ダンまちTACTICS   作:Leni

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33.邪竜ニーズホッグ

「よく来てくれた」

 

 ラキア王国との戦争が終わりを告げ、リリルカが戦後処理に駆り出されて忙しくしているときのこと。ベルは一人、【ロキ・ファミリア】から呼び出され、『黄昏の館』まで訪ねてきていた。

 

 通された応接室には、小人族(パルゥム)の団長フィンがすでに待ち構えており、ベルを歓迎した。

 そのフィンに、ベルは挨拶を返す。

 

「おはようございます。僕の知識が必要と聞きましたが」

 

 うやうやしい礼を執るベルに、フィンは笑みを浮かべてそれに応じる。

 

「ああ。戦争での活躍を(ねぎら)いたいところだけど、急ぎの用事だ。早速、本題から入ろう」

 

 ほぼ前置きもなく、呼びだした用件についてフィンは話し出した。

 

「うちの新団員、サンジョウノ・春姫から聞いたのだけれど、キミは伝説やお伽噺に詳しいそうだね?」

 

人造迷宮(クノッソス)』攻略についての話かと身構えていたベルに対し、フィンが口にした言葉は、ベルの思いもしない方向からの問いであった。

 まさか話の内容に、ベルは目をパチクリとさせて、困惑しながら答える。

 

「えっと、はい。僕が幼い頃、お祖父(じい)ちゃんが毎日のように英雄譚を話してくれて、絵本も描いてくれていました」

 

「なるほど、神ゼウスの語る英雄譚か……その英雄譚の中に、『邪竜ニーズホッグ』が出てくる話はあったかい? それについて知りたいんだ」

 

 フィンの更なる問いに、ベルは思い当たる物語があったのか、すぐさま答える。

 

「古代に地上で暴れ回っていた災厄の竜ですね。英雄ではなく精霊に滅ぼされたという珍しい話なので、記憶に強く残っています」

 

「へえ……」

 

 ベルの答えに、フィンは眉をピクリと動かした。

 そして、彼はその場で唐突に立ち上がり、ベルに向かって言った。

 

「ちょっと書庫まで来てくれるかい? そこで、『ニーズホッグ』について詳しく説明してほしい」

 

「はあ……」

 

 そうして、ベルたちは『黄昏の館』の内部を移動していく。館の内部は入り組んでいるため、誰かの案内なしでは出歩けないベルだが、団長のフィン直々に先導されるという、稀少な体験をしていた。

 やがて二人は、館の一室、大きな書庫の前へと辿り着いた。その書庫の扉をフィンはノックし、扉を開けて先に中へと入っていく。

 

「あっ、団長!」

 

 フィンの入室に気付いた書庫の先客。双子のアマゾネスの姉、ティオネが嬉しそうな顔を見せて、フィンに駆け寄ってくる。

 その他にも書庫には、双子のアマゾネスの妹ティオナ、狐人(ルナール)の少女である春姫、エルフのレフィーヤ、そして訓練でベルと幾度も剣を交えたあのアイズがいた。

 いずれも簡易な椅子に座っている彼女たちは、書庫に備え付けられた机の上に本の山を築いて、調べ物をしているようだ。

 

 その女子メンバーに向けて、フィンがティオネにまとわりつかれながら言う。

 

「やあ、ご苦労様。『ニーズホッグ』に詳しそうな人を連れてきたよ」

 

 書庫の女子たちの目が、フィンに遅れて入室したベルへと一斉に向く。

 すると、書庫の椅子から勢いよく立ち上がる者がいた。

 

「ベル・クラネル!」

 

 エルフのレフィーヤだ。彼女は、ベルのことをにらんで、叫ぶように言った。

 

「『ニーズホッグ』について、詳しく教えなさい!」

 

 ベルは、自分に向けて叫び声を上げている少女の名前を思い出し、そしてヘスティアから『黄昏の館』へと来る前に聞いた吉事についても、ついでに思い出した。

 

「あっ、レフィーヤさん、『Lv.4』到達、おめでとうございます」

 

「今は、そんなことどうでもいいんです! 今はニーズホッグです!」

 

