ハリー・ポッターとマンキュニアンの少年   作:キラキラ武士

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サボりまくりンゴねえ……。


Midnight, Cigarettes, and Dragons 前編

 ロン・ウィーズリーが入院したことは、グリフィンドールの一年生たちの間では、ほとんど当然のように受け入れられた。

 

 もともとハリー、ハーマイオニー、ロンの三人が何やらこそこそ動き回っていたのは、寮内ではよく知られた話だった。というより、有名すぎるほど有名なハリー・ポッターと、秀才として一目置かれているハーマイオニー・グレンジャー、そして単純に赤毛で目立つロン・ウィーズリーがいつも一緒にいれば、知られずにいる方が難しい。

 

 だからこそ、いつもの三人組の一人が欠ければ、何があったのかと詮索されるのは当然だった。ましてロンは、入院する少し前から片手を包帯でぐるぐる巻きにしていて、何に噛まれたのかと聞かれるたびに、妙な声を出したり、目を泳がせたりしてごまかそうとしていたのである。

 

 そんなわけで、ロン・ウィーズリーが医務室へ運び込まれたと聞いても、一年生たちは驚くより先に、どこか納得してしまったのだった。

 

 そんな中、デイヴに声をかけてきたのは、フレッドとジョージだった。

 

 なんでも、ロンが入院する原因になった噛み傷がひどく膿み、傷口そのものまで嫌な緑色に変色しているうえ、そこからかなりの異臭までしていたらしい。そこで是非とも、その膿をサンプルとして採取したい、ということだった。

 

「なんで俺が赤毛四号の見舞いなんか」

 

 デイヴは、いかにも面倒くさそうに顔をしかめた。

 

 それを見た双子は、待ってましたとばかりに畳みかけた。

 

「まあまあ、そう言わずにさ」

「貴重なサンプルなんだよ」

「緑の膿だぜ?」

「それでいて、とても臭い」

「魅力的だと思わないか?」

「きっと変な効果があるぜ」

 

 デイヴはしばらく面倒くさそうな顔を崩さなかったが、やがて諦めたように鼻を鳴らし、のそのそと歩き始めた。

 

「行く気になったのか?」

「お前らがうるさいからな」

「可愛くないねえ」

「うっせえ。俺はかっこいいんだよ」

「普通、自分で言うか?」

「まあ、否定できないのがムカつくな」

 

 ジョージのその言葉に、フレッドは「まあ確かに」とあっさり流し、懐から小瓶を取り出した。

 

「これで膿を取ってきてくれ」

「勝手に吸い取ってくれるから」

 

 そう言って、フレッドはその小瓶をデイヴの胸にぐいぐい押し付けた。

 

 医務室は、いつ来ても妙に白かった。

 

 磨き上げられた床も、きちんと並べられたベッドも、薬草と薬品の入り混じった匂いも、どれもこれもデイヴには気に食わなかった。静かすぎる場所というのは、それだけで居心地が悪い。人間はもう少しがさつに生きていた方が健康なんじゃないか、とデイヴは半ば本気で思っている。

 

 その静けさを乱すように、扉がぎい、と開いた。

 

 マダム・ポンフリーが薬瓶の並んだ棚の前で振り返る。白い帽子の下から、鋭い目がデイヴを見た。

 

「ジョンソンさん。あなた、どこか具合でも悪いのですか?」

 

「ロンの見舞いです」

 

 デイヴはいかにもつまらなそうに言った。

 

 その声には、見舞いに来た人間らしい心配も、やさしさも、気遣いも、ほとんど含まれていなかった。まるで、廊下の途中へ置き忘れた荷物でも取りに来たような調子だった。

 

 マダム・ポンフリーは疑わしげに眉を寄せた。

 

「ウィーズリーさんのお見舞い?」

 

「はい」

 

「あなたたち、そんなに親しかったかしら」

 

「同じ寝室です」

 

 それだけ言うと、デイヴは奥へ向かおうとした。

 

「ちょっと、まだ許可を――」

 

 その時、医務室のさらに奥から、何かが激しく煮立つような音がした。

 

 マダム・ポンフリーがはっと振り返る。

 

「もう……こんな時に」

 

 苛立たしげに呟くと、デイヴへ鋭く指を向けた。

 

「そこで待っていなさい。勝手に患者へ何かしてはいけませんよ」

 

「見舞いです」

 

「聞いています!」

 

 そう言い残して、マダム・ポンフリーは薬品庫の方へ急いでいった。

 

 デイヴは数秒だけその背中を見送り、それから何事もなかったように歩き出した。

 

 ロン・ウィーズリーは、窓際のベッドにいた。

 

 片手を包帯で巻かれ、枕に背を預けている。赤毛はいつもより少し乱れていて、顔色もあまりよくない。ただ、本当にぐったりしているというよりは、退屈と不満、それに傷への不安が全部いっぺんに顔へ出ているようだった。

 

 ロンは足音に気づいて顔を上げた。

 

 そして、デイヴを見た瞬間、ぎょっとした。

 

