ハリー・ポッターと、その取り巻き二人が、クィレルから何かを守ったらしい――そんな噂が、一夜にしてホグワーツ中に広まった。
いったい誰が最初に言い出したのか、誰も知らなかったし、確かめようもなかった。そもそも、三人が何を守ったのかさえはっきりしていないのである。しかし、当の三人がそろって医務室に担ぎ込まれ、しばらくの間、誰とも面会できない状態にあったという事実は、噂の信憑性を高めるには十分すぎるほどだった。
当然ながら、期末試験という忌々しい束縛から解放され、ようやく羽を伸ばせるようになったホグワーツの生徒たちが、この話題を放っておくはずもなかった。
とりわけグリフィンドールの談話室では、朝から晩まで三人の冒険について憶測が飛び交っていた。クィレルが実は恐ろしい闇の魔法使いだったとか、ハリーがまたしても例の「あの人」と戦ったとか、果ては地下にドラゴンが何頭も飼われていたなどという、いったいどこから出てきたのか分からない話まであった。
普段ならば真っ先に噂話を嗜めるはずの上級生たちでさえ、今度ばかりは興味を隠しきれないようだった。何しろ、一年生の三人が、教師の一人を相手に何かとんでもないことをやってのけたらしいのである。しかも、ダンブルドアをはじめとする教師たちは、事件についてほとんど何も語ろうとしなかった。こうなると生徒たちの想像力は留まるところを知らず、話が一人の口から別の口へ渡るたびに、冒険の規模はどんどん大きくなっていった。
もっとも、そんな騒ぎの中にあっても、ウィーズリー家の双子が関心を寄せていたのは、まるで別のことだった。
「だからさ、便座を送ってやろうってわけ」
「ジニーにも送ってやろうかと思ったんだけど、マダム・ポンフリーより母さんのほうが怖いからな」
そう言っているのは、どこから調達してきたのか、大量のお菓子や果物が山のように盛られた金色の大皿を抱え、リンゴを齧ったり、ブドウをつまんだりしているフレッドとジョージであった。
二人は暖炉のそばにある肘掛け椅子を占領し、いかにも重大な計画について協議しているかのように、時折声を潜めては顔を見合わせていた。もっとも、肝心の相談内容が便座の調達方法なのだから、深刻そうな態度には何の意味もない。
彼らもまた、弟のロンが突然姿を消したかと思えば、いつの間にか医務室のベッドに寝かされていたことには、少なからず驚いたらしい。ロンが怪我をしたと聞いたときには、二人とも真っ先に医務室へ向かおうとしたし、マダム・ポンフリーから命に別状はないと告げられるまでは、いつもの冗談さえ控えめだった。
もっとも、弟が無事だと分かった途端、今度はどうやってからかってやろうかと考え始めたのだから、やはりこの二人は普通ではない。
何だかんだ言って、ウィーズリー家の兄弟愛は強いのである。もっとも、その愛情表現が少々、いや、かなり変わっているというだけの話だ。
「そんなものを持ち込んだら、またグリフィンドールから点数が引かれるだろう!」
兄弟の会話を聞いていたパーシーが、とうとう我慢できなくなったらしい。
彼は先ほどから青白い顔をして、両手を落ち着きなく揉み合わせていた。末の弟が入院しているだけでも気が気でないというのに、今度は二人の弟が便座を抱えて医務室に押しかけようとしているのだから、心労も相当なものだろう。
しかも、パーシーは監督生である。弟たちが何か問題を起こせば、兄としても監督生としても責任を問われる可能性があった。そもそも双子は、日頃から彼の権威というものを、まるで冗談の一種であるかのように扱っているのだ。
「いいかい、医務室というのは清潔でなければならない場所なんだぞ。便座なんて持ち込んでごらん。マダム・ポンフリーが黙っているはずがない。きっとマクゴナガル先生に報告が行って、それから母さんの耳に入るに決まってる!」
「でも、まだ使ってない便座なら清潔だろ?」
「そうそう。僕たちだって、そのくらいは考えてるさ」
「そういう問題じゃない!」
まったくもって正論である。
しかし、そんな正論が通用する相手ならば、フレッドとジョージはとっくの昔に模範生になっていたことだろう。残念ながら、この双子にとって規則とは、守るべきものというより、いかに面白おかしく破るかを考えるために存在しているようなものだった。
「だって面白いだろ? 目を覚ましたら、枕元に便座が置いてあるんだぜ?」
フレッドはそう言って、心底愉快そうに笑った。
「しかも、ピカピカに磨いてあるんだ。弟思いの兄貴たちからの、心のこもった贈り物さ。ロンだって泣いて喜ぶと思うね」
「泣くでしょうね、間違いなく。ただし感激してではないと思うけれど」
近くで聞いていたアンジェリーナ・ジョンソンが口を挟むと、ジョージはそれこそが狙いなのだと言わんばかりに、大きくうなずいてみせた。
パーシーは額に手を当てた。つい先ほど、母親に知られたら大変なことになると警告したばかりだというのに、二人はまるで気にした様子がない。それどころか、叱られる危険があるという事実さえ、悪戯の魅力を高める要素にしかなっていないようだった。
「君たち、本当に分かっているのかい? 母さんはこの前の手紙でも、もうこれ以上問題を起こすなと――」
「ああ、もちろん分かっておりますとも、兄上」
パーシーの説教が長くなる気配を察したフレッドは、齧りかけのリンゴを皿に戻し、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。
「では兄上、我らはこれより便座を調達してまいります」
「くれぐれも、この件はご内密にお願いいたしますぞ」
ジョージもそれに倣い、深々と頭を下げた。
二人は顔を見合わせると、いかにも重大な使命を帯びた騎士のような厳粛な面持ちになり、堂々と談話室を横切っていった。これから弟の見舞いに持っていく便座を盗みに――いや、調達しに行く者たちとは、とても思えないほど立派な足取りだった。
