翌日、デイヴはディーンとシェーマスと共に大広間で朝食を取っていた。
同室だったポッターとロンはすぐに眠ってしまい、結局話していない。どうやらポッターの名前は学校中に知れ渡っているらしく、寮の中でも、外に出てからも彼について囁く声が鳴りやまなかった。
「ねえ、見た?」
「赤毛の隣でしょ?」
「傷は見えた?」
「眼鏡かけてるやつ」
ポッターは迷惑そうにしながら、教室へと向かっていった。
デイヴが気になって、シェーマスになぜ彼があそこまで興味の的にされているのか聞いたところ、簡潔な答えが返ってきた。
「彼があの『例のあの人』を倒したって話なんだ」
「それってあの、極悪魔法使い?」
「そう」
シェーマスの隣にいるディーンも尋ねる。
「でも僕らと同い年だろ?赤ちゃんの頃に倒したってことにならないかい?」
「そう。そこがポイントなんだ」
まるで難事件に直面した刑事のように、眉間にしわを寄せながらシェーマスは続ける。
「もしかしたら『例のあの人』以上の闇の魔法使いなんじゃないかって噂もあるんだ。まあでも、グリフィンドールに選ばれたくらいだから、その可能性は無いと思うけどね」
ディーンとデイヴは「ふーん」と相槌を返して、席を立ちあがった。
「まあこれから七年間一緒なんだし、そんなこと気にするだけ損じゃない?」
「一理ある。それにあんなヒョロガリのチビメガネが強いとは思えない」
「言いすぎだろ」
シェーマスは二人が立ち上がったのを見て、急いでウインナーとトーストを口に入れて席を立った。
「はいほのふおーはんはっへ」
「飲み込んでから話せ、バカ」
ホグワーツには、信じられないほど多種多様な階段があった。
天井まで響くように広々とした大階段には厳かな装飾が施され、一歩ごとに歴史が重みを持って鳴り響く。かと思えば、細くて今にも崩れ落ちそうな階段もあり、踏みしめるたびにきしきしと悲鳴を上げる。中には、真ん中の一段が必ず抜け落ちるという意地の悪い階段まであった。デイヴはそこに思い切り引っ掛かり、三分近く立ち往生したことがある。
扉もまた、一筋縄ではいかなかった。普通のものもあるが、ノックの回数を正確に合わせなければ開かない扉や、特定の場所をくすぐらなければ微動だにしない扉もある。あまりの厄介さに、デイヴはそのうち我慢できずに蹴り開けている自分を想像し、思わず笑ってしまった。
厄介といえば、ピーブズの存在を忘れてはならない。いたずらが生きがいのような存在で、通りかかる生徒を見つけては容赦なく標的にする。ディーンやシェーマスは「鬱陶しい」と眉をひそめるが、デイヴは違った。誰かが頭から水をかぶろうが、チョークをぶつけられようが、彼はケラケラ笑って指さし、結局は自分も巻き込まれてさらに大笑いするのがお決まりだった。
その一方で、今のところフィルチには目をつけられていないのが救いだった。さらに不思議なことに、相棒の猫ミセス・ノリスはなぜかデイヴになついていて、一度は立入禁止区域に足を踏み入れたところを見咎められたにもかかわらず、なぜかお咎めなしで済んでしまったのである。
授業について、デイヴの好き嫌いは実にわかりやすかった。
杖を振るう授業は大歓迎で、座学の授業では大抵眠りこけている。たとえば呪文学は、彼のお気に
入りのひとつだ。フリットウィック先生は小柄ながらも熱のこもったわかりやすい授業をしてくれるし、まだ初歩的なものとはいえ呪文を覚えて使えるようになる過程はとても刺激的だった。成功すればきちんと褒めてくれるのも、デイヴにとってはやる気を引き出す大事な要素だった。
薬草学は、校舎から少し外れた温室で行われる授業だった。
この授業では杖を使うことはほとんどない。スプラウト先生の説明を聞いてメモを取り、そのあとで実際に魔法植物に触れる。それが基本の流れだ。
温室の中の堆肥のにおいに顔をしかめ、最初は「どうせ座学だろう」と思い込み、興味を持たなかったデイヴだったが、いざ植物を前にしてみると案外悪くない。むしろ手を動かしているうちに、少しずつ面白さを感じるようになった。
ベテラン教師であるスプラウト先生の言葉は、すっと頭に染みこむ。だからデイヴはわざわざメモを取らずとも、その日に扱った植物や作業の手順を自然と覚えていられた。
一方で、魔法史の授業は最初から失望の極みだった。
初回、教壇にふわりとゴーストが現れたときはさすがに驚き、少しテンションも上がった。だがいざ授業が始まれば、教科書をくどくどと抑揚なく読み上げるだけ。すぐに幻滅した彼は、机に突っ伏して教科書を枕に眠ってしまった。
「歴史なんて学んだところで意味はない。それより今を精一杯生きるほうが大事だ」――それが彼の持論だった。
眠っていたことをシェーマスにからかわれ、ディーンからは「どうだった?」と面白半分に感想を求められ、デイヴは吐き捨てた。
“That class were fuckin’ shite. Ain’t goin’ back, no fuckin’ way.”
