《2025/7/9》文中に不要な箇所があったので削除しました。
第6話
「着いたか」
ミリアと別れたオッタルはマドリーというベガルタ帝国の辺境の地へ訪れていた。
「……随分と寂れている」
完全なゴーストタウンというわけではないようだが、店などがあるわけでもなくひどく過疎化が進んでることが伺えた。
「………」
オッタルは目的の話を聞きに行くため、町役場を探し始めた。
◇
通りの奥、わずかに立て看板が残っていた建物の前で、オッタルは足を止めた。建物自体はひどく古びていたが、扉は新しく付け替えられている。ここだけが、微かに“人の手”を感じさせた。
扉をノックすると、中から低い声が返る。
「……どうぞ」
「旅の者だ。町役場はここか?」
「ええ、そうですよ」
ぎぃ、と扉が開き、お爺さんが顔を出す。
「デカいのから、小さいのまで……今日は見ない顔ががよく来る日だ」
お爺さんは少し嬉しそうで、少し寂しそうな顔をしていた。
「聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「ベガルタ七武剣と呼ばれている者と戦いたい。帝都に行くにはどちらの方向に進めばいい」
「それならここからずっと西に向かえば帝都に着く。
ただ最寄りの都市でも大体一週間程度、結構な長旅にはなると思うよ」
「……帝都行きの船などはないのか?」
「残念ながら、ここ100年近く来てないよ。
昔はナール川を通じて輸送船が行き来してたんだが……”マラク“っていう害竜が沿岸部に住み着いてから、完全に機能を停止してしまってるんだ」
「竜……だと?」
「ああ。以来、誰も近づかん。討伐隊も送られたが……結局倒せなかったそうだよ」
老人は静かに湯を啜り、続けた。
「だから、陸路を進むしかない。途中でいくつか村や峠を越える必要があるが……まあ、君みたいな旅人なら平気だろう」
オッタルはふと、遠くを見るように目を細める。
「その“竜”は……どこにいる」
「……は?」
思わず、老人は湯飲みを置いた。
「君、まさか討伐するつもりか?」
オッタルは立ち上がり、背をっている大剣に手を添えた。
「“七武剣”と戦う前の“慣らし“を……探していたところだ」
老人は口を開けたまま、しばし黙っていたが――やがて乾いた笑いを漏らした。
「まったく、若いは怖いもの知らずだな……いや、君は若いのか? 何とも形容しがたいが……」
オッタルは笑わず、ただ静かに頭を下げた。
「情報……感謝する。――マラクのいる沿岸は、どこにある」
「ここから少し南に歩けば着く」
「わかった」
それだけ告げて、オッタルは踵を返す。
重い扉がきぃと音を立てて閉じた。
◇
オッタルは言われたとおり南に進み、沿岸部にたどり着いた。
奇妙なことに誰も寄りつかないと聞いていた場所のはずが、何者かの戦闘音が聞こえる。
「……先客か」
そのまま足を進めると案の定、一人の少女がマラクらしき竜と戦っていた。
「シュシュシュ〜‼︎ 目指せ、どらごんすれいやー‼︎!」
「ガンマ…もっと右で戦って…」
もう一人の少女は何やら黒いスライムに乗ってスイスイ移動しながら、マラクを観察しているようだった。
二人ともそれぞれのことに必死で210cmもある巨体の猪人にも気づいていない。
「………」
オッタルは一度マドリーに戻ろうかとも考えたが、戦っている少女に気になるところがあり、結局話しかけることにした。
「娘……話がある」
「おじさん…誰…?」
「……旅の者だ」
面倒くさがりな研究者と無口な武人の会話は単調に進んでいく。
「そう。
あれって…ガンマの…こと?」
「……ああ、今戦っている娘のことだ。
ガンマというのか」
「うん…それで…ガンマが…どうしたの?」
オッタルは目線を戦っているガンマという少女に戻す。
「技こそないが……力も速さも悪くない。
だというのに……なぜ攻撃を時々外す?」
「ああ…あれは外してるんじゃなくて…当たらないの」
「当たらない……スキルの影響か?」
「スキルって何?」
「………」
オッタルはこの世界に神は降りておらず、恩恵すら存在していないことを失念していた。
「……失言だ。気にするな」
オッタルはすぐになんでもないよう否定した。
――だが相手が悪かった。
「ねえ…スキルって何?
