ベルとアイズの模擬戦が終わり、【ヘスティア・ファミリア】の面々はあらためて、『黄昏の館』にある応接室へと通された。
【ロキ・ファミリア】からは主神のロキ神、団長のフィン、副団長のハイエルフの女性リヴェリア、ドワーフの男性ガレスが集まっている。
そんなオラリオ最大派閥の最高幹部三人を前にして、リリルカはわずかに気圧されていた。
だが、その隣に座るベルはマイペースで用意された冷たい茶を飲みながら、模擬戦で流した汗の分を取り戻すかのように水分補給をしている。
一方、ヘスティア神はというと、対照的な二人の眷族を他所にして、ロキ神と顔を突き合せて何やら難しい顔を浮かべていた。
「ドチビ、エラい
ロキ神がそう言うと、ヘスティア神は純粋な嬉しさと、今後の不安がないまぜになった複雑な表情で答える。
「まさか『Lv.6』に匹敵する力量があるとまでは思っていなかったんだ」
「絶対にこれ、他所の神がちょっかい出してくるやろうなぁ……」
「うっ、言わないでくれ……」
そんな二柱の会話を聞いていたベルは、冷たい茶の入ったコップを応接室のテーブルに置き、言った。
「他の派閥の神様からの勧誘なら、すでに何度も受けましたね」
すると、ロキ神がベルの方を見て彼に尋ねる。
「実力行使はあったんか?」
「街中で後を付けられて、闇討ちされそうな雰囲気になったことはあります」
「ベル君!? 聞いていないよ!?」
まさかのベルの発言に、ロキ神ではなくヘスティア神が驚き声を上げる。
ベルが『戦争遊戯』の戦場から帰還して、そう日にちは経っていない。それだというのに、すでに危ない目に遭いそうになっているなど、主神として看過できない事態であった。
それから少しの間、応接室を沈黙が支配する。
そして、ロキ神がその沈黙を破るように口を開いた。
「おい、ドチビ。お前のとこのファミリア、うちの傘下に入れや」
「傘下……それは、ボクがロキの『従属神』となるということかい……?」
『従属神』。オラリオでは存在していない神と神の関係だ。
国家系の【ファミリア】ではしばしば見られる形態で、強大な【ファミリア】が他の【ファミリア】を戦いで下し、勝利した【ファミリア】の主神が他の神を従えるという在り方である。
「結果的にはそうなるなぁ……でもドチビのことはどうでもええ。メインは、団員の保護や。うちらはオラリオ最大派閥の一つやからな。うちらの傘下に入れば、うちらのネームバリューでベルきゅんとリリたんを護ってやることができる」
「むむむ」
「なにが『むむむ』や。
「ぐぬぬ……」
ロキ神の『従属神』となることに抵抗があるのか、ヘスティア神はうなって返事を渋る。
しかし、ロキ神はそんなヘスティア神の態度を切って捨てた。
「分かってんのか? 今回の『戦争遊戯』で注目されたのはベルきゅんだけやない。リリたんも、話題性と『Lv.1』でも飛び抜けた槍の腕で、注目を浴びとるで」
そう。『戦争遊戯』の最中、リリルカは自分より上である『Lv.2』の敵団員を相手に、槍で牽制をし続けていた。戦闘で目立っていたのはベルだが、リリルカの地味な活躍に注目した神も当然いたのだ。
「『
ロキ神が危機を煽るように、ヘスティア神へと言った。
すると、ヘスティア神はとうとう観念したのか、自棄になったような声色で言う。
「くっ、分かったよ、傘下に入る。なってやるさ、『従属神』に! ロキ様とでも呼べば満足かい!?」
「やめいや、気持ち悪い。別にドチビの従属はいらんわ。【ヘスティア・ファミリア】がうちらの下に付けば十分や。フィンの弟子とアイズたんの模擬戦相手が傘下に入るなら、うちらのメリットも大きいからな」
そのロキ神の言葉に、ヘスティア神はガックリと肩を落として顔を伏せる。それをリリルカは苦笑しながら見守っていた。少なくとも、団長のリリルカは傘下入りに反対する立場ではないようだと、横で茶を飲み干したベルは他人事の様に思う。
一方、ヘスティア神の様子が爽快だったのか、ロキ神はニヤリと笑い、そして両手の指をワキワキと気持ち悪く動かしながらヘスティア神に向けて言う。