 ハリーなら分かる。ハーマイオニーでも分かる。フレッドとジョージなら、たぶんろくでもない冗談を言いに来たのだろうと分かる。パーシーなら説教しに来るだろう。

 

 だが、デイヴ・ジョンソンは分からなかった。

 

 同じグリフィンドールの一年生で、同じ寝室。そういう意味では毎日顔を合わせている。けれどロンにとってデイヴは、親しい同級生というより、同じ部屋に寝泊まりしている厄介な嵐に近かった。

 

 デイヴはディーンやシェーマスとはよくつるんでいる。くだらないことで笑い、くだらないことで騒ぎ、時には本気で誰かを殴りそうな雰囲気を平然とまとっている。それに比べるとハリーやロンとの間には明らかに距離があり、ロン自身も、積極的に関わりたいとはあまり思っていなかった。

 

 それに、デイヴはでかかった。

 

 一年生にしては、という前置きさえ必要ないほど妙な圧がある。肩幅も歩き方も、黙っている時の目つきも、ロンの知っている十一歳の男子のそれとはどこか違って見える。

 

 おまけに、フレッドとジョージと妙に仲がいい。

 

 ロンからすれば、あの二人と気が合うくらいにはろくでもなく、あの二人が面白がって絡むくらいには危ない奴、という認識だった。

 

 そのデイヴが今、むすっとした顔で自分のベッドの横に立っている。

 

 ロンは思わず、けがをしていない方の手で布団をつかんだ。

 

「な、なんだよ」

 

 声が少し裏返った。

 

 デイヴは何も答えなかった。

 

 ただベッドの上のロンをじろりと見下ろす。その視線が自分の顔から、包帯を巻かれた手へゆっくり下りていくのを見て、ロンは嫌な予感を覚えた。

 

 ものすごく嫌な予感だった。

 

「お、おい。何だって聞いてるだろ」

 

 デイヴはやはり答えなかった。

 

 次の瞬間、その手が伸びた。

 

「うわっ!」

 

 ロンが反応するより早く、デイヴはけがをしている方の手首をがしっとつかんだ。逃げようにも、握られた瞬間に動きが止まる。力が強い。見た目通り、いや、見た目以上に強かった。

 

「痛っ、痛いって! おい、やめろよ!」

 

「動くな」

 

 低い声だった。

 

 ロンは一瞬、口をつぐんだ。

 

 デイヴはまるで荷物の紐でもほどくような手つきで、ロンの手に巻かれた包帯を外し始めた。

 

「おい、本当にやめろって。マダム・ポンフリーに怒られるぞ」

 

「うるさい」

 

「うるさいって、僕の手だぞ!」

 

 包帯が一周、また一周と外れていく。

 

 最後の層が剥がれた瞬間、医務室の清潔な空気に、むわっとした異臭が混じった。

 

「うっ」

 

 ロンは自分で顔をしかめた。

 

 薬草でも、腐った卵でも、古い靴下でもない。何とも言えないひどい匂いだった。傷口はただ腫れているだけではなく、妙な緑色を帯び、周囲の皮膚まで気味悪く変色している。

 

 ロンは見るたびに気分が悪くなるので、包帯で隠れている間だけはできるだけ考えないようにしていた。

 

 デイヴの眉間の皺が深くなる。

 

「くっせ」

 

「だから言っただろ!」

 

「言ってねえよ」

 

「言う前に外したんだろ!」

 

 ロンの声には、怒りよりも情けなさが勝っていた。

 

 デイヴは上着の内側から、フレッドたちに渡された小瓶を取り出した。

 

 ロンの目がその瓶へ向く。

 

「それ何?」

 

 デイヴは答えず、栓を抜いた。

 

「おい。それ何って聞いてるんだけど」

 

 瓶の口を傷口へ近づける。

 

「おい、やめろ。何する気だよ。やめろって。デイヴ、聞いてる?」

 

 次の瞬間、瓶がひゅ、と小さな音を立てた。

 

 傷口に溜まっていた緑色の膿が、糸を引くように瓶の中へ吸い込まれていく。

 

 ロンはひっと喉を鳴らし、ベッドの上で身をよじったが、デイヴが手首をつかんでいるせいで逃げられない。

 

「うわ、うわ、うわ! 何してるんだよ!」

 

「採取」

 

「採取って何だよ! 僕は植物じゃない!」

 

「似たようなもんだろ」

 

「どこが!」

 

 瓶の中に、どろりとした緑色のものが溜まっていく。しかもただの液体ではなく、時折ぽこりと泡まで立てていた。

 

 ロンは、自分の手からそんなものが出てきているという事実に耐えられず、顔を背けた。

 

「見ろよ」

 

「見ない!」

 

「お前のだぞ」

 

「だから見ないんだよ!」

 

 デイヴはふん、と鼻を鳴らした。

 

 瓶がもう一度、ひゅっと音を立てる。最後まで吸い取ろうとしているらしく、傷口の周囲がわずかに引っぱられた。

 

「痛い! 痛いって!」

 

「大げさだな、赤毛四号」

 

「赤毛四号って呼ぶな! 僕には名前がある!」

 

「知ってる」

 

