猛者の弟子になりたくて!   作:すかいスライム

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第4話

 

 ラニンの突きが迫る。

 剣筋に無駄はなく、まるで生まれたときから“殺すための剣”を握っていたかのような洗練された一撃――

 

(避けられないッ)

 

 瞬間、ミリアは剣を振るのではなく、地を滑った。

 剣を引き寄せ、斬撃の間合いから外れるように身を倒す。

 肩にかすった冷気。ラニンの剣が髪を数本散らした。

 

「ほう……まだ避けるだけの勘は残っていたとは」

 

 まるで楽しげに、ラニンが呟く。

 

 しかし、ミリアの額には冷や汗が伝っていた。

 ただの一撃。それだけで、喉まで届きそうな恐怖に肺が震える。

 背筋を冷たい手でなぞられるような――明確な“死”の予感があった。

 

(この人……本当に、殺す気だ)

 

 剣を構え直そうとする。が、体は言うことを聞かない。

 足元がふらつき、視界が歪む。

 

(魔力が……本当に、出ない……!)

 

「呪いというのは、本当に素敵なものですね。

わざわざ殺さずとも、ゆっくり壊れていく。

いや、“壊れる様”を観察できるという点で言えば、むしろ芸術的だ」

 

 ラニンは滑るように歩み寄る。その足音は雪を踏む音すらないほど静かだった。

 まるで影が迫るように――気配を消した殺意だけが、ミリアを包む。

 

「……うぅ……!」

 

 膝をつく。手が、震える。

 その刹那、脳裏に浮かんだのは――あの人の声だった。

 

『食え。休め。そして、喰らえ。力が乗らなければ、どんな技も無意味だ』

 

 オッタルの言葉。

 彼はすべてを見抜いていた。ミリアの身体、魔力の乱れ、そしてその“限界”までも。

 

(わたしは……まだ、あの人の言葉すら守れていない……)

 

 不甲斐ない。情けない。悔しい。

 

 だけど――それでも。

 

「なら、“ここで終わるわけにはいかない”!!」

 

 ミリアは叫びと共に、剣を振るった。

 力は入っていない。魔力の流れも止まったまま。

 けれど、その剣には明確な“意志”があった。

 

 ――父を侮辱された怒り。

 ――自分自身が、前に進むための覚悟。

 

「おお……」

 

 ラニンが目を見開いた。

 その刹那、ミリアの剣が、ラニンの頬を掠めた。

 

 一筋、赤。

 

「……これは、想定外でした」

 

 ラニンが目を細め、舌を打つ。

 瞬間、空気が震えた。

 

「“これ以上は、手加減不要”ということですね?」

 

 その声に含まれる熱が変わる。

 さきほどまでの余裕、観察者としての態度が霧散し――本物の“戦士”の気配が現れる。

 

 だが、ミリアの足は、もう止まっていた。

 次の一撃を迎え撃つ力も、気力も、残っていなかった。

 

(……ああ、ダメだ……体が……)

 

 視界が、傾ぐ。

 もう、何もできない。何も守れない。

 

 ――その瞬間だった。

 

 風が、吹き抜けた。

 

「倒れることは許さん」

 

 その声は、地を這うように低く、けれど確かにミリアの魂を呼び戻す力を持っていた。

 

「あなたは?」

 

 ラニンの声にわずかな警戒がにじむ。

 その視線の先に――巨躯があった。

 岩のように硬く、老木のように揺るがず、そして刃を寄せつけぬ威圧。

 

「オッタルさん!!」

 

 ミリアが叫ぶ。

 声に涙が混じっていたことに、彼女自身も気づかなかった。

 オッタルはミリアを一瞥しただけで、ゆっくりと前へ歩み出る。

 一歩ごとに、大地が小さく鳴いた。

 その動きに無駄はない。速さもない。けれど、獣のような静けさがあった。

 

「……あなたが、ミリア・オルバの師ですか」

 

 ラニンが、距離を取りながら問いかける。

 その目は笑っていた。だが、その手は剣の柄を強く握っている。

 

「想像以上ですね。まるで“怪物”のようだ」

 

「………」

 

「おや……おしゃべりは嫌いな方ですか?」

 

(それにしても妙だ……ここには邪魔が入らないよう、部下に見張らせていた筈ですが)

 

 ラニンの思考が揺れる。

 彼の背後――山道の入り口には、教団の影が二重三重に配置されていたはずだ。

 誰かがここまで踏み込めたとして、それを掻い潜れるなど“ありえない”。

 

「……下の連中は全て切り伏せた」

 

 ラニンの口元から笑みが消える。

 その言葉は、まるで事実を確認するように、ただ静かに告げられた。

 けれど――ラニンの脳裏には、ぞわりと戦慄が走った。

 

(“すべて”……だと? この短時間に、気配も見せず、王都の近衛に匹敵する兵もいる戦闘部隊を壊滅……?)

