猛者の弟子になりたくて!   作:すかいスライム

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第5話

 

 

「はぁぁぁ……!!!」

 

 気合と共に、剣が空を裂く。

 

「……ぬん!!」

 

 それを真正面から、オッタルが剣で受け止めた。

――キンッ

 鉄の音と共に、剣が弾き飛ばされる。

 けれどミリアは止まらない。即座に体勢を切り替え、跳び退き――

 

「……ふッ!」

 

 今度は素手で飛びかかる。

 拳に魔力を纏わせる。流れは乱れていない。半年間かけてようやく“制御”できるようになった魔力。その濁りなき奔流が、掌から疾走する。だが。

 

「温い」

 

 オッタルの一言と共に、彼女の拳が止まった。

 金剛のような腹筋で拳を受け止められた。

そして、カウンターに拳を腹にくらった。

 

「ぐっ……!」

 

 ミリアは苦悶の声を上げつつも、後退しない。

 崩れそうになる重心を、寸前で支える。

 呼吸は荒い。しかし――

 

「……崩れなくなったか」

 

 オッタルの低い声が、珍しく“肯定”を含んでいた。

 

「え……?」

 

「半年前のお前なら、今ので膝をついていた。だが……立っている」

 

 ミリアの胸が高鳴る。

 厳しい目。鉄のような鍛錬。言葉数は少ない。

 それでも今の一言が、どれほどの“評価”かは、半年の時間が教えてくれた。

 

「明後日の朝、ここを経つのだったな?」

 

 唐突に、けれど確かな響きで告げられた言葉に、ミリアの動きが止まる。

 

「……はい」

 

 短く、答える。

 言葉の端に、名残惜しさが滲んだ。

 この山、この冷気、この修練の日々。

 何度も泣いて、何度も倒れて、それでも立ち上がり続けた場所。

 今や、血と汗の染み込んだこの地こそが、ミリアの“原点”になっていた。

 

「………。

オッタルさん、ひとつ質問してもいいですか?」

 

「……言ってみろ」

 

「どうしたら、あなたを超えられますか?」

 

「………」

 

 オッタルはしばらく黙った。

しばらく黙ったまま、彼はその場を去ろうとした。

 

「えっ……? オッタルさん?!」

 

「明日、お前に見せるものがある。

それを見せた後、その問いには答えよう」

 

 そう言い残して、オッタルは背を向けた。

いつも通りの寡黙な後ろ姿。だがそこには、どこか“決意”のようなものが滲んでいた。

 

「……わかりました」

 

 ミリアは深く頷く。

 心の奥に、火が灯るようだった。

 “明日”という言葉が、ただの日付ではないと感じた。

 師が、自分に何かを託そうとしている。何か、大切なものを。

 

(きっと、明日は――)

 

 簡単な修練では終わらない。

 そして、問いの答えも――生半可な覚悟では受け取れない。

ミリアは握った拳を、ゆっくりと胸の前に下ろす。

 

 

 

 

 朝は、雪を纏った静寂の中から始まった。

 日が昇るよりも早く、ミリアは目を覚ましていた。

 身支度を整え、鍛錬場に向かうと――そこに、オッタルの姿はなかった。

 

「……あれ?」

 

 いつもなら誰よりも早く現れ、黙々と剣を構えているはずの巨体が、そこにない。

 代わりに、鍛錬場の中央に一本の木杭が立っていた。

 そこには、一枚の札が結ばれている。

 

『西の崖へ来い』

 

 ――筆跡は、オッタルのものだった。

 

 

 

 

 崖の上は、朝焼けに染まっていた。

眼下に広がるのは、雲海と森の大地。

風が冷たく、肌を刺すほどだったが、ミリアは怯まず歩を進める。

 そして、崖の先端。

そこに立っていたのは、黒い外套を羽織ったオッタルだった。

 

「……来たか」

 

 背を向けたまま、彼は呟いた。

 

「はい……言われた通りに」

 

 ミリアが一歩近づこうとしたとき。

オッタルは背から剣を抜いた。

 

「全力だ」

 

 猛者は言った。

 

「全力で来い」

 

 まさに王者の貫禄で、その沙汰を言い渡した。

 

「一撃のみ、甘んじてやる」

 

 わたしを試すように。

 あるいは見極めるように。

 

「己の全てを賭して、かかってこい」

 

 そんな気はしていた。

だからわたしは師からもらった剣を携えてここに来たんだ。

 

「………」

 

 わたしは目を瞑り、魔力操作に全神経を注ぐ。

 呼吸を整える。魔力の流れが、脈動と共に全身と剣に巡るのを感じた。

 

(半年前の私は、ただ振るうだけだった。

 でも今は、“届かせる”ため……いや、“超える”に――)

 

 剣を構える。

 そして――解放。

 魔力によって伸ばした刀身は銀色に煌めき、その刃は微塵の揺らぎもなく、ただまっすぐオッタルを捉えていた。

 オッタルもそれに応えるよう、“詠唱”を開始した。

 

