『抗争』。それは、『
いや、形式というほど格式張った争い方ではない。二つの派閥が敵対し、所構わず戦いを繰り広げる、なんでもありの対立である。ダンジョン内を戦いの舞台にするならマシな方で、互いの
間に立つべきオラリオの
もちろん、
しかし、オラリオにいる神々や眷族が、いちいち『戦争遊戯』で決着を付けようとする行儀の良い者達ばかりとは限らない。
かつてオラリオでは、『
都市は破壊され、市民は巻き込まれ、治安は悪化した。ゆえに、オラリオの人々は『闇派閥』が
『暗黒期』が終わったのは、そう遠い昔ではない。ゆえに、当時を知るオラリオの多くの人々は、今も『抗争』の発生を恐れていた。
そんなはた迷惑な戦いである『抗争』。それを今、【ロキ・ファミリア】はオラリオにて再び起こそうとしていた。
現在は、夕刻。満月の夜が近づいてきている時刻に、彼らは人の出入りが増えてきた『歓楽街』へと踏み入った。
「さあ、戦争の始まりや。くれぐれも
【ロキ・ファミリア】の主神であるロキ神が、ここまで率いてきた自派閥の団員たちに、そう号令をかけた。
その団員たちの数は、五十名を超えていた。
ロキ派の主戦力をこれでもかと注ぎ込んだ本気の態勢。しかも、そこには別派閥の戦力も加えられていた。
ロキ派の傘下に入る予定の【ヘスティア・ファミリア】、だけではない。極東出身の春姫と縁があるという、極東からやってきた武闘派の派閥、【タケミカヅチ・ファミリア】も加わっていたのだ。彼らは、今回の件で陰ながらロキ派を支援している【ヘルメス・ファミリア】が連れてきた。
「目指すは、【イシュタル・ファミリア】の
『歓楽街』はオラリオの南東部、第三区画と第四区画にまたがって存在している。
その『歓楽街』は、ほぼ全てがイシュタル神の支配下にある。ここに住まう娼婦や遊女たち、そして彼女たちを世話する使用人たちも含めて、【イシュタル・ファミリア】の団員なのである。
『
よって、明らかに襲撃目的で姿を現した【ロキ・ファミリア】に対し、『歓楽街』に所属する者たちはその歩みを妨害しにかかる。
しかし……。
「どけぇ! 雑魚ども!」
それらは全て、集団の先頭を行く【ロキ・ファミリア】幹部、
そして、彼を一番槍として、どんどん『歓楽街』の奥へと進んでいくロキ神たち一同。
ときおり、冒険者としても活動している
「ベート、なんかすごく気合い入っているねー」
同じく【ロキ・ファミリア】の幹部である、アマゾネスのティオナが巨大な武器、
すると、その隣で愛剣《デスペレート》を抜いて隙なく構えるアイズ・ヴァレンシュタインが、ポツリとつぶやくように言った。
「ベートさんは、リーネに慕われていたから、かな?」
アイズが口にしたのは、つい先日、命を落としたばかりの団員の名前だ。
その名を聞き、ティオナは納得するように言う。
「リーネの最期には酷いこと言ったみたいだけど、内心では
「うん、あくまで可能性、だけど……」
そう、【ロキ・ファミリア】に所属していた、リーネ・アルシェという名の少女を始めとした七名の団員は、つい先日、戦死していた。オラリオの地下で密かに建造されていた人造の迷宮内で、滅んだはずの『闇派閥』の生き残りたちと戦った末の敗死だ。
約六年前、『闇派閥』は多くの冒険者たちを道連れにすることで壊滅し、生き残った数少ない者も一人ずつ狩られていき、『暗黒期』は終わりを告げたはずだった。しかし、『闇派閥』の生き残り、いわゆる残党たちは文字通り地下にもぐり、細々と生き残っていたのである。
そして、その『闇派閥の残党』と【イシュタル・ファミリア】の繋がりを以前、【ロキ・ファミリア】は偶然ながら発見していた。
ゆえに。
先頭で【イシュタル・ファミリア】の尖兵を蹴散らすベートは、『闇派閥の残党』に殺されたリーネ・アルシェの無念を晴らすかのように、大暴れしていた。
そんなベートの活躍で一行は大通りを悠々と進み、煌びやかな御殿『女主の神娼殿』へと辿り着いた。
正門は固く閉じられていて、さらに門の前に家具類を積み重ねたバリケードもこさえられている。
その厳重な門を前にしたベートは、不意に天を仰いだ。
空を覆っていた夕闇は夜の闇に姿を変えており、さらに満月が天高く昇ろうとしていた。
それを見たベートは、その場で大きな遠吠えをした。
その次の瞬間、彼がまとう雰囲気が大きく変わる。狼人の種族特性である、『獣化』だ。狼人は、月の光を浴びることで獣の力を身に宿すことができるのだ。
見た目は獣の耳と尻尾のみを有した亜人の姿のまま、
「アイズ! 風を寄越せェ!」
その叫びを受けて、油断なく剣を構えていたアイズは瞬時に応じた。
「【