「フレッド! ジョージ! 待ちなさい! 僕はまだ話を終えていないぞ!」
パーシーが慌てて呼び止めたが、二人は振り返りもしなかった。肖像画の裏へ消える直前、ジョージが片手をひらひらと振ってみせただけである。
やがて太った婦人の肖像画が閉まると、パーシーは盛大なため息をつき、しばらくの間、双子が消えた通り穴を恨めしそうに睨みつけていた。あの二人のことだから、十分もしないうちに、どこかの便所から本当に便座を取り外してくるかもしれない。
とはいえ、今さら追いかけたところで素直に言うことを聞くとも思えなかった。そもそも、この広い城のどこへ向かったのかさえ分からないのだ。
そう判断したパーシーは、ひとまず二人が置いていった大皿からブドウを一粒つまみ、口の中に放り込んだ。
そんな彼の様子を、少し離れたソファからニヤニヤしながら眺めていた者が二人いた。アンジェリーナ・ジョンソンとリー・ジョーダンである。
二人は先ほどから双子の馬鹿げた計画を一部始終聞いていたのだが、止めようとするどころか、フレッドとジョージが大真面目な顔で出征していくところでは、笑いを堪えるのに随分と苦労していた。特にリーなどは、膝の上に置いたクッションに顔を埋め、肩を震わせていたほどである。
「ねえ、パーシー。止めに行かなくていいの?」
アンジェリーナが、まだ笑いの残る声で尋ねた。
パーシーはブドウをつまんだ手を止め、いかにも面倒くさそうに二人を振り返った。普段ならば、上級生たるものが下級生の悪戯を黙認するとは何事か、と一席ぶっていたに違いない。しかし、今回ばかりはそんな元気も残っていないらしかった。
「止めたって無駄さ。あの二人が何かをやろうと決めたら、校長先生にだって止められやしないよ。僕が追いかけたところで、別の抜け道を使って逃げるだけだろうしね」
「おやおや、聞いたか、アンジェリーナ。あのパーシー・ウィーズリーが、規則違反を見逃すそうだぜ」
「明日は雪でも降るんじゃない?」
二人が揃ってからかうと、パーシーは不愉快そうに眉を寄せたが、珍しく反論しなかった。代わりに、手に持っていたブドウを口へ運び、しばらく噛んでから、ぼそりと付け加えた。
「それに、ああやってふざけていないと不安なのも、分からないわけじゃないんだ」
その言葉に、アンジェリーナは少しだけ笑みを引っ込めた。
パーシーは視線を落とし、皿の上で転がっていたリンゴを指先で押さえた。
「ロンはもう意識を取り戻したそうだけど、それでも一体何があったのか、僕たちにはほとんど知らされていないんだ。母さんにどう説明したものか、考えるだけで頭が痛くなるよ。フレッドとジョージだって、きっと同じさ。あの二人は、心配しているときほど馬鹿げたことをするんだから」
リーは思わずアンジェリーナと顔を見合わせた。
いつものパーシーなら、弟たちの悪戯についてこんなふうに語ることはなかっただろう。何しろ、彼にとって規則違反とは、ほとんど道徳上の大罪に等しいのだから。しかし、今回は事情が事情である。弟の一人が命に関わりかねない騒動に巻き込まれたのだ。少しくらい兄弟の馬鹿騒ぎに寛容になったとしても、誰も責められまい。
「まあ、それにしたって便座ってのはどうかと思うけどね」
アンジェリーナが苦笑すると、パーシーは肩をすくめた。
「どうせ届いたところで、マダム・ポンフリーがすぐさま排除するだろうしね。それに、僕だってチャーリーからもっとひどいものを見舞いにもらったことがあるんだ」
「へえ?」
リーが身を乗り出した。面白そうな話を嗅ぎつけたときの彼の顔は、フレッドとジョージにそっくりだった。
「何をもらったんだ? 糞爆弾か?」
「違うよ。ドラゴンの肉さ」
あまりにも意外な答えだったので、アンジェリーナは一瞬、パーシーが何を言ったのか理解できなかった。
「……ドラゴンの、何?」
「肉だよ。ドラゴンの肉。僕が一年生の頃、飛行訓練で箒から落っこちて、腕をひどく打ったことがあったんだ。そのとき、チャーリーが見舞いに持ってきたのがそれだった」
パーシーは心底うんざりした顔になった。どうやら、その記憶は五年近く経った今でも、彼の中に相当鮮明に残っているらしい。
「ハグリッドがチャーリーにあげたらしいんだけど……まったく、どうしてあんなものを持っていたのか、今でも理解できないよ。血は滴っているし、妙な臭いはするし、何より見た目が最悪だった。僕はてっきり食べろと言われているのかと思ってね」
「食べたのか?」
リーが期待に満ちた顔で尋ねた。
「食べるわけないだろう!」
パーシーは思わず声を張り上げた。
「怪我をしたところに当てろって言うんだ。チャーリーによれば、腫れを抑えるのに具合がいいらしい。だけど、考えてもみてごらんよ。怪我をして医務室で休んでいるところに、兄が血まみれの肉の塊を持って現れるんだぞ! しかも、それを腕に巻きつけようとするんだ!」
そこまで聞いたところで、リーはとうとう堪えきれなくなった。腹を抱えて笑い始めた彼につられ、アンジェリーナまで声を上げて笑ってしまった。
「ちょっと待って、パーシー! それで、どうしたの?」
「どうもこうもないさ。マダム・ポンフリーが飛んできて、チャーリーを叱りつけたんだ。医務室を何だと思っているのかってね。チャーリーは真面目な顔で、ドラゴンの肉は打ち身に効くと説明していたけど、結局追い出されたよ」
「傑作だ! まったく、ウィーズリー家ってのは最高だな!」
リーは笑いすぎて涙まで浮かべていた。
パーシーは憮然とした顔で腕を組んだが、その口元には、ほんのわずかながら笑みが浮かんでいた。昔の出来事を思い出しているうちに、少しばかり気が紛れたのかもしれない。
「だからまあ、便座くらいならまだましだと思うことにするよ。少なくとも、生臭くはないだろうからね」\
「中古だったらどうするの?」
アンジェリーナが何気なく尋ねると、パーシーの顔から笑みが消えた。
今度こそ、リーはソファから転げ落ちた。
