ダンまちTACTICS   作:Leni

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30.折れる剣、折れぬ心

 酔い覚ましの治療を一通り終え、オラリオから都市外の本陣へと帰還したベル。

 すると、どういうわけか、本陣の一角、【ロキ・ファミリア】の滞在する場所が騒がしくなっていた。

 

 そんな中で、一人落ち着いて【ロキ・ファミリア】の団員たちに指示を出していたリリルカを見つけたベル。

 彼は、リリルカのもとへと行き、何が起きたのか事情を尋ねることにした。

 

「ああ、おかえりなさいませ。実は、少々厄介なことになりましてね。敵が離間の計を仕掛けてきたんです」

 

「離間の計……商業系派閥でも買収された?」

 

「いえ、敵が仕掛けた相手は、鍛冶師(スミス)です。それも、よりにもよってヴェルフさんに、ちょっかいをかけてきたんです」

 

「ええっ……ヴェルフって、むしろ王国のこと嫌っていなかった?」

 

 ベルは、ごく普通に王国の兵士に向けて剣を振るっていた、ここ数日のヴェルフの姿を思い出しながら、そんなことを言った。

 すると、リリルカは複雑そうな顔でベルに答える。

 

「王国はよりによって、ヴェルフさんにクロッゾの魔剣を提供するように、要求してきたんです」

 

「いや、どう考えても応じないでしょ……」

 

「それが、ヴェルフさんがクロッゾの魔剣を差し出さないと、オラリオに向けて直接、王国に残ったクロッゾの魔剣を全て撃ち込むと脅してきたようでして」

 

「人質かぁ……。でも、王国は別に、オラリオの近くへ布陣できていないよね?」

 

「ええ。ですから、現在、オラリオに近づく怪しい部隊がいないか、探させています。あと、袖の下を受け取って王国人を素通りさせる商業系派閥がいないかどうかも」

 

「なるほど、リリ団長はすでに対策済みってことか。さすがだね」

 

「まあ、おそらくその対策も不要なのですが……」

 

「え?」

 

「詳しくは、ヴェルフさんから聞いてください。リリは、ちょっと忙しいので、これで失礼します」

 

 そう言って、リリルカはベルから離れ、【ロキ・ファミリア】の団員への指示を再開させた。

 残される形となったベルは、とりあえずヴェルフに話を聞こうと、【ヘファイストス・ファミリア】が布陣する場所へと向かっていった。

 

 すると、そこでは【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師たちが、一ヶ所に集まって何かを見ていた。

 ベルがそこを覗いてみると、その中心でヴェルフが『クロッゾの魔剣』らしきものを仕上げている最中であった。

 

「よし、できたぞ」

 

 ヴェルフがそう宣言すると、周囲を囲んでいた鍛冶師たちからうなり声が上がった。

【ヘファイストス・ファミリア】の中で自分は爪弾きになっていると、ヴェルフは普段話していた。しかし、この状況はそれを感じさせないものであった。

 ヴェルフが打った『クロッゾの魔剣』を鍛冶師たちが囲み、品評を始める。自分が打つ魔剣と何が違うのか、といった話が飛び交い、ヴェルフにも質問が飛ぶ。しかし、ヴェルフは淡々と答えた。

 

「身体に流れる血に任せて打っているだけだ。特別なことは俺自身、何もしちゃいねえ。魔剣を打つ技術そのものは、この中で多分、俺が一番低い」

 

 それは、謙虚さからくる言葉ではない。むしろ、ヴェルフは自身が劣っているという言葉を口にするときに、悔しそうにすらしていた。そんなヴェルフを周囲の鍛冶師たちは、様々な感情が籠もった目で見ていた。

 やがて、ヴェルフから有益な情報を引き出せそうにないと分かった鍛冶師たち。彼らは、ヴェルフの打った『クロッゾの魔剣』の現物を精査する方に、興味を移していった。

 

 そんな中で、ベルは一人、手持ち無沙汰になったヴェルフに近づいていき、話しかけた。

 

「ヴェルフ。何か、大変なことになったっていうけど……」

 

「おっ、戻ったのか。そうだな、厄介事に巻き込まれちまった」

 

「魔剣、打ったんだね」

 

「ああ、不本意ながら、打った」

 

 ヴェルフは、そう言いながら複雑そうな目で、鍛冶師たちが順番に手に取っていく『クロッゾの魔剣』を見つめた。

 そんなヴェルフに、ベルは問う。

 

「王国の要求に、応じるの?」

 

「ん? ああ、いや。そのつもりは毛頭ないぞ」

 

「えっ、でも、魔剣を新しく打ったんだよね?」

 

「あれは、ムカつくことを言ってきた王国に、返事代わりにぶちかまそうと思って打ったものだ。魔剣が欲しいなら、一撃をくれてやるってな。意趣返しってやつだ」

 

「うわあ……」

 

