ダンまちTACTICS   作:Leni

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19.剣聖候補は元騎士である

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)にある応接室にて、フィンとリリルカは今後の方針を話し合っていた。

 リリルカとしてはすぐに修行を開始してほしい思いであったが、それは叶わないとフィンが言う。

 

「先日、亡くなったばかりの仲間の葬儀があるからね。少しゴタゴタしているんだ」

 

 どうやら、【ロキ・ファミリア】は最近、ダンジョンで複数名の団員を失ってしまったらしい。

 最大派閥のまさかの出来事に、リリルカは大きな衝撃を受けながらも、なんとかお悔やみの言葉を述べた。

 そして、フィンは、リリルカとベルにあらためて告げる。

 

「うちの【ファミリア】が落ち着くまで、しばらくは普段通りに活動していてほしい。もちろん、ノルマの達成を目指してくれてもいいよ」

 

 その言葉を最後に、この場での話し合いは終了になった。

 

 それからベルたち【ヘスティア・ファミリア】の三名は、『黄昏の館』を後にしようと、正門の近くまでフィンたちに案内されながらやってきた。

 すると。正門で、思わぬ客が二人の門番と揉めていた。

 

「だから、ロキに会わせてくれればそれでいいんだ。護衛だってつけてくれていい」

 

「なりません、神ヘルメス! あなた様だけならともかく、【イシュタル・ファミリア】の幹部を館に入れるわけにはまいりません!」

 

「急ぎなんだけどなぁ。仕方ない、伝言を伝えてくれるかい? そうしたら、今すぐ駆けつけてくれるはずさ」

 

「伝言なら、まあ……」

 

 それは、以前ベルがオラリオにやってきたときに、同行していた神物(じんぶつ)。旅を愛する男神、ヘルメスであった。

 その彼は、何人かの自派閥の団員と、褐色肌の美しい女戦士(アマゾネス)を連れていた。

 

 その様子を【ヘスティア・ファミリア】の見送りに来ていたロキ神が見つけ、すぐさま正門へと駆けていった。

 

「おう、なんやなんや。本拠(ホーム)に直接訪ねてくるほどの何かがあったんか、ヘルメス」

 

 そんなロキ神の接近に気付いた門番は、慌ててロキ神の前に立って来客から庇うような位置を取る。

 

「ロキ、いけません! あそこにいるのは【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)です!」

 

 ヘルメス神が連れている女戦士(アマゾネス)。それは、現在【ロキ・ファミリア】と水面下で敵対関係になりつつある【イシュタル・ファミリア】の幹部であった。

 遠くでそのやり取りを見ていたベルは、その女戦士(アマゾネス)の顔に見覚えがあった。いつだかに『歓楽街』へと行ったとき、ベルの貞操を執拗に狙ってきた戦闘娼婦の顔役、アイシャであった。

 

「おっ、イシュタルんとこの【麗傑(アンティアネイラ)】かぁ。また、どえらい人物を連れてきたな、ヘルメス」

 

 門番に庇われる形となったロキ神は、正門前に立つヘルメス神を見て、面白そうな顔を向ける。

 

「だろう? だが、安心してくれ。彼女は、オレたちの敵じゃないよ。詳しくは、館の中で話さないかい?」

 

「そやな。よし、応接室にお客さんの案内を頼むでー」

 

「ええっ、いいんですか……?」

 

 門番二人は、敵対派閥の幹部であるアイシャを自分たちの本拠(ホーム)へ招くという、まさかの主神の方針に、顔を見合わせた。

 そんなやりとりを【ヘスティア・ファミリア】の三名は、正門の近くでボンヤリと見ていた。これ、帰っていいのかな、などとヘスティア神は思う。だが、そんな彼女に正門をくぐったヘルメス神が近づいてきて、言う。

 

「ヘスティアとベル君も同席してくれ。今回の話は、ベル君もちょっとだけ関わってくるからさ」

 

 そう言って、ヘルメスは隣に伴っているアイシャの手を取り、その手首をベルに向けて見せつけるようにした。

 そこには、ベルがヘルメスに売り払ったはずのイヴァリース土産、《ン・カイの腕輪》が嵌められていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 事の発端は、ロキ・ファミリアが『闇派閥(イヴィルス)の残党』と呼ばれるオラリオの犯罪集団と、【イシュタル・ファミリア】の関わりを見つけたことであった。

