『
それはさながら神の『代理戦争』。
通例では、勝者は団員を含めた派閥の資産を根こそぎ奪うこととなるが、今回『戦争遊戯』の対象となる【ヘスティア・ファミリア】は発足したばかりの零細派閥。団員も、戦争勃発時は『
ゆえに、【ヘスティア・ファミリア】と対戦する【アポロン・ファミリア】は、『【ヘスティア・ファミリア】の解散』を勝利の報酬に設定した。
ヘスティア神は勝利報酬を未だ設定していないが、アポロン神も、観戦する神々も、ギルドも、全て【ヘスティア・ファミリア】が勝利すると本気では思っていなかったため、誰も気にしていなかった。
そんな零細派閥である【ヘスティア・ファミリア】。
『戦争遊戯』の舞台となる『シュリーム古城跡地』にて、三人の戦士たちが集まっていた。
一人は、今回の戦争の発端であり、【ヘスティア・ファミリア】の団長でもあるリリルカ・アーデ。
もう一人は、戦争の直前になって【ヘスティア・ファミリア】の団員となった剣士、ベル・クラネル。
そして、最後の一人。助っ人として呼ばれた、覆面とローブのフードで顔を隠した謎のエルフの女性だ。リリルカ曰く、『Lv.4』の強者で、非常に頼もしい人物であるとのことであった。
「では、作戦をあらためて説明します」
この三人の中で一番実力の低いリリルカが、総指揮としてベルと覆面エルフの強者二人に己の作戦を伝える。
今回の戦争の当事者は、リリルカだ。ゆえに、ベルも覆面エルフも、リリルカの指揮下に入ることに否やはなかった。
「リリたちの勝利への道筋は、たった一つ。『クロッゾの魔剣』で城壁を破り、そこから侵入して速やかに敵の大将を討つことのみです」
【アポロン・ファミリア】の団員数は約百名。そのうち『Lv.3』以上ある者は団長のヒュアキントスのみであるが、『Lv.2』に達している上級冒険者はそれなりの数がいる。
いくら新入りのベルが強く、援軍の覆面エルフが『Lv.4』であろうとも、この数の団員たちを全て相手するのは困難であると、リリルカは見ていた。
ゆえに、リリルカは今回の作戦の終わり方をこう決めていた。
「敵の大将ヒュアキントス・クリオを討つのは、こちらの大将であるベルさん。あなたにお任せします。【ヘスティア・ファミリア】が今後、他派閥から舐められないためにも、援軍の覆面様にはこの仕事はお任せできません。いいですね?」
「うん、任せて。絶対に倒してみせるよ」
リリルカの問いかけにハッキリとした声で答えたベル。彼は、数日前にダンジョンへと潜ったときの装備とは違い、プラチナ・ミスリル合金製の鎧兜に身を包んでいた。
素材の検分をしたヘファイストス神が特別に
「ベルさんが敵大将と勝負している間、覆面様とリリで敵の横槍をどうにか押しとどめます。リリ自身は正直、戦力外としか言えませんが、可能な限り『魔法』で撹乱を狙ってみます」
リリルカが覚えている『魔法』は、他人に化けられる変身魔法。それを使って、声真似で敵の指揮系統を狂わせてみせると、彼女は言った。
「あのー、ところでこの覆面さん、なんて呼べばいいのかな?」
ベルが、リリルカの隣に立つ謎の覆面エルフをチラリと見て、リリルカに尋ねた。ベルからうかがえる覆面エルフの容姿は、空色の瞳と薄緑色の髪色のみ。それと声から女性であると分かる程度で、詳しい髪型も顔の造形も、フード付きのケープと覆面で覆い隠されていて判別が不可能であった。
そんなベルの疑問に、リリルカではなく覆面エルフが答える。
「私のことは、お気にせず。どうか覆面と呼んでください」
「ええっ……」
そんな二人のやり取りに、リリルカは苦笑しながら説明を続けた。
「さて、細かいところを説明していきます。まず、最初の城壁破りですが、これは開幕直後に強襲をかけます」
真面目なリリルカの声に、ベルは困惑していた顔をなんとか調えて、リリルカの話に集中する。
「少数での攻城戦は、本来ならば夜襲が有効的なのでしょうが……残念ながら、リリたち神の眷族は夜目が利きます」
確かに月明かりがあれば夜でも十分周囲を見通せるだろうな、とベルは思った。『
「相手は、こちらが期限ギリギリまで使って疲労狙いで城攻めをすると想定していると思われます。よって、相手の油断を突くために、開幕直後の城攻めをします。おそらく、敵はその時が一番、リリたちを舐め腐っているでしょうから」
「三人対百人だからね。どこからか僕と覆面さんの戦力情報を入手していないなら、油断しきっている可能性は高いはず」