 まさかのヴェルフの答え。どうやら彼は、『クロッゾの魔剣』を戦争に投入して、王国に反撃を加えるつもりのようだ。

 

「そもそもだ。向こうの主神、アレスの性格を考えると……オラリオに痛打を与えるほどの数の『クロッゾの魔剣』は残っていねえはずだ」

 

「ああ、だからみんなそんなに慌ててないんだ」

 

「クロッゾの一族が魔剣を打てなくなって、それだけの月日が流れているってこった。残っていたとしても、精々が王城の宝物庫に一本二本、宝物として飾られているくらいだろうな。万が一、大量に残されていたとしても、今回みたいな穴の多い作戦で、王国が一気に手放すはずがねえ」

 

 だから、と、ヴェルフは言う。

 

「俺が打ったあの魔剣は、王国との、家との決別の証だ。俺は、ラキア王国のヴェルフ・クロッゾじゃねえ。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)、ヴェルフだ」

 

 そのヴェルフの言葉に、いつの間にかベルとヴェルフの会話に耳を澄ましていた鍛冶師たちが、ニヤリと笑ってヴェルフのもとへとやってくる。

 そして、ヴェルフの肩や背中を叩いたり、髪の毛をくしゃくしゃにかき混ぜたりして、ヴェルフの言葉を彼らは受け入れた。

 さらに、鍛冶師の一人がヴェルフに向けて言う。

 

「うちらの団長は主神様の作品に目を焼かれているから、使えるものはなんでも使えってしつけえけどよ。職人ってヤツは、独自のこだわりがあってなんぼ、頑固でなんぼよ!」

 

「ガハハ! 確かにそうだ! 武器は斧か槌しか打たん、なんてやつもいるしな!」

 

「お前のことじゃねえか!」

 

 そんなやりとりに、ヴェルフ含めて笑い声が上がる。

 ベルはその様子を見て、ああ、彼らも一つの家族なんだな、と胸が温かくなる思いになった。

 

 それがゆえに。ベルは、ヴェルフに余計なちょっかいを出してきた王国に怒りを感じていた。

 戦場で汚い手を打ってくる相手には、イヴァリースで慣れきっている。

 では、このベルに芽生えた感情は、なんなのか。それは、戦場を駆ける騎士としてのものではなく、この世界にやってきて培われた冒険者としての感情であった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「俺の答えは……これだあッ!」

 

 ヴェルフが握る『クロッゾの魔剣』が、魔剣の取引場所として指定されていた場所に布陣していた五十名からなる王国兵たちを吹き飛ばした。

 かつて海を割り、エルフの森を焼いたとまで言われた一撃が、ヴェルフの怒りを体現するかのように敵兵を飲みこむ。

 

 呆然とそれを見ていた、ヴェルフの取引相手。彼の父親であり、クロッゾ家の家長であるヴィル・クロッゾだ。

 だが、ヴィルはやがて、目の前で起きた惨劇を自身の息子が引き起こしたと理解し、怒りで頭に血を上らせた。

 

「ヴェルフ! 貴様ァ!」

 

 彼の手には、一つの魔剣が握られている。

 それは、ヴェルフが存在を示唆していた、王国に残されていたであろう古い『クロッゾの魔剣』だ。

 

 ヴィルの視界の先では、ヴェルフが別の方向に布陣していた王国軍に向けて『クロッゾの魔剣』を振るっていた。それを目の当たりにしたヴィルは、手に持つ古い『クロッゾの魔剣』を振り上げ、怒りのままヴェルフへと魔剣を放とうとする。

 しかし。

 

「【冥界恐叫打】!」

 

 ヴェルフの護衛として同行していたベルが、素早く剣を抜き、『剛剣』を手加減して放った。

 すると、ヴィルが手にしていた『クロッゾの魔剣』は役割を果たすことなく折れ、さらに『剛剣』の力によりヴィルは深い傷を負った。

 

 そうして、取引場所に布陣していた王国兵は全滅し、ヴィルは怪我に倒れ、王国が所持していた稀少な『クロッゾの魔剣』は砕け散った。

 その結末を見届けたヴェルフは、ヒビが入った自身の魔剣を手に握り、そして、実父が持つ柄だけとなった魔剣を見つめて、叫んだ。

 

「そんな簡単に折れる剣が、鍛冶師の作る剣かよ……!」

 

 ベルの放った、たった一撃によって役割を果たすことすらなく折れた魔剣。

 すると、ヴィルはフラフラと立ち上がると、その柄をその場に投げ捨て、ヴェルフに向けて叫び返した。

 

「武器は使えば摩耗する! ただの消耗品だ! 折れればまた造ればよいのだ!」

 

「消耗品? ああ、そうだろうさ。戦い続ければ、剣は折れるし、矢は失う!」

 

「そこまで分かっていて、なぜ、我らのもとで魔剣を打つことを拒むのだ!」

 

