ダンまちTACTICS   作:Leni

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第二章『歓楽街』編:満月穿つ暗黒の剣
15.戦勝祝い


【アポロン・ファミリア】との戦いに勝利を飾った、その数日後。ベルは廃教会の礼拝堂にて、リリルカと訓練を行なっていた。

 しっかりした作りの木剣と木槍で、技の駆け引きを繰り返す二人。

 しかし、リリルカは槍を取って二月程度。ベルの高度なフェイントに引っかかり、何度も懐に入られて寸止めの一撃を受けていた。

 

 そして、ある程度立ち合いを続けた後、二人は感想戦を行なう。

 槍についてはあまり得意ではないベルだが、槍を相手した際の剣での戦い方はしっかりと仕込まれている。

 よって、ベルはリリルカに的確な指摘を入れて、リリルカはそれを高い知能でしっかりと咀嚼していった。

 

 まだ武術に関して初心者の域から脱し切れていないと自覚するリリルカにとって、貴重な体験だ。

 ベルとしても、他人に戦い方を言葉にして表現することで、感覚的に行なっていることをしっかりとした術理として落とし込めることができる。

 お互い、この訓練は得がたい体験となっていた。

 

 だが。ベルは思う。指導者の立場は自身を確かに高めてくれるが、それはそれとして、同格の訓練相手も欲しい。

 イヴァリースに居た頃は、彼より剣技に優れた相手は師匠である【雷神シド】がいたのだが……。どうやら、彼がオラリオで同格以上の訓練相手を見つくろうには、他派閥の幹部レベルの人間に頼み込む必要があるようであった。

 

 リリ団長が開催するつもりでいる入団説明会で、良い人材が入ってこないかな。などとベルは思いながら、リリルカとの訓練を続けた。

 そして休憩を何度か挟みつつ、午後になって訓練を切り上げた二人。

 廃教会地下で順番にシャワーを浴び、今日の料理当番であるリリルカが夕食の買い物に出かけて、ベルはそれを廃教会入口で見送った。

 

 すると、それと入れ違いになるように、廃教会へ来客があった。

 最近よく来る、入団希望者……ではない。ベルにとって顔なじみの神物(じんぶつ)。ヘルメス神であった。

 

「やあやあ、ベル君。元気でやっているようだね」

 

「こんばんは、ヘルメス様。ヘスティア様なら、まだバイト中で不在ですよ」

 

「いや、今日はヘスティアに用事じゃないよ。ベル君の戦勝祝いに来たんだ」

 

「ああ、そうでしたか。わざわざすみません」

 

「いいさ。竜退治で強いことは分かっていたけど、あそこまで活躍するとはオレも予想外だった。まっ、ベル君の勝利に賭けたから、儲けさせてもらったけどね!」

 

「賭けてたんですか……」

 

 先日の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は、都市を挙げた興行として扱われていた。

 当然、賭け事も行なわれているとベルは鍛冶師のヴェルフから事前に聞いていたが、どうやらこの馴染みの神もベルたちの勝利に賭けていたらしい。

 

「ふふふ、それでね。儲けさせてもらったお礼として、ベル君を祝勝会に連れていこうと思ってね」

 

「それは、ありがとうございます。神様と団長もそのうち帰って来ると思うので、中で待ちますか?」

 

「おっと、それには及ばないさ。今回は、ベル君の祝勝会だ。男同士、水入らずで勝利を祝おうじゃないか?」

 

「えーと……もしかして、行き先って……」

 

「もちろん、『歓楽街』さ! 旅の途中思ったが、ベル君は女の子慣れしていなさすぎだよ。別に娼館に連れていくつもりはないけど、女の子と楽しく会話して食事を楽しむお店くらいには通って、慣れないと!」

 

 ヘルメス神の発言に、ベルは思う。これ、お祖父(じい)ちゃんが旅の途中、一晩で旅の資金を全て融かした『キャバクラ』に連れていくつもりだ!