「……あの二人のことだから、その可能性は十分にあるね」
パーシーは真剣な顔でそう呟くと、もう一度、肖像画のほうへ目を向けた。
しばらくの間、三人の間には妙な沈黙が流れた。やがてパーシーは、深いため息をつきながら立ち上がった。
「やっぱり、止めてくるよ」
その途端、アンジェリーナとリーの笑い声が、再び談話室いっぱいに響き渡った。
「何がおかしいんだい! 仮にあの二人が本当に中古の便座なんか持ち込んだら、グリフィンドールの評判がどうなると思っているんだ!」
パーシーは顔を真っ赤にして抗議したが、二人が笑うのをやめる様子はなかった。むしろ、彼が必死になればなるほど、リーの笑い声は大きくなっていくばかりである。
結局、パーシーはそれ以上何も言わず、ローブの裾を翻して肖像画のほうへ歩いていった。途中で一度だけ振り返り、二人に向かって、もしフレッドとジョージが戻ってきたら自分を探していたと伝えるよう言いつけたが、返ってきたのはリーのふざけた敬礼だけだった。
パーシーが肖像画の裏へ消えてしまうと、アンジェリーナはようやく笑いを収め、ソファの背もたれに身を預けた。
「でも、ちょっと意外だったわ。パーシーって、あんなこと言うのね」
「そりゃあ、あいつだって兄貴だからな。いつもは規則だの監督生だのってうるさいけど、ロンのことが心配なのは同じだろ」
リーはそう答えながら、双子が置いていった皿からリンゴを一つ取った。
「それにしたって、あの双子は相変わらずね。弟が入院したっていうのに、真っ先に考えるのが便座なんだから」
「だからこそ、あいつららしいんじゃないか。ロンだって、目を覚まして枕元に便座があったら、きっと怒鳴るだろうさ。フレッドとジョージは、それが見たいんだよ」
アンジェリーナはその光景を想像して、再び小さく吹き出した。
確かに、ベッドの上で顔を真っ赤にして怒るロンと、その両側で腹を抱えて笑っている双子の姿は、容易に目に浮かぶ。たとえ医務室の中だろうと、あの二人ならば普段とまったく変わらない調子で弟をからかうに違いない。
そして、そうしていれば、ロンのほうも少しはいつもの調子を取り戻せるのかもしれなかった。
もっとも、そんな兄弟愛のために便座を一つ失うことになるホグワーツの便所には、少々気の毒な話である。
「ところでリー、あの二人、どこの便座を持ってくるつもりなのかしら?」
「さあな。だけどフレッドが言ってたぜ。どうせなら、とびきり立派なやつがいいって」
「……まさか、先生用の?」
リーはリンゴを齧りながら、にやりと笑った。
「さあ、どうだろうね」
二人は顔を見合わせると、またしても笑い出した。
一方、その頃のパーシーは、すでに大理石の階段を下りながら、いったいどこから探したものかと頭を悩ませていた。あの双子のことだから、普通の便所を探したところで見つかるとは思えない。むしろ、監督生用の浴室あたりを真っ先に疑うべきかもしれなかった。
しかし、そんな彼の心配など露知らず、フレッドとジョージは今頃、どこかで嬉々として便座の取り外しに取りかかっていることだろう。
何しろ、二人が便座を調達すると宣言してから、もう十分以上が経過しているのである。
ホグワーツのどこかにある便所が、今まさに一つ、使用不能になろうとしていた。
一方、グリフィンドールの男子寮では、談話室の賑やかな様子とは打って変わって、何とも奇妙な時間が流れていた。
開け放たれた窓から六月の暖かな風が吹き込み、五つの天蓋つきベッドを囲む深紅のカーテンを、ゆっくりと揺らしている。窓の外には初夏の陽光を浴びたホグワーツの敷地が広がり、遠くの湖面では時折、水面が銀色にきらめいていた。
期末試験はすでに終わり、宿題もなければ授業もない。あとは学年末の宴会と成績発表を待つばかりという、学生にとっては一年で最も素晴らしい時期である。普段ならば校庭に出て遊んだり、談話室で騒いだりするところだが、ハリーたちが入院していることもあって、同じ寝室の少年たちは何となく落ち着かない時間を過ごしていた。
もっとも、そんな晴れ晴れしい気分を味わえずにいる者の中でも、ネビル・ロングボトムの落ち込みようは群を抜いていた。
「……僕が、もっとしっかりしていればよかったんだ」
ネビルは今にも泣き出しそうな顔でそう呟いた。
彼はディーンとシェーマスの間に座り、膝の上に爆発スナップのカードを並べていたのだが、先ほどからゲームにはほとんど身が入っていなかった。カードを一枚出してはため息をつき、もう一枚出しては鼻をすすっている。そのたびにディーンとシェーマスは顔を見合わせ、どうしたものかと困り果てていた。
「だからさ、ネビル。お前が悪いわけじゃないって。もう何回言ったと思ってるんだ?」
ディーンは手札から一枚を引き抜くと、床に置かれた山札の上へ放った。途端にパチンと乾いた音が響き、カードの端から赤い火花が散った。
「でも……でも、僕があのとき、ちゃんとみんなを止めていれば……ハリーもロンもハーマイオニーも、医務室に運ばれずに済んだかもしれないだろう?」
「いや、だからさ。お前、止めようとしたんだろ? だったらそれでいいじゃないか」
シェーマスはそう言いながら、器用にカードを一枚ひっくり返した。こちらも小さな爆発音を立て、カードの表面から煙が立ち上った。しかし、ネビルはますます悲しそうな顔になり、膝の上に置いた手札を見つめながら、消え入りそうな声で何事かを呟いた。
ディーンが聞き返そうとすると、ネビルは突然何かに気づいたように顔を上げた。
「……あっ! もしかして、僕が邪魔したからかな!?」
「は?」
「だって、僕、みんなを止めようとしたんだ! それでハーマイオニーに呪文をかけられて、動けなくなっちゃっただろう? もしかしたら、僕に時間を取られたせいで、みんなが大変な目に遭ったのかもしれない!」
先ほどまで自分が止められなかったことを悔やんでいたというのに、今度は止めようとしたことを悔やみ始めたのである。
