ダンまちTACTICS   作:Leni

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10.ベル、初めての小さな冒険

 ダンジョン『上層』の中でも中間地点となる7階層。その南西方向の隅にある『ルーム』で、ベルとリリは巨大蟻の大群を相手していた。

 

「東・三! 北・一! 北はリリが、ベルさんは東を優先! 足場がないので東口近くで!」

 

「了解! ハアッ!」

 

 通路から姿を現そうとしていた巨大蟻三匹をベルが得意の『聖剣技』でまとめて薙ぎ払い、リリルカの援護をしようと振り返る。

 だが、すでにリリルカも槍で『魔石』を突いて巨大蟻を倒しており、上半身を起こした独特のフォルムの蟻が灰の山へと変わっているところだった。

 

「ふう、計算が正しければ、これで必要『JP』に到達しているはずです。一旦、休憩(レスト)としましょう」

 

 リリルカはそう言って、『ルーム』の中央に放置していた死にかけの巨大蟻『キラーアント』の胸部を突き、トドメを刺した。

 モンスターにとっての核である魔石を失い、『キラーアント』は灰の山へと変わる。

 

「はー、疲れた……」

 

「さすがのベルさんも、この数を相手にしたら疲労するのですね」

 

「そりゃあね。『Lv.』が高い人たちと違って、夜目は利かないし、無尽蔵の体力もないよ。多数の敵との戦い自体は、戦争で慣れているけど」

 

「ベルさんが異世界(あっち)で得た強さは、あくまで戦闘時に限定した強さだと思った方がいいようですね……」

 

 リリルカは、その可愛らしい顔をわずかに歪ませて、ため息を吐く。

 そして、ベルに向けて言った。

 

「仕方ありません。もう一度、回復薬(ポーション)を飲みましょう。体力の回復です」

 

「必要『JP』に達したなら、わざわざ消費する必要はないんじゃない? 回復薬は『戦争遊戯(ウォーゲーム)』でも重宝するだろうし……」

 

「何を言っているのですか。これからまた、魔石の処理作業の時間ですよ。これだけのモンスターの死骸、放置して帰還したら大問題になります」

 

 リリルカがそう言って、周囲を見回した。

 そこには、『ルーム』を埋め尽くすほどのモンスターの死骸が転がっている。そのほとんどが、『キラーアント』のものである。

 

「モンスターが『魔石』を食べたら、強くなっちゃうんだったね」

 

「ええ。『魔石』を取りこみ続けると、『強化種』という厄介なモンスターへと変わっていきます。なので、モンスターを倒したら『魔石』の回収は必須なのですが……」

 

 そこまで言って、リリルカは「えいッ」と可愛らしい声を上げながら、近くにあった死骸の一つに槍を突き入れた。

 

「もう夕方近いですし、『魔石』を丁寧に取り出している時間はありません。惜しいですが、午前の攻略と同じように、『魔石』を破壊していきましょう」

 

 この世界におけるモンスターは、『魔石』を体内から失うと、その身体を維持することができなくなり灰へと変わる。それは、死んだ後のモンスターから『魔石』を抜いた場合でも同じ現象が起こる。冒険者は倒したモンスターから『魔石』を抜き取ることでその邪魔な死骸を灰にし、さらに『魔石』を地上まで運んでギルドに売ることで日々の儲けとする。

 よって、モンスターの死骸がダンジョン内に放置されているということは、通常起こりえない。もし死骸が放置されているとしたら、戦闘の途中で冒険者が逃げ出したか、もしくはモンスターに冒険者が敗北したかのどちらかだ。

 

 この『ルーム』にも、モンスターの死骸が山ほど転がっているが……しかし、これは特殊な状況である。

 リリルカは、この死骸となって転がっている蟻型のモンスター『キラーアント』の習性を利用して、長時間の狩りを行なったのだ。

 

『キラーアント』は死に瀕すると、助けを求めて目に見えないフェロモンのようなものを周囲に発して、他の『キラーアント』を近くに呼び込むのだ。本来ならば、あまりにも危険すぎるとして、推奨されていないフェロモンを用いた定点狩り。しかし、リリルカはベルに手っ取り早く数を狩らせる手段として、禁忌を破った。

 

