東方二次創作劇場 「巫女とバク」 - 東方紺珠伝 より - 作:俄かさん。
はるかなる高みから落ちた先、奈落のその果て。
切り刻まれ傷ついた身体は「忘我の沼」に嵌まり、ただ沈んでいく。そう、沈んでいく。
そこから抜け出すための翼はもうない。
なすすべもなく沈みゆくそのさなかで、霊夢は夢の中にいるのにも関わらず「また」夢を見ていた。
そう、それはいつか見たゆめまぼろし。
遠い遠い日の想い出。
極彩色の夢の世界。
愛する守矢の二神との穏やかで平和なひとときもそこそこに、風を纏いながら早苗は空を飛んでいた。
その胸は何故か締め付けられ、心は震え。
知れずして双眸から溢れるのは大粒の涙。
(センパイ、センパイっ、どこにいるんですか?!)
涙拭う暇もなく、ただ突然と消えた少女の行方を探し求めて当てもなく飛び回る。
(いやっ、センパイ、いなくならないで!)
この世に生まれてまだ間もないころにその額に刻まれる「畜生」の烙印。
それは一生消えぬ「非人」の証。
そう、じぶんは「非人の娘」。
親が親なら生まれた子もまた然り。
それが世の常。人里にいにしへより伝わる因習。
方々を飛び回るうちに煌めく世界は、いつの間にか暗黒の闇の世界へと変わった。
前も後ろも見渡せど見渡せど深淵の闇が広がる。
「あら、どこに行くの?」
不意に目の前の闇が揺らぎ、そこから抜け出るように赤髪の女が現れゆく。
月と地球、そして地獄を象徴する三つの球体を携え奇抜なTシャツに身を包んだ女は緩やかに両手広げ、早苗の行く手を阻む。
「ヘカーティア」
「久し振りね、風祝。悪いけどここから先は通行止めよ」
突然の地獄の女神の出現に驚くも、即座に早苗は弊を呼び寄せしかと構えてゆく。
「今はあなたに構うつもりなどありません、そこをどきなさいっ」
「ばっか、ヘカさまがどくわけないよね。それに逃がすつもりもないけどさ?」
「っ!」
振り返れば星条旗模様の道化服を纏った道化の姿があった。
前門の虎、後門の狼。
図らずしてその二つの脅威に挟まれるも早苗は臆せず早九字を刻むのだった。
母子ともに人里から追いやられ、流浪の旅を余儀なくされる日々。
やがて母は力尽き、険しき山の洞穴にて赤子のじぶんを抱いたまま息絶える。
外は猛吹雪が吹き荒れ、凍てつく寒さが死を呼び寄せる。
そのさなか、ふと誰かしらが先に死んだ母から奪い取るようにじぶんを抱き上げる。
く た び れ た 金 髪 の 女 。
その女は自分を胸に抱きながら、涙交じりに何かを囁いていた。
その声は、その言葉は聞こえない。分からない。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
「月」「地球」「地獄」を象徴する三体に分裂した地獄の女神は、近、中、遠と全方位を埋め尽くす容赦ない弾幕の雨をばらまいてくる。
その軌跡を読み切り間隙を掻い潜るのは至難を極め、身に纏う風でその軌道を逸らしてやり過ごすので精一杯になる。
故に反撃に移れない。さらに目先の地獄の女神に気を取られすぎると、不規則な軌跡で肉弾戦を仕掛ける道化への対処が疎かになる。
「ほらっどこ見てんだよっ!」
「がっ!?」
弧を描く蹴り足が早苗の延髄をしたたかに打ち付ける。
その衝撃で脳が揺れ、身体がよろけたところで地獄の女神の弾幕の雨に晒されていく。
(セ、ンパイ)
舞い散る木の葉のように弾かれても、ただ早苗はその少女を案じるのだった。
赤鳥居を潜り抜けた先の世界は生き地獄だった。
まだ幼いのに九尾の式の容赦ない叱責と苛烈な特訓が休む間もなく続けられる。
どんなに泣き叫んで赦しを求めても聞き入れられない。
そしてすがるべき拾いの親もその手を差し伸べることなく、ただ遠くから眺めるのみだ。
「どうした、その程度か?所詮おまえは拾い子。だが容赦はせんぞ。ほら、立てっ!立たんのかっ?!」
あまりに厳しい特訓に耐えきれず気絶して、そのたびに縛られ吊るされる。
それが、日常。そこに救いはなかった。
だから、逃げ出した。
空 を 飛 ん で 。
ただ、鳥のように自由になりたかった。
「なに?まだくたばらないわけ?意外としぶといのね、あなた?」
「これでもわたしは現人神のはしくれ。そうやすやすと倒れるわけにもいきません」
どんなにどんなに打ちのめされても、諦めない早苗。
その心は折れず、気丈に目の前の二人をただ睨み据える。