「じゃあ、さっそく……話してもらおか、ベルきゅんの秘密を」
「ぬぐぐぐぐ……」
そうして、【ロキ・ファミリア】の主神と最高幹部に、ベルの秘密……異世界帰りという経歴と、『レアスキル』である【
だが、己の眷族の秘密をベルと共に暴露し終えたヘスティア神は、どこかホッとした表情を浮かべていた。
零細派閥が単独で抱えるには、あまりにも大きすぎるベルの秘密。それをオラリオ最大派閥と共有できて、さらに護ってもらえる。
◆◇◆◇◆
長い時間をかけて、ベルは己の『スキル』の詳細を説明した。
すると、話を聞いていた【ロキ・ファミリア】の団長、フィンは真面目な顔をしてベルへと告げる。
「ベル・クラネル。僕達の傘下となった以上、キミにはノルマを課すことになる」
ノルマ。その単語に以前所属していた【ソーマ・ファミリア】でトラウマがあるリリルカが、過剰な反応を示す。
「上納金ですか!? リリたち、そんな急に稼ぎを増やせませんよ!?」
叫ぶようにそう言いながら、心底嫌そうな顔をするリリルカ。
だが、フィンはそんなリリルカに優しく微笑みながら答える。
「まさか。たった二人の零細ファミリアにそんなもの課さないさ。それに、課すのは【ファミリア】としてのノルマじゃない。ベル・クラネル個人としての活動ノルマだ。お金じゃないよ」
そう言って、フィンは応接室のテーブルに広げられた紙を指さす。ベルの【幻想残滓】の詳細記録である。
「ジョブのうちの二つ、白魔道士とモンクの『アクションアビリティ』である『白魔法』と『拳術』。これをこちらの指定通り取得してもらう。日常のダンジョン探索のうち、何割かを白魔道士とモンクのジョブで行なってもらうことになる」
そのフィンの言葉にリリルカは何かを察したのか、あっという表情になる。一方、ベルはなぜそんなノルマを課せられるのか、首をかしげるばかりだ。
対照的な二人の様子に、フィンは笑って言葉を続ける。
「オラリオでは、ヒーラーは貴重だ。もちろん、【ロキ・ファミリア】でも例外ではない。だから、『剣聖』を目指すベル・クラネルには悪いけれど、【ロキ・ファミリア】へ今後貢献してもらうために、ヒーラーとして鍛えてもらうことになる」
白魔道士というジョブの『白魔法』の中には、傷を癒やす回復魔法と状態異常の治療を行なう魔法が多数、ラインナップに揃っている。この世界の神の眷族は最大三つまでしか魔法を覚えられないことを考えると、破格の性能である。
一方、モンクの『拳術』は素手で戦うための技術が詰まった『アクションアビリティ』だ。だが、フィンの狙いは格闘術などではない。『拳術』の中には、ノーコストで味方の治療を行なう特殊な技が存在していたのだ。
特に、『チャクラ』という技は破格の性能を持つ。隣接する仲間たちと自分自身の傷を癒やし、さらに
その事実を再確認することでベルはフィンの言いたいことをようやく理解し、ホッとした表情で言う。
「ああ、よかった。そんなことですか。構いませんよ」
そのベルの態度に、フィンの横で話の行方を見守っていたハイエルフの女性幹部、リヴェリアが目を細めて口を開く。
「ほう……てっきり、剣を極めることにこだわると思っていたが」
「それはこだわりますけれど、ヒーラーの重要性は異世界で戦場を経験して、身に染みて分かっているつもりです。ダンジョンでも、パーティにヒーラーが居るか否かは生存率に大きく関わると、リリ団長やアドバイザーの方から聞いています」
リヴェリアの指摘に、ベルはそんな答えを示した。
ベルは最高の剣士である『剣聖』を目指している。だが、彼がいるこの場所は、ダンジョンのある迷宮都市オラリオだ。剣一本で攻略できるほど、ダンジョンは甘くないと駆け出し冒険者であるベルでも十分理解していた。
ゆえに、ベルは言う。
「剣で自衛ができるヒーラーとしてノルマを課されることに、否やはありません」
そもそも、ベルはイヴァリースで【ケアル】という初級回復魔法を学んでいる。