 そのおかげで、ベルはこの一日で、十分な『JP』を得られた確信があった。さすがに、いつモンスターが出現するとも分からないので、『魂の結晶(クリスタル)』の力の編集画面を呼び出すことはしていないが。

 

「さあ、惜しいですが、回復薬を飲んで最後の一仕事をしましょう。あ、もちろん、モンスターの奇襲には注意を払いながらですよ。特に、『ウォーシャドウ』には注意です」

 

 リリルカにそう促され、ベルは今朝購入したばかりのレッグホルスターから、一本の硝子容器を抜いた。

 それは、中身が液体で満たされた、試験管のような細長い円筒形の容器である。これこそが、体力の回復と怪我の治療をしてくれる即効性の薬、ポーションである。

 ベルは『キラーアント』との長時間の戦いでかすり傷すら負っていないが、体力は尽きかけている。

 よって、ベルは試験管の栓を抜いて、中に入っている液体を飲み干した。

 すると、身体の奥底から活力が湧いてくるような感覚をベルは覚えた。ポーションを飲んだ直後だというのに、尽きかけていた体力がいくらか回復したのだ。まさに即効性という言葉が相応しい効能だ。

 

「ふう、イヴァリースにもポーションはあったけど……丸い瓶で取り回しが悪かったんだよね。この容器は携帯に便利だなぁ」

 

 ベルは、飲み終わったポーションの容器を目の前に掲げてマジマジと見る。

 

「ほら、ベルさん。体力が戻ったのなら、『魔石』を砕いて回りますよ。でないと、いつまで経っても帰れません」

 

 リリルカもポーションを飲み終わったのか、すでに動き始めてそこらに転がる『キラーアント』に槍を突き入れていた。

 ベルもそれに(なら)って近くに転がる『キラーアント』の甲殻に剣を突き立てようとするが……。

 

「あ、そうだ、この剣だと、簡単には甲殻を貫けないんだった」

 

 ベルが手にしている、ヴェルフ特製の鋼鉄の剣だが、強度の関係で『キラーアント』の甲殻を貫くのは難しいようであった。戦闘中もベルは、『剣気』を練りつつ関節部を狙うことで、『キラーアント』に斬撃を通していた。

 一方、リリルカは軽々と『キラーアント』の甲殻を貫いて『魔石』を砕き続けているが、こちらはさすが三億ヴァリスの槍といったところだろう。もっとも、《ヘスティア・スピアー》は眷族と共に成長するというキワモノ武器なので、値段相応の強度は全くないのだが。

 

 そんなリリルカの様子をチラリと見てから、ベルは『剣気』を身にまとい、戦闘中に幾度も使った『聖剣技』で『キラーアント』の死骸を内部の『魔石』ごと粉砕した。

 轟音が『ルーム』内に響くが、リリルカはベルの方を見ることもせず『魔石』の処理を進める。

 だが、気になることは気になるのか、彼女は手もとから目を離さずにベルに向けて言った。

 

「『剣気』、でしたか。想像以上の代物でしたね。扱えるのならば、リリも扱ってみたかったのですが……」

 

「無理だろうね……。僕も、向こうの世界で『クリスタル継承』するまで使えなかったから」

 

「うーん、残念です」

 

 言うほど残念そうな顔をせずに、リリルカは黙々と魔石の処理を続け、ベルも『聖剣技』を連発しながらひたすらモンスターの死骸を灰にし続けた。

 ちなみに、ベルが使う『聖剣技』をはじめとした『全剣技』は、いくら使用しても何かを代償にするということはない。生命力(HP)精神力(MP)も消費しないのだ。唯一、身体を動かした分の体力を消耗するが、それは剣を振るう以上避けられないことである。

 

 ノーリスク・ハイリターン。それが、ベルの使う『剣気』だ。扱えるのならば扱ってみたいというリリルカの台詞も、もっともであった。

 

 そんな『剣気』による技の後押しもあって、ベルたちは『ルーム』を埋め尽くす死骸を全て処理し終えた。そして、『魔石』以外の戦利品である『ドロップアイテム』をリリルカの円筒状のバックパックに限界まで詰め込んで、7階層を後にするのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「7階層!? 何をやっているの、あなたたちは!」

 