(あの授業はクソすぎて吐き気がする。二度と出るか)
その口調はあまりに強烈で、二人が思わず言葉を失ったほどだった。
そんな折、初めての変身術の授業があった。
三人は前から二番目の席を陣取り、いつもの調子でぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。一番前には見知らぬレイブンクローの生徒と、栗色のふわふわした髪の子が並んでいた。デイヴはしばし記憶を探り、ようやく彼女の苗字を思い出した。
座り方ひとつにも、それぞれの性格がよく表れている。
右端のシェーマスは、身を乗り出すように机に肘をつき、思いついたことを次々口にする。いつだって前のめりで、落ち着きがない。
真ん中のディーンは背筋を伸ばし、家から持ってきた鉛筆で何やらデッサンを描きながらも、会話には必ず加わる。冗談を言うときは唇の端をわずかに上げて、いたずらっぽく笑った。
一方デイヴは、椅子に浅く腰掛けて背もたれに全体重を預け、顎をわずかに上げている。斜に構えた態度は姿勢にまでにじみ出て、話題を振ることは少ないが、皮肉や冗談を挟む間合いだけは絶妙だった。
「それでは、授業を始めます」
マクゴナガルが入室すると同時に、始業の鐘が鳴り響いた。
彼女はきびきびと教壇の前を往復しながら、変身術という学問の重要性と、常に危険と隣り合わせであることを語り始めた。ディーンもシェーマスも息をのんで聞き入っていたが、デイヴは頬杖をつき、半ば退屈そうにその姿を眺めている。
やがて話が終わると、マクゴナガルは教壇の机を杖先で軽く叩いた。次の瞬間、机は豚に変わり、さらに一振りで元の姿へと戻った。
教室中がざわめき、隣同士で興奮気味に声を交わすなか、デイヴだけが控えめに小さな拍手を送った。マクゴナガルはちらりと彼を見やり、ほんの数瞬だけ視線を留めてから、何事もなかったように板書を始めた。
地獄のように長い板書に、デイヴは何度も手を止めそうになった。それでも最後まで羊皮紙を埋めきったとき、胸の奥にわずかな達成感が芽生える。
何年ぶりかに「まともにノートを取った」と思いながら、書き上げた文字列を見下ろした。うねって読みにくい線、uかaか判別できない汚いアルファベット。それが可笑しくて、彼は誰にも気づかれぬよう、口角をわずかに上げた。
実技は、驚くほど地味なものだった。
マッチ棒を針へと変える――ただそれだけ。頭の中で思い描くぶんには簡単そうに思えるが、いざ杖を振ってみればこれが想像以上に難しい。
授業中に見事な銀色の針を生み出せたのは、前の席のグレンジャーただ一人だった。マクゴナガルは彼女の針を高々と掲げ、これでもかというほど褒め称え、滅多に見せない微笑みさえ浮かべた。
デイヴの成果といえば、先の尖ったマッチ程度。針と呼ぶにはおこがましい代物で、本人も苦笑いするしかなかった。
そうして一日の授業が終わり、三人は肩を並べて談話室へ戻っていった。
暖炉の火がぱちぱち割れる音と、誰かがチェス駒を叩く乾いた音が、談話室の赤い布張りにやわらかく吸い込まれていく。
ディーンはすでに羊皮紙を広げ、字の行間に鉛筆で小さな人物を描き足していた。シェーマスは教科書を開いたまま、ページの隙間からデイヴの手元をのぞき込む。薄いイヤホンから流れる歌が、糸のように机の上を伝って耳へと差し込んでいく。
「だから、なんで動くのかって訊いてんの」
「知らねぇって。俺が作ったわけじゃない」
デイヴは片耳から外したイヤホンを指でくるくる回し、もう片方の耳では歌のリズムに合わせて口の形だけ動かす。
シェーマスはなおも首を傾げる。「だって先生が言ってたろ。ここじゃ機械は変になるんだって。——それ、爆発したりしないよな?」
「爆発はお前の専売だろ」
「ひどい!」とシェーマスは笑い、教科書で軽くデイヴの肩を叩いた。