「大丈夫です。覆面様は謎の覆面様ですし、ベルさんの実力も、ダンジョンで目撃した者はいないはずです」
リリルカとベルのそのやり取りを覆面エルフは、目を細めて見守っていた。
この覆面エルフの正体。それは、リュー・リオンという名の元冒険者だ。
彼女はリリルカにとっての恩人であり、彼女にとってのリリルカは世話をいろいろ焼いてやった大切な友人だ。
約二ヶ月前、リューは裏路地で倒れているリリルカを拾った。
盗みを見咎められて暴力を振るわれたとのことだが、その盗みの理由を知ってリューは
その事実を『正義』の心で見過ごすことができなかったリュー。リリルカの説明の途中に偶然通りかかったヘスティア神と二人で、リューは奮闘した。
その結果、【ソーマ・ファミリア】の搾取体制のおおもとであった団長ザニスが、後ろ暗い背景を突き止められて捕らえられた。そして、リューは無事、リリルカを【ヘスティア・ファミリア】へと『改宗』させることができた。
そんなリリルカとヘスティア神との縁から、リューは今回、【ヘスティア・ファミリア】の援軍として参戦していた。
ちなみに、今回の『戦争遊戯』の
リューの存在はこの規則に違反していない。リュー自身はオラリオの在住だが、彼女の主神は都市外にいるのだ。
そんな彼女は、リリルカが連れてきた目の前に立つ鎧兜姿の少年をジッと見る。
リリルカ曰く、『Lv.3』に勝利できる実力を持つ『Lv.1』の新米冒険者。正直、リューはその少年、ベルを紹介された直後はその言葉を完全には信じ切れていなかった。
しかし、ベルの強さを説明するリリルカの希望に満ちた目を見て、リューはこの少年ベルにリリルカの今後を懸けることにした。
いつも悲観的で、現実主義者であるリリルカに、この状況で希望を抱かせるほどの人物。それならば信じてみてもいいと、リューは確かに思ったのだ。
「では、城攻めの手順を説明します。まずはベルさんが――」
そうして、最後の確認をリリルカたちは終え、いよいよ『戦争遊戯』の幕が開かれる。
◆◇◆◇◆
迷宮都市オラリオ。『世界の中心』とまで呼ばれる大都市は今、沸きに沸いていた。
久しぶりに開催される『戦争遊戯』。それがたとえ三人対百人の一方的な戦いだとしても、お祭り好きの神々を中心に都市全体が盛り上がっていた。
その盛り上がりの理由の一つとして、『戦争遊戯』は都市内部にいても観戦が可能なことにある。下界で特別に使用を許されている『
そんなお祭り騒ぎで盛り上がる迷宮都市。その最たる例として、ギルド本部の前庭に実況解説席なる仰々しい
『あー、あー! えーみなさん、おはようございますこんにちは。今回の『戦争遊戯』実況を務めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は【
その舞台にて、魔石製品の拡声器で都市全体に声を響かせる者たちがいた。
オラリオの治安維持を任されている派閥、【ガネーシャ・ファミリア】だ。
『解説は我らが主神、ガネーシャ様です! ガネーシャ様、それでは一言!』
『――俺が、ガネーシャだ!』
『はいっ、ありがとうございましたー!』
お祭り男の実況と、像の仮面を被った男神の解説が、オラリオ中に響く。
それを都市の住民たちは、各々の場所で笑いながら聞いていた。
『戦争遊戯』は一種の興行だ。あちらこちらで賭けが行なわれ、商業系の派閥が経営する酒場や食事処では、観戦席の設置もされている。神が経営する店では、好きなように『神の鏡』を展開できるからだ。
この日のために、オラリオの一般労働者たちは必死で休みを取り、さらに都市外からも観光客が多数訪れていた。
『今回の『戦争遊戯』について説明させていただきます! 今回の対戦派閥は、【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】。形式は攻城戦! 交戦期間は三日。防衛側の大将が期間終了まで生き延びるか、攻城側の大将が戦闘不能になれば、防衛側の勝利となります! 逆に、防衛側の大将が戦闘不能になれば、攻城側の勝利となります!』
そう、【ヘスティア・ファミリア】は【アポロン・ファミリア】の団員を全て倒しきる必要はない。
ゆえに、都市の各地で行なわれている賭博では、大穴好きの神々や一部の物好きが、【ヘスティア・ファミリア】の勝利に賭け金を注ぎ込んでいた。