「じゃあ呼べよ!」

 

「赤毛四号」

 

「知ってないじゃないか!」

 

 デイヴは小瓶の栓をきっちり閉めた。

 

 瓶の中では、採取された膿が緑色に揺れている。光の加減のせいか、時折ぽこりと浮かぶ泡まで妙に生き物じみて見え、余計に気味が悪かった。

 

 デイヴはそれを少し持ち上げて眺めた。

 

 ロンは瓶から目をそらした。

 

「それ、どうするんだよ」

 

「知らねえ」

 

「知らないのに取ったのか?」

 

「フレッジョが欲しがってた」

 

 ロンの顔から血の気が引いた。

 

「あいつらか!」

 

 叫び声が医務室へ響いた。

 

 薬品庫の奥から、マダム・ポンフリーの「静かにしなさい!」という鋭い声が飛んでくる。

 

 ロンは一瞬だけ口をつぐんだものの、すぐにデイヴへ恨めしそうな目を戻した。

 

「あいつら、僕の手を何だと思ってるんだよ!」

 

「素材」

 

「素材じゃない!」

 

「貴重らしいぞ」

 

「貴重でもない!」

 

「緑だし臭いしな」

 

「説明がひどい!」

 

 デイヴは瓶を上着の内側へしまった。

 

 ロンはほっとしかけた。用が済んだなら、これで帰るはずだ。自分の手はまだひどいことになっているが、少なくともこれ以上変なことはされない。

 

 そう思った。

 

 しかし、デイヴは近くに置いてあった新しい包帯を手に取った。

 

 ロンは目を細めた。

 

「何してるんだ?」

 

「巻く」

 

「いや、巻くのは分かるけど」

 

 デイヴは手首から包帯を巻き始めた。

 

 最初は普通だった。

 

 手首を一周。傷口を覆うようにもう一周。そこまではよかった。ロンも一瞬だけ、意外とちゃんとやるんだな、と思ったくらいである。

 

 だが、そこからがおかしかった。

 

 デイヴは包帯を止めなかった。

 

 手の甲へ回し、親指の付け根を覆い、指の間を完全に無視してそのままぐるぐる巻きつけていく。

 

 ロンが「あれ?」と思った時には、もう手の形が怪しくなっていた。

 

「おい、ちょっと」

 

「動くな」

 

「いや、でも指が」

 

「動かすな」

 

「動かすなじゃなくて、動かせなくなるだろ!」

 

 デイヴは気にしなかった。

 

 包帯はさらに重なっていく。一本一本の指を分けて巻く気配などまるでない。五本まとめて白い布の中へ閉じ込められ、ロンの指は次第に輪郭を失っていった。

 

 手の先がふくらむ。

 

 丸くなる。

 

 何か別の物体になっていく。

 

 ロンは愕然とした。

 

「待て、待てって。これ変だろ。絶対変だって」

 

「しっかりしてる」

 

「しっかりしすぎてる!」

 

 デイヴは最後に手首の辺りをきゅっと締め、包帯の端を乱暴に押し込んだ。

 

 完成したロンの手は、もはや手には見えなかった。

 

 腕の先に、白い丸い球体がくっついている。

 

 指は一本も見えない。親指のふくらみさえ曖昧で、どこからどこまでが手なのか分からない。まるで誰かが大きな雪玉を作って、ロンの腕の先へ無理やり取り付けたようだった。

 

 ロンはその白い塊を見下ろした。

 

 動かそうとする。

 

 動かない。

 

 指を曲げようとする。

 

 そもそも、指がどこにあるのかさえ見えない。

 

「……おい」

 

 ロンの声がかすれた。

 

 デイヴは満足そうな様子すら見せず、むすっとした顔のまま立ち上がった。

 

「じゃあな」

 

「じゃあな、じゃない!」

 

 ロンは慌てて体を起こした。

 

「これ! これどうするんだよ!」

 

「手だろ」

 

「手じゃないよ! ボールだろ!」

 

 デイヴは答えなかった。

 

 のそのそと医務室の出口へ向かって歩き始める。その背中は、完全に用は済んだと言っていた。ロンの抗議など、廊下の隙間風ほどにも気にしていないようだった。

 

「おい、デイヴ!」

 

 ロンは情けない声で呼んだ。

 

「デイヴ! ちょっと戻れよ! これじゃ何も持てないだろ!」

 

 デイヴは振り返らなかった。

 

 ただ、片手をひょいと上げる。

 

 そして中指を立てた。

 

 ロンは口を開けたまま固まった。

 

 ちょうどその時、薬品庫から戻ってきたマダム・ポンフリーが二人を見つけた。

 

「ジョンソンさん! 医務室で何をしているのです!」

 

「見舞いです」

 

 デイヴは平然と言った。

 

「どこが見舞いですか! ウィーズリーさん、その手は――ジョンソンさん! 待ちなさい!」

 

 しかしデイヴは待たなかった。

 

 そのまま扉を開け、医務室から出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 ロンはしばらく呆然としていた。

 

 それから、ゆっくりと自分の手を見下ろした。いや、手だったものを見下ろした。

 