 現在、オラリオは『(けが)れた精霊』というダンジョンの『深層』に潜む強大な存在と、オラリオの破壊を目論む『都市の破壊者(エニュオ)』という謎の存在の脅威に晒されている。そして、その『穢れた精霊』と『都市の破壊者』は、『闇派閥の残党』となんらかの協力関係にあった。

 

 そこで、ヘルメス神は【イシュタル・ファミリア】とイシュタル神に探りを入れていたのだが……彼は『闇派閥の残党』とは関係ない、彼女らの思わぬ秘密を知ってしまった。

 

【イシュタル・ファミリア】には、一人の団員が所属している。

 極東出身の狐系の獣人。春姫(ハルヒメ)という名の『Lv.1』の下位構成員だ。

 

 狐系の獣人種、狐人(ルナール)。この種族には、ある一つの特性があった。

 それは、特殊な魔法を覚えやすいということ。魔法種族(マジックユーザー)としてこの世界で代表的な種族はエルフであるが、狐人はそのエルフとは毛色の違う不思議な稀少魔法を覚えることが多い魔法種族であった。

 

 春姫は、極東からこのオラリオに人身売買にて流されてきて【イシュタル・ファミリア】に買い取られ、その美しい容姿から娼婦としてイシュタル神直々に『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれた。すると、彼女も狐人の例に漏れず、稀少魔法……『妖術』に目覚めた。

 妖術の発現により、イシュタル神は狂ったように歓喜したという。

 その妖術があれば、『美の女神』であるイシュタル神が長年目の敵にしていた、同じ『美の女神』であるフレイヤ神が支配する【フレイヤ・ファミリア】を打倒できる。イシュタル神はそう確信し、極東から一つの道具(アイテム)を取り寄せた。

 

 その道具こそ、今回、こうして【イシュタル・ファミリア】の幹部であったはずのアイシャが、潜在的な敵対派閥である【ロキ・ファミリア】に駆け込んだ理由。

 

「『殺生石』。イシュタルはそう呼んでいた」

 

 アイシャが、唾棄(だき)するように言った。

 

「効果は、狐人の『魂』を中に閉じ込め、さらにバラバラに砕いて破片を使用することで、誰でもその狐人の妖術を使えるようになるというものだ」

 

 まさかの効果に、この場にいる【ヘスティア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の面々が絶句する。

 その中でただ一人、冷静な表情を保っていたロキ神が、アイシャに尋ねる。

 

「『魂』を抜かれた狐人は、どうなるん?」

 

「生きる屍になる。『魂』が込められた『殺生石』を肉体に注入すれば復活するらしいが……『魂』の入った『殺生石』をバラバラにした後に、もとのように戻せるかというと、ほぼ不可能だろうとしか言えない」

 

「それはそれは。自分の眷族を使い捨ての道具に変えるつもりっちゅうことか、あの女神(あま)は」

 

 ロキ神は、不快そうな声でそう言った。

 

 天界から降りてくる神は、基本的に下界の未知を楽しむことを目的としている。要するに、暇つぶしだ。

 しかし、イシュタル神は違った。『美の女神』として上を行くと他の神々に言われてきたフレイヤ神をやり込める。そのために下界で勢力を広げ、暗躍を続けていたのだ。

 

 だが、そのなりふり構わないやり口は、反発を生む。その反発を示す者は、己の眷族の中にすらいた。それが、アイシャだ。

 アイシャは、普段から春姫の世話役を任されていたようで、彼女に情が移ってしまったのだ。

 アイシャのそんな感情を【イシュタル・ファミリア】の内偵中に見抜いたヘルメス神。彼は、密かにアイシャと接触して、彼女を縛っていた『美神の魅了』を解いた。すると、彼女はイシュタル神への反発心から、ヘルメス神に寝返った。

 

「『美神の魅了』を解くって、またエラい代物を発明したんやな、おまえんとこの眷族(こども)は」

 

 ロキ神は驚きながら、ヘルメス神の背後に控える【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィを見た。

 だが、アスフィはロキ神から目を逸らし、代わりにヘルメス神がロキ神に対して答えた。

 

「ああ、アスフィも『魅了防ぎ』の道具の量産を頑張ってはくれたけど、大本はアスフィの発明じゃないよ。ちょっとした土産物さ」

 

 ヘルメス神は、チラリとアイシャの手首に嵌まる腕輪を見て、それからベルの方を見た。

 それを目ざとく見ていたロキ神。彼女は、ヘルメスの視線の先にいたベルへと尋ねた。

 

