【剣を感じる】
それからは基本4つの型の技を深めた。
男の剣術は自然の中で感じるものであった。
「流水の型」は川の流れに刀を打ち、その力のいなし跳ね返る水それらはまさしく流水の型の源流であった。
「烈火の型」は火の流れを見た刀を振り下ろし火の中で止める。刀を避ける炎が猛々しく燃え上がる。それはまさに烈火の型の火種であった。
「燕飛の型」は燕を相手取った。打つ瞬間翻り攻撃を避ける動きは燕飛の型の翼であった。
「大木の型」は木に何度も木刀を打ち付けた。返ってくる反動、まさしく大木の型の根幹であった。
そして、父のあの奥義、思い返した。あまりにも早い切り上げの小手打ち、そこからの返し燕による袈裟。その力を利用した流水の型の打ち込み。
きっと奥義は2つあるのだろう。大木の型と烈火の型が含まれていないからだ。奥義ということ、動きに今までの基本の型が、含まれていることから推測した。
だとすれば、流水の型で初撃をいなし返しを大木の型で叩き、返し燕で打つこれで勝てる。
しかし甘かった。何度も地獄を見た何故いなせない!気づいたときには流水の型が崩れている。初撃で小手をはじかれてもなんとか耐え体の回転を使い大木の型を使っても片手ゆえのたたき落としの弱さにより軽く返されてしまう。
やはり初撃なのだ。
数百回目、父が倒れた。
男は感じた。
(使い手すら喰らうかこの奥義はっ!)
この感情、絶望ではなかった。初めて剣を振った時の感動、道場破りを打ち破った時に感じた高揚、そのどれも匹敵しない圧倒的な感情。
父は震えながら男に言った
「私はこの門を越えられなかった。この奥義の名は地獄門。お前なら身につけることができる。死を超えるのだ。地獄の門番を打ち砕けぇ゙…」
からくり人形の糸がぷつんと糸を切ったように父は死んだ。
【剣の道筋をたどる】
父はどうやら死期を悟っていたらしい。男に遺書を残していた。
お前に授けるは剣の奥義、金、資料である。あとは建物もやろう。必要なものを持って行くがよい。家の裏、オマエを一度も入れたことのない蔵にこの剣の資料が眠っている。この流派の祖、弟子たち、道場、型、この剣を使うものを見た絵描きが描いた各型の見た目、他にも多くある。私もすべて見切れたわけではない。好きにせよ。
男はこの言葉のとおり蔵のドアを開け、中の資料を読み漁った。父の辿った剣の道、他の者が辿った剣の道その最奥を見つける宝探しであった。読み漁り半年と少し、そこに書かれた資料に地獄門の正確な資料はなかった。ほとんどが破り去られていた。がしかし、絵が残っていた。構えが記されていた。
(いったい、これがどうあの動きにつながるのだ?)
その構え刃を抱え込むように描かれていた。正眼の構えから左手を刃側から柄を握るように体勢を変えた。右肩は下がり、左肩が上がっていた。まるで刀を抱えるように、そこから小手、袈裟、胴と動いた。体をすべて使い、4つの型の体の使い方を使いようやく父と同格の速さに至った。だが、納得がいかなかった。体への負担は大きいが、使い手を殺すものではないのだ。
(資料が少なすぎる。)
男は弟子の中で特に強く人もなっている者に道場を任せた。旅に出るのだ。