「【銀月(ぎん)の慈悲、黄金(こがね)の原野。この身は戦の猛猪(おう)を拝命せし】」

 

 響き渡る詠唱に、目があらん限りに見開かれる。

 

「【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて――】」

 

 僅かな時間とは裏腹に、凄まじい魔力が解放される。

 そしてミリアはこの短文の詩がオッタルの原点だと悟った。

 

「【ヒルディス・ヴィーニ】」

 

 わたしの目を焼いたのは、黄金(こがね)の光。

黄昏の色にも似た輝きが、【猛者】の剣に集束された。

 

「なっっ……⁉︎」

 

 その輝きに咄嗟に目を眇め、次には息を呑む。

 武器が光を帯び、『黄金の剣』と化している。

 大剣の表面を覆う激しい魔力光は、いっそ終末の炎のようだった。

それは刃が肥大化したと錯覚するほどの光量で、武器が黄金の巨猪の毛皮を被ったかのようですらある。

 この尋常じゃない魔力の高まり……単純に出力を上げた?

 いや――そんなもの比較にならないほどの『超強化』‼︎

 

(これがオッタルさんの全力……⁉︎

ふざけないでください。あなたはどれだけ……どれだけわたしを突き放すつもりなんですか!)

 

 目も眩むような金の輝きに、心の奥で戦慄の言葉を落とす。

 魔力操作を介さない『力の増幅』。

 単純な力の上乗せ。

 そして単純だからこそ、尋常ならざる『力』を持つオッタルさんと組み合わされば、それはきっと想像を絶する『必殺』となる。

 肌を伝う冷や汗を感じながら、わたしはその時、完全に躊躇を捨てた。

そう決断させるほど、あの『黄金の剣』が秘める力は規格外だった。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 力が進むにつれ、酸を引き絞られていく警憩のごとく、ゆっくりと構えを取る。

 両手で大剣の柄を握りしめ、腰を落とし、半身。

 まるで鏡のようにオッタルさんも同じ構えを取った。

 与えられたのは双剣の片割れ、番の大剣。

 武器の条件は互角。優劣はない。

 敗を分けるのは、響力と魔力をかけ合わせた、純粋な破壊力。

 ――銀光と金光。

 静かな煌めきと猛る輝き。

 剣から漏れ出し、氾濫する力の波動が、木々を揺らし尽くす。

 わたしは剣の太い柄を握りしめる。

そして、『その時』はやって来た。

 

 世界が――揺らいだ。

 

 光が閃き、音が消えた。

 ミリアが走る。剣を振るうために。すべてを懸けて。

 その一歩は、剣士としての二年。少女としての十数年。そのすべてを乗せた“決意”だった。

 銀光が放たれる。

 それは溢れ出す“心”の奔流だった。

 

「おおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 怒声ではない。叫びではない。

 それは魂の咆哮だった。

 対するは、黄金の頂。

 オッタルの剣が唸る。

 その一撃は、揺るぎなき王者の証。

 生半可な意志では届かぬ“本物”が、そこにあった。

 だがミリアは臆さない。

 むしろその重みに向かって、渾身の力で踏み込む。

 二つの刃が交差する。

 

 ――ガギィィィィィィィィンッッ!!!!

 

 大気が爆ぜた。

 地が裂けた。

 空が震えた。

 

 光と光が交差した瞬間、音すら置き去りにして世界が爆発する。

 だがその中で――

 

「ッ――!!!」

 

 ミリアの剣が、軋む。

 骨が悲鳴を上げ、意識が遠のく。

 だが、剣は止まらない。

 

 ――止めないと、誓ったから。

 

 この一撃に、問いの答えがあると信じたから。

 

(超えたい!!)

 

 銀の刃が、一瞬……そう一瞬だけ黄金の光を押し返す。

 押し返し――そして。

 

 ――ガシャアアアアン!!!!

 

 その刹那。

 オッタルの剣がミリアの剣を砕いた。

銀の刃が砕け散った。

 音もなく、粉塵のように舞い上がる銀片。

 その一つひとつが、ミリアの“信念”の欠片のようだった。

 

「っ……!!」

 

 身体が浮いた。

 森の木々を体が貫き、岩に激突したところでようやく止まった。

 剣と共に受けた力が、骨を軋ませ、肺から息を奪う。

 視界がぐらつく。世界が斜めに歪む。

 

 それでも――ミリアは倒れなかった。

 

 片膝をついて、肩で荒く息をしていた。

 その手には、折れた剣の柄だけが残っていた。

 

「………………っ」

 

 息が詰まる。

 “届かなかった”ことが、ただ悔しかった。

 そう理解したわたしの目からは自然と涙が零れた。

 

「勝ちたかった! わたしっ、勝ちたかったよ……!!」

 

 絞り出すような声。

 涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになったその顔に、誰の姿も映らない。

 だが。

 

「……それでいい」

 

 その言葉は、ミリアの真上から降ってきた。

 視線を上げると、そこには剣を収めたオッタルの姿。

 少しの傷はある。しかし、わたしの一撃など歯牙にもかけずに立っている武人の姿がそこにはあった。

 すでに構えは解かれ、背筋はまっすぐに伸びていた。

 