「なんや、ベルきゅん。なんか知っておるんか?」

 

「僕がイヴァリースから持ち帰った、『魅了』無効化の効果を持つ腕輪があります。ヘルメス様にお渡ししたんですが、それを使ったようですね」

 

「おおー、異世界(そと)の土産物か! またおもろいもん持ってるなぁ!」

 

 そんなロキ神とベルのやり取りを見て、ヘルメス神は面白そうに笑った。

 それから、ロキ神はアイシャの方へと向き直り、あらためて彼女に質問をする。

 

「で、春姫って子を助けたいっちゅうのは分かった。でも、一つ疑問や。なんで、フレイヤんとこじゃなくてウチんとこきた? あの腐れ女神(イシュタル)が目の敵にしているのはフレイヤの方なんやから、フレイヤの所に垂れ込めば【イシュタル・ファミリア】を真っ先に潰してくれたやろ?」

 

 すると、アイシャは肩を抱いて、震えるようにして言った。

 

「神フレイヤは『美の女神』だ」

 

 その言葉だけで、ロキ神はアイシャの言いたいことを察した。

 だが、アイシャはなおも言葉を続けた。

 

「また『魅了』されて、今度は神フレイヤに利用されるかもしれない」

 

 身体を震わせつつ、アイシャは言う。

 

「もう、『美の女神』はうんざりだ……!」

 

 アイシャがイシュタル神にかけられていたという『魅了』は、よほど彼女にとって恐ろしいものだったのだろう。

 ベルがイヴァリースから持ち帰った《ン・カイの腕輪》をつけても、無効化できるのは『魅了』と『混乱』の状態異常のみ。傷ついた彼女の心自体は、未だ癒えていない。

 だが、アイシャはそんなバラバラになりそうな心をなんとか繋ぎ止め、言った。

 

「頼む」

 

 それは、心からの切実な願いだった。

 

「春姫を助けてやってくれ」

 

 おおよそ、女戦士(アマゾネス)らしからぬ、他者に助けを求める弱々しい声。

 イシュタル神の『魅了』は、アイシャの意志と矜持(きょうじ)を粉々に砕いてしまっていた。

 ゆえに……この懇願(こんがん)は、アイシャが心の奥底から発した剥き出しの感情による言葉。そして、そんな言葉に応える者が、この場にはいた。

 

「いいよ。助けようじゃないか」

 

 それは、ロキ神ではなかった。フィンでもなかった。応えたのは、炉の神。家族の安寧(あんねい)を司る女神ヘスティアであった。

 

「ボクにはなんの力もないけど、助けを求めるその声に応じたい。とりあえず、キミと一緒に、頭を下げることはできるよ」

 

 そう言って、ヘスティアはアイシャの隣まで歩いていき、彼女の横に並んで、居並ぶロキ・ファミリアの面々に頭を下げた。

 

「頼む、みんな! 彼女を助けてあげてほしい! この通りだ!」

 

 そんなヘスティアの求めに対し、真っ先に反応する者がいた。黙って話の行方を見守っていたベルだ。

 

「僕が行きます。場所を教えてください」

 

「……ベル君。『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に引き続いて、またキミに頼ってしまうことになるけど、いいのかい?」

 

「主神が誰かを助けたいと言った。戦う理由はそれだけあれば十分です」

 

 その答えに、ヘスティア神は頭を上げて不安そうな表情をベルに向けた。

 そのやり取りを近くで見ていたリリルカは思った。そういえば、ベルは異世界で騎士をやっていたのだなと。

 騎士とは、主君のために剣を振るう者だ。ベルは、ヘスティア神を今の主君と見ているのだろう。

 

 ならば、自分も団長として主神の求めに応じて、ベルと協力して戦おう。『Lv.1』の弱い自分でも、変身魔法を使えば、【イシュタル・ファミリア】が根城にしている『歓楽街』に混乱をもたらすことくらいはできるかもしれない。そんな覚悟を決めた。

 

 だが、そんな【ヘスティア・ファミリア】の決意に待ったをかける者がいた。ロキ神だ。

 

「待て待て待て。いくらベルきゅんが強くても、アイズたんと互角程度の腕じゃ、さすがに【イシュタル・ファミリア】丸ごとは相手できへんで」

 

 だが、ベルは言葉をひるがえすことはなかった。彼は主神が助けると決めた存在、一晩共に英雄譚の話で盛り上がった娼婦の少女、春姫を救うとすでに決めていた。ゆえに、ベルは言った。