ディーンが鉛筆を止めて、落ち着いた声で割って入る。「見せて。形が面白いな」
デイヴは躊躇なく本体を渡す。「傷つけんなよ」
「描くだけさ」ディーンは親指の腹で角の擦り減りを確かめ、紙の上で輪郭を拾いはじめた。「新しいのか古いのか、よくわからない顔してる。古いのに、ここでちゃんと歌ってる」
「オカルトだな」とシェーマス。
「だろ?」デイヴは肩をすくめる。「魔法でも染みついてんだろ。誰かが昔、そうしたんだよ」
ふと、左耳の小さなフープに指が触れる。手癖みたいな動きだった。シェーマスはそれに気づかないふりで、もういちど耳を澄ます。「これ、誰の歌?」
「マンチェの連中」
「強そうだな、その言い方」とディーンが口元を緩める。「ひと口だけ聴かせて」
デイヴはイヤホンを外し、二人で片方ずつ分け合う。二つの頭が近づくと、音はさらに小さくなり、かえって歌の隙間がよく見える。ディーンはうなずき、鉛筆で拍を取るように紙を叩いた。シェーマスは目を細め、「こういうの、走る前の気持ちになる」と言って笑った。
「宿題やれよ」とデイヴ。
「お前が言う?」
「言うだけタダだ」
三人とも、同じタイミングで吹き出した。
その笑いが落ち着くより早く、背後からひょいと影が差し込んだ。
「これはこれは。面白そうなものをお持ちで」
「マグルの機械か?ここで動くのは珍しいな」
赤毛が二つ、ソファの背越しに同時に顔を出す。どちらが兄でどちらが弟か、相変わらず見分けはつかない。
「時間空いてるかい」
「暇そうにしてるし」
「ちょっと借りてくぜ」
「悪いようにはしない」
双子はそれぞれディーンとシェーマスに視線を投げ、補い合うようにそう言った。二人は先輩に初めて話しかけられたこともあってか、少々たじろぎながらも頷いた。
デイヴは首をかしげ、前髪の隙間から彼らを眺める。マンチェスターで先輩に呼ばれるときは、大抵喧嘩かその代役だった。しかしこの双子は違う。きっと人を笑わせるような何かだろう。
「いいぜ、ツインズ先輩方。付き合ってやるよ」
立ち上がったデイヴは、首を振って前髪をどける。ウォークマンをディーンに渡すとき、「壊すなよ」と冗談めかして釘を刺した。
双子は顔を見合わせて笑い合い、「あっち」と暖炉そばの椅子を顎で示す。
「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったな」
「僕がフレッド。フレッド・ウィーズリー。君の同級生のロンの兄貴だ」
「僕がジョージ。ジョージ・ウィーズリー。弟とも仲良くしてやってな」
フレッドと名乗った方が、歩きながら手を差し出す。デイヴはしっかり握り返した。見た目以上に力強い握手だった。
「デイヴィッド・ジョンソン。デイヴでいい。呼びたきゃSnapsでもいいけどな」
ジョージらしき方が眉を上げる。
「Snaps? あだ名か?」
「ああ、地元でつけられたやつだ」
フレッドらしき方も首を傾ける。
「地元って?」
「マンチェスター。知ってるか?」
「名前だけはな」
ちょうど暖炉のそばに着き、会話はそこで切れた。椅子には黒いドレッドの少年が腰かけ、机の上の何かを覗き込んでいた。
「リー、待たせた」
「ゲストの到着だ」
呼ばれた少年は顔を上げ、慌てて両手のものを机に置くと立ち上がった。
「待ちくたびれたぜ。全く遅いんだから」
肩をぶつけ合いながら通り過ぎる双子に、揃って突っ込まれる。
「「お前ずっと座ってただけだろ」」
笑い合う三人を眺め、デイヴは口を開いた。
「それで、彼が紹介したいやつか?」
リーはまっすぐにこちらへ歩み寄り、にかっと笑った。
「リー・ジョーダン。よろしくな。面白い奴だって聞いてる」
差し出された手を、デイヴは一拍置いて握り返した。掌の熱に、口の端がわずかに上がる。
その瞬間、暖炉の火がぱち、と小さく弾けた。