 白い。

 

 丸い。

 

 どう見ても丸い。

 

 腕の先に、包帯でできたボールがついている。

 

 少しだけ動かそうとしてみる。

 

 白い球体はぴくりともせず、ただ腕の先で重たそうに揺れた。

 

「……これじゃあ、本当にボールじゃないか」

 

 自分で言って、余計に情けなくなった。

 

 枕へ背を沈める。

 

 ハリーが来たら笑うかもしれない。フレッドとジョージなら間違いなく腹を抱えて笑う。パーシーならまず眉をひそめるだろう。

 

 そして目の前では、マダム・ポンフリーが白い球体を見て顔を引きつらせている。

 

「一体、どうしてこんな巻き方を……!」

 

「僕に聞かないでよ……」

 

 ロンは包帯のボールを布団の中へ隠そうとした。

 

 だが、大きすぎて隠れなかった。

 

「最悪だ……」

 

 情けない声が漏れる。

 

 医務室にはまだ、わずかにあの緑色の膿の臭いが残っていた。

 

 ロンは顔をしかめ、白い球体になった自分の手を見つめる。

 

「僕、なんであいつらの弟なんだろう……」

 

 それはフレッドとジョージへの恨みであり、デイヴへの恐怖であり、そして自分の手がボールになってしまったことへの、どうしようもない嘆きだった。

 


 

 その日の夜、グリフィンドール塔の男子寮がすっかり寝静まった頃になっても、デイヴはなかなか眠る気になれなかった。

 

 天蓋の内側で横になりながら、しばらく暗闇を眺めていたが、やがて面倒そうに布団を押し退ける。

 

 同じ寝室では、ディーンもシェーマスもとうに眠っていた。ディーンは掛け布団を半分ほど蹴飛ばしており、シェーマスは壁側を向いて穏やかな寝息を立てている。ハリーの天蓋も閉じられていて、その向こうがどうなっているのかまでは分からなかったし、そもそもデイヴには確かめる理由もなかった。

 

 ただ一つ、ロンのベッドだけは空いている。

 

 昼間に医務室まで押しかけ、緑色の膿を小瓶へ吸い取り、手をほとんど白い球体のようになるまで包帯で巻いてきた相手である。どうやら、今夜も医務室から戻ってこられないらしい。

 

 それをちらりと見ただけで、デイヴは床へ降りた。

 

 寝間着の上から適当な上着を羽織り、枕元に置いてあった煙草の箱をつかむ。中身を軽く振って残りがあることを確かめると、マッチと一緒にポケットへ押し込んだ。その横には、使い込んだウォークマンも入れる。

 

 煙草が吸いたかった。

 

 ただそれだけである。

 

 寝室で吸えばディーンやシェーマスが起きるかもしれないし、談話室では臭いが残る。ならば、誰も来そうにない城の高いところまで行けばいい。風が強ければ煙もすぐ散るだろう。

 

 夜中に寮を抜け出してはいけない、という校則については、最初からほとんど考慮されていなかった。

 

 デイヴは静かに寝室を抜け、誰もいない談話室を横切って肖像画の穴から外へ出た。

 

 夜ともなれば、昼間あれほど響いていた生徒たちの話し声も、がたがたとうるさい鎧の音も、誰かを叱りつける教師たちの声も聞こえなくなる。

 

 長い廊下にあるのは、デイヴ自身の足音と、ときおり肖像画の中から漏れてくるいびきや寝言くらいだった。

 

 デイヴは気にせず歩き続けた。

 

 目的は、できるだけ高い塔だった。

 

 もっとも、ホグワーツという城は、ただ上へ行きたいだけの人間にも素直に道を譲ってくれるほど親切にはできていない。

 

 目の前の階段が突然動き出し、別の踊り場へ接続した時には、デイヴはしばらく無言でそれを見送った。

 

「……クソ階段」

 

 小さく悪態をつく。

 

 当然ながら階段は何も答えず、別の生徒なら絶対に行きたくないような暗い廊下へ勝手につながってしまった。

 

 仕方なく回り道をする。

 

 何度か角を曲がり、人気のない廊下へ入ったところで、デイヴはふと足を止めた。

 

 前方の暗闇の中に、小さな光が二つ浮かんでいた。

 

「……あ?」

 

 最初は誰かの目かと思った。

 

 だが低すぎる。

 

 二つの光は床すれすれの高さにあり、そのままゆっくり近づいてくる。松明の弱い明かりがわずかに届き、細長い影が姿を現した。

 

 猫だった。

 

 痩せた体つきの、いささか陰気な顔をした猫である。

 

 もちろん、アーガス・フィルチの愛猫ミセス・ノリスだった。

 

 デイヴもフィルチが猫を連れて歩いていることくらいは知っていたが、今いる場所は松明から遠く、毛並みも顔立ちもよく見えない。暗がりの中では、ただの痩せた猫にしか見えなかった。

 

「なんだ。猫か」

 

 警戒心というものをまるで持たず、デイヴは近づいてしゃがみ込んだ。

 

 ミセス・ノリスは逃げなかった。

 

