ダンまちTACTICS   作:Leni

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17.【剣姫】

「紅茶です。砂糖はお好みでどうぞ」

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)、『竈火(かまど)の家』。

 その家の居間に、客が訪ねてきていた。

 客の名は、フィン・ディムナ。オラリオでは珍しい小人族(パルゥム)第一級冒険者(Lv.6)であり、都市内最大派閥の一つ【ロキ・ファミリア】の団長だ。

 そして、さらにもう一人。フィンは、一人の少女を伴っていた。金髪金眼の女剣士、アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

「すまないね。何か作業の最中だったかな?」

 

 リリルカから紅茶のカップを受け取ったフィンは、床に羊皮紙が広げられている居間を見ながらそう言った。

 すると、フィンが引っ越し祝いとして持ち込んできたお菓子の箱を開けながら、リリルカが答える。

 

「先ほどまで、派閥(ファミリア)徽章(エンブレム)を決めていたんです。決定稿が出たところで、お師匠様が訪ねてきた感じですね」

 

 リリルカはそう言いながら、フィンが持ち込んだお菓子、有名店の日持ちするオラリオ銘菓を茶請けとして居間のテーブルに出す。

 そして、お菓子の箱を仕舞うと、リリルカは聖火のエンブレムが描かれた羊皮紙をフィンに向けて掲げてみせた。

 それを見たフィンは、笑みを浮かべて言う。

 

「いいエンブレムだ。うちのエンブレムとは、だいぶ方向性が違うね」

 

 そんなフィンのコメントに、リリルカは愛想笑いを返す。

【ロキ・ファミリア】のエンブレムは、滑稽(こっけい)な笑みを浮かべる道化師(トリックスター)。インパクトはものすごいが、リリルカの持つ羊皮紙に描かれているフレーゼに囲まれた聖火のような華やかさや、冒険者の多くが求める格好良さとは無縁である。

 神々の間では評価する者が一定数いるが、派手好きな冒険者たちの感性にはいまひとつ引っかからないのが、【ロキ・ファミリア】のエンブレムだった。

 

 そんな図案についての話題からフィンは話を広げていき、リリルカを相手に軽い雑談を始めた。

 そして彼は、槍の師匠として『戦争遊戯(ウォーゲーム)』での動きの指摘に話題を移していった。

 

 その間、ベルは団長同士の話し合いの邪魔をしないよう、黙りこくりながら紅茶を舐めるような速度でゆっくり飲んでいった。茶菓子は甘そうだったので、手を付けていない。彼は甘い物が苦手だった。

 そんなベルを一人の少女が観察している。フィンの隣に座るアイズだ。彼女は、ベルをひたすらに凝視する。

 ベルは、その視線が気になりアイズの目を見返した。だが、アイズは目をそらさず、ジッとベルの目を見つめ続ける。

 

 しばし、見つめ合う二人。

 すると、そんな二人のおかしな雰囲気に気付いたのか、フィンとリリルカが会話を打ちきり、お互いの隣に座る団員の様子を確認した。

 それをきっかけに、ベルはようやくアイズから視線を外すことができた。一方、アイズは今もなお、ベルのことを穴が開いてしまうのではないかというほどジッと見つめている。

 

 そんな自派閥の幹部の姿にフィンは苦笑をして、あらためてローテーブルを挟んで対面に座るリリルカに言葉を向けた。

 

「リリルカ。【ロキ・ファミリア】の団長として、【ヘスティア・ファミリア】の団長に一つ提案したいことがある」

 

「団長としての立場での提案、ですか?」

 

「ああ、交渉、ともいえるね。実は、『戦争遊戯』での結果を踏まえて、再度キミに修行をつけてあげたいと思っている」

 

「本当ですか!?」

 

 まさかの言葉に、リリルカが食いつくように前のめりになった。

 フィンによる、リリルカへ行なわれた槍の指導。以前、ヘスティア神がロキ神に土下座して頼み込むことで、実現した貴重な時間。それを再度行なうという、リリルカにとって驚きの提案であった。

 

 リリルカは、また槍の腕を鍛える良い機会に恵まれると興奮する。が、しかし、彼女は一瞬で冷静になって、前のめりになっていた身体を引き、ソファーに座りなおした。

 

「……修行の見返りは、なんでしょうか? 無茶な要求には応じられませんよ」

 