 

 信じられない。いや、信じたくない。

 だが、オッタルの背中から漂う“濃度”が、その嘘を許さなかった。

 

「……なるほど。“怪物”という表現は正しかったわけだ」

 

 ラニンは口元を歪め、そして、ひとつ深く息を吸い込む。

 

「だが残念だったな!!

私にはこれがあるッ!!」

 

 ラニンが取り出したのは小瓶。そしてその中に入っていた丸薬を勢いよく飲み込んだ。

 

 ――瞬間、ラニンの全身に奔る、異様な“気”の奔流。

 

 血管が浮かび、筋肉が膨れ上がり、瞳孔が針のように細まる。

 呼吸は荒く、口角からうっすらと泡が滲んだ。

 その様相は、もはや“人間”という枠組みから逸脱しかけていた。

 

「どうだ!! これが、“教団”の力だ!!」

 

 笑うラニンの声が震えていた。それは興奮か、それとも快楽か。

 体内で何かが暴れ狂い、細胞の一つ一つが焼け付くような衝動に支配されている。

 

「ふふ……これで私も“あなた”に届く……いや、既に超えている……!!」

 

 ドッ、と空気が爆ぜた。

 ラニンの身体が、まるで弾かれたように前へ。

 一歩で十メルド以上を踏み込み、重く、鋭く、速度と殺意を兼ね備えた斬撃を――

 

 ――オッタルは、動かなかった。

 

 ただ、視線で受け止めた。

ラニンの斬撃は、オッタルの肩先で止まっていた。

 否、止められていた。

右腕一本。それだけで。

刃が“硬さ”に屈し、わずかに軋む。

 

「なッ――」

 

「温い」

 

 ラニンが瞠目する。その顔を、見下ろすように。

 

「――仮物の力で、越えられるほど、俺は低くない」

 

 オッタルが放った拳が、腹を叩いた。

 次の瞬間、ラニンの身体が地を離れ、十メルドほど吹き飛ぶ。

 巨岩を穿ち、木々をなぎ倒し、雪を巻き上げながら――そのまま地面にめり込んだ。

 

 大地が、呻いた。

 

「がっ……ぁ……」

 

 咳き込みながら立ち上がろうとするラニンの顔に、恐怖が浮かぶ。

 どれほどの力を得ても、どれだけ手を尽くしても、

 ――届かない。

 “絶対”の壁が、目の前にあった。

 

「ミリア」

 

 名を呼ばれ、ミリアが顔を上げる。

 オッタルの声は変わらず静かだったが、そこには確かな命令の響きがあった。

 

「立て。そしてお前があれを打倒しろ」

 

 オッタルは背負っていた二振りの大剣――その一振を私へ投げた。

 

「……え?」

 

 無意識に、手が伸びた。

 そして、掴んだ瞬間、指先から“重み”が伝わってきた。

 ずしりとした感触。呼吸を奪う質量。

 これは――わたしの“今”には過ぎた代物だ。

 ミリアは目を見開く。

 その手はまだ震えていた。

 足は、重い。

 魔力は荒れ、体の芯まで冷えている。

 

「で、でも……無理です……オッタルさんでもなきゃ、あんな……っ!」

 

「そうだ。今のお前では、勝てん」

 

 ――ならどうして。

 ミリアの目に、疑問と絶望が浮かぶ。

オッタルは、ゆっくりとミリアの方へ振り返った。

その視線は――強く、優しく、そして厳しかった。

 

「だが――冒険しないものに、己の殻を破ることも出来ない」

 

 オッタルの言葉は、まるで斧のようだった――迷いと怯えを容赦なく砕くための。

 ミリアは思わず息を呑む。

 

「その剣は、お前にはまだ早い。だが――」

 

 オッタルは一歩、ミリアの傍へと踏み出した。

 その足取りは、まるで背を押すように優しく、確かだった。

 

「それでも握れ。倒す力がないのなら、抗う意思を示せ。弱者の咆哮をあげてみせろ」

 

「………」

 

「それすら出来んなら、お前はそこまでだ」

 

 ミリアの手は、まだ震えていた。

 だけどその震えを、ミリアはもう「恐怖」とは呼ばなかった。

 

 (怖いよ。でも……)

 

 指が、少しだけ強く柄を握る。

 肩が、ほんの少しだけ起き上がる。

 体はまだ重い。魔力も流れない。

 それでも――

 

 (わたしは、わたしをあきらめない!)