この魔法に劇的な回復効果はないが、ポーションなどの物資が完全に尽きていた五十年戦争の末期ではこんな魔法でも重宝した。補給の利かない末期の戦場は、ある意味でダンジョンよりも厳しい環境だったのだ。
おかげで、ベルの【幻想残滓】で見られる編集画面にて、『白魔法』の【ケアル】の欄は、『☆Master!』の表示となっている。『白魔法』を『アクションアビリティ』欄にセットしていなくても、いつでも【ケアル】を使えるというほど使い慣れた『魔法』となっているわけである。
ベルがノルマを受け入れるつもりがあると理解したフィンは、あらためて【ヘスティア・ファミリア】の二人に告げる。
「では、優先して覚えてほしい『アクションアビリティ』があるので、普段のダンジョン探索でノルマの達成を目指してくれ。そして、ゆくゆくは【ヘスティア・ファミリア】に【ロキ・ファミリア】の『遠征』へ付いてきてもらうことになる」
『遠征』。それは、大勢の団員を率いて長期間ダンジョンに潜り、ダンジョンの奥底を攻略する行為のことだ。
一定以上の評価をギルドから受けている【ファミリア】は、ギルドからのノルマとして定期的な『遠征』の実行を義務づけられている。
そこに、【ヘスティア・ファミリア】を組み込むとフィンは言っているのだ。
ベルを組み込む、ではなく、【ヘスティア・ファミリア】を組み込む。フィンがそう言っていることに、リリルカは即座に気付いた。
「……もしや、ベルさん個人じゃなくて、【ヘスティア・ファミリア】全体として遠征参加ですか? となると、リリも交ざるということに……」
「そうだね。ベル・クラネルはヒーラーとして、リリルカはサポーターとしての参加だ」
「サポーター、ですか。なるほど」
今のリリルカは、サポーター業務を引退した駆け出し冒険者である。
しかし、『遠征』では、自派閥の『Lv.』に劣る冒険者がサポーターとして駆り出されることはよくあることだと、リリルカは理解していた。
他派閥では団長や幹部を務める『Lv.4』の冒険者であっても、【ロキ・ファミリア】の遠征ではただのサポーターとして下働きをしている、なんて話も、リリルカは耳にしたことがあった。
都市最大派閥の『遠征』に自分が駆り出されることになる。リリルカは、その過酷さを想像してグッと気合いを入れた顔になった。
そんなリリルカを満足そうな目で見たフィンは、さらに彼女へ向けて言った。
「ちなみに、僕達の遠征先は必然的に『深層』のさらに奥深くとなる。サポーターでも自衛くらいできないと話にならない領域だ。だから、修行は厳しくいくよ。そして、『偉業』を貯めた状態で限界まで『基本アビリティ』を上げて、次の『遠征』に合わせて『Lv.2』になってもらう」
「ッ……! ハイ!」
フィンの言葉を聞きながら、リリルカは前回受けた一週間限定の厳しい修行と、修行の最後に課された試練を思い出す。
リリルカが課された最後の試練。それは、『Lv.1』の適性階層を超えた、ダンジョン15階層にて行なわれた。
ギルドからは『中層』と定義されているその場所で、彼女は『ライガーファング』というモンスターと一対一で戦った。フィン直々に「限界ギリギリまで自分自身を追い込めば達成できる」と言われたその試練でリリルカは奮闘し、そして勝利を収めた。前回、【ロキ・ファミリア】が『遠征』に向かう直前の出来事だった。
それをまたやらされる、いや、それ以上の試練を課されることを理解して、リリルカは顔をこわばらせた。
しかし、リリルカは臆してはいない。フィンが課す試練は、冒険者である以上、避けては通れない『冒険』だ。リリルカはそう確信している。
『Lv.1』の下級冒険者が、上級冒険者である『Lv.2』にランクアップするには、『偉業』の達成が必要だ。
その多くが、強敵の撃破という『冒険』を繰り広げての達成になる。通常ならば、パーティを組んで集団で強敵を撃破することで、『小さな偉業』を幾度も積み重ねていくことになるのだが……。
