連日の戦争で、ベルは『モンク』のジョブのまま戦い続け、二つの『アクションアビリティ』を習得した。
人体に存在するツボに『気』を集中させることで、人の潜在能力を一時的に発揮させ、自然治癒力を爆発的に上げて傷と
これの習得をリリルカ経由で【ロキ・ファミリア】の団長フィンに伝えたところ、フィンはベルを一時的にオラリオに戻すよう要請してきた。
「はー、ベルさん不在で戦線維持ですか。お師匠様もいきなり無理を言いますね。ただでさえ、大火力のエルフ部隊も与えられてないのに……」
そんなリリルカの愚痴と共にベルはオラリオ郊外の陣地から送り出され、オラリオへと帰還した。
そして、ベルが向かった先。そこは、『
医療系
治療院に足を踏み入れたベルだが、そこは戦場と変わらぬ騒がしさであった。
「だから、どこも悪くないんだっての!」
「はいはい、病人はみんなそういうんですよ」
はじめは王国との戦争の怪我人が運ばれているのかと思ったベルだが、どうやら状況が違うようだ。
【ディアンケヒト・ファミリア】の団員によって治療院の処置室に案内されたベルが見たものは、怪我一つない健康そうな冒険者が、治療院のスタッフに拘束されている姿であった。
「うーん?」
謎の状況に、首を傾げるベル。
そんなベルに、いつの間にかフィンが近づいてきており、
「やあ、待っていたよ。ノルマの一部を達成してくれたと聞いてね。一時的にこちらの手助けをしてもらうことにしたんだ」
「はい……でも、酔い覚ましが必要だって聞いたんですけど……本当ですか?」
「ああ。とびっきりの酒でね。患者は酔っている自覚がないうえに、端から見ても酔っているとは分からないんだ」
「それはまた……すごい厄介な酒ですね」
「まったくだよ」
そうして、ベルは処置室にて拘束されている、一人の冒険者、ヒューマンの男の前に立った。
「ギャアッ! こいつ、【
騒ぐ患者。しかし、ベルから見て、相手が酔っているようには見えない。
だが、切れ者と名高いフィンが言うなら、きっとこの人は酔っているのだろう。そう判断して、ベルは処置を開始した。
「では、靴を脱がしますねー」
「なんでだよ! おい、俺に何をするつもりだ!」
拘束された冒険者が騒ぐが、ベルは無視をして冒険者の履くブーツを脱がし、靴下も脱がした。
ムワッとした臭いに顔をしかめるベル。だが、そこで医療スタッフが、サッと冒険者の素足を拭いてくれた。
そして、ベルも差し出された布巾で手を拭いてから、冒険者の右の足を両手でつかんで言った。
「はい、ツボ押しますよー」
「うおおおお! ……えっ、ツボ押し? って、いててててて」
「ああー、肝臓、ちょっと痛んでますねー」
「ディオニュソス様が極上の葡萄酒をよく恵んでくれるからなぁ。って、なんで俺、指圧されてんの!?」
「では、酔い覚ましのツボに『気』を注入しますねー」
「『キ』!? なんだそれ!? って、あっ……」
ベルが、覚えたての『アビリティ』、【気孔術】で練った『陽の気』を【チャクラ】の技術で足裏のツボに流し込む。ベルがイヴァリースに居た頃、傭兵団に所属していた『モンク』の傭兵から教えてもらった秘孔の一つである、酔いを覚ますためのツボだ。
ベルの手もとが太陽の光のごとく輝き、秘孔に『陽の気』が流れ込んでいく。それと共に、男の体内に潜んでいた『よこしまな成分』が体外へと押し流されていく。
すると、次の瞬間、冒険者の男は、猫がフレーメン反応を起こしたときのような呆然とした表情で、しばし固まった。
そして。
「えっ……まさか……ディオニュソス様が、そんな……」
混乱した様子で、何かをつぶやいて呆ける冒険者の男。
そんな男を気にすることもなく、医療スタッフが手慣れた様子で拘束を解いていく。そして、医療スタッフは男を強引に立ち上がらせ、「詳しい説明は、向こうでまとめてしますねー」と言いながら男を処置室から退出させていった。
それを訳も分からず見送ったベルは、とりあえず浮かんだ疑問をフィンに投げかけることにした。
「ええと、確かに酔い覚ましは効いたみたいですけど……いったいどういう状況ですか?」
「ああ、効いたね。酔い覚ましどころか、『暗示』まで一発で解くとは、これはなかなか……。いや、ありがとう。状況だけど……『
「はい、【ロキ・ファミリア】と敵対している勢力の一つですよね?」
「そうだ。その『エニュオ』は、『神酒』という神すら酔わせてしまう酒を【ディオニュソス・ファミリア】の団員に飲ませて、さらに『暗示』をかけて意のままに操っていたんだ」
「……そんなこと、できるんですか?」
「厄介なことに、できてしまうみたいだ。何せ、地上に降りてきた『酒の神』が、その酒造りの技術を全力で使って醸造した『神酒』だからね」
『酒の神』が造り出した酒。そのワードに、ベルはピンとくるものがあった。
「あっ、リリ団長の古巣の、【ソーマ・ファミリア】のお酒ですか?」