 ただ、その大きな目でじっとデイヴを見ている。

 

「お前、こんなところで何してんだ?」

 

 手を伸ばす。

 

 直後、その指へ牙が食い込んだ。

 

「痛っ!」

 

 デイヴが反射的に手を引く。

 

 すると今度は前脚が飛んできて、手の甲へ鋭い爪が走った。

 

「いってえな、この野郎」

 

 低い声で文句を言う。

 

 ミセス・ノリスは背中を丸め、耳を伏せている。どう見ても、これ以上近寄るなという意思表示だった。

 

 だが、デイヴはまったく気にしなかった。

 

「何怒ってんだよ」

 

 もう一度手を伸ばす。

 

「フシャアッ!」

 

 ざり、と爪が当たった。

 

「痛ぇって」

 

 それでも手を引かない。

 

 今度は頭の上へ手を置き、耳と耳の間を撫でた。

 

 ミセス・ノリスはさらに威嚇したが、デイヴはお構いなしに首筋へ指を滑らせる。

 

「ほら。別に何もしねえって」

 

 先ほど噛まれたばかりの人間の態度ではなかった。

 

 背中を撫でる。

 

 また引っかかれる。

 

 それでも撫でる。

 

 ミセス・ノリスからすれば、かなり奇妙な生徒だった。

 

 普段、夜中に彼女と出会った生徒は一目散に逃げる。彼女を見ればフィルチが近くにいると知っているからだ。追い払おうとしたり、悪態をついたりする生徒もいる。

 

 けれど、こうして明らかに威嚇している最中の彼女を平然と撫で続ける者は、ほとんどいなかった。

 

「ずいぶん細いな、お前」

 

 デイヴはそんな事情など知らず、猫の首の後ろを掻いていた。

 

「ちゃんと飯食ってんのか?」

 

 ミセス・ノリスの耳が、ほんの少し動いた。

 

「野良なら厨房行けよ。飯くらいあるだろ」

 

 首の横。

 

 耳の付け根。

 

 顎の下。

 

 適当に指を動かしているうちに、ミセス・ノリスの尾が床を叩く速度がだんだん落ちていった。

 

 デイヴの指先が耳の後ろへ入る。

 

 ぴく、と猫の頭が動いた。

 

「ここ?」

 

 もう一度掻く。

 

 今度は逃げなかった。

 

 顎の下を指で軽く撫でると、ミセス・ノリスの細かった目がさらに細くなる。

 

「なんだ。好きじゃん」

 

 さっきまで怒っていたことを忘れたように、デイヴは首元を撫で続けた。

 

 しばらくすると、小さな振動音が聞こえてきた。

 

 ごろ、ごろ、ごろ。

 

 デイヴの手が止まる。

 

「……お前いま喉鳴らした?」

 

 途端に音も止まった。

 

 ミセス・ノリスは何食わぬ顔で彼を見返している。

 

 デイヴは再び耳の後ろを掻いた。

 

 ごろ。

 

「鳴ってんじゃん」

 

 今度は少し笑った。

 

「最初から大人しくしろよ」

 

 言われたことが気に入らなかったのか、ミセス・ノリスはデイヴの指へ軽く牙を当てた。しかし、最初のような本気の噛み方ではない。

 

「まだ噛むのかよ」

 

 頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

 猫は鬱陶しそうに顔を振ったものの、もう逃げなかった。

 

 やがてデイヴは腰を上げた。

 

「じゃあな」

 

 塔へ向かって歩き始める。

 

 数歩進み、何となく振り返る。

 

 ミセス・ノリスがいた。

 

「……何だよ」

 

 また歩く。

 

 猫も歩く。

 

 止まる。

 

 猫も止まる。

 

「ついてくんの?」

 

「ニャア」

 

「俺んとこ来ても何もないぞ」

 

 だが、ミセス・ノリスは帰る気配を見せなかった。

 

 デイヴはしばらく考えた末、再びしゃがみ込むと、猫の胴へ腕を回した。

 

「なら来いよ」

 

 持ち上げる。

 

 一瞬だけミセス・ノリスは身体をこわばらせたものの、暴れはしなかった。

 

 デイヴの左腕へ腹を乗せ、前脚をだらりと垂らす。ちょうど片腕に収まる程度の大きさだった。

 

「軽いな、お前」

 

 頭を撫でる。

 

 ごろごろ、と返事があった。

 

 そのまま一人と一匹は、真夜中のホグワーツを歩いていった。

 

 だが、それから幾つか角を曲がったところで、廊下の向こうから灯りが近づいてきた。

 

 ランタンだった。

 

 揺れる黄色い光の後ろに、人影がある。

 

 デイヴは足を止めた。

 

 向こう側もこちらに気づいたらしい。

 

 アーガス・フィルチの痩せた顔が灯りの中へ浮かび上がった途端、その目に獲物を見つけたような喜びが宿った。

 

「お前! こんな時間に何を――」

 

 大声を上げかけるフィルチへ、デイヴは人差し指を立てた。

 

「しーっ」

 

 フィルチの口が途中で止まる。

 

 そして次の瞬間、顔が怒りで歪んだ。

 