 

「それでも、助けます。【ヘスティア・ファミリア】はまだ、【ロキ・ファミリア】の傘下に入る正式な書面を交わしていませんよね? それなら、独断でも動けるはずです」

 

「待てや。助けにいくなとは言ってへんで。あと、うちらが助けないとも言ってへん。一人で行くなっちゅうことや」

 

 そのロキ神の言葉に、ロキ神とベルのやり取りを聞いていたヘスティア神はハッとなった。

 

「ロキ……! 協力してくれるのかい!?」

 

「助けてもええかなー、とは思うてる。でも、相手は【イシュタル・ファミリア】。オラリオ有数の【ファミリア】や。はい、助けます! ……と、すぐにはうなずくわけにもいかへん」

 

「むう……」

 

「そこでや。自分、アイシャ言うたな?」

 

 ヘスティア神のうなり声を無視したロキ神は、女戦士のアイシャの方を向いて問う。

 

「ああ」

 

「うちの【ファミリア】が、【イシュタル・ファミリア】を打ち負かすことで何か利益や利点があるなら、言うてみるとええ。利があるなら、うちも戦力を出してやるで」

 

「利、か……」

 

「【イシュタル・ファミリア】を潰して、その勢力や資財を奪い取ることで得る利や。ああ、『歓楽街』の経営はうち、興味ないからな?」

 

 ロキ神に問われ、アイシャは瞬時に頭を巡らせ始める。

 だが、アイシャが答えを出す前に、ロキ神がたたみかけるようにして言った。

 

「たとえばそう、【イシュタル・ファミリア】は、『Lv.』に不釣り合いな力を得ている言うて以前、ギルドの監査が入ったらしいな?」

 

 ロキ神のその言葉に、ピクリと肩を揺らすアイシャ。

 

「結果は白やったらしいけど……実はあるんやろ、眷族の力を増す秘密が」

 

 そう言いながら、ロキ神は思い出す。

 かつて、オラリオ近くに存在するメレンの港町で、『Lv.5』のはずの【イシュタル・ファミリア】の団長が、『Lv.6』のアイズと互角に渡り合ったことがあった。その秘密を言えと、ロキ神は迫っているのだ。

 

「……春姫の『妖術』だ」

 

 そして、アイシャは素直に白状した。

 

「やっぱりか。で、どんな術や?」

 

「ここでは、言えない。人が多すぎる」

 

「ほな、別室で聞こうか。うちの団長くらいは、一緒に聞いてもええよな?」

 

「ああ。構わない」

 

 それからロキ神は、団長のフィンと一緒にアイシャを連れて応接室から離れていき……数十分後、最高幹部以外の幹部勢を率いて、応接室に戻ってきた。

 そして、開口一番、ロキ神は言った。

 

「よし、【イシュタル・ファミリア】潰すで! メレンでの借りを返すんや!」

 

「うおおおお!」

 

【ロキ・ファミリア】の幹部と、野次馬根性を働かせたのか応接室に近づいていた一般団員が、一瞬で盛り上がる。

 さらに、ロキ神が叫ぶ。

 

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』やーッ! 祭りやで!『闇派閥』にやられた子たちの、(とむら)いの祭りや!」

 

 ロキ神が、そう言って拳を天井に向けて振り上げる。

 だが、そんなロキ神に水をさすようにアイシャが言う。

 

「待ってくれ」

 

「待たへん! 戦いは決まった!」

 

「いや、戦ってもらうことは構わない。でも、『戦争遊戯』では、間に合わない」

 

「んー? どういうことや」

 

「『殺生石』に『魂』を閉じ込める儀式は、満月の夜に行なわなければならない。そして、今夜が満月だ」

 

「今から『戦争遊戯』を申請しても、開始までに儀式は終了してしまうっちゅうことか……」

 

 そう言って、ロキ神は考え込むように腕を組んだ。

 そして、すぐさま答えを出した。

 

「しゃあない……ペナルティ覚悟で行くか! 攻めるで、『歓楽街』! ギルドに対する名目は、『闇派閥』と繋がる証拠の確保と、眷族(こども)の『魂』をもてあそぶ邪神イシュタルの捕縛や!」

 

 こうして。

 オラリオ最大派閥である【ロキ・ファミリア】と、オラリオの『歓楽街』を支配する大規模派閥【イシュタル・ファミリア】の『抗争』が勃発することとなった。

 

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