超短文詠唱の『魔法』。その効果は、風属性の
その『魔法』、【エアリエル】で風を身にまとったアイズは、剣を突き出し、ベートへ向けて烈風を放った。
同士討ち。そうとしか見えない一撃は、しかし、ベートが履いていたメタルブーツに吸い込まれていった。
ベートの装備、ミスリル製のメタルブーツ《フロスヴィルト》は、魔法を吸収し攻撃に変換する能力を持っている。
今の彼は、その特性によって足下に猛烈な風の力をまとっていた。
そして。『獣化』と風の付与によって強大な力を手にしたベートは、バリケードで塞がれた正門へと向けて走り出し……。
「オラァッッッ!」
跳び蹴りで前方にある全てを破壊した。
轟音と共に砂埃が舞い散り、正門とバリケードは見事に吹き飛ぶ。その圧倒的な破壊を為したベートは、『獣化』を維持したまま、勢いよく後方へと振り向く。
「行くぞォ! テメェら!」
気合いを入れるように、団員たちへと叫ぶベート。
それを聞いた【ロキ・ファミリア】の団員の目に、まるで火が灯ったかのような光が宿る。
そう、団員を殺された弔い合戦に挑んでいるのは、ベートだけではない。
失われた仲間の弔いのため、
◆◇◆◇◆
正門を破って突入した『
そこで、【ロキ・ファミリア】の団長フィンは部隊をすぐさま三つにわけた。
一つは、最高幹部のガレスを中心とした戦闘員への対応部隊。
もう一つは、裏切りの
そして最後の一つは、団長フィンと副団長リヴェリア、そして神々を中心としたイシュタル神捕縛部隊だ。
本来ならば、敵の本拠地を進む部隊を分けることは得策ではない。しかし、すでに満月は天に昇っており、春姫の魂を『殺生石』に閉じ込める儀式が始まってしまっている可能性が高かった。
さらに、部隊を全て春姫に向ければ、主犯であるイシュタル神にまんまと逃げられてしまう可能性もあった。
実のところ、フィンにとって今回の『抗争』は、縁もゆかりもない少女の救出よりも、イシュタルの捕縛の方が『本命』であった。
イシュタルと『闇派閥の残党』の繋がりを完全につかみ、そして、リーネたちの死の原因となった『
だが、アイシャに協力をしてもらっている以上、フィンは春姫のことを無視するつもりはなかった。
『魂』を傷付ける『殺生石』の儀式に対し、フィンもしっかりと義憤を感じていたため、春姫をないがしろにする選択肢は最初から存在しない。
さらに、彼の主神であるロキ神はアイシャと春姫を自派閥に取り入れる気が満々である。そのため、フィンは春姫を助けるために犠牲を出したくないというアイシャの要望に応じて、【イシュタル・ファミリア】の構成員の殺害を固く禁じていた。
それらの状況を踏まえて、フィンは目の前の敵戦闘員をうっかり殺してしまわないよう、大部分の団員を足止め専用の要員とした。そして、高い『Lv.』を誇る幹部たちを春姫救出部隊と、イシュタル神捕縛部隊に割り振った。
フィンが一瞬で選出した春姫救出部隊。その中には、【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルの姿もあった。
彼は、アイシャと【タケミカヅチ・ファミリア】の者以外で春姫と面識がある、唯一のメンバーだ。その経緯から、彼は救出部隊に組み込まれ、その活躍をフィンに期待されていた。
春姫救出部隊には、ベルの他に、アイズ、そしてベートの姿もあった。【タケミカヅチ・ファミリア】からは
アイシャの向かった先。そこは、『歓楽街』で最も空に近い場所。
植栽と人工の泉が備わった神の庭に、春姫は確かにいた。
首、胴、手、足に太い鎖が巻き付けられて膝を床に突いた、
それはまるで、英雄譚の中で化け物へと生贄に捧げられた乙女のごとき姿であり……。
白銀に光る鎧兜に身を包んだベルは、それを見て一歩前に進み、腰に下げていた鞘から黄金の騎士剣を抜いた。
「春姫さん」
天に満月が輝く、その下で。
まるで英雄譚の主役が
「あなたを、助けに来た」
【ロキ・ファミリア】の助けがなければ、儀式が始まる前までにここへ来ることはできなかった。
アイシャの裏切りがなければ、この場所への道のりを知ることはできなかった。
ヘルメス神の機転がなければ、春姫の危機すら知ることができなかった。
しかし、それでも。ベルは小さな
まるで、春姫が好む救済型の英雄譚における、
※まだ第二章は中盤です。
・千草ちゃん『Lv.2』
原作五巻での『中層』における【タケミカヅチ・ファミリア】絶体絶命の場面で、本作の彼らは『
ちなみに、このような細かい原作との差異は作中で臭わせるだけで、明確に述べる機会がないことも多いので、今回に関してはこのあとがきで触れさせていただきました。