はいっ、幽々子さまいますぐ!」
(なにあの二人。夢の中でもやってること一緒じゃん)
「アタイ天才なんだな!」
「えっ、チルノちゃんどういうこと?」
「大ちゃん、アタイついに宇宙の真理を解明したんだなっ!」
「すごいっ、すごいよ、チルノちゃん!」
「ふふ、アタイ、さいきょう、なんだなっ!!」
(そんなわけあるか。もうなんでもありね)
極彩色の華やかな世界にてふよふよと浮かび漂いながら、つぶさに各々の見る夢を観察してはツッコミを入れる霊夢。何だかよく分からないが、あの安眠枕を使って眠ったおかげでこうしてへんてこりんな夢の世界にいる。
「今年の新作Tシャツ出来たぜ!」
「うわ、ヘカさまイかす!ビックだぜ!!」
(ヘカテにクラウンか。こいつらの美意識ってほんとイカれてるわね)
「鈴仙っ、もう絶対逃さないわよ!(むぎゅっ!)」
「ひぃいい、誰か助けてぇええ!!」
(純狐に鈴仙ね。これ、助けるべき?ま、いっかどーでも?)
そのまま修羅場に雪崩込む二人をあっさりとスルーして、ぶらつく霊夢。ほとんどおのぼりさんの気分である。
(そういえば早苗と魔理沙。どうしてるのかしら)
ここに来てふとわく素朴な疑問。
その答えはすぐに分かった。
暖かな陽だまりの下、守矢神社の縁側にて守矢の二神と仲睦まじく語らう早苗。それはまるで家族団欒のようだ。
(ふふ、ここは平和ね。見てても和むわ)
どこかほっこりとした気分になりながら、向ける眼差しは魔法の森。
軒を連ねる二つの家の庭先では、魔理沙とアリスが楽しそうに喋っている。それはまるで相思相愛のカップルのようだ。
(あら、あの二人いい感じね。付け入る隙は……なさそうね)
邪魔しちゃ悪い、とそこそこに切り上げてそっと退散する霊夢ではあるが。
(……なんだ、夢の世界じゃみんな楽しくやってるのね。なら別に、ここにわたしがいなくてもいいじゃん?)
初めて訪れた素晴らしき夢の世界。
その世界を観察するにつれ、やがて辿り着くその境地。
その境地に達した瞬間、不意にどうしようもない寂しさが込み上げた。
(そう、わたしは。ほんとうは)
寂しさのあまりこぼれ出そうになる悲しい言葉。
けれどそれすら途中で呑み込んでいつものように静かに心に蓋をしていく。
(さてそろそろ帰ろうかしら。って、どう戻るの?ん?)
ご っ 。
突然と耳障りな風切り音が耳の奥で響いた。
その次の瞬間、その身体は切り刻まれ、木の葉のように弾き飛ばされてはそのまま奈落の底へと落ちていく。
(……ああ)
そう、まるでそれは翼をもがれた鳥のように。落ちていく。ただ落ちていく。
そして霊夢の意識もまた闇に呑まれていった。