言葉の使い方的に…技術とか…能力とか…そういう…単純な意味じゃ…ないんでしょ?」
「なんでもないと言っている」
「教えてくれないの?」
「くどい」
「そ、じゃあ…話してもらえるよう…がんばる…ね」
じゃあ…話してもらえるよう…がんばる…ね」
その宣言と共にオッタルは黒いスライムからの束縛を受けた。
「娘……。なんの真似だ」
「連れて帰る……。
竜は難しいけど獣人なら……問題ない。
おじさん丈夫そうだし…実験台にして…その中で…スキルについて…教えてもらう」
「断る」
オッタルは否定の言葉を告げると共に、少女からの束縛を引きちぎった。
「うそ……。
魔力もなしに…どうやったの……?」
「それが俺より脆かった。
ただそれだけのこと」
その言葉を聞いた少女は悲しそうな顔……など一切見せず、それどころか愉快そうに口角を釣り上げた。
「身体能力はデルタ並み……。おもしろい…ね。
やっぱり…連れて帰りたい」
「娘……引け。
俺に…子供を痛めつける趣味は…ない」
「実験……! 実験……!」
「………。
……破綻者か」
オッタルは拳を構える。
「来い」
一色即発のこの空気。
それを打ち破った者がいた。
「コラーーー‼︎!!!」
甲高い声とともに、鉄骨が少女の頭上に振り下ろされた。
――ゴンッ!!
「ガンマ…何する…痛い……」
鉄骨が直撃しても、少女は少し眉をひそめただけだった。痛覚が鈍いのか、無頓着なのか――あるいは、両方だろう。
「何するじゃありません!!
あなた今、この方を攻撃しようとしてましたね!?」
「だって…連れて帰りたかった……」
「そういうのを“誘拐”って言うんですよっ!!」
怒るガンマの言葉にも、少女はどこか他人事のような顔を崩さない。
「………」
大剣を背負ったまま、無防備とも思える立ち姿。それでも、その場の誰よりも“強さ”を感じさせる。
ガンマはハッとして、オッタルにぺこりと頭を下げた。
「えへへ、すみません! この子、ちょっと変なとこあって!」
「……少しどころでは…ないように見えるが」
ガンマはにこにこと笑うが、少女のほうは未だオッタルをじっと見つめたままだ。
「娘……。ガンマ…と言ったな」
「な、何故わたしの名前を?!」
「そこの娘から…聞いた」
「イーっ……貴方ねぇ‼︎」
ガンマはぷるぷると震えてラミナを睨みつけたが、当の本人はというと、無表情のまま黒いスライムの上で小さく首を傾げている。
「聞かれたから…答えただけ……」
「その情報、軽すぎるでしょおおおお!!」
鉄骨を振り回しながら、ガンマが叫ぶ。だがラミナはまったく動じない。
「………」
オッタルはマラクがいる方へと再び視線を向けた。海風に乗って、遠くで竜の咆哮が響く。
――グォォォオオ……
「お前達は何故…マラクと戦っている……」
「……秘密です」
「………。
仮に…奴を狩ることが目的なら…俺に譲れ」
静かに、だが確固たる意志を込めて、オッタルはそう言い切った。
「……やだ」
即答だった。少女は一切の逡巡なく言い放つ。
「……理由を聞こう」
「こっちの台詞……。
あなたは…何のために…あの竜を狩るの?」
「“慣らし”だ。
本命は別にいる」
「あなたは傭兵?」
「ーー冒険者だ」
その言葉に、少女は目を細める。
「倒したマラク…わたしにくれるなら…いい」
「構わん。好きにしろ」
「交渉…成立。おじさんいい人……。
わたしの名前…イータ」
「……そうか」
オッタルはイータの言葉を聞くとマラクへ向かい歩き出した。
「えっ!? ちょ、ちょっとわたしの意見は!?