 冒険者の多くが帰宅するか、酒場に繰り出すかした、夜半。ギルド本部にて、リリルカのアドバイザーであるエイナ・チュールの怒声が響く。

 本来ならとっくにエイナの退勤時間は過ぎており、遅番の者と交代しているはずの時間だ。

 だが、エイナはいつまで経っても帰ってこない二人を心配して、遅くまで残業していた。

 

「何って、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の最後の準備ですよ。ヘスティア様も、今日はオラリオ中を駆け巡ってアイテムの補充をしてくださっているはずです」

 

 怒りを露わにするエイナに対し、リリルカはあっけらかんとした様子で答えた。

 すると、エイナは何を言われたのか分からぬまま、怒りのまま言葉を返そうとし、そして返すべき言葉が見つからずピタリと動きを止めた。

 そして、数秒経った後、エイナはようやくリリルカの言葉が飲み込めたのか、まとっていた怒りの気配を鎮める。その代わりに、彼女は複雑そうな表情を浮かべ始めた。

 

「準備って……リリさん、あなた、本気で戦うつもりなの?」

 

「いえ、違います」

 

「そうよね……危ないものね」

 

「本気で勝つつもりです」

 

「!?」

 

 リリルカの大言壮語(たいげんそうご)としか捉えられない言葉に、エイナは絶句する。

 しかし、エイナは知っている。目の前にいる小人族(パルゥム)の少女は、計算高く、狡猾だと。そんな彼女が、根拠もなしに蛮勇とも取れる言葉を自分に吐くはずがない。エイナは、そう思い、一つ理解した。

 何かは分からないが、リリルカはオラリオの皆をあっと言わせるような一手を用意しているのだと。

 

 そして、その一手を打つためには、新米冒険者であるベル・クラネルという少年と一緒にダンジョンの7階層へと行く必要があった。エイナはそんな確信を持った。

 だから、エイナは怒りを完全に鎮めて、声量を抑えて言った。

 

「『戦争遊戯』が終わったら、本気で叱るからね」

 

「ええ、何を言うか、しっかり考えておいてください」

 

 その二人のやり取りをリリルカの横で聞いていたベルは、格好いいなこの人たち、などとのんきなことを思っていた。

 エイナがリリルカを叱るには、【ヘスティア・ファミリア】が勝利を収めなければならない。今の二人の言葉は、そのことを前提にしたやり取りだったのだ。

 

 そうしてリリルカとベルは、心配そうな目で見るエイナに見送られてギルド本部を後にした。

 ギルド本部『万神殿(パンテオン)』は、ダンジョンの(ふた)である巨塔『バベル』とそれを囲むように存在する中央広場(セントラルパーク)から伸びる八つのメインストリートのうち、北西のメインストリート沿いに存在する。

 そこからリリルカたちは流しの馬車に乗り、中央広場を経由して、北東のメインストリートへと進んだ。

 

 オラリオ北東の区画は、簡単に言ってしまうと工業区であった。

 工具を扱う専門店に、工場、工房と職人が集まった場所である。昨日ベルたちが会ったヘファイストス神の工房も、この区画に存在していた。

 ベルはオラリオに来て二度目となるこの区画を見て、イヴァリースの機工都市ゴーグを思い出していた。あの都市も、工房が連なり職人がそこらを歩いているそんな土地であった。

 

 ベルが一ヶ月前の記憶を懐かしむ間にも、馬車から降りたリリルカは北東の区画を進む。

 メインストリートから逸れ、石造りの細い道に入り、入り組んだ路地を何度も曲がる。

 

 そうするうちに、リリルカは一軒の平屋造りの工房の前で足を止めた。

 そして、彼女はノックもしないで工房に足を踏み入れ、叫ぶ。

 

「ヴェルフさん! 来ましたよ!」

 

 すると、工房の奥からノッソリと黒い着流し姿の男が姿を現した。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾだ。

 その彼は、ベルとリリルカの姿を見つけると、「遅えよ」と悪態を吐いた。

 それから彼は「ついてこい」と言って工房の奥へと一人進む。

 慌ててリリルカとベルがそれを追うと、そこにはすでに炉の火を落とした鍛冶場があった。

 