ディーンは口を半開きにしたまま、ネビルを見つめた。シェーマスも何か言いかけたが、結局何も言わずに口を閉じた。二人とも、いったい何と言って慰めればよいのか分からなくなってしまったらしい。
「……なあ、ディーン」
「何だ?」
「これ、どうすりゃいいんだ?」
「俺に聞くなよ」
二人は途方に暮れたように顔を見合わせた。
何しろ、ネビルはここ三十分ほど、まったく同じ二つの後悔を行ったり来たりしているのである。止めなければよかったと泣いたかと思えば、次にはもっと強く止めればよかったと泣き、ようやく落ち着いたと思ったら、今度は自分が邪魔をしたせいだと言い出す始末だった。
まるで壊れた振り子時計のようなもので、いつまで経っても結論にたどり着かないのだ。
「なあ、ネビル。ハリーたちはちゃんと生きてるんだろ? ロンなんか、もう起きて飯も食ってるって聞いたぞ。だったらそんなに落ち込むことないじゃないか」
ディーンはできるだけ明るい声で言ったが、ネビルは力なく首を振った。
「でも、ハリーはまだ寝てるんだって……」
「そりゃ、疲れてるんだろ。何があったか知らないけど、クィレル先生と戦ったって噂じゃないか」
「それにさ、ネビル。お前があの三人を止めたかったのは、心配だったからだろ? だったら、そんなに自分を責める必要ないと思うぜ」
シェーマスが珍しく真面目な口調で言うと、ネビルは少しだけ顔を上げた。
「……本当に?」
「ああ、本当さ。それに、もしあの場に俺がいたって、たぶん止めようとしたと思うよ。だって、夜中にこっそり抜け出して、訳の分からないことをしようとしてたんだろ?」
「そうだけど……」
「だったらいいじゃないか。お前は間違ったことをしたわけじゃないんだから」
ネビルはしばらく二人の顔を交互に見つめていたが、やがて小さくうなずいた。
「……ありがとう」
どうやら、ようやく落ち着いたらしい。
ディーンとシェーマスはほっと胸を撫で下ろすと、再び爆発スナップのカードに向き直った。しばらくの間、寝室にはカードが弾ける小気味よい音だけが響いていた。シェーマスが立て続けに二枚のカードを爆発させ、ディーンが慌てて山札をひっくり返したところで、ネビルもようやくゲームに参加する気になったらしく、手札から一枚を選び始めた。
ところが、平和は長く続かなかった。
「……でも、やっぱり僕がもっと強かったら……」
「ああ、もう!」
シェーマスはとうとう天井を仰いだ。
「ネビル! 頼むからカードに集中してくれよ! お前、さっきから同じことばっかり言ってるじゃないか!」
「ご、ごめん……」
「謝らなくていいって! ああ、いや、そうじゃなくて……」
シェーマスは両手で顔を覆った。ネビルに向かって怒鳴ってしまったことを反省しているのか、それとも自分の言葉がまた新たな後悔を生み出してしまうのではないかと恐れているのか、本人にもよく分からなかった。
ディーンはそんな二人を見て苦笑しながら、ふと部屋の奥へ視線を向けた。
「……しかし、あいつはよく寝てられるな」
彼が見ていたのは、デイヴ・ジョンソンのベッドだった。
もっとも、そこには人間の姿など見当たらなかった。あるのは、掛け布団が異様なほどきつく巻きつけられた、細長い巨大な塊だけである。
デイヴは昼食を済ませて寝室に戻るなり、靴を脱ぎ捨て、ベッドに飛び込んでしまった。そして何を思ったのか、掛け布団を身体に何重にも巻きつけ、頭のてっぺんから足先まで隙間なく包み込んでしまったのである。
その姿は、まるで巨大なミノムシか、あるいは丁寧に包装されたソーセージのようだった。
しかも、布団は驚くほどきつく巻かれていた。人間が中に入っているとは思えないほど細長く、寝返りなど到底打てそうにない。どうやって自分一人であんな状態になったのか、傍から見ている三人には皆目見当もつかなかった。
「……あれ、息できてるのかな?」
ネビルが心配そうに尋ねた。
「さあな。さっきからずっとあのまんまだぜ」
「それにしても、どうやってあんなにきつく巻いたんだ? 自分じゃ無理だろ、普通」
「知らないよ。俺が見たときには、もうああなってたんだ」
ディーンは肩をすくめた。
そのとき、布団の塊の一番上、ちょうど枕に当たるあたりが、もぞりと動いた。三人がそちらを見ると、布団の隙間から黒い髪がほんの少しだけ覗き、続いて鼻先が現れた。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。
どうやら生きているらしい。
「……幸せそうだなあ」
ディーンが呟いた。
デイヴは何の心配もなさそうに眠っていた。友人たちが医務室に入院していることも、談話室で双子が便座を贈ろうと画策していることも、ネビルが延々と自分を責め続けていることも、今の彼にはまるで関係がないらしかった。
期末試験が終わった以上、もう勉強する必要はない。朝早く起きる必要もなければ、教師の小言を聞く必要もない。ならば眠る。どうやらデイヴの頭の中では、物事がそのように単純明快に整理されているようだった。
「おい、デイヴ」
シェーマスが声をかけたが、返事はなかった。
「デイヴ! お前、ハリーたちが入院してるのに、よくそんなに眠れるな!」
やはり返事はない。代わりに、布団の中から小さないびきが聞こえてきた。シェーマスは呆れたように首を振り、ディーンは面白がって布団の塊を眺めていたが、ネビルだけはますます不安そうな顔になっていた。
「ねえ……本当に大丈夫なのかな? あんなにきつく包まっていたら、苦しいんじゃない?」
「大丈夫だって。さっき鼻が出てただろ?」
「でも、あんなに動かないなんて……」
ネビルがあまりに心配するので、シェーマスはとうとうカードを床に置いて立ち上がり、デイヴのベッドへ近づいた。
「まったく、世話の焼ける奴らばっかりだな」
彼はそうぼやきながら、布団から覗いている鼻先に人差し指をそっと近づけた。ふわりと温かい息が当たり、どうやら窒息しているわけではないらしいと分かったところで、シェーマスは振り返った。