「そのタフさ辟易もんだね。そんなにあの博麗の巫女が大事かよ?」
「健気なものね。でもそんなに身体を張る必要なんてある?あの弱き巫女なんて大した価値もないでしょうに?」
「そーそー、あの時あたしらに勝ったのはまぐれだよまぐれ!きゃははははっ!」
主従そろってこの場にいない博麗の巫女を罵りせせら笑う。
その嘲りを耳にした途端、早苗の中で何かが弾けた。
「だまれ、だまれ!このトチ狂いのイカれたTシャツババア!!センパイを、わたしのともだちを侮辱するなっ!!」
癇癪と同時に突き立てる中指。
それは普段温厚な早苗からは想像もできない所作だった。
その向こう見ずな威勢っぷりにぽかんとする二人。
「ヘカさま、あいつあんなこと言ってますけどー?」
「あら、面白い子ね。それじゃ、遠慮なく嬲り殺しにしてあげるわ。でもその前に、冥土の土産ついでに教えてあげようか。あの博麗の巫女の過去を」
「っ、センパイ、の?」
そこから地獄の女神の口から告げられる博麗の巫女の過去。隠されたその出自にまつわる真実。
それを聞いた早苗は全身の毛が逆立つほどの衝撃を覚えるのだった。
獣の娘。獣の娘。獣の娘が服着るな。
獣の娘。獣の娘。獣の娘が二足で歩くな。
飛んで逃げ込んだ先の人里でも結局、救いはなかった。
そこに辿り着くなり同じ年頃の子供たちに囲まれ、裏路地に連れられ巫女服を脱がされ盛大に水をかけられる。
(…………)
そこで霊夢は目覚める。
そして見た。
途方もない絶望に打ちひしがれては小刻みに震える、「裸一貫の娘」を。
その額に刻まれた、「畜生の烙印」を。
それは紛れもなく、かつての自分だった。
「どうして?どうしてみんなわたしを否定するの?認めてくれないの?あなたも。あなたはわたしなのに」
その悲痛な叫びを前に、霊夢はただ力なく笑うのみであった。
「あの人里じゃ罪人は畜生とみなされる。それは当人のみならず親や子もまたその同類とみなされ、末代までその烙印は刻まれ続ける。それがあそこの習わし。愉快なものね、ニンゲンっていうのは?」
嘲るように笑う地獄の女神。
その強烈な暴露話に早苗は震える。
「あの娘の親が犯した罪は何かしら?盗みかしら?殺しかしら?それとも案外『姦淫』だったりしてねえ?でもそんなのどうでもいいわ。とにもかくもあの博麗の巫女は生まれながらに『穢れた娘』。お笑いね、そんな娘が当代の博麗の巫女だなんて?……あら、その顔は知らなかったって感じね?」
「くっ」
図星を差され、悔しげに早苗は眉根を寄せる。
その表情を見るなり、地獄の女神は鼻先でせせら笑う。
「嗤いなさい、クラウン。この愚かな道化を」
「道化はあたし一人でじゅーぶんですけどね。まあいいや、ぎゃはははっ!……へぶっ?!」
かっきぃいいいいいんっっ!!!!
道化の笑いは突然と打ち切られ、派手に吹っ飛ぶ。
「あ、……ま」
道化をぶっ飛ばした箒をフルスイングする金髪少女の姿に、早苗は驚いたように双眸を見開くのだった。
「なぜ笑うの?なにがおかしいの?!」
力なく笑う霊夢を過去の霊夢が詰る。
二人は向き合っていた。現在と過去は未だ断絶されたままだ。
互いに手を伸ばせばすぐに届くほど近くにいるのに、隔てるその溝は埋まらない。
「……否定なんかしてないわよ。ただ思い出すのがしんどかっただけ」
「そんなのいっしょじゃない?!」
「そうね。そうよね。今の今まで目を背けていたことには変わり無いわ。……ただ」
「ただ?」
「強くなりたかった。自分を殺してでもただ強くなりたかった。あいつみたいに。……ねえ、それでも『救われた』わよね、いまも、あのときも?」
そこまで告げて、彼方より感じる救世主の気配に霊夢はどこか嬉しそうに目を細めるのだった。
「おーお、景気よく飛んだねー?場外ホームランにゃならんかったけどよー」
「魔理沙さんっ」
「へへ、わりぃわりぃ。師匠(アリス)がわたしをおいてかないでってしつけぇから遅れてきちゃったのぜ?」
箒をバット代わりに道化をぶっ飛ばした魔理沙は、早苗に詫びを入れた後でやれやれと地獄の女神を睥睨する。
「どいつもこいつもニンゲンをバカにすんのがデフォかよ、人外ってのはよー?なめてっと足元すくわれっぞ?」
「ふん小娘一人がよく粋がるものね。一人で何ができるわけ?」
下僕を失ったあげく、突然のイレギュラーの出現にも動じずにただ冷笑する地獄の女神だが。
(ちょっとちょっと純狐、あんたいまなにやってんのよ?)