 レフィーヤはツカツカと早足で歩き、ベルへと近づいてくる。

 そして、ベルの服の(えり)をつかんでガクガクと揺さぶり始めた。

 まさに、鬼気迫る様子のレフィーヤ。

 それを慌ててティオナとアイズが、なだめにかかった。新入りの春姫は一人、オロオロとするばかりだ。

 

 レフィーヤから解放されたベルは、一体どういうことだろうかと、ティオネに抱きつかれているフィンを見た。

 すると、フィンはティオネを振りほどきながら、答える。

 

「レフィーヤと仲のよかった【ディオニュソス・ファミリア】の団長がいたんだけど、ずっと姿をくらませていてね」

 

「それは……酔い覚ましをして助け出す前に、『エニュオ』の手で隠されたってことですか?」

 

 以前、ベルは【ロキ・ファミリア】と協力して、『神酒』で操られた【ディオニュソス・ファミリア】の団員たちを救ったことがある。

 

 だが、全ての団員を救出できたというわけではないのだと、ベルは今初めて知った。

 そして、救出作戦が途中で『エニュオ』にバレて、手駒を削られることを(いと)った『エニュオ』が、主戦力であろう団長を自分たちから隠したのではないか。ベルはそう予想し、フィンに尋ねた。

 

 しかし、フィンの答えは否であった。

 

「いや、【ディオニュソス・ファミリア】の団員たちの証言から、僕とロキで推理したのだけどね。その団長、フィルヴィス・シャリアは『エニュオ』の忠実な部下である可能性が高い」

 

 と、そんなフィンの発言に、アイズとティオナに押さえられていたレフィーヤがいきり立つ。

 

「そんなはずがありません! きっと、『神酒』で操られているんです! 助け出さなきゃ……!」

 

 そんなレフィーヤの様子に、フィンは困ったような表情を一瞬浮かべて、ベルへと向き直る。

 

「……まあ、そういうことさ。『エニュオ』であろう神ディオニュソスが姿をくらませて、その狙いも今一つ、つかめていない。数少ない、核心に迫る情報が、『邪竜ニーズホッグ』だ」

 

 フィンは語る。

 かつての、『人造迷宮』への最初の侵入時。『鍵』をまだ持っていなかった【ロキ・ファミリア】が、団員七名を失う手痛い敗北をしたときのこと。

 フィルヴィスを連れたレフィーヤが、『人造迷宮』内部で邪神タナトスと出会った。

 そのとき、レフィーヤは運良く、邪神タナトスから『エニュオ』のことを一部聞き出せたのだとか。

 

 邪神タナトスが居た場所には、『エニュオ』がオラリオの外から『人造迷宮』までわざわざ運ばせた、古代のモンスター災害について描かれた石板がいくつも飾られていた。

 そして、その中で一際目立ち、邪神タナトスもわざわざ言及していたのが、『邪竜ニーズホッグ』が彫られた一枚の石板なのだという。

 

 邪神タナトスが天界に還り、『エニュオ』のことを新しく聞き出せない現在。

 そのときの会話と、邪竜の石板が、『エニュオ』が『人造迷宮』を『精霊の分身(デミ・スピリット)』に浸食させた真の狙いの謎を紐解く鍵なのだと、フィンは告げた。

 

 そしてフィンは、書庫のテーブルに広がる資料のうち、一枚の絵を手に取り、ベルに手渡す。

 

「これだ。石板には、こんな絵が彫られていたらしい」

 

 その絵に描かれているものは、巨大な竜と、それを囲むように配置された祈りを捧げる六人の乙女だった。

 

「ベル、この絵と『ニーズホッグ』について、知っていることがあれば、教えてくれないかい。僕らが『ニーズホッグ』に関して調べられたのは、三大冒険者依頼(クエスト)のモンスターたちが現れる以前に『大穴(ダンジョン)』から出てきたという、実在した『最古の厄災』だってことくらいなんだ」

 

 フィンにそう言われ、ベルは絵をしっかりと見て、幼い頃に読んだ祖父ゼウス謹製の絵本の内容を思い出す。

 

「これは、『邪竜ニーズホッグ』を滅ぼした、『精霊の六円環(ろくえんかん)』の絵ですね」

 

 懐かしさがこみ上げてきて笑みを浮かべそうになるベルだが、周囲から向けられる真面目な視線に、慌てて表情を取り(つくろ)って言葉を続ける。

 

