脱出不能なホラゲに変貌したVR世界をバグで生き残る   作:ぽんたぬ

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第1話 遭遇

 

 VR(バーチャルリアリティー)技術が進化した2100年代。

 人々は没入型VRを利用した仮想世界『2nd.ユニバース』、通称セカユニを楽しんでいた。

 

 生体と機械を繋ぐことにより、想像上の世界においても味覚や嗅覚といった五感をほぼ再現させた。つまり莫大な費用や命の危険を天秤に掛けずとも、宇宙遊泳や深海散歩ができる時代が到来したのだ。

 

 この技術により、人類は新たなライフスタイルを獲得した。

 しかしどんなに生活が変わろうとも、人々が娯楽を求めているのは相変わらずだった。

 

 必然というべきか、ゲームに対してもこの最新技術が応用された。

 既存のRPGや格闘ゲームなど、どのジャンルにおいてもリアル性は倍増し、そして人々を熱狂させた。多くの人がセカユニでゲームをプレイし、その様子はリアルタイムで配信されるようになった。

 

 二十一世紀で頭打ちになると予想された動画配信サイトの利用者数は、百年近く経った今でも高い数値を保ち続けている。

 そして配信者は医者やタレントに並ぶ人気の職業として定着し、親に「配信者になる」と言っても反対されることも無くなっていた。

 

 そして今日も一人の人間が、この仮想世界でとある新作ゲームの配信を開始した。

 ガチムチの筋骨隆々男のアバターで数々のホラーゲームを実況をする男、カマタマ。またの名を鉄の漢女(おとめ)

 丑三つ時である深夜二時からの配信スタートにもかかわらず、同時接続二千人を超えるという人気ぶりだった。

 

「……ん? なにかしら今の」

 

 薄暗い洋館の中を懐中電灯を片手に歩いていると、なにかが視界の端を横切っていった。現在のカマタマに同行者はおらず、確認のために立ち止まって辺りを見渡す……が、誰かがいる様子はない。

 

 

《え? 今なにか映らなかった?》

 

《はいはいw そういういかにもホラーな演出はいいって》

 

《そういうお前は新参者か? カマタマの実況配信のアーカイブ見てから言えよ》

 

 実況主を揶揄するようなコメントに対し、古参と思しき視聴者の一人が突っ込んだ。

 カマタマは『お化けよりもリアルの人間の方が断然怖い』を信条として、幽霊や怪物に対してオネェ言葉を発しながら果敢に挑む、豪胆なプレイスタイルをウリにしている。事実、過去の配信ではビビるような場面を一度も見せていない。

 

 さらに言えば今回の配信は、チャンネル登録者数十万人を達成したお祝いを兼ねていた。たかが幽霊を見掛けた程度で驚いていては、鉄の漢女(おとめ)の看板にミソをつけてしまう。

 

《やっぱアレが、ゲームタイトルにある『赤子鬼』じゃねーの?》

 

《巨大な顔をした血塗れの赤ん坊が追いかけてくるってやつ? うっわ、マジで怖くなってきたんだけど!》

 

《通称『ラズベリー色の悪魔』だっけ? 早く見てぇ!》

 

《おいおいおい! あのカマタマが黙っちまったけど、大丈夫なのかこれ!?》

 

 普段の明るいカマタマらしくない振る舞い。古参の視聴者が放送事故ではないかと心配のコメントをするが、当の本人はそれどころじゃなかった。

 

「(ちょっと、事前に聞いていた情報と違うじゃない……赤子鬼は食堂で鍵を入手するシーンで登場するはずでしょう?)」

 

 

 勤勉な彼(?)は事前に入念なリサーチを行い、エンターテインメントとして視聴者に楽しんで貰えるよう、プレイングには慎重に慎重を重ねていた。

 

 もちろん、過剰なリアクションで怖がるプレイを好む視聴者もいるだろう。しかし自分に大袈裟なアクションを求められていないことは、カマタマ自身がよく理解している。だからこそ彼は、あらかじめ攻略情報を得るようにしていた。

 

 それはズルいんじゃないかって?