 

 ベルは警戒心を露わにするが、しかし、興味がゼロというわけでもなかった。

 ベルは初心(うぶ)であるが、年頃の少年らしく異性への憧れはもちろんある。特に、年上の美人の女性が好みだ。そして、彼の祖父ゼウスは、「『キャバクラ』は美人のお姉さんが楽しく会話をしてくれる素敵な店だ!」と、力説していた。

 会話をするだけで、いかがわしいことは別にしない。その事実が、ベルの心理的ハードルを見事に下げていた。

 

 それを見事に見抜いた、ヘルメス神。

 瞬時にヘルメス神はベルを説得にかかり、見事に丸め込んでいった。

 そして、次の一言でベルは落ちた。

 

「美人のエルフのお姉さんがいる『キャバクラ』、行ってみよう?」

 

「……行きます」

 

 ベルは子供の頃から、年上のエルフの女性を好む性的嗜好を持っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

歓楽街(かんらくがい)』。オラリオの南部にある『繁華街(はんかがい)』と並んで、迷宮都市における娯楽を引き受けている地区である。

 酒場や劇場、カジノなどが並ぶ『繁華街』と比べて、この『歓楽街』はより性に開放的な店が多く並んでいた。具体的には、娼館の数が多い。

 

 荒くれ者の男が多い冒険者たちの欲望を一手に引き受ける、そんな街。

 そこでベルは……どういうわけか、大逃走劇を繰り広げていた。

 

 切っ掛けは、ヘルメス神と『歓楽街』の大通りを歩いている途中、冒険者を兼ねる娼婦、戦闘娼婦(バーベラ)の目に止まったことであった。

 

 彼女たち戦闘娼婦の多くは、女戦士(アマゾネス)という種族だった。

 女戦士(アマゾネス)は、女性しか存在しない種族。繁殖するには、他種族の男と性交する必要がある。そして、女戦士(アマゾネス)から生まれる子は必ず女戦士(アマゾネス)となるという、特殊な種族特性を持つ亜人(デミ・ヒューマン)であった。

 

 そんな、女戦士(アマゾネス)の多くは武を(とうと)ぶ。強い男と交わることで、より強い子を宿すことができる。そんな思想を持っている者が多かった。

 よって、『戦争遊戯』で圧倒的な強さを見せたベルは、当然のように戦闘娼婦たちに目を付けられ、貞操を狙われた。

 

 そこから、ベルの大逃走劇が始まった。

 アイシャと名乗っていた長身の女戦士(アマゾネス)を始めとした戦闘娼婦に追いかけられ、必死で逃げるベル。

 だがしかし、この『歓楽街』は、この戦闘娼婦たちの所属する派閥(ファミリア)が支配している街であった。女戦士(アマゾネス)だけでなく、一般の娼婦や下働きの人間なども協力して、ベルを追い詰めようとしてきた。

 

 囲まれそうに何度もなり、そのたびになんとか突破するベル。『移動+1』の『ムーブアビリティ』をセットしておいてよかったと思いつつ、ベルは地図も分からぬ『歓楽街』を逃げ回った。

 

「くっ、まさかの貞操の危機……!」

 

 そんなことをつぶやきながら、ベルは走る。

 ベルは、イヴァリースに居た頃から一つ決めていたことがあった。それは、自分の『初体験』はいつかできるであろう恋人と二人だけで行なうのだと。

 彼は貴族家の騎士が多く所属する南天騎士団で長年過ごしていた。そのため、彼らの影響で貞操観念が堅くなっていた。

 そんな思想から、ベルは旅の途中でも、一緒に娼館に行こうという祖父の誘いを断っていた。

 

 別に、女性とのそういう行為に憧れがないわけではない。彼は思春期の真っただ中だ。むしろ、憧れすぎて、初めては恋人と、と思ってしまっているのだ。

 そんな彼の憧れが、夢が、戦闘娼婦相手に散らされそうとしている。ゆえに、ベルは必死で逃げた。

 

 逃げて逃げて逃げて。気がつけばベルは、極東風の娼館通り『遊郭』の一軒で、一人の少女に匿われていた。

 狐系の獣人、狐人(ルナール)であろう金髪の若い少女。本人曰く、娼婦とのことだが……。彼女は、ベルを探す追っ手を誤魔化して、娼館の寝室でベルと向かい合っていた。

 