「私に静かにしろだと? 夜中に寝室を抜け出しておいて何を――」

 

「だから声でけえって」

 

 デイヴが面倒そうに囁く。

 

「何だ、その態度は!」

 

「起きるだろ」

 

「起きて困るのはお前だ!」

 

 フィルチが一歩近づいてきた。

 

 ところが、そこで彼の視線が止まった。

 

 デイヴの腕。

 

 そこに抱かれている猫。

 

 フィルチの顔から、見る見るうちに血の気が失われていった。

 

「…………ミセス・ノリス……」

 

 デイヴは腕の中を見た。

 

 それからフィルチを見る。

 

「これ?」

 

「ミセス・ノリス……!」

 

「お前の猫?」

 

 フィルチは質問に答えるより早く、両腕を伸ばした。

 

「返せ!」

 

 デイヴが半歩横へずれる。

 

 フィルチの手は空を切った。

 

「何してんだ」

 

「返せと言っている!」

 

「急に掴むなよ。びっくりすんだろ」

 

 猫を抱いている側の人間とは思えないほど身軽に、デイヴはもう一度伸びてきたフィルチの腕を避ける。

 

「ミセス・ノリスを離せ!」

 

「うるせえな」

 

 ミセス・ノリスの頭を撫でる。

 

 ごろごろ。

 

 フィルチの表情が固まった。

 

「……ミセス・ノリス?」

 

 信じられないものを見る目だった。

 

 ミセス・ノリスは一応フィルチの方を見て、

 

「ニャア」

 

 と鳴いた。

 

 だが、デイヴの腕から降りようとはしない。

 

「何をした!」

 

「何もしてねえよ。撫でただけ」

 

「ミセス・ノリスが生徒にそんなことをするはずが――」

 

「さっき噛まれたぞ」

 

 デイヴが引っかき傷の残った手を見せる。

 

「ほら」

 

 フィルチは傷にはほとんど興味を示さなかった。

 

「返せ!」

 

 また腕が伸びる。

 

 デイヴはひょいと避ける。

 

「返してほしい?」

 

「当たり前だ!」

 

「なら今日のこと黙ってろ」

 

 フィルチの手が止まった。

 

「……何?」

 

「俺が夜中に歩いてたこと。先生に言うな」

 

「ふざけるな!」

 

 フィルチの声にミセス・ノリスが耳を伏せた。

 

 デイヴはまた唇へ指を当てる。

 

「しーっ」

 

「私に指図するな!」

 

「じゃあ返さねえ」

 

「それは私の猫だ!」

 

「知ったよ、今」

 

「今すぐ返せ!」

 

「返してほしけりゃ今日のことは黙ってろ、ハゲ」

 

「誰がハゲだ!」

 

「お前だろ」

 

 フィルチは怒りで真っ赤になりながら、もう一度ミセス・ノリスへ手を伸ばした。

 

 デイヴは身体をくるりと捻る。

 

 空振り。

 

 反対から掴もうとする。

 

 また避ける。

 

 ミセス・ノリスは二人の間で少し揺さぶられているのに、どういうわけか逃げようとせず、デイヴの腕へ身体を預けたままだった。

 

「返せ!」

 

「黙る?」

 

「返せ!」

 

「だったら黙れって」

 

「校則違反だぞ!」

 

「知るか」

 

「こんな夜中に何をしている!」

 

「散歩」

 

「嘘をつけ!」

 

「なら散歩じゃない」

 

「開き直るな!」

 

 フィルチのこめかみがひくひく震えている。

 

 デイヴはしばらくその顔を眺め、やがて面倒そうに背を向けた。

 

「じゃ、もらってくわ」

 

「待て!」

 

 フィルチの声が裏返った。

 

 デイヴが振り向く。

 

「何」

 

「どこへ連れていく気だ!」

 

「俺んとこ」

 

「駄目だ!」

 

「じゃあ条件飲め」

 

 フィルチは歯を食いしばった。

 

「……お前という奴は……!」

 

「十」

 

「何だ!」

 

「九」

 

「数えるな!」

 

「八」

 

「やめろ!」

 

「七」

 

「……分かった!」

 

 デイヴは数えるのを止めた。

 

「何が?」

 

「今日のことは黙っている!」

 

「先生にも?」

 

「言わん!」

 

「マクゴナガルにも?」

 

「言わない!」

 

 デイヴはようやく頷いた。

 

「最初からそう言えよ、ハゲ」

 

「ハゲと言うな!」

 

 ミセス・ノリスを両手で持ち直し、フィルチの方へ差し出す。

 

「ほら。お前の飼い主だってよ」

 

 猫はデイヴの顔を見上げる。

 

「ニャア」

 

「何だよ」

 

 最後に頭を一撫ですると、また喉が鳴った。

 

 フィルチの顔には、怒りとはまた違う、微妙に傷ついたような色が浮かんだ。

 

「……ミセス・ノリス」

 

 デイヴから受け取ると、フィルチは大切そうに猫を抱きしめた。

 

「よしよし……何もされなかったか……?」

 

「だから何もしてねえって」

 