短いあいだだったが、これから寮の空気を騒がしくする顔ぶれが、こうして一つところに集まったのだと思う。
「デイヴィッド・ジョンソン。デイヴでいい。出身はマンチェスター」
「マンチェスターね。どっち派だ?」
「両方。気分はレッズ寄り――同じ名前のやつがいるからな。そっちは?」
「俺は空飛ぶ方。クィディッチだ」
デイヴが「名前しか知らない」と言うと、リーだけでなく双子までが、待ってましたとばかりに距離を詰めた。
「じゃあ要点だけ。三つの輪、三種類の球」リーが指を三本立てる。
「大きいのがクアッフル。運ぶ係が三人、ゴールへ通す」
「ぶっ飛ぶのがブラッジャー。こいつを叩き返すのが俺たちの好物、ビーター」双子の片方が胸を張る。
「小さくて金色に光ってるのがスニッチ。これを捕まえるのがシーカー。試合をひっくり返す」
「で、捕まえたら一気に点が入る。そういう博打めいたところがいい」もう片方がにやりと笑う。
「要するに、速い・痛い・うるさいの三拍子だ」とリーがまとめ、三人とも満足げにうなずいた。
「地べたの球蹴りに慣れてるからな」デイヴは肩をすくめる。「空はそのうちでいい」
「大丈夫。最初は誰でも固まる。落ちなきゃ勝ち」
「落ちたら?」
「笑い話にする」
「お前らの辞書、便利だな」
ひとしきり笑いが落ち着いたところで、デイヴは指先で左のフープをなぞり、わざとらしくない調子で訊いた。
「ところで、“学校を楽しくする”って、具体的には?」
双子とリーの目が、同じ速さで愉快そうに細くなる。
「例えば――廊下に退屈が溜まってたら、軽く撹拌する」
「授業の合間に、肖像画と世間話して時間を忘れさせる」
「階段が気まぐれを起こしたら、こっちも気まぐれで返す」
「要は、みんなの眉間の皺を動かしてやるってことだ」リーが指で弧を描く。
「で、そういう時の“退路”は?」デイヴが片眉を上げる。
「三つは常備。タペストリーの裏に一本、肖像の影に一本、あとは…音で撒く」
「音で?」
「誰かが大声で実況すれば、追っ手はだいたい逆に走る」
「役に立つ声だろ?」リーが喉を軽く鳴らす。双子は「役に立つ」を二回繰り返し、わざとらしく頷いた。
デイヴは少しだけ間を置き、声の高さを半音落とした。
「じゃあもう一つ。人目に触れず、風がよく抜けて、匂いが残りにくい静かな場所――あるか?」
双子は顔を見合わせ、答えの輪郭だけを作る。
「“西の塔の上の方”は、空の機嫌がいい」
「“授業で使わない教室”の窓台は、夜になるとやけに涼しい」
リーが肩をすくめる。「どこかは、そのうち足が教える。匂いのない帰り道も、同じくね」
デイヴは短く笑い、顎をひとつ上げた。
「了解。足に任せる」
暖炉の火がまた小さくはじける。
言葉にしない合図だけが行き交い、四人の間に、いたずらの前触れのような静かな熱が滲んだ。
今回はここでおしまいにします。本当ならこのまま魔法薬学まで書くつもりだったのですが、描きたい場面や外せないやりとりが多くなってきてしまったので、いったん区切りを入れました。
気づけば、知らないうちにいろんな方に読んでいただいていて、評価バーにも色がつき始めていて、正直ちょっと戦々恐々としています。もともとは就活の現実逃避で始めた作品なので、これから先忙しくなれば投稿頻度は下がるかもしれません。
それでも、お気に入り登録や評価、感想をくださる皆さん、本当にありがとうございます。感想をいただけるとやる気がぐっと上がるので、ぜひ気軽に送っていただけると嬉しいです!
曲の解説いるけ?
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いらん
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ニョニョニョwwwwwwwww