「大丈夫、生きてる」
「よかった……」
ネビルが心底安心したように息を吐いた。
ところが、シェーマスが指を引っ込めようとしたその瞬間、布団の中から突然、低い声が聞こえてきた。
「……指、突っ込んだら折るぞ……」
「うわっ!」
シェーマスは飛び上がり、危うくベッドから転げ落ちそうになった。ディーンは腹を抱えて笑い始め、ネビルまで驚きのあまり手札を全部床に落としてしまった。
「起きてたのかよ!」
「……寝てる……」
デイヴはそれだけ答えると、再び静かな寝息を立て始めた。
シェーマスはしばらく呆然としていたが、やがて大きくため息をつき、自分の場所へ戻っていった。
「まったく、何なんだよ、あいつは……」
「放っといてやれよ。試験が終わって嬉しいんだろ」
ディーンは笑いながらカードを拾い集めた。
ネビルもようやく少しだけ表情を和らげ、散らばった自分のカードを集め始めた。何しろ、ハリーたちが入院して以来、彼がこうして笑ったのは初めてだったのである。
それからしばらく、三人は再び爆発スナップに興じた。時折、ネビルが何かを思い出して俯きかけることもあったが、そのたびにディーンかシェーマスがわざと派手にカードを爆発させ、彼の注意をゲームへ引き戻した。おかげで寝室には何度も景気のよい破裂音が響き、そのたびに焦げ臭い煙が立ち上ったものの、誰も気にする様子はなかった。
やがて窓から差し込む日差しが少しずつ傾き始め、寝室の床には長い影が伸びていった。
そして、部屋の奥では相変わらず、デイヴが布団にきつく包まれたまま、すやすやと眠っていた。
「なあ、あいつ、このまま夕食まで寝るつもりかな?」
ディーンがカードを切りながら尋ねると、シェーマスはデイヴのベッドを振り返った。
「そうじゃないか? 昼飯だって馬鹿みたいに食ってたし」
「だったら、あのまま大広間に運んでやろうぜ。布団ごとな」
「いいな、それ。四隅を持って棺桶みたいに運ぼうか」
「ええっ!? でも、そんなことしたらデイヴ、怒るんじゃないかな……」
「そりゃ怒るだろうな。でも、面白そうじゃないか」
「僕はやめたほうがいいと思うけど……」
ネビルはおずおずと意見したが、ディーンとシェーマスはすっかりその気になってしまったらしい。二人はベッドの幅を目測し、どちらが頭を持つか、階段を下りるときにはどうやって運ぶかなどと、まるで本当に実行するつもりで相談し始めた。
もっとも、当の本人はそんな相談など知る由もない。
デイヴにとって、この日の午後は実に素晴らしいものだった。教師に呼び出されることもなく、教科書を開く必要もなく、誰にも邪魔されずに眠っていられるのだから。少なくとも、本人はそのつもりだった。
何しろ、ディーンが爆発スナップのカードをもう一度勢いよく叩きつけたとき、それまで微動だにしなかった布団の塊から、突然左手がにゅっと突き出てきたのである。
「うわっ! 何だよ!」
驚いたディーンの目の前で、その手は床にあったカードを一枚ひったくると、何事もなかったかのように布団の中へ引っ込んでしまった。
三人は顔を見合わせた。
「……あいつ、何してるんだ?」
「さあ……?」
次の瞬間、布団の中から、ボンッ! とくぐもった爆発音が響いた。
細長い布団の塊が一度だけ大きく跳ね上がり、鼻先の隙間から灰色の煙がふわふわと漂い出した。布団の中で一体何が起こったのかは分からなかったが、ともかくデイヴは自分で爆発スナップを一枚爆発させたらしかった。
しばらくの沈黙のあと、布団の奥からひどく不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「……クソが……」
それを聞いたディーンがとうとう吹き出し、シェーマスも腹を抱えて笑い始めた。つられてネビルまで笑い出し、三人の笑い声が寝室いっぱいに響き渡った。
どうやら、何が何でも安眠を貪りたいらしいデイヴだったが、自分からカードを布団の中へ引きずり込んで爆発させるあたり、寝ぼけているのか、それとも単に馬鹿なのか、判断に困るところである。
しかし、そんなことはどうでもよかった。少なくとも、ネビルはようやく心の底から笑っていたし、ディーンとシェーマスも、今日一番の大笑いをしていたのだから。
その後、デイヴは二度と手を出さず、夕食の時間が近づくまで、布団の中ですやすやと眠り続けた。
そして三人は、そんな彼を本当に大広間へ運んでいくべきかどうか、再び真剣に相談し始めたのであった。
その日の夕方、ホグワーツの大広間は、いつにも増して華やかな装いを見せていた。
もっとも、グリフィンドール生にとっては、少々面白くない飾り付けだった。四つの長テーブルの上には緑と銀の飾り紐が張り巡らされ、天井からはスリザリンの紋章をあしらった大きな旗が何本も垂れ下がっている。教職員席の背後には、巨大な銀色の蛇が描かれた垂れ幕まで掛けられており、誰がどう見ても、今年の寮対抗杯がスリザリンのものになることを前提としていた。
これで七年連続の優勝となるのだから、スリザリン生たちが得意満面であるのも無理はなかった。マルフォイなどは、まだ正式な発表もされていないというのに、クラッブとゴイルを従えて大広間を歩き回り、グリフィンドールのテーブルに向かってこれ見よがしに笑みを浮かべていた。
しかし、そんなことなど、デイヴ・ジョンソンにとってはどうでもよかったらしい。
「おい、ディーン。そこのローストビーフ取ってくれ。あとグレービーも」
彼はすでに夕食の真っ最中だった。
目の前に置かれた金色の大皿には、厚切りのローストビーフが三枚、こんがり焼けたローストチキンの脚が一本、ラムチョップが二本、それに山盛りのローストポテトとマッシュポテトが載っていた。さらに、その隙間を埋めるようにグリーンピースとニンジンが盛りつけられ、皿の端にはグレービーをたっぷり吸ったヨークシャープディングが二つ、今にも転がり落ちそうになっている。