(わたくし)、サンジョウノ・春姫(ハルヒメ)と申します」

 

「これはご丁寧に。ベル・クラネルです」

 

 まるでお見合いをしているかのような挨拶を交わした二人。

 そして、どうやら春姫を名乗る狐人の娼婦は、ベルの『戦争遊戯』での活躍を世話役から伝え聞いていたらしい。その話題を切っ掛けとして、二人の話は盛り上がった。

 

「ほぼ独力で砦を攻略する。まるで『戦士アレギス』のような話でありました」

 

「不死身の戦士だね。怪物に占領された要塞を陥落させた神速の大英雄」

 

「ご存じでしたか。でも、最後には命を落としてしまう『戦士アレギス』と違い、ベル様は見事な勝利を収めたようで……」

 

「ありがとう。僕としては、『英雄ダヴィド』みたいに格好良い姿を見せられていたらなって思っているよ」

 

「まあ。確かに『英雄ダヴィド』の軌跡にも似ております。強大な敵との一騎打ち、そして万の軍勢との戦い……」

 

「あはは、僕の相手は百人だったし、仲間も二人いたけどね」

 

「『神の恩恵(ファルナ)』を受けた百人の敵は、万の軍勢に等しいとこの春姫は思います」

 

「そうかな? でも、春姫さんって英雄譚や御伽話に詳しそうだね」

 

「ベル様も、英雄譚に精通していらっしゃいますね?」

 

「うん……。春姫さんは、どんな物語が好き?」

 

「そうですね……特に好きな物語は『一千童子』でしょうか。極東の物語ゆえ、ベル様がご存じかは分かりませんが、たった一人の娘を助けるために千の(オウガ)を討った、武士(もののふ)のお話です」

 

「へえ!」

 

 ベルは子供時代、祖父の話す英雄譚が毎日の楽しみだった。

 それに気付いた祖父は、やがて話すだけでなく、直筆で英雄譚の写本を用意するに至った。

 七歳でイヴァリースに飛ばされた農村出身のベルが文盲にならず、共通語(コイネー)の文字を読み書きできるのは、祖父の書いた英雄譚を幼い頃に繰り返し読んでいたおかげだ。

 

 そして、彼を匿ってくれている娼婦、春姫も英雄譚を好んでいるのだという。

 特に、救済型の英雄譚、すなわち、乙女が英雄の手で助けられる類の物語が好きなようだった。

 

 一方、ベルは英雄が強敵に打ち勝つ物語を好んでいた。人によって好みは様々なのだな、と、ベルは新鮮な気持ちになりながら、春姫と長く語り明かした。

 やがて。

 二人は夜を通して話し続け、気がつけば時刻は過ぎて未明になろうとしていた。

 

 くわあ、と可愛らしいあくびを春姫がしたところで、ベルはそれに気付く。

 

「ごめん。長居し過ぎたね」

 

「あっ……いえ、私こそ、長く引き留めてしまいまして……」

 

 お互いに頭を下げて謝りながら、二人は居住まいを正してあらためて向かい合う。

 

「あの、春姫さん。(かくま)ってくれてありがとう。それに、すごく楽しい時間を過ごせたよ」

 

 ヘルメス神が言っていた、女の子と楽しい会話をして過ごすお店。まさかの戦闘娼婦との逃走劇でその店に向かうことは叶わなかったが、春姫と出会うことで、ベルはそれに等しい体験をすることができた。

 

「いえ、私もこのオラリオに来て以来、一番楽しい時間を過ごさせていただきました」

 

 しずしずと頭を下げて、極東風の礼を執る春姫。

 そして、ベルが「また来ていい? まだ話したい英雄譚がいっぱいあるんだ」と春姫に言うと、彼女は首を横に振った。

 

「ここは娼館にございます。一夜の夢を買う場所。汚れを知らぬベル様が、そう何度も足を運ぶような場所ではありません」

 