「……え……?」

 

「その一撃は、俺の剣を揺らした」

 

 オッタルの剣は柄から上がなくなっていた。

 ミリアの目が、驚きに見開かれる。

 

「……壊れ……て……」

 

 かすれた声が漏れる。

 自分の一撃が、あの“黄金の剣”に爪痕を残したという事実。

 それは、砕けた剣の柄を握る手に、確かな熱を灯した。

 

「全力を以って放った剣。確かに、俺のそれを揺らした」

 

 オッタルの言葉は、感情を抑えていた。

 だが、否定はなかった。むしろ、その声音には、わずかな誇りすら含まれていた。

 

「だがそれでも、届かなかった。そうだな?」

 

「…………はい」

 

 ミリアは、うつむいたまま答える。

 悔しさは確かにあった。

 けれど、それ以上に――今の自分の“力”を、真正面から受け止めてくれたことが、嬉しかった。

 

「“どうしたら俺を超えられるか”……だったな?」

 

オッタルは一歩、ミリアに近づく。

その巨体から滲み出る魔力の余韻は、なおも空気を震わせていたが――

声は、静かだった。

 

「考えろ」

 

「えっ…?」

 

「いつだって、何に対しても、俺は考えるようしている」

 

「……」

 

「考えないヤツは生きていけない。どんな時でも、どんな場所でも」

 

 オッタルの言葉は、やはり単純だった。

 それは今、ミリアが求めていた解答では決してなかった。

 しかしそんな単純極まりない彼の教えは、後のミリアの心に深く根付くことになる。

 

「考えた先でどうしても自分を納得させれないなら、そこで初めて聞きに来い。

でなければ何も身に付かん。とある女からの受け売りと俺の経験則だ」

 

 言葉が、胸の奥に染み込んでいく。

「考えろ」――その一言が、今のミリアには何より重かった。

 剣の才能でも、魔力の強さでもなく。

 オッタルが彼女に授けたのは、「思考」するという“姿勢”だった。

 

 「……とある女、って……」

 

 かすかに呟くと、オッタルはわずかに目を細めた。

 それは、“懐かしむ”ような、けれど“敬意”を滲ませる表情だった。

 

「……俺が超えたっかった者の一人だ」

 

 静かに、短くそう言ったオッタルの声音は、今までミリアが聞いたどの言葉よりも――熱を帯びていた。

 

 (……強い……? オッタルさんより?)

 

 信じられない、という気持ちと同時に、

 ミリアの胸には確かな“憧れ”が芽生えた。

 それは、“オッタルの超えるべき存在”がいた、という事実。

 

「その人は……今、どこに?」

 

 思わず問いかけると、オッタルは首を横に振った。

 

「俺の知る限りでは、この世界にはいないだろう」

 

 言葉の端に、どこか“寒さ”が混じっていた。

 

 (……もう、会えないのか)

 

 心のどこかで、ミリアは落胆した。

 だが同時に、その人物の存在そのものが、自分の“道標”になると、そうも思えた。

 「考えろ」と言ったオッタル。

 彼の過去。彼の敗北。彼が受けた教え。

 その“残響”を、ミリアは今、確かに受け取った。

 

「……ありがとうございます、オッタルさん」

 

 ミリアは深く、頭を下げた。

 

「わたし……もう一度、考えてみます。どうしたら、“超えられるか”を」

 

 もう迷わない。

 もう怖がらない。

 折れた剣の柄を両手で握りしめながら、ミリアは立ち上がった。

 

 その目には、痛みも、涙も、そして――迷いもなかった。

 

 「……それと」

 

 背を向けかけたオッタルが、最後にそう言った。

 

「食え……やはりお前はまだ、軽い」

 

「……っくく、ふふっ……」

 

 ミリアは、思わず声を漏らして笑った。

 

「なぜ笑う?」

 

「だって……オッタルさん最後まで食事の事ばかりだからお母様みたいでっ」

 

「む……?」

 

「あはははは‼︎‼︎!!」

 

 

 

 

 次の日の早朝。

 山小屋の荷をまとめながら、ミリアは最後の“準備”をしていた。

 

 昨日の夜に傷の処置を終えた。

 背に背負った包みには、修行中に受け取った道具やメモなどは入ってないが、とても重く感じた。

 唯一、受け取った剣の柄が入ってるからだろうか。

 

「折れちゃったけど……どうしよう」

 

 外へ出ると、見慣れた山道の風景があった。

 冷たい風。黙して語らぬ木々。雪を踏みしめた跡。

 半年という月日を重ねたこの場所が、ミリアにとっての“原点”だった。

 そして”見慣れた剣が二刀“――突き刺さっていた。

 

「……………っ」

 

 武人の影はそこにはないが、確かにそれは旅立つ弟子への餞別だった。

 ミリアは微笑みながら剣を引き抜き、この場を後にした。

 

 




この後、どうしよう……?

先の展開

  • オッタルの道場破り
  • ミリアの学園生活
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