「よく来てくれた」
ラキア王国との戦争が終わりを告げ、リリルカが戦後処理に駆り出されて忙しくしているときのこと。ベルは一人、【ロキ・ファミリア】から呼び出され、『黄昏の館』まで訪ねてきていた。
通された応接室には、
そのフィンに、ベルは挨拶を返す。
「おはようございます。僕の知識が必要と聞きましたが」
うやうやしい礼を執るベルに、フィンは笑みを浮かべてそれに応じる。
「ああ。戦争での活躍を
ほぼ前置きもなく、呼びだした用件についてフィンは話し出した。
「うちの新団員、サンジョウノ・春姫から聞いたのだけれど、キミは伝説やお伽噺に詳しいそうだね?」
『
まさか話の内容に、ベルは目をパチクリとさせて、困惑しながら答える。
「えっと、はい。僕が幼い頃、お
「なるほど、神ゼウスの語る英雄譚か……その英雄譚の中に、『邪竜ニーズホッグ』が出てくる話はあったかい? それについて知りたいんだ」
フィンの更なる問いに、ベルは思い当たる物語があったのか、すぐさま答える。
「古代に地上で暴れ回っていた災厄の竜ですね。英雄ではなく精霊に滅ぼされたという珍しい話なので、記憶に強く残っています」
「へえ……」
ベルの答えに、フィンは眉をピクリと動かした。
そして、彼はその場で唐突に立ち上がり、ベルに向かって言った。
「ちょっと書庫まで来てくれるかい? そこで、『ニーズホッグ』について詳しく説明してほしい」
「はあ……」
そうして、ベルたちは『黄昏の館』の内部を移動していく。館の内部は入り組んでいるため、誰かの案内なしでは出歩けないベルだが、団長のフィン直々に先導されるという、稀少な体験をしていた。
やがて二人は、館の一室、大きな書庫の前へと辿り着いた。その書庫の扉をフィンはノックし、扉を開けて先に中へと入っていく。
「あっ、団長!」
フィンの入室に気付いた書庫の先客。双子のアマゾネスの姉、ティオネが嬉しそうな顔を見せて、フィンに駆け寄ってくる。
その他にも書庫には、双子のアマゾネスの妹ティオナ、
いずれも簡易な椅子に座っている彼女たちは、書庫に備え付けられた机の上に本の山を築いて、調べ物をしているようだ。
その女子メンバーに向けて、フィンがティオネにまとわりつかれながら言う。
「やあ、ご苦労様。『ニーズホッグ』に詳しそうな人を連れてきたよ」
書庫の女子たちの目が、フィンに遅れて入室したベルへと一斉に向く。
すると、書庫の椅子から勢いよく立ち上がる者がいた。
「ベル・クラネル!」
エルフのレフィーヤだ。彼女は、ベルのことをにらんで、叫ぶように言った。
「『ニーズホッグ』について、詳しく教えなさい!」
ベルは、自分に向けて叫び声を上げている少女の名前を思い出し、そしてヘスティアから『黄昏の館』へと来る前に聞いた吉事についても、ついでに思い出した。
「あっ、レフィーヤさん、『Lv.4』到達、おめでとうございます」
「今は、そんなことどうでもいいんです! 今はニーズホッグです!」
レフィーヤはツカツカと早足で歩き、ベルへと近づいてくる。
そして、ベルの服の
まさに、鬼気迫る様子のレフィーヤ。
それを慌ててティオナとアイズが、なだめにかかった。新入りの春姫は一人、オロオロとするばかりだ。
レフィーヤから解放されたベルは、一体どういうことだろうかと、ティオネに抱きつかれているフィンを見た。
すると、フィンはティオネを振りほどきながら、答える。
「レフィーヤと仲のよかった【ディオニュソス・ファミリア】の団長がいたんだけど、ずっと姿をくらませていてね」
「それは……酔い覚ましをして助け出す前に、『エニュオ』の手で隠されたってことですか?」
以前、ベルは【ロキ・ファミリア】と協力して、『神酒』で操られた【ディオニュソス・ファミリア】の団員たちを救ったことがある。
だが、全ての団員を救出できたというわけではないのだと、ベルは今初めて知った。
そして、救出作戦が途中で『エニュオ』にバレて、手駒を削られることを
しかし、フィンの答えは否であった。
「いや、【ディオニュソス・ファミリア】の団員たちの証言から、僕とロキで推理したのだけどね。その団長、フィルヴィス・シャリアは『エニュオ』の忠実な部下である可能性が高い」
と、そんなフィンの発言に、アイズとティオナに押さえられていたレフィーヤがいきり立つ。
「そんなはずがありません! きっと、『神酒』で操られているんです! 助け出さなきゃ……!」
そんなレフィーヤの様子に、フィンは困ったような表情を一瞬浮かべて、ベルへと向き直る。
「……まあ、そういうことさ。『エニュオ』であろう神ディオニュソスが姿をくらませて、その狙いも今一つ、つかめていない。数少ない、核心に迫る情報が、『邪竜ニーズホッグ』だ」
フィンは語る。
