Fate/American Dream 作:おみかんみ
セイバー-1
聖杯戦争。
それは万物の願いを叶えるとされる願望機、『聖杯』を求め巻き起こる争い──否、殺し合いだ。
争うのは人類の記憶より呼び覚まされる七騎の英霊、そしてそれを従える七人のマスターたち。
彼らは最後の一組になるまで、その命を賭して戦う。
聖杯を手にするために。
しかし、聖杯戦争は五度目にして終焉を迎えた。
その形に差はあれど、どのような結末においても破壊され、解体され、跡形もなく消滅するような形で。
もう戦争は起きない。
──当然、そんなことはない。
『願いを叶える』。
そのためならば、何でもできるような人はいるだろう。
それが外道であるならば手段を選ばない、という選択肢をとることもできる。
聖杯は解体された。
確かに解体はされたが、それでも解体には時間を要したのだ。
即ち解体し切る前にできることはあった。
確かにもう聖杯は存在しない。
存在はしないが型は存在する。
型が存在するならば──……鋳造は可能。
故に聖杯はもう一度輝きに満ちる。
数多の陰謀、数多の幻想、そして数多の絶望を抱えて。
満月が照らす街の中。
既に深夜を迎えた時間帯、住宅街となればもはや人の姿はない。
ここはアメリカであるが故に尚更だ。
アメリカ合衆国ネバダ州『スプリング・バレー』。
ラスベガスの南に位置し、北に行けば『スノーフィールド』が存在する、住宅街とビル街が混じり合った歪な都市だ。
そんな場所の住宅街、街灯が道を照らす中を俺は死に物狂いで走り続けていた。
背後より迫る影から逃げるようにして。
「はぁっ、はぁっ……! くそっ、なんなんだっ、一体っ……!」
広く広がる道路、静まり返った街。
そこでは確かに気配一つ、音一つしないのに、背後からの圧が無慈悲にも告げる。
逃がしはしない、と。
「畜生ッ……! 俺がっ、俺が何をしたってっ、言うんだっ……!」
事の始まりは簡単なことだった。
ただ──少し帰るのが遅れただけ。
たったそれだけだったのに。
金属のぶつかる音、その直後に巻き起こった突風。
あまりにも不自然な状況に、俺はそれを確かめるべく近づいてしまった。
それが運の尽き。
俺が見たもの、それは広く広がる公園でぶつかる二つの影だった。
二つの影は手に持った物──槍のようなものと剣のようなものを振るい、ぶつかり合っていた。
金属がお互いを弾き合い、一振一撃が辺りへ衝撃波を散らす。
常軌逸した光景に思わず後退りをしたその時、落ちていた枝を踏みつけ小さな音──意識してもわからないような音を出してしまったのだが、その瞬間、影の一つがこちらを見た。
そうして俺も走り出したのだが、そこからずっと背後からの圧がしている。
どこまで逃げても圧は途絶えない。
いい加減にしてほしいが……この感じでは、どこまで逃げても無理そうであった。
「クソぉッ……!」
悪態をつきながら俺は路地へと入る。
狭い路地の中、隙間を潜り抜けては別の通りへ。
それを数回繰り返し、遂には我が家が近づいてきていた。
最後の路地、ようやく抜ける! ──……そう思えていたのは、ほんの一瞬だった。
路地を抜けようとした瞬間、後ろから降り立つような音と同時に全身の鳥肌が一斉に立つ。
足が竦み、身動き一つ取れない。
この感情を俺は今、たった一言で表すことができた。
『恐怖』
全身を包み込む恐怖が俺に動くなと、そう告げている。
「よぉ、兄ちゃん。何処へ行くんだ?」
言葉一つ、動き一つ、それら全てに対し、俺の本能が告げる。
逃げなければ死ぬ、と。
だが体は動かない。
俺にできるのはただ振り返ることだけだった。
「い、家に、帰ろうと思ってな」
男の質問に答えながら振り返ると、そこには槍を携えた茶髪の男が立っていた。
一般的な男よりは遥かに鍛え上げられているが、それ以上に何かを内包していることが直感で理解できた。
間違いなく、あの肉体以上の動きをすることを。
「そうか、家か……家はいいもんだよなぁ。俺もよ、いくつか館持ってたんだが、心地のいい場所だったもんだ」