 フィンはオラリオ有数の策士だ。彼の言葉に踊らされると、痛い目を見る。それをかつての修行の時間で身に染みて感じたリリルカが、警戒心を露わにした。

 だが、フィンはなんてこともないようにリリルカに言葉を返した。

 

「そんなに悪くない提案だと思うよ。そちらの新人冒険者ベル・クラネルを少しだけ貸してほしいんだ」

 

「ベルさんを貸す、ですか……?」

 

「ああ。……ほら、アイズ。キミの要望だ。自分でやってもらいたいことを言ってごらん」

 

 フィンは、ソファーに並んで座っているアイズへ目を向け、そう言って彼女をうながした。

 すると、アイズは今日、ここに来てはじめて口を開き、正面に座るベルにと言葉を向けた。

 

「ベル……さん?」

 

「えっと、はい」

 

 名前を呼ばれ、とりあえず返事をするベル。

 そんなベルに、アイズは言葉を続けた。

 

「私と戦ってほしい、です。私は……強くなりたい」

 

「……えっ?」

 

 突然の話に、決闘でも仕掛けられているのかとベルが警戒心を高める。

 しかし、そんなベルに向けて、フィンが温和な声色で言った。

 

「リリルカの再訓練を施す代わりに、アイズと剣の手合わせをしてやってほしい。彼女は、キミの剣の腕に興味津々なようなんだ。要は、模擬戦の誘いだね」

 

 その言葉に、ベルとリリルカはようやく納得がいったという表情になった。

 そして、ベルではなくリリルカがフィンに対して答える。

 

「ちゃんとベルさんの安全が確保されるなら、リリとしては歓迎したいところです」

 

「ああ、武器は刃引きした剣をこちらで用意するし、ヒーラーのあてもあるし、回復薬の準備もしてある」

 

「なるほど……ベルさんはいかがですか?」

 

「えっと……僕の相手はアイズさん、でしたか? この方は強いんですか?」

 

 ベルがフィンにそう尋ねると、フィンはニコリと笑って答える。

 

「『Lv.6』だ。剣士としては、オラリオで一番の腕を持つと言われているよ。二つ名は【剣姫】だけど、神々の間では【剣聖】という名も候補に挙がったとか」

 

 その言葉を聞いた次の瞬間、ベルの瞳に闘志が灯った。

 

「やりましょう」

 

 そんなベルの声を聞いて、思った以上にこの新人は好戦的だな、とリリルカは思う。そして、次に彼女は、部屋の暖炉の前で揺り椅子(ロッキングチェア)に揺られて、話の行方を見守っていたヘスティア神へと尋ねる。

 

「ヘスティア様、構いませんね?」

 

「ああ、模擬戦なら危険も少ないだろうから、どんどんやってくれて構わないよ。さすがに縁もゆかりもない派閥相手なら止めるけど、ロキの所なら交友も深いからね」

 

 そうして、オラリオ最高の剣士と『剣聖』の弟子による、剣の腕の競い合いが、急遽(きゅうきょ)、決まった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『黄昏の館』。どこか、普段よりも雰囲気が暗い【ロキ・ファミリア】の本拠に、【ヘスティア・ファミリア】一同はやってきていた。

 複数の塔が並ぶ特徴的な本拠内に用意された、訓練所。その場所で、ベルとアイズの二人は刃引きされた訓練用の剣を用いて、互角の戦いを繰り広げていた。

 互いに『魔法』も『スキル』も用いず、純粋な剣技でどちらが剣士として上か、競い合っている。

 

 それを【ロキ・ファミリア】の最高幹部三人と主神ロキ、そして【ヘスティア・ファミリア】の団長リリルカと主神ヘスティアが観戦していた。

 

 激しい剣の打ち合い。

 アイズは軽装で、サーベル状の模擬剣を素早く振るって、舞うような攻撃を繰り広げる。

 ベルは重装備で、盾と長めの直剣を『装備』して、ゆるやかに位置取りを変えながら攻防一体のスタイルを貫いている。

 

 装備からして大きく異なる二人は、戦闘スタイルにも大きな差異が存在した。

 

 アイズが真正面からたたみかけるような高速戦闘を得意とするなら、ベルは相手と一定の距離を保って的確に攻撃と防御を繰り返す実直な戦法を得意としている。

 この二人の戦い方の違いは、お互いが持つ決め技が大きく影響していた。

 

 アイズは風を身に(まと)付与魔法(エンチャント)を行使できる。

 その『魔法』を用いることで、彼女はさらなる速さと、多少の攻撃なら弾いてしまう防御性能を身に付けることができる。

 