「『ニーズホッグ』はあまりにも強大な存在でした。そこで、神々は下界に六人の大精霊を(つか)わしました。さらに、強力な結界で竜を封じて、精霊たちは円環の(うた)を紡ぐんです。この詩は多分、魔法の詠唱だと思うんですけど……」

 

 幼い頃の記憶を辿るように、ベルは語りを続ける。

 

「最後に、精霊の命と引き換えに発動した【大秘術】によって、『ニーズホッグ』は消滅します。少なくとも、僕が祖父からもらった絵本には、そう描かれていました」

 

「なるほど。つまり、この絵に描かれた六人の乙女は、竜の生贄でも、祈り子でもなく……」

 

 フィンのそのつぶやくような言葉に続けるようにして、ベルは言う。

 

「はい。これは円環の詩を紡いで、邪竜を消滅させた、『最古の六精霊』だと思います」

 

「……六精霊、か。『人造迷宮』で待ち受けている可能性が高い『精霊の分身(デミ・スピリット)』……『穢れた精霊』の分体の数は、推定で六体だ」

 

「……その『人造迷宮』に、この絵が飾られていたんですよね?」

 

「ああ。しかも、邪神タナトスは多数並んでいた石板のうち、この絵が描かれた石板の『ニーズホッグ』にだけ言及したらしい」

 

 残り六体いるという『精霊の分身』。

 石板に描かれた『最古の六精霊』。

 ここから導き出せる答えは――

 

「――『エニュオ』は、『ニーズホッグ』を滅ぼした古代の【大秘術】を、この迷宮都市で再現しようとしている……?」

 

 ベルのその言葉に、書庫に居た皆がゾッとした顔となる。

 神の遣いである大精霊。それを六体も犠牲にするという【大秘術】。それを模したものが、オラリオの真下で発動してしまえば、どうなるか……。迷宮都市オラリオは、ダンジョンを(ふさ)いでいるバベルごと崩壊してしまうだろう。

 まさに、『都市の破壊者(エニュオ)』の名に相応しい、大それた行為であった。

 

 自身が導き出した答えに顔を青くするベルに対し、フィンは一人、冷静に頭を巡らせ、そして問う。

 

「神ゼウスなら、より詳しく知っているだろうか?」

 

 そのフィンの言葉に、ベルはハッとなる。

 

「お祖父(じい)ちゃんなら港町(メレン)に居ます! 詳しい話が必要なら、聞きに行きましょう!」

 

 ベルがそう言うと、フィンはただ無言で苦い顔となった。

 これは一体どういう反応なのだろうか、とベルは首を傾げる。

 

「あー……」

 

「それはー……」

 

 ティオネとティオナが、何かを言いづらそうに、ベルへと向けてそんな声を上げた。

 本当になんなのだろうか、とベルが困惑すると、アイズが彼に向けて説明をした。

 

「『黒竜』の討伐に失敗して、眷族を失った神ゼウスをオラリオから追い出したのは、ロキとフィンたち、だったはず……?」

 

 その言葉に、ベルはようやく、【ロキ・ファミリア】の面々の微妙な反応を理解した。

 そして、ずっと黙って話の行方を見守っていた春姫が、駄目押しするかのように言う。

 

「門前払いされそうでございますね」

 

 この言葉に、フィンは苦笑いを強めた。

 しかし。

 そんな【ロキ・ファミリア】の面々の煮え切らない態度に、反発する者がいた。

 レフィーヤである。

 

「オラリオの危機なんですよ! フィルヴィスさんの危機なんですよ! 門前払いを恐れて行動しないとか、ありえません!」

 

 レフィーヤに(にら)まれながら、その主張を聞いたフィン。

 すると彼は、今度は純粋な笑みを浮かべ、ベルの方へ顔を向けて彼に問う。

 

「ベル。神ゼウスに門前払いされないためには、どんなことをすればいいと思う? 知恵を貸してほしい」

 

「あー……。そうですね。可愛い女の子を連れていけば、一発じゃないでしょうか」

 

 そんなベルの言葉に、女性陣はキョトンとした顔となり……一人、フィンは納得した表情を見せていた。

 

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