「じゃあ聞くが、その戦いの最中で『クロッゾの魔剣』を失ったテメェは、今どんな気持ちでいる? 戦いの中で、剣を失った剣士は、いったいどうすればいい!?」

 

 そのヴェルフの言葉に、ヴィルはグッと言いよどむ。

 怒りに身を任せていたためヴィルは忘れていたが、今、彼は絶体絶命の危機にあった。

 頼みの王国軍はヴェルフの攻撃で全滅し、さらにヴェルフの手もとには『クロッゾの魔剣』が未だ残されている。

 

 もし、ヴィルの手もとに『クロッゾの魔剣』が残されていれば、この状況からの逆転は、可能であったかもしれない。

 だが、それは叶わない。魔剣は既に折れ、彼の足下に柄だけとなって転がっている。

 ヴィルは、ヴェルフの主張通り、この状況でどうすればいいか分からなくなってしまった。

 

 そんなヴィルに、ヴェルフは、たたみかけるように言った。

 

「……折れない剣を目指して鎚を振るうのが、俺の目指す真の鍛冶師の姿だ。テメエら一族とは金輪際、関わるつもりはねえ」

 

 そうして、いつの間にか周囲に展開し始めていた【ロキ・ファミリア】により、ヴィルと、彼に同行していたヴェルフの祖父は捕まった。『クロッゾの魔剣』により吹き飛ばされていた兵士たちは、そのまま野営地へと運ばれていき、オラリオの商業系派閥による法外な治療を受けることとなった。

 

 そんな顛末を最後まで見届けたベル。

 彼はヴェルフと共に本陣へと戻り、天幕に入って休みながら一人、考える。

 

 王国はまさかの搦め手を使ってきた。それに対し、オラリオ側は未だに不殺での戦いの方針を崩してはいない。正直なところ、オラリオのやり口は温すぎて、王国に舐められているのではないか。そんな疑問をベルは浮かべた。

 

 しかし、ベルは作戦立案をできる立場にない。

 よって、彼は素直に団長のリリルカへと相談しにいくことにした。

 

 リリルカは、【ロキ・ファミリア】の陣にある会議用の天幕の中にいた。

 どうやら、都市からやってきた【ロキ・ファミリア】の使者と面会していたところのようだ。後でまた訪ねることにしよう、と天幕を後にしようとしたところ、ベルをリリルカと使者の二人が止めた。

 

「ちょうどよかった。ベルさんに、明日の作戦を相談しようと思いまして」

 

 リリルカのその弾む声に、ベルは何かよさげな報告が、都市側から入ったのだと察した。

 そして、都市からの使者、【ロキ・ファミリア】の団員ラウル・ノールドというヒューマンの青年と共に、ベルはリリルカの説明を聞いた。

 

「お師匠様は、いよいよ『人造迷宮(クノッソス)』の攻略を本格化させたいようです。よって、可能ならば、さっさと王国の本陣を攻めてしまえとの指示が出ました」

 

「ようやくだね! ……あっ、でも、商業系派閥が納得するのかな? まだまだ稼ぎ時だと思っていそうだけど」

 

 すると、リリルカではなくラウルが答えた。

 

「納得させるそうっす。『エニュオ』をオラリオから逃がさないためにも、商業系派閥に協力を要請するつもりみたいで。ちなみに、商業系派閥に対する取引材料は、ベル君、キミが用意してくれたものっすよ」

 

「僕ですか?」

 

「ほら、オリハルコンの扉。あれを見せて、オラリオの地下にアダマンタイトとオリハルコンの鉱脈があることを商業系派閥に教えるそうっす」

 

『人造迷宮』は、二つの鉱物で構成されている。

 アダマンタイトの通路に、オリハルコンの扉である。

 他にも、魔法の効果を減衰させるモンスター素材が通路の表面に張られている。

 

 攻略後の『人造迷宮』の管理はギルドになるだろうが、アダマンタイトとオリハルコンという良質な鉱山の存在に、商業系派閥は沸き立つだろう。フィンは、ラウルにそう語ったらしい。

 

「僕も古代の遺跡でトレジャーハントをしたことがありますけど、敵の本拠地を鉱山扱いですか……」

 

 ベルが呆れたような顔で言うと、ラウルは笑って応える。

 

「管理の行き渡らない地下空間なんて、悪党たちの格好の隠れ家になるっすからね。オラリオの冒険者には害しかないなら、最小限のダンジョン直通路だけ残して、掘り返して埋めてしまうのが一番って団長が言ってたっすよ」

 

「確かに、悪人が身を隠すには、モンスターの湧かない人工の迷宮はうってつけの場所ですね……」

 

「なので、さっさと王国に関しては片を付けてしまって、オラリオの総力を挙げて『人造迷宮』を攻略してしまうというのが、団長の方針っすね」

 

 そういうことになり、翌日、リリルカ率いる【ロキ・ファミリア】の部隊が、王国軍を本格的に攻めることが決まった。

 

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