しかし、生易しい『偉業』の達成の仕方では、そのうちぬるま湯のような環境に慣れすぎて、次第に【
ゆえに。
リリルカは、フィンがお膳立てしてくれる、生易しくないが厳しすぎもしない絶妙な試練という名の『偉業』を大歓迎していた。
「お師匠様、今回の修行の最後には、どんな試練をリリに課すおつもりですか?」
覚悟を決めた顔に変わったリリルカは、自分よりもわずかに背の高い
すると、フィンは彼女に隠すことなく己の考えを披露してくる。
「そうだね。今回は事前に言っておいて、心身を整えるところも試練の一環にしようか。戦ってもらうのは、脅威度
前回倒した『ライガーファング』よりも、はるかに強いモンスターの名に、リリルカは衝撃を受ける。
『ミノタウロス』。ギルドでは『Lv.2』の冒険者相当の強さを持つと認定されているが、その『Lv.2』の冒険者でも一対一で挑めば負けることがあるほどの難敵である。
その特徴は、とにかく基礎スペックに優れた純粋な強さだ。『ライガーファング』のような獣型のモンスターとは違い、直立二足歩行をしているため、武器を手に取ることすらある。
「もちろん、魔剣や攻撃・撹乱用の道具の使用は不可だ。これは、槍の修行だからね」
フィンの言葉を聞いて、険しい顔をするリリルカ。
それを横で聞いていたベルは、自分が団長にしてあげられることは何かないかな、と考え……厳しい戦いに少しでも慣れるよう、徹底的に模擬戦を繰り返してあげるしかないかなと結論付けた。
「戦うために必要な身体の強さは、修行で身に付けさせてあげよう。だから、リリルカはそれ以外の部分、心の強さを試練の時までに自前で鍛えてくれ」
そう言って、フィンはリリルカに微笑みかける。
彼は、リリルカが見せてくれるであろう『勇気』、そして『成長』に期待していた。
『成長』。それは、ただ単に強くなるということではない。
強くなるだけなら、モンスターと戦い続けて【ステイタス】を上げるだけでいい。しかし、【ステイタス】は、『神の恩恵』は、心を育ててくれるわけではない。
元来、臆病で、逃げ癖があるはずのリリルカ。そんな彼女が、前回の修行と最終試練にて、心を奮い立たせて発揮した『勇気』。それを目の当たりにしたフィンは、以前、彼女に尋ねたことがある。なぜそうまでして、困難に立ち向かおうとするのか、と。
すると、リリルカは正直に答えた。
ロキ神に向けて土下座をしてまで、フィンに修行をつけさせてもらえるよう頼み込んでくれたヘスティア神は、彼女にとって、たった
そんな神に、家族に、報いたい。そんな思いでリリルカは、『ライガーファング』を打倒するにまで至ったのだ。
それはまさに、心の『成長』であった。臆病な少女が、家族のために槍を取り、強敵を打ち倒す。
虐げられるだけのサポーターであった頃の彼女に、『勇気』は一欠片もなかった。
だが、『成長』が、彼女の胸に『勇気』を灯した。
ゆえに、フィンは見たくなってしまった。同族の彼女が、今一度『成長』を見せ、さらなる『勇気』を宿すところを。
それに必要な試練が、ミノタウロスの打倒だ。
これを倒すために必要な力量は、フィンが自ら修行することで身に付けさせる。しかし、ミノタウロスはただ本人が強くなっただけでは勝てる相手ではない。
『Lv.1』のままでミノタウロスと対峙するためには、身体の強さや槍の腕よりもまず、心の強さが必要なのだ。
「リリルカ、キミがどう試練を乗り越えるか、楽しみにさせてもらうよ」
そして、フィンは思う。
弟子が心の『成長』を見せてくれるならば、自分の心についてはどうなのか?
考えてみれば、他人に『勇気』を示せと言う割には、最近の自分は保身に走ることが多くなっていなかったか。
小人族の再興という自身の野望を建前にして、名誉を傷付けないよう立ち回っていなかったか。
【ステイタス】も『Lv.6』で停滞しており、なんとも『勇気』や『成長』とは程遠い状況に甘んじていないか。
フィンは、目に覚悟の光を灯したリリルカを見ながら、自身の在り方について見つめ直す時が来たと感じていた。