どう見ても十二歳の少年が一度に食べる量ではなかったが、デイヴは平然とナイフで肉を切り分け、次から次へと口に運んでいた。
「お前、まだ食うのかよ」
ディーンは呆れたように言いながらも、大皿からローストビーフを二枚取ってやった。
「当たり前だろ。これでしばらくここの飯ともお別れなんだからよ」
デイヴはそう答えると、肉を口いっぱいに頬張り、カボチャジュースで流し込んだ。朝食も昼食もいつもどおり食べていたはずなのだが、まるで三日間何も食べていなかったかのような勢いだった。
隣のシェーマスも負けじとソーセージを三本皿に取り、マスタードをたっぷり塗りつけていたが、デイヴの食欲には到底及ばなかった。
「それにしても、もう一年終わりなんだな。なんか、あっという間だったよ」
ディーンはそう言いながら、パンを一口齧った。
「そうか? 俺にはクソ長かったけどな。特に試験前の二週間」
「そりゃお前が勉強しなかったからだろ」
「やっただろうが。ちゃんと」
「変身術と呪文学ばっかりな」
「うるせえな。ほかもやったわ」
デイヴは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、ディーンもシェーマスも笑っているだけだった。
実際、試験前のデイヴがいったい何をしていたのか、二人はよく知っている。もっとも、その努力がどの程度成績に反映されるかについては、本人も含めて誰にも分からなかった。
大広間では生徒たちの話し声が絶えず、あちらこちらで夏休みの予定や試験の出来についての会話が交わされていた。すでに試験は終わっているというのに、自分の解答が正しかったかどうかを友人と議論している生徒もいたが、デイヴたちはそんなものには興味を示さなかった。
「しかし、あっち戻ったってフットボールのシーズンはもう終わっちまってるんだよな」
ディーンが残念そうに呟いた。
どうやら、彼の頭の中はすっかりマグルの世界へ戻っているらしい。デイヴも同じことを考えていたのか、口に入れていたローストポテトを飲み込むと、ひどく面白くなさそうな顔になった。
「ああ。しかもユナイテッドは三位だ。アーセナルが優勝しやがった。おまけにリヴァプールより下だぞ。最悪だろ」
「でも、お前んところは毎年のように優勝してるじゃないか。今年くらい我慢しろよ」
「ふざけんな。優勝できなきゃ意味ねえんだよ」
「ウェストハムなんか七位だぞ。それでも俺は喜んでるんだからな」
「七位で喜べるなんて幸せな奴だな、お前は」
「三位になって文句ばっかり言ってる奴よりはな!」
ディーンが笑いながら言い返すと、デイヴは片眉を上げ、フォークの先でラムチョップを突き刺した。
「来シーズン見てろよ。今度はぶっちぎってやるからな」
「去年も同じこと言ってたぞ」
「去年は優勝しただろうが」
「それで今年は三位だろ?」
「……お前、喧嘩売ってんのか?」
二人のやり取りを聞いていたシェーマスは、とうとう堪えきれなくなって笑い出した。
マグルのスポーツにそれほど詳しくないネビルには、二人が何をそんなに熱心に議論しているのかよく分からなかった。しかし、どうやらデイヴの応援しているチームが負けたらしいということだけは理解できたので、余計なことは言わず、黙々とマッシュポテトを食べ続けていた。
「そういや、今はワールドカップやってるんだろ?」
ディーンが思い出したように言った。
「日本と韓国でな。ったく、こんなところにいるせいでろくに試合も見られねえ。帰ったら録画してもらったやつを見るつもりだ」
「結果を先に聞いちまったらどうするんだ?」
「聞かなきゃいいだろ」
「そんな簡単にいくかよ!」
デイヴは答える代わりに肩をすくめ、最後のラムチョップから肉を削ぎ落とした。彼の皿には、つい先ほどまで山のように積まれていた料理の残骸が、骨を除いてほとんど残っていなかった。
その頃、医務室からようやく解放されたハリーが大広間に姿を現した。
彼が扉をくぐった途端、それまで賑やかだった周囲の声が一瞬だけ小さくなり、次いで、それまで以上のざわめきが広がった。何人もの生徒が立ち上がって彼を見ようとし、上級生の中には拍手を送る者までいた。
ハリーは少々居心地が悪そうに肩をすくめながら、ロンとハーマイオニーの座っている場所へ急いだ。
「おっ、来たぞ。英雄様のお出ましだ」
シェーマスが笑いながらそう言うと、ディーンも振り返った。
「元気そうじゃないか。よかったな」
デイヴはローストビーフを噛みながらちらりとハリーを見やったが、それ以上は何も言わなかった。ただ、目が合ったときに片手を軽く持ち上げただけで、すぐに料理へと注意を戻してしまった。
ハリーもそれに気づいたらしく、小さく笑って手を振り返した。
もっとも、ネビルはハリーの姿を見た途端、またしても目を潤ませ始めていた。
「……本当に、よかった……」
ディーンは彼の肩を軽く叩いた。
「ほら、ちゃんと元気だろ? もう気にするなって」
どうにか涙を堪えたネビルは、小さくうなずいた。
さて、そんなことをしているうちに、話題は自然と夏休みのことへ移っていった。
「お前ら、夏休みはどうするんだ?」
シェーマスが尋ねた。
「僕は家族と出かけるかもしれないな。まだ決まってないけど、母さんが海に行きたいって言ってたんだ」
ディーンはそう言って、グラスにカボチャジュースを注いだ。
「お前は?」
そう尋ねられたシェーマスは、少し考えてから答えた。
「たぶんアイルランドで親戚に会うと思うよ。それと、父さんがキャンプに行こうって言ってたな。母さんは乗り気じゃないみたいだけど」
「なんで?」
「去年、父さんがテントを張るのに失敗して、夜中に雨で全部倒れちまったんだ。母さんが魔法で直してくれなかったら、俺たち全員ずぶ濡れだったよ」
その話を聞いたディーンは愉快そうに笑った。ネビルもつられて笑い、祖母に頼めばどこかへ連れていってもらえるかもしれない、と控えめに話した。
