今回はきりがいいので短めです。すぐ次のが出ると思います。
とはいえ、育ち盛りの胃袋はいつだって持ち主を支配する――そう思うと、デイヴは苦笑した。
タバコに抜け出す隙はなく、腹は途切れなく「早く飯をよこせ」と脳をせっついてくる。
金色の大皿には、家では見たこともないご馳走が山のように乗っていた。ローストビーフとチキンは確定。豆とにんじんはどんな味か――そう考えつつ、ほかの生徒が料理を取るのを待つ。
シェーマスの皿は茶色一辺倒、グレイビーをかけすぎてテーブルにまで垂れている。ディーンは彩り良くバランス重視。さすがロンドンっ子だ、と内心うなる。
デイヴは左耳のフープを親指で撫でながら、向かいの“これから同級生になる”面々を眺めた。
黒髪の少年――ポッターと呼ばれている子は、ディーン以上に多くを少しずつ。
赤毛の少年――先ほどの双子の兄弟の片割れであろうウィーズリーは、他人のことなどお構いなしにローストビーフ、ポーク、チキンを山盛りにし、両手にフォークで突撃開始。
そして栗色の髪の女の子――グレンジャーは、行儀よく盛り付けつつ、ちらちらとこちら――というより赤いサングラスを見ている。
「なに?」
デイヴはなるべく明るい声で声をかけた。
彼女は背筋を伸ばし、大きく口を開いてはきはきと言う。
「そのサングラス、夕食中につけるのはマナー違反よ。それから、そのピアス。装飾品は校則で禁止されているわ」
デイヴは降参とばかりに両手を上げ、赤いサングラスを外してローブのポケットへ滑らせた。
「ピアスが残ってる」
追い打ちの一言。どうやら気になったことは徹底的に正したい性分らしい。
管理だの支配だのという響きは、デイヴの肌に合わない。プライマリーでは教師陣の手を焼かせた口だ。
少し意地悪く、このフープの来歴でも語ってやろうか――喉まで出かかったがやめ、彼は彼女の目を見て、いたずらっぽく言った。
「先公にチクってみたらどうだ? それで君が気が済むなら、ぜひそうしてくれ」
彼女は一瞬固まり、「後で言うわ」とだけ告げると、きれいにナイフとフォークを操ってポークチョップを切り分け、ぷいと横を向いて口へ運んだ。
隣のディーンが気まずそうに座り直すのが視界の端に入る。何か言おうか迷ったが、さすがに腹のほうが限界だ。黙って皿を手に取る。
ひょいひょいと盛り付ける。大量のローストビーフにマッシュポテト、グリーンピースとにんじんを山ほど。
不思議なことに、料理は取ったぶんだけ元に戻り、減る気配がない。
「シェーマス、ソース取ってくれ。魔法なしで」
「おーへー」
口いっぱいに肉を詰めたシェーマスが、グレイビーの器を渡す。マッシュポテトの表面が茶色に染まるまでひたひたにかけ、パンかごから白いパンを三つ。ひとつをシェーマスへ放ると、「はひはほお」と感謝にならない返事。ディーンは眉をしかめつつ、つい笑っていた。
デイヴは食べているあいだは口数が少ない。
料理は思わず唸るうまさだった。三度三度これが出るなら、ここへ来た甲斐はある――本気でそう思うくらいには、彼はこの食事を気に入った。
「美味しそうですね……」
ポッターの後ろに、ぬるりとゴーストが現れて羨むように言った。さっき自分にお辞儀したやつだな、とデイヴは思う。
「食べられないの?」
ポッターが尋ねる。デイヴはパンをちぎりながら、(幽霊がメシ食えるわけねぇだろ)と心の中で突っ込む。
「かれこれ五百年近く、何も口にしていませんとも」
そりゃそうだ、とデイヴはマッシュポテトを頬張り、バターでソテーされたにんじんを四本まとめて押し込む。そこへゴーストが自己紹介を始めた。
「申し遅れました、私、ニコラス・ド・ミムジー――」
デイヴは皿に残ったローストビーフを一気に片づけ、次はローストチキンへ手を伸ばす。
「僕、知ってる! 兄さんたちから聞いてるよ! ほとんど首なしニックだ!」
ウィーズリーが大声で言い、呼ばれたゴーストはわずかに苛立った顔をした。
「ほとんど首なし? どうして“ほとんど”なの? 繋がってるじゃないか」
(最悪)とデイヴは思う。よりにもよって“ほとんど首なし”に、それ聞くか?