 そう言って笑う春姫に儚い美しさを感じて、ドキリと胸を高鳴らせてしまうベル。

 だが、彼女にそれ以上何も言うことができず、ベルは黙ってしまった。

 

 ベルは、夜通し会話をする中で、春姫の身の上話も聞いていた。

 彼女は極東の貴族令嬢であったが、親に勘当されてしまい、その後、盗賊に捕まって貿易商経由でオラリオの『歓楽街』に売られてしまったのだという。

 ベル本人は、貞操観念の堅さに反して、娼婦という職業にさほど偏見は持っていない。だがしかし、肝心の春姫本人が、娼婦という立場に負い目を感じてしまっている。

 

 ままならないな、と思いつつ、ベルは春姫に案内されるまま、彼女の知る抜け道を使って『歓楽街』を抜け出した。

 

 ベルが春姫の娼婦という仕事を辞めさせてやりたいならば、大金を娼館に支払って身請けするという方法もある。

 しかし、己の立場に納得がいっていない娼婦に出会うたびにそんなことをしていたら、ベルはすぐさま破産してしまうだろう。助けを求められたならばまた話は違うが、春姫はベルにこの環境から掬い上げてほしいとは一言も漏らさなかった。

 ゆえにベルは、後ろ髪を引かれる思いで、本拠(ホーム)である廃教会まで真っ直ぐ戻っていった。

 

 そして、一眠りしようと教会の地下の階段を降りたところで……早朝だというのに起床していたリリルカとヘスティア神が、ベルをジト目で迎えた。

 

「ベルさん、朝帰りとは良いご身分ですね。いえ、リリはベルさんの女性関係にどうこう言う立場ではありませんが……少々浮かれすぎでは?」

 

「えっと……」

 

「こういうとき、神々の間で定番の台詞があるそうです。ゆうべはお楽しみでしたね?」

 

「違うんだ、団長、聞いて……」

 

「昨晩遅くにヘルメス様がいらっしゃって、ベルさんは今頃、ねちょねちょのぐちょんぐちょんになっているだろうって言っていましたよ」

 

「いやいや、ちょっと女の子と会話が盛り上がっただけで、そういうことは一切……」

 

「いえいえ、ベルさん。別にそういうことをするなと言いたいわけではないんです。ただ、ベルさんがそういうことに興味があるなら、リリたちと同室で寝る今の状況は、ちょっと危ういですね、と」

 

「ごっ、誤解だよ!?」

 

「ヘルメス様曰く、ベルさんは年上好みだそうですね。ちなみにリリはベルさんより年上です」

 

「ええっ、そうだったの!?」

 

「ちょっと、そんなに驚かないでくださいよ」

 

 と、ジト目を向けられながら、ベルはリリルカに散々いじられた。

 リリルカとしては、男性冒険者が娼館通いする程度のことに今さら思うところはないのだが……。この年下の可愛らしい顔をした少年が、そういうことに興味を持っていた事実に、ショックを受けて言動が少しおかしくなっていた。

 

 一方、二人のやりとりを黙って聞いていたヘスティア神。

 彼女は、二人の会話が途切れたタイミングで、唐突に口を開いた。

 

「ベル君」

 

「はっ、はい。神様、なんでしょうか!」

 

「娼館通い、禁止ね」

 

「ええっ!? あ、はい。大丈夫です……そういうお店にいくつもりは今のところないので……」

 

 ベルは、一晩共に過ごした春姫の顔を頭に浮かべながら、そんな答えを発していた。

 

「いや。そもそも『歓楽街』に近づくことも禁止しようか。うん、そうしよう」

 

 ヘスティア神。彼女は天界にて知神(アテナ)純潔神(アルテミス)と並ぶ、天界の三大処女神(スリートップ)と呼ばれる女神の一柱であった。

 

 そんな女性二名のプライベートへの干渉に、ベルは気を悪くすることはなかった。

 むしろ、口うるさく過干渉されることに、まるで『家族』のようだと感じ、ベルの心は温かくなる始末であった。

 

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