その中には、今回の『戦争遊戯』に際し、【ヘスティア・ファミリア】へと『クロッゾの魔剣』を提供したヴェルフ・クロッゾもいた。そんな彼は、少なくない額を【ヘスティア・ファミリア】の勝利に賭けていた。
『それぞれの大将を紹介していきましょう。【アポロン・ファミリア】大将、ヒュアキントス・クリオ氏。【アポロン・ファミリア】の団長で、『Lv.3』の第二級冒険者です! 二つ名は【
『ガネーシャが思うに、アポロンが好みそうな顔をしている』
『はい、そうですね。神アポロンは、男女関係なく美しい眷族を愛でることが大好きだそうです。そして、好みの者を見つけると、こうして『戦争遊戯』を起こしてまで眷属に迎え入れようとする、はた迷惑な神様でもあるようですね! 今回も、【ヘスティア・ファミリア】の団長、リリルカ・アーデ嬢を狙っての戦争のようです』
『アポロンは、『たまには合法ロリもいいよね』などと言っていた。ガネーシャ、感心しないゾウ』
『最低だ! 最低過ぎる! ちなみに
そんな実況解説のやり取りに、オラリオの各所から笑い声が上がる。
『さて、そんなリリルカ嬢ですが、今回の大将ではありません。【ヘスティア・ファミリア】の大将は、ベル・クラネル氏という『Lv.1』に成り立ての新米冒険者だそうです。ガネーシャ様、この意図はどういったものでしょうか?』
『俺がガネーシャだ!』
『あっ、この主神、何か知っていて隠している雰囲気だぞ! 解説、仕事してください!』
『ネタバレは面白くないと、ガネーシャは思う』
『ううーん、始まってからのお楽しみですか。これはひょっとしたら、大穴があるかもしれません!』
実況の言葉に煽られて、悪ノリした神の一部が、【ヘスティア・ファミリア】の勝利に賭け始めた。
オラリオ南の地区にある『繁華街』が主催する賭けでも大きくオッズが動き、『繁華街』にオッズの変動を知らせる拡声器での案内が響く。それを馴染みの酒場『
ちなみにヴェルフは、自分が『クロッゾの魔剣』を【ヘスティア・ファミリア】のために打ったことを誰にも言っていない。
もし言ってしまえば本意ではない魔剣の注文が殺到する心配があることはもちろん、『クロッゾの魔剣』の存在が知れ渡れば賭けの倍率が下がってしまう可能性もあったからだ。
「頼むぜ……欲しい素材が山ほどあるんだ」
今回の賭けの稼ぎで、ヴェルフはリリルカのために新しい素材で新しい装備を用意してやる算段を立てていた。
ゆえに、ヴェルフは蜂蜜酒を喉に流し込んでから、小さくつぶやく。
「リリスケ、勝てよ……お前に使わせてみたい装備が、まだいっぱいあるんだぞ」
そんなヴェルフのつぶやきは、周囲の喧噪に紛れて誰の耳に入ることなく消えた。
やがて、『戦争遊戯』の開始時間が近づき、観客たちのボルテージがどんどん上がっていく。
そして。
とある神が、ギルドを支配するオラリオの代表神であるウラノス神にうかがいを立てた。
「それじゃあ、ウラノス、『力』の行使の許可を」
神威の籠もったその言葉。
それからわずか数秒後に、ギルド本部の方角から、さらに神威が籠もった声がオラリオ中に響く。
【――許可する】
その宣言を聞き遂げたオラリオの神々は、一斉に指を弾き、街中へ『神の鏡』を展開した。
虚空に浮かぶ、円形の窓。そこには、遠い『シュリーム古城跡地』が映し出されている。それを見たオラリオの住人達が、本日最大の歓声を上げた。
『それでは、間もなく正午となります!』
実況の声が、オラリオに響く。正午ちょうどが、『戦争遊戯』の開始時間だ。
その時間は、すぐに訪れ……。
『『戦争遊戯』――開幕です!』
正午を知らせる大鐘と共に、まるで爆発でも起きたのかと錯覚させるほどの大きな歓声が、都市全体から響いた。
すると、その直後、円形の窓、『神の鏡』に動きがあった。
『おおっと、これはーッ! 攻城側大将のベル・クラネル氏が、盾を構えて正面から突撃しているぞ! 三日間の長丁場という攻城側唯一の優位点もお構いなしの、まさかの定石破りだー!』
『俺がガネーシャだ!』
まさかの展開に、【ヘスティア・ファミリア】の勝利に賭けていた者たちは悲鳴を上げ……鍛冶師ヴェルフ・クロッゾは、おかわりした真っ赤な蜂蜜酒をチビチビと飲みながら、ニヤリと笑った。
次回からようやく主人公であるベルくんが活躍します。
正直なところ、5、6話あたりでさっさと『戦争遊戯』を始めた方が話は盛り上がっていたのでしょうが、今後の展開の布石のために面白さには犠牲になってもらいました。本末転倒!