(あーヘカテ?いま忙しい)
(忙しいってなにしてんの?!)
(鈴仙とハグして遊んでる。だから後にして、じゃあね?)
(っ、純狐ぉおおおっ!!!!)
「おん?どーしたTシャツババア?トラブルか?」
「なにようっさいわね、風祝といいおまえといい、ババアババアうるさいのよっ。これでもわたし、まだ若いんだからねっ!!」
魔理沙の煽りにさっきまでの堂々っぷりから一変して、キレ気味に素で吠える地獄の女神。
その変調ぶりにへっと鼻で笑いつつ、魔理沙は早苗に発破をかける。
「早苗よー、ニンゲンってのは生まれや育ちで決まるもんじゃねぇよ。そんなつまんねぇレッテルがどうしたってんだよ。……おまえもそうだろ。そうだったよな」
なあ、霊夢っ!!
おまえはおまえだろうがっ!!!!
「とても痛くて苦しくて辛くて、そして悲しかったよね。でもあいつはそんなわたしを救ってくれた。現にほらあいつ、今もこうして出張ってきてんじゃん、相変わらずばかね、あいつ。こっちは頼んだ覚えもないのにさ?」
過去の自分に語りかける霊夢。それは自ら過去に歩み寄った瞬間でもあった。
それから霊夢は、あのときの続きの記憶を呼び起こす。
「おうっ、てめえらっ、なにしやがってんだっ!!」
得物代わりの箒を振りかざし、その現場に威勢よく飛んできたのは「金髪娘」。
そこから始まる大乱闘。
明らかに多勢に無勢なれど、軽快な立ち回りでその娘は男女問わずその箒で矢継ぎ早に叩きのめす。
「わーん、覚えてろー!」成敗されたいじめっ子どもは、捨て台詞とともにその場から蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「……けっ、そんなのいちいち覚えてられっかよ?っと、ああ、そうだ」
いじめっ子どもがいなくなっても未だに泣き続ける娘に、金髪娘はそこらに落ちてた装束を投げ寄こす。
それを慌てて受け取る「非人の娘」。それに袖を通した後で、また思い出したように泣き出す。
そのさまを見た金髪娘は、苛立ち交じりに発破をかける。
「おうクソガキッ!いつまで泣いてんだ!!」
「ふぇ?」
「おまえのことだよ、クソガキ」
「……れいむ。クソガキじゃないもん」
「へ、それがおまえの名前か、悪かったな。まりさ。……あたしの名前だよ」
「まりさ。いいなまえ」
「だろっ、いいだろっ。おまえもいいなまえじゃん。あたしら、気が合いそうだなっ」
「ふえっ?」
とびきりの笑顔を浮かべる「霧雨魔理沙」とそれをきょとんとした顔で見上げる「博麗霊夢」。
この二人はこうして出会った。
「やい、おまえっ。さっきはよくもぶっ飛ばしてくれたな!?」
「うぜえ、おまえ、もう戻って来たのか?」
二対一の圧倒的有利な状況になるやと思われた矢先、早々に復活して舞い戻って来た道化にちっと魔理沙は悪態をつく。
これで二対二。戦況的には五分五分といった態だが。
「ごめーん、ヘカテ、お待たせー」
「純狐、遅いわよっ」
ここで泡吹いて気絶したウサミミ娘をハグしたまま、月の仙霊までもが合流する。
これでいよいよ雲行きが怪しくなった。
気絶して囚われのウサミミ娘はアテにならない。
というか、人質同然の足手まといに他ならない。
「これで役者はすべてそろったわね。覚悟はいいかしら二人とも?いまのいままで散々愚弄した分のお返しはしっかりとさせてもらうわよ?」
「へっ、おとといきやがれってんだ、ばーか!いくぞ早苗!!」
「はい、魔理沙さんっ!」
ついさっきまでのキレっぷりから一変して普段通りの顔に戻った地獄の女神の宣告にも動じず、魔理沙は早苗に声をかける。
早苗もまた奮起し、魔理沙と息を合わせて先制攻撃をしかける。
「くらえっ、星符『ドラゴンメテオ』!!」
「「風神『風神の神威』!!」
二人の織り成す弾幕攻撃に世紀末トリオも負けじと応戦する。
「地獄『トリニティウェイブ』!!」
「獄符『ヘルエクリプス』!!」
「「月符『ムーンスティルネス』!!」
そしてそこは瞬く間に煌びやかに華やかなれど苛烈な戦場と化すのだった。