 

「ふ、立つのか……?」

 地面から這い上がるラニンが、嗤うように呟いた。

 だがその声音には、かすかな苛立ちと焦りが滲んでいた。

 

「ラニン子爵……貴方、わたしの今の症状を呪いと言いましたね」

 

 ミリアの声はかすれていた。けれど、その目には確かに“光”が宿っていた。

 

「ええ、そうですとも」

 

 ラニンが歯をむくように笑う。

 

「悪魔憑きという存在は、短期間で過剰に増幅した自身の魔力が体内の魔力操作を乱す。徐々に動けなくなり、力も尽き、醜い肉塊となり、やがて死ぬ。美しいと思いませんか? 何もせずとも、勝手に“壊れていく”のです」

 

 まるで芸術作品を語るような口ぶりだった。

 だが、その言葉はミリアの胸に――火を点けた。

 

「……なら、見ていなさい」

 

「……は?」

 

「呪いで壊れても、動けなくなっても、何度も何度も倒されても……」

 

 ミリアは剣を地面について、立ち上がった。

 歯を食いしばりながら、足に力を込めて。

 

「それでも、“わたしは進む”!!」

 

 その言葉とともに、大地が震えたような錯覚があった。

 否――それは、彼女の内側から吹き上がった魔力だった。

 

「……!? 魔力が……」

 

 ラニンの目が見開かれる。

 オッタルが静かに頷く。

 

「それは“呪い”ではない。

お前の“力”だ。……制してみせろ」

 

 

 

 

(ぐッ…… 意識が……)

 

 ……膨大な魔力に、意識が押し流されそうになる。

 全神経を魔力操作に集中するが暴れ馬のように、体内を駆け巡る力。

 その奔流に呑まれれば、二度と自分に戻れないという確信があった。

 けれど――

 

(これは、わたしの……)

 

 恐れる必要はない。

 怯えるのではなく、抱きしめるのだ。

 苦しむのではなく、受け入れるのだ。

 

(――わたしの、“力”!)

 

 その瞬間、ミリアの魔力が一つに収束した。

 まるで嵐が凪いでいくように、荒れていた魔力の波が整う。

 奔流が、ただの暴力ではなく、“意思”を持った流れへと変化していく。

 大地を伝う冷気が舞い上がり、ミリアの身体の周囲を薄く光る魔力が包む。

 まるで彼女自身が“覚醒”という儀式の中心にあるように。

 

「な……!? 魔力操作が……回復しているだと!?」

 

 ラニンが動揺を隠せず、よろけながら後ずさる。

 その姿は、ほんの数分前まで“絶対的優位”に立っていた男とは思えない。

 代わりにそこにいたのは――自らが仕掛けた呪いに、逆に怯える“凡人”の姿だった。

 

「ありがとうございました、ラニン子爵……あなたのおかげで、わたし、わかったの」

 

 ミリアの瞳は、以前よりもずっと澄んでいた。

 そこにはもう恐怖も、迷いもなかった。

 ただ、自らの“存在”を信じる意志だけがあった。

 

「この力は、わたしを壊す呪いじゃない……」

 

 剣を握り直す。

 その姿勢は、まだ不安定だ。だが、意志の光はどこまでも強い。

 

「わたしの中に“眠る”力。その本質は、ずっと――」

 

「黙れええええッ!!」

 

 ラニンが絶叫と共に突進する。

 先ほどとは違う、純粋な殺意。

 自分が信じていた理論と理想が、いま真正面から否定されようとしている。

 その焦りと怒りが混じった暴走だった。

 

「黙って壊れろォォオオオオ!!」

 

「――遅い」

 

 ミリアの声は静かだった。

 だが、その刹那。

 ミリアの剣が、振るわれた。

 重さはそのままに、力強く、しかし無駄なく。

 魔力が“正しく流れた”それは、今までのどんな一撃とも異なる、魂を込めた斬撃だった。

 斬光が、ラニンの動きを断ち切る。

 

「が……!?」

 

 気づけばラニンは、空中にいた。

 胴を裂かれ、地に叩きつけられた。

 雪が弾け、沈黙が満ちる。

 

「――終わり、です」

 

 ミリアがそう告げた瞬間、ラニンの口から嗚咽のような呻きが漏れた。

 敗北の痛みではない。“理解”の悲鳴だった。

 

「なん……だと……力が……制御を……」

 

 ラニンの体が痙攣する。飲み込んだ薬の“副作用”が、制御を失った肉体を焼き始めていた。

 

「……教団の力か。己の力を磨くことをやめたお前の末路など既に決まっている」

 

 オッタルの声が、背後から静かに降り注ぐ。

 ラニンは返す言葉を失い、ついに意識を手放した。

 そして。

 雪の中に一人、ミリアが立っていた。

 未熟なままの少女。

 けれど、確かに“自分の力”で、試練を超えた者。

 

「よくやった」

 

 オッタルが近づき、その巨手をミリアの肩に置く。

 その手はいつも通りの重さ、だが――どこか温かく感じた。

 

「……はい」

 

 その返事には、涙が混じっていた。

 だがもう、涙は“敗北”のものではない。

 

 これは、“勝利”の涙だった。

 

 




ミリア覚醒しすぎや…
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