猛者の弟子になりたくて!   作:すかいスライム

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第3話

 

 

 

 オッタルさんから剣を教わり始めて、半年が経ちました。

 ――この半年間は苛烈を極めていました。

“鍛錬”なんて言葉で誤魔化してますが、実態は“武人”による一方的な蹂躙。

 毎朝、山の空気が冷たいうちから木剣を握りしめ、構えを取る。

そして一太刀。

 

「遅い」

 

 そのまま岩場に転がり、あばらがきしんで、視界が真っ白になる。

でも不思議と、意識は落とさなくなりました。

 オッタルさんは、言葉少なに、容赦なく、わたしの“甘さ”を見つけ出しては叩き潰します。

枝の頃は“耐える”訓練だったけど、今は“挑む覚悟”が求められる毎日です。

 

「一度の攻撃で終えるな。

攻勢であるうちは、攻め続けろ」

 

「はいっ!」

 

 わたしは木剣を両手に構え、足を踏み出した。

踏み込んで、振りかぶって、振り下ろす。

 

「はあぁっ!」

 

 風を裂く音と共に、渾身の一撃を叩きつける。

 だが――ガンッ!

乾いた衝撃音。オッタルさんはただ腕を軽く動かしただけで、わたしの木剣を受け止めていた。

 

「力はついてきた。だが――」

 

 すかさず、彼の木剣が横から鋭く滑り込む。

 

「軽過ぎる。もっと飯を食え、ミリア」

 

「っぐ……! は、はいっ!」

 

 体が跳ね飛ばされる。地面を転がり、またあばらに鈍い痛みが走る。

 最近、気づいたことがある。

オッタルさんはその方外の膂力繰り出される“攻撃”が秀でていると思っていた。

しかし、彼の真骨頂は“防御”にあるのだ。

 敬するなら『完全防御』――彼の防御とは『技』と『駆け引き』の結晶。

 揺らぐことのない強靭な足腰、いかなる攻撃にも対応するm単位の体捌き、ことごとくの『技』を見切る眼。まさに不動の要塞だ。

オッタルさんの防御を剥がすには一撃だけじゃ足りない。速く、速く走ってあの目を少しでも撹乱し、連撃を叩き込まないといけない。

分かってる。理解してる。――なのにッ!

 

(体が重い。喰らいつけない。思うように動けないッ)

 

 言い訳のように聞こえるかもしれない。

しかし、事実として今まで出来ていた動きが出来なくなることが増えた。

 ここに来て一年半、努力を欠かした事はない。ようやくこの人の強さの一端に触れれそうだというのに。

なのに、ここに来て何もかもが重く感じる。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

渾身の叫びと共に、全力の斬撃を振るう。

……だが。

 

「……やめだ」

 

 オッタルさんが、そう静かに告げた。

その言葉は、風より冷たく、岩より重く、わたしの胸に突き刺さった。

 

「……えっ?」

 

 声が出なかった。いや、喉から漏れたのは声というより、息の音だった。

わたしの全力を、怒号を、振り下ろした剣を――オッタルさんは無言で受け止め、そして拒絶した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……! やめるって、何を……!?」

 

 必死に、地面を蹴って立ち上がる。

崩れそうになる膝を押し留め、木剣を支えに、前へ一歩。

 でも、オッタルさんは剣を収め、背を向けた。

 

「……今日の稽古は、もう意味をなさない。これ以上続けても、今のお前は進まない」

 

 静かで、揺るがない声だった。

いつもの無愛想な言葉遣い。けれど、今はそれがひどく遠くに感じた。

 

「それって、わたしが……もう“成長できない”ってことですか?」

 

 喉の奥が熱くなる。視界の端がにじむ。

 そうだ――わたしはずっと、必死だった。

この人の背中に追いつきたかった。あの一撃を超えたかった。

それなのに。

 

「……違う」

 

 オッタルさんは、立ち止まった。

ゆっくりと振り返る。その表情に、怒りも、嘲りもない。ただ、厳しさだけがある。

 

「今のお前の体は、鍛錬は適さない。

己の“魔力”も御せない、その体ではな」

 

 見抜かれていた。

今回の不調、最も大きく影響を受けているのは指摘通り“魔力操作”だった。

その不自由さはまるで何かに呪われていると錯覚するほどに。

 

「っ……でも、でもわたしは――」

 

「剣士は、鍛えるだけで強くなるものでもない」

 

 その一言が、胸に響いた。

わたしの握る木剣が、ガタリと音を立てる。

 

「食え。休め。そして、喰らえ。体が資本だ。力が乗らなければ、どんな技も無意味だ」

 

「……」

 

 息を詰めて、彼を見つめた。

その背は、やはり大きかった。

だけど、今は少しだけ違うようにも見えた。

 

「俺は数日、ここを開ける。

それまでに満足に戦えるようにしておけ」

 

「……分かりました」

 

 ようやく、それだけを絞り出すと、オッタルさんは無言で頷き、再び山道を歩き出す。

その背中を、わたしは見送る。

拳を握る。震えているのは、寒さのせいじゃない。

 