 今朝見たばかりのヘファイストス神の工房とはまた違ったその空間に、ベルは思わずキョロキョロと周囲を見回してしまう。

 一方、リリルカはヴェルフの前へと進み、無言で彼の前に立った。魔剣の提出を急かすことはしない。リリルカは、ヴェルフがどれだけ『クロッゾの魔剣』を巡って客に嫌な思いをさせられてきたか、本人から聞いているからだ。

 

 すると、ヴェルフはあっさりと、彼女の前に新しい『クロッゾの魔剣』を出してみせた。

 いや、それは魔剣ではなかった。

 リリルカが目にした物は、木の箱に入った一本の矢であった。

 

「矢型の『クロッゾの魔剣』、『破窟(はくつ)』だ」

 

「本当に矢尻を魔剣にしたのですね……」

 

 ヴェルフが箱の中の、燃えるような紅い色に輝く矢尻が付いた、一本の矢。

 その美しさに、リリルカは思わず息を飲んだ。

 そして、ベルもリリルカの隣に立ち、その矢と矢尻を見る。ベルは魔剣を初めて目にするが、確かにその矢尻からは独特の魔力(オーラ)を感じた。

 

「一般的な魔剣は、振るうことで刃から魔法が放射されることは知っているな? だがこの矢は、直進する炎や雷が刃から飛び出ることはない」

 

 ヴェルフがそう言うと、リリルカは何かを察したのか、なるほどとうなずいた。

 

「この『クロッゾの魔剣』は、森を焼き、海を割ることはないというわけですか」

 

「ああ、その代わり、この矢は撃ち込んだ箇所を徹底的に破壊する」

 

 リリルカは理解する。爆発を起こす使い捨てのマジックアイテムのように、この矢は効力を発揮するのだろうと。

 しかし、これは『クロッゾの魔剣』。どんなマジックアイテムよりも破壊力に優れているのだと、リリルカは理解した。

 

「魔剣を発動すると念じながら、この矢をあのすげえ弓で、城門か城壁にでも撃ち込んでやれ。そうすれば、大爆発を起こしてデカい穴が空くだろうから、そこから城の中に突入はできるだろ。あとは、お前たち次第だ。『クロッゾの魔剣』に頼り切らず、戦争に勝ってみやがれ」

 

 ヴェルフはそう言って、リリルカに矢の入った箱を手渡した。

 それをリリルカは大切そうに受け取ったあと、持参していた布で箱を丁寧に包み始めた。

 そして、彼女はバックパックの上部に箱をしまったあと、《アルテミスの弓》をベルに返却しているヴェルフに向けて、言う。

 

「魔剣の代金は、勝利後の賠償金を使います。なので、支払いは少々待ってください」

 

「いや、俺は魔剣で金を稼ぐつもりはねえ」

 

「おや、無償提供してくださるのですか?」

 

「ふざけろ。……どうせどっちが勝つか、賭けが開催されるだろう? 大穴のお前たちの勝利に賭けるから、俺を儲けさせろ」

 

「魔剣でお金は稼がないけれど、魔剣が貢献した勝利で、お金を稼ぐというわけですか」

 

 それはそれで、戦争に明け暮れていた王国(ラキア)に魔剣を献上して貴族となった、クロッゾの一族の軌跡を辿っているようだとは、リリルカは密かに思った。だが、彼女がそれを口にすることはなかった。代わりに、リリルカは一つの疑問を口にする。

 

「つまり、ヴェルフさんへの支払いは、『戦争遊戯』でのリリたちの確実な勝利だと。でも、リリたちが負けたらどうするおつもりで?」

 

 リリルカの無遠慮な問いかけに、ヴェルフは「ハッ!」と笑って答える。

 

「もう俺の中で、お前たちの勝利は決まっているんだよ」

 

 そして、ヴェルフは《アルテミスの弓》を手に持ったベルに目を向け、リリルカではなく彼に向けて言った。

 

「うちの主神が借りてた《エクスカリバー》つったか? ベル、お前があの名剣を使うに相応しい男なら……【アポロン・ファミリア】には負けねえだろうよ」

 




・矢の魔剣
劇場版ではリリが魔剣をボウガンから撃ち出すシーンがあるため、魔剣は手に触れていないと発動できないということはないようです。
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