「で、デイヴ。お前は?」
ディーンが尋ねると、デイヴは皿に残っていた最後のローストポテトをフォークに突き刺しながら、あっさり答えた。
「どこも行かねえよ」
「えっ、どこにも?」
「ああ。マンチェスターに帰って終わりだ」
「ずっと家にいるつもりか?」
「さあな。街でもぶらつくんじゃねえの。フットボールやったり、テレビ見たり、適当に遊んだりよ。別に遠くまで出かけなくたっていいだろ」
実際、デイヴには夏休みに旅行へ出かけようなどという考えはなかった。母親のエルサも仕事で忙しいし、そもそも本人が観光旅行というものにさほど興味を持っていないのである。
それよりもサルフォードの慣れ親しんだ街を歩き回り、近所の連中とフットボールをして、腹が減ったら適当なものを食べ、夜になったら家へ帰る。そんな毎日のほうが、彼にとってはずっと魅力的だった。
「つまんねえ夏休みだなあ」
シェーマスが言った。
「うるせえな。お前の親父みてえに雨漏りするテントで寝るよりましだろ」
「今年は新しいテント買ったんだぞ!」
「じゃあ今度は新品が倒れるんだな」
ディーンが噴き出し、シェーマスは不服そうに口を尖らせた。
そうして四人が笑っているうちに、テーブルの上の料理が少しずつ片づけられ始めた。デイヴはまだ食べ足りないような顔で空になった皿を眺めていたが、やがて目の前の金皿がきれいに空になり、代わりに色とりどりのデザートが現れると、たちまち機嫌を直した。
そこには、焼きたてのアップルパイ、艶やかなチョコレートケーキ、カスタードクリームを挟んだエクレア、苺のトライフル、それに黄金色のシロップが染み込んだトリークル・タルトなどが、所狭しと並んでいた。
「おお、いいじゃねえか」
デイヴは満足そうに呟くと、さっそくアップルパイを大きく一切れ取り、その隣にバニラアイスクリームを二玉載せた。さらに、チョコレートエクレアを二本と、トリークル・タルトまで皿に移している。
「お前、まだ食うのかよ!」
ディーンが心底驚いた声を上げた。
「デザートは別腹だろ」
「お前の腹、いくつあるんだ?」
「四つくらいじゃねえの」
デイヴは平然と答え、アイスクリームが溶けかかったアップルパイを口に運んだ。温かい林檎の甘酸っぱさと冷たいバニラの風味が混ざり合い、なかなか具合がよかったらしい。彼はしばらく無言で食べ続け、それから隣にあったトライフルにも手を伸ばした。
ネビルは苺の載ったスポンジケーキを食べながら、先ほどから何度もハリーたちのほうを眺めていた。今はロンが何やら大げさな身振りで話しており、ハーマイオニーがそれを訂正し、ハリーが笑っている。三人とも、医務室にいたことなど嘘のように元気そうだった。
その光景を見て、ネビルもようやく安心できたらしかった。
大広間に満ちていた賑やかな話し声が次第に落ち着いてきたのは、それからしばらく経った頃だった。
最後のデザートが片づけられ、黄金の皿や銀のゴブレットだけがテーブルに残ると、教職員席の中央に座っていたダンブルドアがゆっくりと立ち上がったのである。
白く長い髭を胸元に垂らした校長は、大広間を見渡し、いつものように穏やかな笑みを浮かべた。
「さて、諸君。楽しい宴の最中に申し訳ないが、そろそろ今年度の寮対抗杯について話さなければならんようじゃ」
その言葉に、スリザリンのテーブルから早くも歓声が上がった。マルフォイは隣のクラッブに何事かを囁き、得意そうに胸を張っている。
デイヴはエクレアの最後の一口を飲み込み、ナプキンで口元を拭った。
「お、始まるのか」
ディーンが呟くと、シェーマスはうんざりしたように緑色の垂れ幕を見上げた。
「どうせスリザリンだろ。あんなに飾りつけしちまってるし」
「まあ、そうだろうな」
デイヴも特に期待していないらしく、椅子の背もたれにだらしなく寄りかかった。
ダンブルドアは杖を取り出すと、各寮の得点を順番に発表し始めた。
「まず第四位、グリフィンドール。三百十二点。第三位、ハッフルパフ。三百五十二点。第二位、レイブンクロー。四百二十六点。そして第一位は、四百七十二点のスリザリンじゃ」
予想どおりの結果だった。
スリザリンのテーブルでは、生徒たちが一斉に拍手を送り、何人かは立ち上がって歓声を上げていた。銀色の食器を叩く音が響き、マルフォイも満足そうにゴブレットを持ち上げている。
「四位かよ。ひでえな」
シェーマスがぼやいた。
「まあ、百五十点も一度に失くしちまったからな」
ディーンはそう答えたが、その言葉を聞いたネビルは、またしても申し訳なさそうに肩を縮めた。
しかし、ダンブルドアの話はまだ終わっていなかった。
「スリザリンの諸君、おめでとう。実に見事な成績じゃ。じゃが、今年は少々特別な出来事もあったのでな。最後にいくらか点数を加える必要があるじゃろう」
大広間がざわついた。
それまで勝ち誇っていたスリザリン生たちも、何事かと教職員席へ視線を向けている。
ダンブルドアは眼鏡の奥で目を輝かせながら、グリフィンドールのテーブルに向き直った。
「まずはロナルド・ウィーズリー君。彼は見事な判断力と勇敢さを発揮し、極めて難しい魔法のチェスを乗り越えた。そこで、グリフィンドールに五十点を与えよう」
一瞬の沈黙のあと、グリフィンドールのテーブルが歓声に包まれた。
「五十点だって!?」
シェーマスが椅子から半分立ち上がった。
ロンは顔を真っ赤にして俯いていたが、隣に座るハリーとハーマイオニーは嬉しそうに拍手を送っていた。少し離れたところでは、パーシーが隣の監督生に向かって、あれは自分の弟なのだと得意げに説明している。
「続いて、ハーマイオニー・グレンジャーさん。危険に直面しながらも冷静に考え、知識と論理によって困難を切り抜けたことを称え、同じく五十点じゃ」
再び大きな歓声が上がった。
ハーマイオニーは両手で口元を覆い、驚いたようにダンブルドアを見つめていた。やがてロンが彼女の肩を叩き、ハリーが何かを言うと、ようやく笑顔になった。
