まず、本作主人公デイヴィッド・ジョンソンについて。
作中では「マンチェスター出身」と書いていますが、正確には西側のサルフォード出身です。
原作で描かれる1990年代のマンチェスターは、まだまだ荒れに荒れていた時代。とくにMoss SideやLongsightあたりは「ガンチェスター」と揶揄されるほどで、ドラッグの売買やそれを巡る利権抗争がありました。まあ、実際には映画のような大規模ドンパチというより、局地的な衝突だったそうですが。興味のある方はテメェで調べろ!……調べてください♡
一方、サルフォードは確かに荒んでいたけれど、マンチェスター南部ほど「治安の悪さの象徴」ではありませんでした。
ただ、作者の頭の中でこのまま90年代にデイヴィッドを登場させてしまうと――金!暴力!ドラッグ!セックス!――みたいなキャラクターになりかねない。
それはそれで面白いかもしれませんが、ハリポタに出てきたら速攻で退学になること間違いなしです。原作メンバーとまともに友達になることもないでしょう。
そこで、ある程度落ち着いてきた2000年代を舞台に選びました。2001年スタートにすれば、街の現実と原作の時系列が自然に折り合い、デイヴィッドも「不良だけど退学にはならない」絶妙なバランスで描ける。――それがこの時代設定の言い訳です。
続いてUKロックについて。
マンチェスターといえば、ロックバンドの宝庫です。Joy Division、The Smiths、そしてOasis。さらにThe Stone Roses(「This is the One」はユナイテッドのクラブアンセムですね)、New Order(ほぼJoy Divisionの延長線上ですが)など、名前を挙げればきりがありません。
そこで考えたわけです。――11歳の子どもがStone Rosesならまだしも、The Smithsを聴くか?と。
さすがにマセすぎ。ホグワーツ特急で「There Is a Light That Never Goes Out」をイヤホンで聴いてる11歳なんて、もはや不良というよりロマンチストです。かわいい子に「I Love The Smiths」と言われたいんか?って感じですよね。そんな奴最後に「You're still my best friend!!」って言われるのがオチです。
一方で、デイヴにはやっぱりOasisが似合う。というか、Oasis好きのフットボール少年というキャラクター像は最初から決めていたので、彼からOasisを外すわけにはいきません。ところが現実に合わせると問題が出てきます。『Definitely Maybe』が出たのは1994年8月29日。原作のタイムラインに従えば、クィディッチ・ワールドカップ直後で、あと二日で学校が始まるタイミング。そんなときにレコードを買いに行けるかって話です。
だからこそ、2001年に開始年をずらしたわけです。これならOasisがすでに定着していて、デイヴが自然に聴いていても違和感がない。しかもRadioheadも1993年の『Pablo Honey』以降、時代に並んでいる。さらに2000年代に入るとArctic MonkeysやColdplayが登場してくる。彼らの楽曲も作中に出せるわけです。
正直、出したいじゃないですか。ハンサムな思春期の少年が、「Yellow」や「I Wanna Be Yours」を聴きながら、好きな子に思いを馳せつつタバコをふかす――最高に絵になるでしょう。……え?ならない? うるせぇよ。
ここまでそれっぽく色々と理由を書き連ねてきましたが、ぶっちゃけ大半は後付けです。
最初は「どうせ誰も読まないだろうし」「『賢者の石』が公開されたのが2001年だし」「ユナイテッドも黄金期だし」――もう2001年でいいじゃん!という軽いノリで決めました。
それで書き進めていたら、意外にもたくさんの人に読んでもらえて、心臓バクバク。先日時系列について質問をいただいたので、「これはもういい機会だ」と思い、まとめて言い訳を書いているのが、いまご覧いただいているこれです。
なんか他に気になることがあったら、この話の感想欄に質問書いてください。伏線とかそういうのじゃない限りは応えます。知らんけど。
では、また次のお話でお会いしましょう。