 ベルは『剣気』を自在に飛ばすことができる。

 その『剣気』を用いることで、ベルは敵との間合いをある程度無視することができる。

 

 全く異なる術理からなる、二人の剣術。互いに決め技を封じているため、純粋な剣の腕での競い合いとなっていた。

 それを眺めていたフィンは、二人の間にまたがる実力差を的確に見抜く。そして彼は、同じく模擬戦を眺めていた自らの主神ロキと、ベルの主神ヘスティアに対して、自分の所見を述べた。

 

「剣の腕は、やや、ベル・クラネルの方が上。身体能力は、やや、アイズの方が上……ってところかな」

 

 それを聞いたロキ神は、あまりにも速い二人の攻防に目が追いつかないのか、模擬戦から目を離してフィンの方を向いた。

 

「冗談キツいわ。ランクアップしてまだ二ヶ月とはいえ、アイズたんは『Lv.6』やぞ。それが、冒険者になって一ヶ月も経っておらん『Lv.1』に食らいつかれるとか、どんだけや」

 

 古代の英雄の再来にしても、度が過ぎる。そういう思いでロキ神は、隣で模擬戦を眺めるヘスティア神を見た。

 すると、ヘスティア神は、高速移動するアイズとは一転して、ゆったりとした動きで位置取りを変えて攻撃を捌き続けるベルから目を離さずに言った。

 

「ベル君が言うには、戦い全般の才能は凡人の域を超えないと剣の師から言われたらしい。弓や魔法、騎乗といろいろ叩き込まれたけれど、飛び抜けた才能はなかったってさ」

 

「はあ? ベルきゅんの方がアイズたんより剣の腕は上って、フィンが言ったやんけ。アイズたんはオラリオ一の剣士やぞ。それより上の剣士のどこが凡人や」

 

「それがね……飛び抜けた戦いの才能はないと判定されたベル君だけど、剣の才能だけはあった」

 

 ヘスティアがそういった所で、ベルがアイズの一撃を盾で弾き、反撃として剣を突き出した。

 突きを回避しきれないと判断したアイズは、身に着けていたプロテクターで突きをなんとか受け流す。

 戦いが高度すぎてヘスティア神にはどちらの腕が上か判断付かないが、どうやら自身の眷族の方が有効打が多そうだと彼女は思った。そして、ヘスティア神はベルから視線を外して、隣のロキ神を見た。

 

「それも、単なる剣の才能じゃないんだ。ベル君が師匠から継承した特定の剣術にのみ、突出した才能を持っていると言われたってさ」

 

 凡人であった小さなヒューマンの子供。だが、彼は異世界で、自分の天職とも呼べる騎士の剣術と出会った。

 

「だからベル君は、『剣聖』とまで呼ばれたその師匠に、その流派の剣術を徹底的に叩き込まれた。正統な後継者としてね。つまり……」

 

 ヘスティア神は、ロキ神とかつて交わした「ロキ神の悪口を言わない」という約定に抵触しないよう気を付けながら、勝ち誇ったような顔で言葉を続ける。

 

「アイズ君があらゆる戦闘の才能に溢れた子だとしても、ベル君が剣を持って自分の流派に忠実でいる限りは、ベル君の方が剣に関して彼女を上回るってことだね」

 

 そのヘスティア神のコメントを受けて、ロキ神は悔しそうな顔を……見せなかった。

 むしろ、逆。面白い下界の未知を見つけたという、愉快な表情を浮かべる。

 

「アイズたんが『SSR』の人権キャラだとしたら、ベルきゅんはただの『(コモン)』。ただし、特定の技を使用するに限り『UR(ウルトラレア)』に変わるってことかいな。才能尖りすぎやろ」

 

 そんなロキ神の言葉の直後、二人の戦いは思わぬ形で終わりを告げた。

 ベルがアイズの突きを盾で弾いた際に、アイズの模擬剣が折れたのだ。

 

 手数が多くその分だけ剣を酷使したアイズと、的確な防御と最小限の攻撃を繰り返して相手の消耗を狙ったベル。その二人の戦い方の差が、武器の寿命という形になって表われた。

 

『Lv.6』の最強剣士が『Lv.1』の駆け出し冒険者に、剣で敗れる。前代未聞の出来事が、暗く沈んでいた『黄昏の館』で巻き起こった。

 

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