「お前には聞いていない!」

 

「じゃあ猫に聞いて分かんの?」

 

「分かる!」

 

「すげえな」

 

 デイヴは妙なところだけ素直に感心し、それ以上フィルチには構わず歩き出した。

 

「待て! どこへ行く!」

 

「散歩」

 

「まだ行く気か!」

 

 デイヴは返事をせず、片手だけひらひらと振った。

 

 フィルチは反射的に追いかけかけたものの、自分がつい先ほど「今日のことは黙っている」と口にしたことを思い出したのか、忌々しそうにその場へ踏みとどまった。

 

 一方のミセス・ノリスは、飼い主の腕に戻ってからも、しばらくデイヴの消えた方向を見ていた。

 

「ミセス・ノリス?」

 

「ニャア」

 

 その声を背中で聞きながら、デイヴは塔へ向かった。

 

 今度こそ余計なものには会わなかった。

 

 やがて長い螺旋階段へ辿り着き、一段ずつ上がっていく。

 

「遠いんだよ……」

 

 誰にともなくぼやく。

 

 フィルチとの一件ですでに余計な時間を使ってしまった。

 

 階段はどこまでも続いているように思えたが、最後に重たい木の扉が現れた。

 

 デイヴは肩をぶつけるようにして押し開けた。

 

 途端、強い夜風が吹き込んでくる。

 

 冷たい空気に黒い髪を乱されながら外へ出ると、そこには広い夜空があった。

 

 ホグワーツの敷地がはるか下に沈んでいる。

 

 禁じられた森は巨大な黒い塊のように広がり、その向こうには山並みがかすんでいた。湖は月明かりを鈍く反射している。城の窓明かりも、この高さから見ると小さな光の粒にしか見えない。

 

 昼間には何百人もの生徒で騒がしい学校なのに、今はまるで遠い場所まで来たような静けさだった。

 

「やっと着いた」

 

 デイヴは欄干のそばまで歩き、その根元へ腰を下ろした。

 

 ポケットから煙草を一本抜き取り、唇にくわえる。

 

 マッチを擦った。

 

 風に煽られて火が揺れる。

 

 片手で覆いながら煙草の先へ近づけると、赤い火が小さく灯った。

 

 一度深く吸い込む。

 

 白い煙を吐く。

 

 風がすぐにさらっていった。

 

 ようやく満足したように肩の力を抜くと、デイヴはもう一方のポケットからウォークマンを取り出した。

 

 角には細かな傷があり、何度も使われてきたことが分かる。イヤホンを両耳へ押し込み、カセットを確認してから再生ボタンを押した。

 

 小さな機械音。

 

 それに続いて、静かなギターが耳元へ流れ込む。

 

 Oasisの『Half the World Away』だった。

 

 デイヴは膝を立て、その上へ片腕を置いた。

 

 何かをするでもなく、ぼんやりと空を見る。

 

 星が多かった。

 

 マンチェスターとは違う。

 

 街明かりの少ないホグワーツの空には、細かな星まで見えている。魔法界へ来てから何ヶ月も経ち、動く階段も、喋る肖像画も、幽霊も、ある程度は見慣れた。

 

 それでも、こんな夜空を見るたびに、自分がずいぶん遠くへ来たのだという感覚だけは、どこかに残っていた。

 

 それをわざわざ言葉にすることはなかった。

 

 煙草を吸う。

 

 音楽を聴く。

 

 時折、夜風に目を細める。

 

 それだけだった。

 

【So here I go

still scratching around in the same old hole

My body feels young but my mind is very old

So what do you say?

You can't give me the dreams that are mine anyway

You're half the world away……】

 

 聞き慣れた歌声だけが、マンチェスターから遠く離れたホグワーツの夜空の下で、十一歳のデイヴの耳元を静かに流れていった。

 

 本人は何も口にしない。

 

 ただ、吸い込むたびに煙草の先端が赤く明滅し、吐き出された煙だけが夜風の中へ溶けていく。

 

 どれほどそうしていただろう。

 

 不意に――。

 

 ぎいっ。

 

 背後で重たい扉が軋んだ。

 

 その音を聞いた瞬間、デイヴの身体は、それまでぼんやりと空を眺めていたのが嘘のように素早く動いた。

 

 振り返るより先に、煙草を持っていた右手を欄干の陰へ落とす。

 

 扉の側からは見えない位置へ手を隠すと、燃えている先端を冷たい石へ押しつけた。

 

 じゅっ、と小さな音がする。

 

 赤い火が潰れた。

 

 もう一度、念を入れるように先端を石へ押しつけ、火が完全に消えたのを確かめる。

 

 それから吸いかけの煙草を素早く上着のポケットへ突っ込んだ。

 

 捨てれば証拠になるし、塔の床へ残すほど間抜けでもない。

 

 そこまでをほとんど一息で済ませてから、ようやく何食わぬ顔で肩越しに振り返った。

 

 扉が開いている。

 

 しかし。

 

 誰もいなかった。

 

「……?」

 

 デイヴは眉を寄せた。

 