自分の皿にチキンを大量によそりながら、シェーマスを鋭く睨む。
「ほら、このとおり」
思わず振り返ると、ちょうどニックが自分の頭をつかんだところだった。
生々しい、湿ったような音がして、襟元がぱかりと割れる――断面の白と赤が、ろうそくの火に平たく照らされる。
「……fuck!」
デイヴは低く吐き、反射でフォークを置いた。ロンは「うえっ」と顔を背け、ディーンは目を細めて視線を外し、ポッターは困ったように笑う。グレンジャーは「食事中です!」と眉を寄せ、ニックは「あっと失礼」とばかりに首を収めて咳払いを一つ。
「ともあれ――諸君、新入生を歓迎するよ。今年こそグリフィンドールが寮杯を取れるとよいのだがね。スリザリンが六年続けて優勝でしてな。あの血みどろ男爵の、あの鼻持ちならない表情と言ったら……」
ニックが肩を落として嘆く。デイヴは水で口をさっぱりさせながら(六連覇ね。なら、今年はぶっ壊す番だ)と胸の内でニヤッとする。
「血みどろ? なんで血みどろなの?」
シェーマスがまた身を乗り出す。デイヴは即座に、ディーン越しにシェーマスの肩口を肘でどついて黙らせた。
「いってぇ! なんで僕!」
「今は食うか黙るかだ、爆発ヤロー。口にパン詰め込まれたいか?」
ディーンが肩を震わせて笑い、グレンジャーは「ほんとにもう」とため息。ニックは気を取り直し、テーブルの縁に腰を“浮かせて”談笑を続ける。
デイヴは皿を少し回し、二度と断面図が視界に入らない角度を確かめてから、ローストチキンへフォークを入れた。これもまた美味で、デイヴの機嫌はすぐに治ってしまった。
そろそろ生徒たちの腹が落ち着いた頃、山のようにあった料理はすっと消え、替わって皿という皿に甘い香りが満ちた。
トリークル・タルト、アップルパイ、ゼリー、クリームののったケーキ、そして艶やかなチョコレート・エクレア。
デイヴは一瞬だけ目をきらりと輝かせ、すぐに咳払いで誤魔化すと、何事もないふりでエクレアを二つだけ取り、さっと終わらせた。
この男、大の甘党なのだが、それを“ダサい”と決めつけて隠そうとする。難儀なものである。
エクレアをぺろりと平らげ、(もう一皿いける)と指先がうずく。ちょうどそのとき、テーブルでは家族の話題が回ってきていた。
シェーマスが明るい声で言う。「僕さ、ハーフなんだ。『ママが魔法使いだ』って言ったとき、パパはすごく驚いてたらしいよ」
その賑やかさに紛れて、デイヴはアップルパイを“盗むように”二切れ、皿の隅へ滑り込ませる。ディーンはそれを見て、口元を押さえながらくすくす笑った。
「甘いもん、好きなんだ?」
「悪いかよ」
ちょっとだけ頬を赤くして返すデイヴ。左耳のフープを無意識に親指でなぞる。
「別に? いいじゃん。僕も好きだし」
ディーンは上品にトリークル・タルトを切り分けて、ひと口。目尻がほどける。
向こうではネビルが、「小さい頃は魔法使いだなんて誰も思ってなくて……」とおずおず語っている。拍手が起き、ロンが「うまいタルトだな!」と話を雑に締めたところで、自然と輪がこちらへ戻ってきた。
「で、君らは?」と、誰かが問う。視線がデイヴとディーンに集まる。
先に口を開いたのはディーンだった。
「ロンドン。ママと、今は継父と一緒。家はわりと賑やかかな。サッカーは――ウェストハム」
最後の一言で、テーブルの何人かが「おお」と反応する。デイヴは片眉を上げてニヤリ。
「悪くねぇ。降格しなきゃ、な」
「やめてくれよ、初日から喧嘩売るの」
ディーンは笑い、肩をすくめる。「絵を描くのが好き。たぶん、ここでも描くと思う」
視線がデイヴへ移る。彼はフォークを置いて、短くまとめた。
「マンチェスター。母さんはマグル。昼は事務、夜はパブで働いてる。強い女だ」
そこまで言って、言葉を一拍だけ飲み込む。
「親父の話は――特に、ねえ」
さらりと流す口調だが、芯は硬い。それ以上は踏ませない温度が、周りにも伝わる。
空気が重くなる前に、ディーンが軽く肘でつつく。
「フットボールは?」
「ユナイテッドもシティも観る。どっちか選べってのは酷だろ」
「うわ、両刀。マンチェスターらしいけど、論争の火種すぎ」
二人は小さく笑った。甘い香りのただなかで、アップルパイの皿はいつのまにか半分空いている。
デイヴは咳払いをひとつ。
「……これは、うまい」
正直者のひと言に、ディーンが親指を立てる。トリークル・タルトの金色が、蝋燭の灯りにやわらかく揺れていた。