(……こんなんじゃ、終われない)

 

 わたしは唇をかみしめ、ゆっくりと剣を地面に立てかけた。

悔しかった。情けなかった。だけど――

 

(絶対に、追いついてみせる)

 

 その夜。

いつもより多く食べ、いつもより早く寝た。

翌朝、いつもより重い体で、また立ち上がるために。

 

 

 

 

「ようやくですか」

 

 暗がりの中、ラニンが呟いた。

その声に応えるように、影の一人が膝をついて報告を続ける。

 

「はっ。ミリア・オルバの姿を、オルバ領南西の山林地帯で確認したとの連絡が入りました。

どうやら山奥に住む剣士に稽古をつけてもらっていたようです」

 

「随分と時間がかかりましたね。

その場所にも目を配置していたはずですが……」

 

「申し訳ありません。

何者かの妨害により“目”が潰され、調査が遅れておりました」

 

「……“誰”ですか? まさか師の剣士が?」

 

 ラニンの声は静かだった。しかし、そこに含まれる圧は、膝をついた影の者の背骨に鈍くのしかかる。

 

「確認は取れておりません。ですが――おそらく、“近頃教団(われわれ)のことをかぎ回っている連中”の関係者かと。

あの師とは違うと報告を受けております」

 

「……なかなか鼻の利く連中ですね」

 

 ラニンは指先で小さな丸薬を転がす。

 

「“呪い”の兆候は?」

 

「観察報告によれば、既に“魔力暴走”が始まっているようです。時間の問題かと」

 

「ふむ」

 

 ラニンは頷き、軽く指を弾く。その音を合図に、部屋の奥から一体の“仮面をつけた者”が現れる。

 

「護送部隊を呼びつけておきなさい。回収には念の為、私が向かいます。目に連絡を……ミリア・オルバが“壊れる”なら、その瞬間を見逃すな」

 

「了解」

 

 

 

 

 翌朝、ミリア・オルバは、独り訓練場に立っていた。

オッタルのいない山小屋は、いつにも増して寒く、静かで、そして少しだけ――心細かった。

 

(重い……)

 

 木剣を握る手が震える。だがそれは、単なる疲労ではない。

 

(魔力が流れない)

 

 体内の力の通り道に、何かが“詰まっている”ような感覚がある。うまく呼吸が整わない。指先の感覚が鈍い。

 

(わたし、どうなってるの……?)

 

 それでも――

彼女は立っていた。

 木剣を構え、ひとりで型を振る。足がもつれ、体が倒れそうになる。それでも立ち上がり、もう一度振る。

 

(オッタルさんが戻ってくる前に……少しでも、動けるように……)

 

 その意志が、辛うじて彼女の体を支えていた。

だが――そのとき。

 

「……誰ですか?」

 

 背後に気配を感じ、ミリアは即座に振り返った。

 

「よい感をしていますね。流石、オルバ殿の娘さんだ」

 

「ラニン子爵様……どうしてここに?」

 

 声を出すだけで肺がきしむ。だが、ミリアは木剣を握りしめた。

 

「そんな顔をしないでください。わたしはただ、あなたを“保護”しに来ただけです。

お父様もとても心配されていた。お家へ帰りましょう」

 

 ラニンの口元には、微笑が浮かんでいる。けれどその目は、氷のように冷たかった。

 

「“呪い”が進行しているその体では、もう家族としては扱われないかもしれませんが」

 

 ミリアの眉がぴくりと動いた。

 

「……っ、何を……?」

 

「おや、聞こえませんでしたか? “悪魔憑き”が正規の後継になるなど、家の名に泥を塗る行為です。

オルバ殿も貴方をすぐに教会にでも引き渡すでしょう」

 

「お父様を侮辱するなァ!!」

 

 木剣を振る。だが、その一撃はラニンの足元に届くよりも前に――

 

「おっと」

 

 まるで影が滑るように、彼はミリアの背後にいた。

 

「――っ!?」

 

 咄嗟に振り返り、剣を横に払う。

しかし空振り。ラニンの姿は、既にまた別の位置に移っていた。

 

「その程度ですか? なにやら家出までして修行していたようですが、いささか遅すぎます」

 

 嘲りとも同情ともつかぬ声音。だが、その裏には確かな殺気があった。

 ミリアは息を整える。

足が重い。魔力の流れが滞っている。体が、思い通りに動かない。

だが――剣を、構え直す。

 

「父への侮辱、訂正してください」

 

 その言葉に、ラニンはわずかに目を細めた。

 

「……ああ、そうか。あなたも“あの娘”に似ている」

 

「……?」

 

「昔、似たような目をした子がいましてね。結局、泣き喚いて終わった。さあ、あなたはどうします? 最後まで立っていられるかな」

 

 その言葉と同時に、ラニンの剣が動いた。

 

「四肢拘束し、致命傷は避けます。

教団の――引いては私の糧となれること誇らしく思いなさい」

 

「……っ!」

 

 ミリアは地面を蹴った。

ラニンとの戦いが、幕を開けた――!

 

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