わたしのどらごんすれいやーは⁉︎」
「ガンマじゃ…無理」
「手負の妖精など邪魔だ。下がっていろ」
「ガーーーン」
ガンマはがっくりと肩を落とし、鉄骨を杖のように突きながら呟いた。
「ガンマ……下がってて……いい」
イータは黒いスライムに腰かけたまま、片目だけでオッタルを見つめていた。
「この人……強い。ちゃんと……観察したい。
おじさん……名前は?」
足を止めずに、オッタルはただ一言だけ答える。
「オッタル」
その背中からは、鋼のような静けさと、獣のような野生を放っていた。
それにいち早く反応したのはマラクだった。
『ガギャアアアアアア‼︎!!!』
鈍感なはずのマラクが自身に向けられた格上の殺意を受け取り、いち早くその原因を狩りに来たのだ。
地響きが走る。
それは歩みではなく――突進だった。
マラクの巨体が波を蹴立て、砂を巻き上げながら一直線に突っ込んでくる。
「……来るか」
オッタルは大剣の柄に手を添えたまま、ほんの僅かに腰を落とす。
構えとも呼べぬ、それは“迎え撃つ姿勢”。
対するマラクの巨体が、刹那――止まった。
「温い」
オッタルはマラクの突進を片手で受け止めていた。
ガンマは目を見開き、思わず叫ぶ。
「わーお……」
「なっ……受け止めた⁉︎」
驚くべきは”ただ受け止めた“という事実に留まらず、オッタルは“魔力を使わず“、”一歩も動くこともなく”マラクの突進を受け止めた。
「……その程度か」
静かな声。
対照的にマラクは吠える。
痛みによるものか、恐怖によるものか――いや、どちらでもなかった。
殺気に晒された“本能”が、逃走を叫んでいたのだ。
だが遅い。
オッタルは、既に剣を振るっていた。
そして、
『ガギャア―――――』
振り下ろされた極斬をもって、
「「――――――――――――」」
波打ち際に、竜の絶叫が残響のように響いた。
それを最後に、マラクは動かなかった。
傷口はただ一つ。
首から肩甲骨、そして胴体の半ばまで――一太刀にて、深く、重く、正確に。
もはや生物というより、構造物が破壊されたかのような断絶。
オッタルは血の飛沫ひとつ浴びず、静かに剣を収めた。
「……終わったか」
マラクの死骸を見下ろし、ぽつりと呟いた。
「竜と呼ぶには…あまりに…脆い」
それは侮蔑でも嘆きでもなく、ただ“事実”を述べた声だった。
◇
「……えっ」
静寂の中、ぽつりと、ガンマの声がこぼれた。
「え……え、うそ。……今の、一撃……だけ?」
肩が震える。
鉄骨を握る手に、力が入らない。
「あんな規格外な芸当……デルタやアルファ様にだって……不可能」
「……やっぱり、強い」
イータがぽつりと呟いた。
まるで標本を見るような眼差しで、オッタルの背を見つめる。
「反応速度、力加減、剣の軌道……全部、無駄がなかった。
あれが、“本物”……」
黒いスライムの背に座ったまま、ぴくりとも動かない。
ただ観察している――熱を持った眼で。
「……観察だけじゃ、足りない」
「ちょ、ちょっと!? まだ連れて帰る気⁉︎」
ガンマが慌てて制止するも、イータは微笑みすら浮かべた。
「あれはマスターとは別方向の究極……」
「イータ⁉︎ あなた、あの武人が主人様と並ぶというの‼︎!」
ガンマが思わず叫んだ。
だがイータは――かすかに笑った。
「“並ぶ”じゃない……。
あの人は……“別軸”の完成体」
「べ、別軸って何!? ていうか完成体!?」
「理論や補助を必要としない“剥き出しの力”。
鍛え、研ぎ澄まし、極めた“頂点”……」
イータの声は興奮を隠さず、むしろ甘美な陶酔に満ちていた。
「存在が破綻してる。
あの動き、まるで神に祝福されているようだった。
記録上、在りえない強度。
……だから、観察したい。
触れてみたい…解体してみたい」
「やめてぇええええええ!!!」
ガンマは半泣きで叫んだ。
「それ私たちが解体されちゃうぅうううううう!!!」
◇
潮の香りが、死の匂いに変わっていた。
マラクの巨体が横たわる海岸には、静寂が戻っていた。波の音さえも、その圧倒的な一撃を前にして震えを潜めているかのようだった。
「…………」
オッタルは動かぬマラクを一瞥し、すぐにその背に視線を移した。
そこには、未だ興奮を隠しきれずに黒スライムの上で身じろぎもしないイータと、その横でへたり込むように座り込んだガンマの姿があった。
イータの目が輝いていた。
まるで“未知”という宝物を見つけた子供のように。
「……オッタル」
イータが、初めて敬意を込めてその名を口にした。
「あなた、壊れてる……すごく、いい意味で」
「そうか」
オッタルは淡々と答え、マラクの死骸に向かって一歩踏み出す。
ぐしゃり。
その足元で、マラクの血が砂に滲み、音を立てた。
それを見て、イータはまるでご馳走を前にしたかのように目を細めた。
「ねえ……マラク、持って帰ってもいい?」
「好きにしろ」
「やった……。
うん。やっぱりマラク、まだ死んでないね」
イータがそう言ったとき、ガンマの背中がびくんと震えた。
「……ちょ、ちょっと!? 今なんて!? “死んでない”って言った!?