かくして宴は終わった。結局、ホール一皿ぶんはあるだろうアップルパイをデイヴは平らげた。大皿のそれは一切れ取るごとに補充され、最後まで底を見せない――魔法というやつは、腹にも目にも罪深い。
たくさん食べすぎたせいか、デイヴは髭の校長(のちにダンブルドアと知る)の話を舟を漕ぎながら聞いていた。
「森への立入は禁止、廊下で軽率な魔法は厳禁、クィディッチの選抜は後日――」
言葉が遠のき、戻り、また遠のく。皆が立ち上がって校歌を思い思いに歌い出した瞬間、びくりと肩を揺らし、弾かれたように立ち上がった。
シェーマスとディーンは笑いをこらえながら歌っている。デイヴは二人を軽く睨んでから、曲調も何もわからないまま、適当な拍で声を重ねた。最後にダンブルドアが手を打ち、「音楽とは何にも勝る魔法じゃ」と目を拭いつつ締めくくる。言葉の余韻が天井の星々を震わせ、ろうそくの炎が小さく揺れた。
「グリフィンドールはこっちだ、ついてきて!」
赤いバッジの上級生――パーシーが先導する。大扉を抜けると、石の冷気が頬を撫でた。大理石の階段を上り、曲がり角という曲がり角を曲がる。途中、階段がぎいと身じろぎし、列の前でざわめきが起こる。
「動く階段だ、手すりから離れるな」
パーシーの声。デイヴは反射で左耳のフープを親指で撫で、天井梁の位置と窓の並びをざっくり頭に刻む。迷ったら勘で行けるか――そういう確認だ。
壁の肖像画が囁き、咳払いをし、別の額へ歩いていく。甲冑がきしみ、どこかで鈴のような笑い声。次の瞬間、ぱらぱらと白い破片が降った。
「やめろ、ピーブズ!」
パーシーが怒鳴る。天井近くに薄煙のような男がひょいと現れ、両手でチョークの欠片を揉み砕きながら舌を出した。
「一年坊主の行列だって? 歓迎の紙吹雪さ!」
「これ以上やれば、血みどろ男爵を呼ぶぞ!」
その名に、ピーブズは肩をすくめた。
「ひぇえ、こわいこわい。――今夜は見逃してやらぁ」
へらりと笑い、壁の中へすべり込む。デイヴは口の端を上げる。悪戯は嫌いじゃないが、今は眠気が勝つ。
さらに上へ。壁掛けの裏を抜ける近道をいくつか通り、やがて石壁の一角――大判の肖像画の前で列が止まった。ふくよかな貴婦人が杯を傾け、こちらを値踏みするように見下ろしている。
「合言葉を」
「カプート・ドラコニス」
パーシーが答えると、肖像画は蝶番仕掛けのように内側へと大きく開いた。暖炉の光がどっとこぼれ、赤と金の布地、深い肘掛け椅子の群れ、毛糸と古本の匂いが一気に押し寄せる。
「ここが談話室だ。規則は後で配る、今夜は部屋へ直行!」
促されて、男子寮へ続く階段を昇った。木の段がわずかに軋むたび、デイヴは今日いちにちの喧騒が背中に降りていくのを感じた。
男子の寝室へ入ると、天蓋つきのベッドが六つ、円を描くように並んでいた。深紅のカーテン、真鍮の柱。各自のトランクが足元に置かれている。
「こっち空いてるぞ」
ディーンが顎で示し、デイヴは一番窓に近いベッドに腰を下ろす。シーツはひんやり、手の甲を滑らせるとすぐ体温に馴染んだ。シェーマスは靴を片手で脱ぎながら「あー、食った」と素直な感想を漏らし、ネビルは緊張と安堵が混じった顔で枕の高さを直す。ロンは「やめろ!スキャバーズ!」とシーツをネズミから守ろうとして、ポッターは笑って肩をすくめる。
カーテンを半分だけ引き、デイヴはローブをベッド端に放る。左耳のフープを一度つまむ癖が、ふっと出る。
(吸えねぇのは残念だが――)
代わりに、喉の奥に残るリンゴとシロップの甘さをゆっくり転がした。城のどこかで風が鳴り、どこかで笑い声が小さく遠のく。さっきの言葉が、耳の奥でまだ温かい。
――音楽とは何にも勝る魔法じゃ。
腹は満ち、瞼は重い。カーテンの向こうで、誰かの寝息が早くも規則正しいリズムを刻み始める。デイヴは靴を蹴り、枕に頬を預け、片手で天蓋の縁を軽く叩いた。
(悪くない)
そう思ったところで、眠りがすべてをさらっていった。
曲の解説いるけ?
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いる
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いらん
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ニョニョニョwwwwwwwww