「そりゃあ、随分と豪勢な話だな……」
「せっかくなら見せてやりたいとこだが。ワリィな、
自身を落ち着かせるべく軽口を叩いてみるも、鳥肌は収まらないし、恐怖の警報は鳴り止まない。
どうにか落ち着かせるべく、会話とともに深呼吸を試みるが、向こうはそれを許してくれそうにはない。
「ま、話はここいらにしとくか──んじゃまぁ、死ねや」
軽く槍を振り回し構えを取ると、槍を逆手にして俺の腹めがけて投擲した。
死が直前に迫る感覚に俺の意識が生存を叫ぶ。
俺は咄嗟に、着ていたコートに腕を突っ込み、模様が刻まれた
すると投げられた紙が投擲された槍に当たる。
その瞬間、紙が極光を放ち槍に軌道をわずかにずらす。
ほんの少し距離があったことで、投擲された槍は俺のコートの一部を削り取り、路地の突き当たりにあった壁へと突き刺さる。
骨董品だっただけに発動するか不安だったが、それは確かに発動して俺の命を救った。
「ほぉ、矢避けの類いか?」
「そんなとこだ。クソ親父の遺品だがな」
「つーことはお前、魔術師か」
「俺は魔術師じゃねぇ! 受け継いだのは姉貴のほうだ!」
声を荒げながら新たな紙を取り出し引き千切ると、紙から仄かな匂いとともに極光が辺りを照らす。
男が光に視界を潰されたのを見て、俺はその場からやっとの思いで走り出した。
簡易魔術使用、『
父親が残したものの一つであり、魔術を継ぐことがなかった俺が、魔術を使う数少ない手段。
これを用いて矢避けと追跡阻止を放った。
が、これはただの時間稼ぎに過ぎない。
やつがなにかわからないが、少なくとも人間ではない。
故に、この追跡阻止がどこまで保ってくれるか──。
「逃さねぇよ」
風を切る音が背後から聞こえた瞬間、俺の脇を鉄の棒が掠める。
突き当りまで走ってきていた俺は、真横に刺さった鉄の棒を見て冷や汗とともに後ろへと視線を向ける。
男は目を瞑っていた。
確かに目を瞑り、見えない状態に陥っていた──のに。
脇に落ちていた鉄の棒片手に、一切の迷いなくこちらへと向かって来る。
「なッ──な、なんなんだ、お前は!」
「……名は教えられねぇ」
だからこう名乗ってやる。と言って、その名を告げる。
「【
そう言って軽く鉄の棒を振り回すと、俺に向けて刺突を放つ。
棒は明らかに異常な速度、だと言うのに男、ランサーの反応を見る限りかなり手加減している。
俺は全力を以て反応し、懐からまた紙を取り出して地面に叩きつけた。
やつの一撃が当たる瞬間、地面に触れた紙が強烈な爆発を引き起こす。
爆発は俺を横へと吹き飛ばし、油断していたやつに後退りさせる。
周囲は爆発により巻き起こった砂埃で、視界が一気に悪くなった──が、やつはきっとこれを抜けて殺しにかかるだろう。
だから俺は今と同じ紙をもう一枚取り出し、壁へと貼り付ける。
そうして二、三歩下がると、壁に貼り付けた紙が爆発を起こして壁を破壊し、流れ落ちてきた瓦礫によって新たな壁が築かれる。
単なる時間稼ぎにしかならないだろうが、ともかく今はこれで逃げるしかない。
俺は必死に走り出す。
背後を気にすることなく、ただひたすら家へと帰るために。
家ならば親父の遺した結界が働く。
ランサーと名乗ったあの男がどういった存在かは知らないが、少なくとも何とかなるはずだ。
なってくれなければ困る。
そうして路地を抜け別の住宅街に。
その中に一際大きな、パット見で目立つ屋敷が一つ建っていた。
俺は疲れから少しよろけながらも、なんとかその屋敷へと転がり込む。
「はぁっ、はぁっ……ここまでくれば、結界がっ……」
守ってくれる──はずだった。
突如、大きな破壊音が別の部屋から響く。
俺は息を呑んで、荒れていた呼吸も押さえつけ、体を起こし周囲へと視線を向ける。
まさか、と考える前に、声が響いた。
「なかなか良い家に住んでんじゃねぇか!」
結界意味ねぇのかよ! と心のなかで声を荒げながらも、それを口にすることなく立ち上がり走り出す。
階段を登り二階へ上がり、兎にも角にもと親父の部屋へ急ぐ。
が、突然足元から生えてきた槍に気を取られ、前へと転げる。
「男なら潔く死んだらどうだ!?」