この状態で⁉︎」
ガンマが指を差しながら叫ぶ。
「ガンマ…肝心なこと忘れてる……。
このマラクが…もし本物の竜なら…特定の方法じゃないと…倒すことはできても…殺すことは…できない……かも」
「あっ……そういえば」
「まだ脳が微かに活動してる。呼吸器系も一部稼働中。心臓は止まってるけど、脊髄は生きてる。つまり――“素材”として最高の状態」
ガンマは頭を抱えるが、イータは全く悪びれる様子もなかった。
「ガンマ…このマラク…わたしの研究室まで…運んでおいて」
「無理に決まってるでしょおおおお‼︎‼︎!‼︎」
「ええ……。
なら…いいや…マラク…置いてこ。
その代わり――」
イータはぴたりとオッタルを指差した。
「しばらくオッタルに着いてく」
無表情のまま、イータははっきりとそう告げた。
「……断る」
オッタルは即答した。
まるで想定内といった顔で、黒スライムの上で小さく頷いた。
「うん……普通は断る。
でも……わたしは諦めない」
「ま、待ったぁああああああああああっ!!!!」
ガンマが涙目で叫んだ。
「そ、それより! オッタルさん! あなたこれからどうするんですか!? マラクを倒したってことは、次の目的地へ?」
「……ああ。帝都へ向かう」
オッタルは短く答えた。
「イータ。あなたはここで石油の研究をしたいのでしょう?
あなたがここに止まるなら、少し資金を出しても――」
「それはとても魅力的…だけど今はオッタルが先」
「ちょおおおおおお‼︎‼︎!!!」
「ついてく。異議は……認めない」
イータはさらりと言い放ち、スライムをぴょんと跳ねさせてオッタルの隣へ寄った。
「異議あるに決まってるでしょーーーーー!?」
ガンマは地面に膝をつき、天を仰いだ。
「お願いだから止めてイータぁ……。これ以上“問題の種”を増やさないで……わたしの胃が……っ!」
「大丈夫。ガンマの胃……研究対象じゃないから」
「そういう問題じゃなあああああい‼︎‼︎」
「………」
オッタルが眉をひそめると、ガンマは即座に姿勢を正してぺこぺこと頭を下げた。
「す、すみませんっ! でもこの子、本当に、ほんっっとうに変わってて」
「……見ていれば、分かる」
淡々とそう言って、オッタルは再び海岸線を背に踵を返した。
「帝都に行く。道は長い。ついてくるなら――」
「“邪魔はするな”……でしょ?」
イータがわずかに口角を上げて言った。
「………」
オッタルは一瞥だけして、何も返さなかった。
「ふふ……じゃあ、ガンマ。出発」
「えぇぇ……うそでしょ……ちょっとだけ様子見るとかじゃなくて!? え、もう!?」
ガンマは泣きそうになりながら鉄骨を肩に担ぎ、ずるずると二人の後を追いかける。
「もしかして……このメンバーで旅するってことですかぁ……?」
「“オッタルと歩く”って、きっとそれだけで観察の価値ある。
未知の構造、異常な身体反応。解剖じゃわからない“何か”……。
きっとマスターも喜ぶ」
「いやぁあああああ‼︎‼︎」
ガンマの嘆きは風に流されていった。