 配信者界隈は層が厚く、十万人のチャンネル会員数を抱えるカマタマですら上位とは言えない。己の個性を磨かねば、この世界ではあっという間に埋もれてしまうのだ。

 

「(いや、登場シーンの前フリとして驚き要素(ジャンプスケア)を入れたのかもしれないわね。さすがホラゲ最大手のナムコン。プレイヤーの心理をよく分かってるじゃない)」

 

 配信者のスキルは未熟でも、幼い頃から数多のホラーゲームを愛し、プレイしてきたという自負がある。ここ最近では、制作サイドがどういった意図でギミックを仕掛けているのか、何となく察せるようになってきた。だから大丈夫、これはまだ想定の範囲内だ――そう自分を納得させながら、右手に握る懐中電灯を前方に向けた。

 

「――っ!」

 

 思わず懐中電灯を落としそうになる。

 廊下の先にある曲がり角に、得体の知れないナニカがいた。

 明かりの届かない暗闇から、何者かがこちらを覗いている。

 だが現実世界のモニター越しに見ている視聴者達は、カマタマが感じているその異様な雰囲気に気が付くことはなかった。

 

「……よし、確かめに行くわよ」

 

 何を躊躇っているのだ、カマタマよ。せっかくの記念放送でしょう。ちょっとした想定外で足を止めている場合じゃないわ。

 それに、たかがゲームじゃない。仮想世界の化け物に襲われたところで、まさか本当に死ぬわけでもあるまいし。ここで何かハプニングがあった方が、むしろ撮れ高があるというもの。チャンネルのさらなる発展を望むのなら、この程度のことは上手くアドリブで乗り越えねばなるまい。

 

 僅か数秒の間に覚悟を決め終えたカマタマは、再びゆっくりと歩みを進めた。

 

《え? ちょ、まじで行くのかよ》

 

《おいおい、これはガチのヤツじゃん》

 

《カマタマはやっぱスゲェ!》

 

「(ありがとう、みんな)」

 

 視界の端にはコメント欄が見えている。こうして自分を信じてくれる視聴者がいる。ならばその期待に応えるのが自分の務めであり、義務なのだ。

 そしてカマタマは曲がり角の向こうへと進んだ。

 

「……うそでしょう」

 

 そこには、黒いワンピースを着た小さな女の子がいた。

 

《なんだよw びっくりさせるなよwww》

 

《ビビりすぎだろww》

 

《いや、普通にかわいい子じゃん》

 

《なんだ、ただの子供か。良かったぁ……》

 

「(よかった……? アタシはこんな子供が出てくるなんて聞いていないわよ! それにこの子、なんだか不気味で――)」

 

「……いた」

 

《ん、女の子がなんか喋ったぞ》

 

《日本語だよな?》

 

《もしかしてモブキャラ登場か?》

 

《待てお前ら。俺は既に攻略済みだが――このゲームに女の子なんて出てこないぞ?》

 

「……いた。お腹空いた……」

 

 少女が呟くと同時に、背後からガタッと何かが落ちる音が聞こえた。

 

「ひっ」

 

《なに? なんの音?》

 

《振り返ってみ》

 

《おいおいおい! これ絶対いるって!》

 

《後ろからくるぞ、気を付けろ!》

 

「(ああもう! どうしてこういうときに限って、視聴者さんが盛り上がってくれるのよ!)」

 

 カマタマは慌てて振り向いたが何もおらず、ただ暗い廊下が長く続いていただけであった。いつの間にか外は嵐になっている。どうやら廊下の窓ガラスが雨風にあおられて音を立てただけだったようだ。

 

「な、なんなのよもう……」

 

《いやいやいや、絶対に何か居ましたって!》

 

《カメラ回ってないところだったし、もしかしたら別の部屋に隠れてるんじゃね?》

 

《カマタマ、ついにビビった!?》 

 

《この際だから記念に悲鳴だけでも聞きたかった》 

 

「(もう! アタシは今すぐ帰りたいってのに、この人達はホントにもう……!)」

 

 視聴者達の好き勝手な発言に辟易しながらもカマタマは深呼吸をすると、改めて前を向きなお――

 

「ねぇ、ママ。ご飯、ちょうだい?」

 

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