「う、るせぇ! 死んでたまるかッ!!」
下からこちらへと向かう足音を聞き、俺はすぐさま立ち上がると一番奥の部屋へと入って即座に鍵をかけた。
部屋の中は静かで、唯一の明かりは月明かりのみ。
少し埃っぽく、親父が死んで以降俺は一切手を付けてないこともあって、部屋の中は乱雑に散らかっていた。
結界はまともに働かなかった。
俺の手にある魔術の遺品も通じない。
全ては親父の
「親父の遺した遺言は……二つ」
俺は今日、殺されるということ。
そしてもし殺されそうならば、この部屋にある宝石のついたナイフを手に取り、部屋の中心に突き立てろ、と。
親父は昔っから少し変だった。
人間として、魔術師として、何考えているか分からないし、そもそも家にいなかったことがほとんどで、俺たちのことをどう考えていたのかもわからない。
でも、少なくともあいつは俺に言葉を遺した。
そこには理由があるはずなんだ。
「……やるしか、ないか」
机の上に置いてある妙に小綺麗な箱を開く。
すると中には、宝石で過剰に装飾の施されたナイフが一本、赤い布に包まれて入っていた。
「これ、か?」
箱の中のナイフを手に取るとほぼ同時に、鍵をかけたドアが蹴破られる。
俺は後退りをしながら、蹴破られた方のドアをほう見ると案の定、槍を持った男が立っていた。
「よぉ、観念したか?」
「しつこいんだよ、お前っ……!」
「口封じ、ってやつだ。見ちまった自分を恨むんだな」
ランサーは表情一つ変えることなく槍を手に、俺に向かって刺突を放つ。
それ紛れもない最後の一撃。
もはや避けようはないし、逃げる道も存在しない。
でも希望はある。
最後に残った希望は、この片手に握られたナイフだけ。
できることはこれを地面に突き刺すという行為のみ。
やるか、死ぬか。
となれば単純明快。
「ぅ、ぉおおおおおおおッ!!!」
槍が放たれると同時に走り出す。
と、言うよりも飛びついた、飛びついた言うべきか。
俺はその片手に握ったナイフを握りしめ、部屋の中心へと飛びつく。
そうして最後に残った希望であるナイフを、槍が当たる寸前で地面に突き刺した。
穿たれる極光。
『取込魔術』で放った、簡易的な追跡阻止のそれとは明らかに違う。
異常な光の瞬きとともに突然、激しい金属の音が辺りに響く。
極光に視界を潰され、尻もちつくこしかできない俺には何もわからない。
わからないが、俺は今生きている。
「なっ──て、テメェはッ!?」
ランサーの動揺する声に重なる、二回目の激しい金属音。
そして直後に壁を破壊する音に窓ガラスが割れる音。
そこでようやく視界が戻ってきて目を開く。
すると視界に映ったのは大きく荒れた部屋の中。
壁は完全になくなっており、今にも崩れ落ちそうだった。
──だが、そんなことよりも。
俺は部屋の中心に立つ少女に視線を奪われた。
それは月明かりに照らされて、灰色の髪が輝きと共に揺らめく。
十字に刻まれた外套が風に揺れ、右手に握られた十字の剣が月の光を反射する。
反射した月明かりに照らされ、明かされた彼女の横顔は美しく、俺はその光景に呆然として床に座り込むしかなかった。
たった今、目の前に死が迫っていたと言うのに。
極光と共に突然現れた彼女は、臆することなくその死を防ぎ俺を救ったのだ。
頭が纏まらない。
思考が定まらない。
でも理解はできた。
この
「一体、なんなん、だ──……?」
鈍った思考の果てに出せたのは、そんな言葉だった。
彼女は俺の言葉に反応するようにして振り返ると、その青い二つの目で俺を見据え口を開く。
「問いましょう。貴方が私のマスターでしょうか」
それが俺の運命を変えることとなる、彼女との出会いだった。
その日、七騎目の英霊の召喚に呼応し、聖杯戦争は幕を開けた。
しかしその聖杯は歪。
正規のものではない。
型から鋳造し外面を取り繕っただけの、言わばパチモノ。
外面だけ──
作ればいい、中身を。
「手段は問わない。霊脈を枯らそうが、幾万の人々が死のうが、この戦争を完遂できれば、
斯して、歪な聖杯戦争は幕を開ける。
数多の思いを乗せて。
「しかし