 塔へ続く石段だけが、扉の向こうの暗闇へ沈んでいる。

 

 教師が来たのかと思った。

 

 だから煙草を隠した。

 

 フィルチとの取引で夜歩きの方は黙らせたとはいえ、マクゴナガルあたりに喫煙しているところまで見つかったとなれば、さすがに面倒だった。十一歳の生徒が真夜中に塔へ登り煙草を吸っていた、などという話が寮監の耳に入れば、どう転んでも説教だけでは済まない。

 

 ところが、待っていても誰も上がってこない。

 

「……なんだよ」

 

 デイヴは片方のイヤホンを外した。

 

 夜風が石造りの塔を吹き抜けていく音しか聞こえない。

 

 扉は確かに開いた。

 

 だが、その向こうには誰もいない。

 

 デイヴはしばらく暗い階段を見つめたあと、ほんの少し首を傾げた。

 

「ゴーストか?」

 

 ホグワーツなら、その説明で大抵の妙なことが片づいてしまう。

 

 城中を幽霊が歩き回っている学校なのだから、扉が勝手に開いた程度でいちいち驚いていては身がもたない。そもそも幽霊なら壁を抜ければ済むのだから、わざわざ扉を開ける必要などない気もしたが、首なしニックをはじめ、ここの幽霊たちは生前の習慣を妙なところで残している。

 

「まあいいや」

 

 デイヴは前へ向き直った。

 

 煙草はもう消してしまった。新しい一本を出そうか一瞬迷ったものの、さすがに今すぐまた火をつけるのはやめておく。

 

 外していたイヤホンを耳へ戻す。

 

 ウォークマンから再び曲が流れ込んできた。

 

 ところが、それから間もなく。

 

 ごそ。

 

 デイヴの目が動いた。

 

 音楽とは別の音だった。

 

 ごそごそ。

 

 今度ははっきり聞こえた。

 

 デイヴは再生ボタンを押した。

 

 カチ、とウォークマンが止まり、音楽が消える。

 

 イヤホンを外す。

 

 静かな夜風だけが残った。

 

 しばらく待つ。

 

 がさ。

 

 やはり聞こえる。

 

 何かが擦れるような音だった。

 

「……?」

 

 デイヴは背後を見る。

 

 誰もいない。

 

「おい」

 

 返事はなかった。

 

「誰かいんの?」

 

 静寂。

 

 だが、その誰もいないはずの空間から、またごそごそと物音がする。

 

 まるで大きな荷物を抱えた誰かが、できるだけ音を立てないように少しずつ動いているようだった。

 

 デイヴの眉間に皺が寄った。

 

「ゴーストって、こんな音すんのか?」

 

 もちろん、そこにいるのは幽霊ではなかった。

 

 透明マントの下に隠れたハリーとハーマイオニーだった。

 

 二人の間には大きな木箱がある。

 

 その中にいるのは、ハグリッドが孵したノルウェー・リッジバック、ノーバートである。

 

 ただでさえ運びにくい箱を抱えて塔まで上がってきたところへ、予想もしなかった先客がいた。

 

 しかも同じグリフィンドールの一年生であり、ハリーとは同じ寝室のデイヴだった。

 

 扉を開けた瞬間、デイヴが驚くほど素早く煙草を持った手を欄干の陰へ隠したことも、透明マントの下から二人には見えていた。

 

 何を隠したのか、その手元までは見えなかった。

 

 けれど、ほんのわずかに風へ混じって残る煙草の匂いと、デイヴが何食わぬ顔でポケットへ何かを押し込んだ様子から、少なくともハーマイオニーにはおおよその見当がついていた。

 

 もっとも、今はそれを追及できる状況ではない。

 

 デイヴは真正面にいる。

 

 こちらは透明マントの下で、大きな木箱を二人がかりで抱えている。

 

 少しでも妙な動きをすれば、気づかれるかもしれない。

 

 その間にも、箱の中のノーバートは事情など知る由もなく身体を動かした。

 

 ごそ。

 

 デイヴの目が細くなる。

 

「絶対なんかいるだろ」

 

 誰もいないように見える空間をじっと睨む。

 

 そして、その時だった。

 

 別の何かが、デイヴの視界の端へ入った。

 

 夜空の上。

 

 星とは違う、小さな黒い点。

 

「ん?」

 

 デイヴは顔を上げた。

 

 最初は鳥に見えた。

 

 だが、黒い点は消えない。

 

 それどころか、少しずつ大きくなっている。

 

 一つではなかった。

 

 よく目を凝らすと、いくつかある。

 

 豆粒ほどにしか見えなかった複数の影が、遠い夜空からホグワーツの塔へ向かって飛んできていた。

 

 デイヴは欄干のそばから少し身を起こした。

 

「……なんだ、あれ」

 

 上空から近づいてくる正体不明の影。

 

 背後では、姿の見えない何かがまた小さく、ごそりと動いた。

 

 デイヴはポケットへ隠した吸いかけの煙草を片手で押さえながら、ますます不機嫌そうに眉間へ皺を寄せた。

 




小説の書き方すっかり忘れてる……。
今日中に続きだします!!!
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