「おいおい、百点も入ったぞ!」
ディーンは驚きを隠せないようだった。
「でも、まだ足りないだろ?」
ネビルが小声で言うと、デイヴは指を折って計算した。
「四百十二点か。まだ六十点差だな」
そして、ダンブルドアは三人目の名前を呼んだ。
「最後に、ハリー・ポッター君じゃ。彼が示した並外れた勇気と決断力は、ホグワーツの歴史においても称えられるべきものじゃろう。よって、グリフィンドールに六十点を与える」
今度こそ、大広間が揺れるかと思うほどの歓声が上がった。
グリフィンドール生たちは一斉に立ち上がり、互いの肩を叩き合い、抱き合い、足を踏み鳴らした。フレッドとジョージはテーブルの上に乗りかねない勢いで騒ぎ、リー・ジョーダンは両手を口に当てて大声を張り上げている。
「同点だ! スリザリンと同点だぞ!」
ディーンが叫んだ。
デイヴも思わず椅子から身を起こし、スリザリンのテーブルへ目を向けた。
先ほどまで勝ち誇っていたマルフォイの顔からは、すっかり笑みが消えていた。クラッブとゴイルも呆然としており、まるで何が起こったのか理解できないといった様子だった。
「ハッ! 見ろよ、あの顔!」
デイヴは愉快そうに笑った。
「まだ同点だろ。どうなるんだ?」
シェーマスが身を乗り出したそのとき、ダンブルドアが再び片手を上げた。
「さて、もう一人、忘れてはならん生徒がおる」
大広間が静まり返った。
ダンブルドアはゆっくりと視線を巡らせ、やがてグリフィンドールのテーブルの一角に目を留めた。
「人は敵に立ち向かうとき、勇気を必要とする。じゃが、親しい友人に対して、自分が正しいと思うことを貫くにも、また別の勇気が必要なのじゃ」
ネビルはぽかんと口を開けていた。
ディーンとシェーマスは顔を見合わせた。
「そこで、ネビル・ロングボトム君。君の勇気に、グリフィンドールへ十点を与えよう」
数秒間、ネビルは何が起こったのか理解できなかった。
そして、次の瞬間だった。
「ネビル! お前だぞ!」
ディーンが彼の肩を掴んだ。
「十点だ! お前の十点で勝ったんだ!」
シェーマスが飛び上がり、ネビルを力いっぱい抱きしめた。その勢いで二人は椅子にぶつかり、危うくひっくり返りそうになったが、そんなことはどうでもよかった。
「ぼ、僕が……?」
ネビルは目を丸くしていた。
「僕が、十点……?」
その声は今にも泣き出しそうだったが、今度の涙は、先ほど寝室で流していたものとはまるで違っていた。
周囲のグリフィンドール生たちが次々にネビルのもとへ押し寄せた。上級生も下級生も関係なく、彼の背中を叩き、頭を撫で、手を握り、口々に祝福の言葉をかけていた。
デイヴはそんな様子を眺めながら、口の端を吊り上げた。
「よかったじゃねえか、ネビル。あれだけ泣いた甲斐があったな」
ネビルは顔を真っ赤にしながら、それでも嬉しそうに笑った。
そしてダンブルドアが杖を振り上げると、天井から垂れ下がっていた緑と銀の旗が、瞬く間に鮮やかな深紅と金色へ変わっていった。
教職員席の背後にあった巨大な蛇の紋章も消え、代わりに勇ましい金色のライオンが現れる。四つの長テーブルを飾っていたリボンも次々に色を変え、大広間全体が、まるで燃え上がるような赤と金に包まれた。
グリフィンドールの優勝だった。
ハッフルパフとレイブンクローのテーブルからも拍手が起こり、やがてそれは大広間全体へと広がっていった。スリザリンの七連覇が阻止されたことを、ほかの寮の生徒たちも心底喜んでいるらしかった。
マルフォイは苦虫を噛み潰したような顔で座り込み、スネイプは教職員席で何とも形容しがたい表情を浮かべていた。
その一方で、マクゴナガルは珍しく顔を紅潮させ、隣のフリットウィックと笑顔で言葉を交わしている。
「まったく、とんでもない逆転だな!」
ディーンが笑いながら言った。
「こりゃ最高だぜ! スリザリンの連中、今頃どんな気分だろうな!」
シェーマスも興奮した様子で叫んだ。
デイヴは椅子に座ったまま、口笛を吹いた。彼の視線の先では、ハリーがロンとハーマイオニーに挟まれ、次々とやってくる上級生たちから祝福を受けていた。パーシーはロンの手を握って何度も振り、フレッドとジョージはハリーの背中をばしばし叩いている。
そしてネビルは、相変わらずディーンとシェーマスに両側から抱きつかれ、すっかり顔を赤くしていた。
「おい、デイヴ! お前も来いよ!」
ディーンが手招きした。
デイヴは一瞬、面倒くさそうに眉を寄せたものの、やがて鼻で笑って椅子から立ち上がった。
「しょうがねえな」
そう言ってネビルのところへ歩いていくと、彼の髪を乱暴にかき回し、そのまま肩を抱いて一緒に笑った。
ネビルは少々苦しそうだったが、嫌がるどころか、ますます嬉しそうに笑っていた。
こうして、グリフィンドールの一年は、思いがけない大逆転によって幕を閉じることになった。
もっとも、つい先ほどまであれほど大量の料理を平らげていたデイヴが、この騒ぎの最中、まだ皿に残っていたエクレアを一本ちゃっかり持ってきていたことには、ディーンもシェーマスも気づいていなかった。
彼はネビルの肩を抱いたまま、もう片方の手でエクレアを齧り、スリザリンのテーブルを眺めて満足そうに笑っていた。
実に素晴らしい一年の締めくくりであった。
ここで賢者の石は終了となります。遅筆の私の作品を皆さん見てくださりありがとうございました。秘密の部屋編も温めております、というより大まかなプロットは完成しているのですぐ書き始められると思うのでお待ちください!!
やっぱり反省点としては
①遅筆
②音楽を絡められないことが多い
③文の量が多い
この3点かなと思っております。
秘密の部屋編では少なくとも1,2あたりは直していきたいですね。
繰り返しにはなりますが、賢者の石編はこれで終了になります。見ていただき有難うございました!秘密の部屋編にご期待ください!コメントやここ好きお待ちしてます!!さらば!!