「いや、違うね。その神ソーマ曰く、自分の造る『神酒』よりも上等な葡萄酒が使われているそうだ。その酒を造ったのは……『エニュオ』だ」
「オラリオの崩壊を企む存在が、『酒の神』ってことですか……」
「そういうわけさ」
フィンの話が終わったところで、次の患者が処置室へと運ばれてきた。
だが、その患者にベルはギョッとした顔になる。
両脇をベルが知る数少ない男神である『武神』タケミカヅチと、リリルカがひいきにしている薬品店を営む『医神』ミアハに固められた、老婆。だが、その老婆は、老いてもなお美しい顔を保った、かすかな神威を放つ女神であった。ただし、明らかに酔ってはいたが。
「ああ、見つけてきてくださったのですね。ありがとうございます」
フィンが、老婆の神の両脇を固めているタケミカヅチ神とミアハ神に、丁寧な言葉で礼を言った。
すると、タケミカヅチ神が、フィンに向けて言う。
「『神酒』の現物も持っていたぞ。そちらは、ギルドの幹部に渡しておいた」
「さらなる証拠物が出ましたか。最早、ギルドも『エニュオ』の存在を疑うことはないでしょうね」
フィンがタケミカヅチ神にそう答え、その間にミアハ神が処置室の椅子に老婆の神を座らせた。
その老婆の神は、先ほどの冒険者と違い一切の抵抗をしていなかった。むしろ、ふてぶてしい態度でミアハ神に向けて言った。
「なんだい、治療院なんかに連れてきて。神に健康診断でもさせようっていうのかい」
「そうだね。神だって、零能の身体では風邪だって引く。まずは酔いを覚まして、それからいろいろ調査をしないとね」
ミアハ神のその返答に、老婆の神は「フン!」と鼻を鳴らす。
そして、大きな声で言った。
「払える治療費は、一銭もないよ!」
「貧乏神に治療費なんて求めないさ。さあ、処置を開始してくれ」
馴染みの男神ミアハに促され、ベルは恐る恐る、老婆の神に『陽の気』を流した。
すると、どうやら神も人間とツボの位置は同じだったらしく、明らかに酔った様子を見せていた老婆の神は、一瞬で酔いから覚めたようであった。
そして、その場でプルプルと震えながら、叫んだ。
「ディオニュソス! あいつめ!」
酔いから覚める、先ほどのフィンの言葉を借りるなら、『暗示』が解かれた状態にある老婆の神は、よほど腹に据えかねたことがあったのかその場で立ち上がり、暴れ出そうとし始めた。
慌ててタケミカヅチ神が押さえにかかり、そのまま医療スタッフの誘導で別室まで運ばれていった。
その顛末をまたもや訳も分からず見守っていたベル。
頭が疑問で一杯になり、彼はまたもや隣で事態を見ていたフィンに疑問をぶつけることになった。
「えーと、フィンさん。先ほどの神様は一体……?」
「ああ、あの神こそ、今回の件の重要
「……うん?」
何かがおかしいと、ベルは首を傾げ、そしてすぐに気がついてフィンに再度問うた。
「【ディオニュソス・ファミリア】の主神は、ディオニュソスっていう神様じゃないんですか?」
「ああ、『エニュオ』が『神酒』と『暗示』を使って、神の入れ替えを行なっていたんだ。【ディオニュソス・ファミリア】の団員を捕らえて酔いを覚ましてみたところ、その事実が発覚した」
「神の入れ替え……!?」
「簡単に言うと、『エニュオ』は神ペニアと【ディオニュソス・ファミリア】の団員を『神酒』で酔わせて、密かに『
「な、なんでそんなことを……」
神の入れ替えに、一体どんなメリットがあるのか。そんな当然の疑問をベルは持つ。
そんなベルに、フィンは次の患者が来ないことを確認してから、説明を始めた。
「神が天界に送還されると、その神の眷属たちの『
そう。この世界の冒険者は、『
それがゆえに、先日のイシュタル神の天界への送還の際には、ダンジョン内に【イシュタル・ファミリア】の団員が潜っていないかギルドが重点的に確認を取っていたと、ベルは耳にしたことがある。
だが、そんな仕組みが、今の状況とどう関わってくるのか。フィンは、その核心部分について話す。
「【ディオニュソス・ファミリア】は、『
「……【ディオニュソス・ファミリア】が全滅する?」
「そう。それが、『エニュオ』の狙いだと僕は見ている」
「なんて
顔をしかめるベルに、フィンは真面目な顔をして言った。
「つまり、この酔い覚ましは、【ディオニュソス・ファミリア】の団員の命を救う重要な作戦だ。だからこそ、戦争の途中なのに君を呼び戻したのさ」
「なるほど。……ところで、話の中に、肝心の神ディオニュソスが出てこないんですが……?」
「おや? ここまで条件が揃っていて、分からないかい?」
「えっと……?」
フィンが笑みを浮かべ、ベルを試すように問いかけてくるが、ベルはどういうことか分からず、考え込んでしまう。
そして、しばらく情報を整理した後、ベルはある事実に辿り着いてしまった。
「『
ベルの導き出した答えに、フィンは満足そうにうなずいた。