かつての、『人造迷宮』への最初の侵入時。『鍵』をまだ持っていなかった【ロキ・ファミリア】が、団員七名を失う手痛い敗北をしたときのこと。
フィルヴィスを連れたレフィーヤが、『人造迷宮』内部で邪神タナトスと出会った。
そのとき、レフィーヤは運良く、邪神タナトスから『エニュオ』のことを一部聞き出せたのだとか。
邪神タナトスが居た場所には、『エニュオ』がオラリオの外から『人造迷宮』までわざわざ運ばせた、古代のモンスター災害について描かれた石板がいくつも飾られていた。
そして、その中で一際目立ち、邪神タナトスもわざわざ言及していたのが、『邪竜ニーズホッグ』が彫られた一枚の石板なのだという。
邪神タナトスが天界に還り、『エニュオ』のことを新しく聞き出せない現在。
そのときの会話と、邪竜の石板が、『エニュオ』が『人造迷宮』を『
そしてフィンは、書庫のテーブルに広がる資料のうち、一枚の絵を手に取り、ベルに手渡す。
「これだ。石板には、こんな絵が彫られていたらしい」
その絵に描かれているものは、巨大な竜と、それを囲むように配置された祈りを捧げる六人の乙女だった。
「ベル、この絵と『ニーズホッグ』について、知っていることがあれば、教えてくれないかい。僕らが『ニーズホッグ』に関して調べられたのは、三大
フィンにそう言われ、ベルは絵をしっかりと見て、幼い頃に読んだ祖父ゼウス謹製の絵本の内容を思い出す。
「これは、『邪竜ニーズホッグ』を滅ぼした、『精霊の
懐かしさがこみ上げてきて笑みを浮かべそうになるベルだが、周囲から向けられる真面目な視線に、慌てて表情を取り
「『ニーズホッグ』はあまりにも強大な存在でした。そこで、神々は下界に六人の大精霊を
幼い頃の記憶を辿るように、ベルは語りを続ける。
「最後に、精霊の命と引き換えに発動した【大秘術】によって、『ニーズホッグ』は消滅します。少なくとも、僕が祖父からもらった絵本には、そう描かれていました」
「なるほど。つまり、この絵に描かれた六人の乙女は、竜の生贄でも、祈り子でもなく……」
フィンのそのつぶやくような言葉に続けるようにして、ベルは言う。
「はい。これは円環の詩を紡いで、邪竜を消滅させた、『最古の六精霊』だと思います」
「……六精霊、か。『人造迷宮』で待ち受けている可能性が高い『
「……その『人造迷宮』に、この絵が飾られていたんですよね?」
「ああ。しかも、邪神タナトスは多数並んでいた石板のうち、この絵が描かれた石板の『ニーズホッグ』にだけ言及したらしい」
残り六体いるという『精霊の分身』。
石板に描かれた『最古の六精霊』。
ここから導き出せる答えは――
「――『エニュオ』は、『ニーズホッグ』を滅ぼした古代の【大秘術】を、この迷宮都市で再現しようとしている……?」
ベルのその言葉に、書庫に居た皆がゾッとした顔となる。
神の遣いである大精霊。それを六体も犠牲にするという【大秘術】。それを模したものが、オラリオの真下で発動してしまえば、どうなるか……。迷宮都市オラリオは、ダンジョンを
まさに、『
自身が導き出した答えに顔を青くするベルに対し、フィンは一人、冷静に頭を巡らせ、そして問う。
「神ゼウスなら、より詳しく知っているだろうか?」
そのフィンの言葉に、ベルはハッとなる。
「お
ベルがそう言うと、フィンはただ無言で苦い顔となった。
これは一体どういう反応なのだろうか、とベルは首を傾げる。
「あー……」
「それはー……」
ティオネとティオナが、何かを言いづらそうに、ベルへと向けてそんな声を上げた。
本当になんなのだろうか、とベルが困惑すると、アイズが彼に向けて説明をした。
「『黒竜』の討伐に失敗して、眷族を失った神ゼウスをオラリオから追い出したのは、ロキとフィンたち、だったはず……?」
その言葉に、ベルはようやく、【ロキ・ファミリア】の面々の微妙な反応を理解した。
そして、ずっと黙って話の行方を見守っていた春姫が、駄目押しするかのように言う。
「門前払いされそうでございますね」
この言葉に、フィンは苦笑いを強めた。
しかし。
そんな【ロキ・ファミリア】の面々の煮え切らない態度に、反発する者がいた。
レフィーヤである。
「オラリオの危機なんですよ! フィルヴィスさんの危機なんですよ! 門前払いを恐れて行動しないとか、ありえません!」
レフィーヤに
すると彼は、今度は純粋な笑みを浮かべ、ベルの方へ顔を向けて彼に問う。
「ベル。神ゼウスに門前払いされないためには、どんなことをすればいいと思う? 知恵を貸してほしい」
「あー……。そうですね。可愛い女の子を連れていけば、一発じゃないでしょうか」
そんなベルの言葉に、女性陣はキョトンとした顔となり……一人、フィンは納得した表情を見せていた。