ダンまちTACTICS   作:Leni

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35.ラグナロク

 緑色の肉に埋め尽くされ、『魔城』と仮称されるようになった『人造迷宮(クノッソス)』の攻略。それは、オラリオの総力を挙げての戦いとなった。

 ここに来て、ギルドも最早、『人造迷宮』や、滅びた『闇派閥(イヴィルス)の残党』の存在を隠し通そうとはしていない。

 

 戦争を早期に終わらせるために、フィンが餌として商業系派閥に『人造迷宮』のことを公開すると言い出し、ギルド幹部たちはその話に乗った。その結果、どうあっても『人造迷宮』の存在を一般市民にまで隠せるものではなくなったのだ。

 

 だが、ギルドはそのことで【ロキ・ファミリア】にペナルティを与えるつもりはない。

 ギルド幹部たちは、【ロキ・ファミリア】と、元【ディオニュソス・ファミリア】、そして『エニュオ』に脅されていた女神デメテルから、都市崩壊に繋がる『エニュオ』の計画を伝え聞いていたからだ。

 

 迷宮都市オラリオの崩壊を防ぐためには、秘密の保持といったことは些事(さじ)である。

 ダンジョンの(ふた)であるバベルが消滅し、地上にモンスターが解き放たれる大災厄の結末と比べれば、市民の不安の解消など、後でどうとでもなることだ。

 

 よって、オラリオの冒険者たちは、『魔城』と化した『人造迷宮』の攻略のために総動員となった。

 オラリオの危機、ひいては地上全体の危機というまさかの大事件。それを目の当たりにして、先日まで繰り広げられていた王国との戦争のことなど、冒険者たちは完全にどうでもよくなっていた。

 

 もちろん、『魔城』もただ攻められるばかりではない。

 地上に極彩色の魔石を持つモンスターを解き放ち、それを防ぐために内部まで踏みこんできた冒険者を討ち取って魔力へ変えようと、肉がうごめき魔法を放ち、肉塊が触手となって襲いかかってきた。

 だが、そんな企みを打ち砕く『英雄』たちが、今のオラリオにはいる。

 

【ロキ・ファミリア】所属、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。小人族(パルゥム)の槍使い。

【フレイヤ・ファミリア】所属、【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ヘディン・セルランド。白妖精(エルフ)の魔法剣士。

 

 現在のオラリオでの最大派閥とされる二大【ファミリア】から、それぞれ一番の知恵者とされる男二人が、『魔城』の攻略者たちに指示を出す。

 お互いの方針がぶつかり合わないよう、それぞれ担当する『精霊の分身(デミ・スピリット)』を三体ずつに割り振っての分担作業だ。

 

 だが、フィンもヘディンも、基本的な方針に大きな違いは見せなかった。

 それは、『魔城』に魔力を奪われて『精霊の六円環』を発動させないようにするため、極力、犠牲者を出さないことだ。

 そのため、二人は知恵と知識を全力で回し、的確な指示を次々と攻略部隊に送った。

 

 二人の指示は、瞬時に『魔城』内部へと伝えられる。

 それを可能としているのは、ギルド、いや、ギルドの主神であるウラノス神が提供した、ある魔道具(マジックアイテム)の効力によるものだ。

 ウラノス神の私兵である魔術師(メイジ)の作品、双子水晶『眼晶(オクルス)』。それは、片方の水晶が捉えた光景を音声と一緒に、もう片方の水晶に映し出すことができるというもの。

 

 その画期的すぎる通信道具に、【ヘルメス・ファミリア】の魔道具作成者アスフィは歯がみしたという。

 ちなみに、そのアスフィは【ロキ・ファミリア】が確保した『人造迷宮』の『鍵』をモンスター素材で複製することに成功している。そのため、彼女も前哨戦となった『人造迷宮』を巡る『闇派閥の残党』との戦いには、すでに大きく貢献していたのであるが。

 

「『精霊の分身(デミ・スピリット)』が魔力を溜めきる前に、駆逐する。時間の経過と共に、こちらが不利になると思え」

 

 自身も『魔城』に潜りながら、【フレイヤ・ファミリア】のヘディンがそう指示を出す。

 

「【デメテル・ファミリア】の団員の痕跡を見つけたら知らせてくれ! 十層付近に捕らえられている可能性が高い!」

 

 同じく、他派閥が切り開いた『魔城』の通路を進みながら、フィンが『眼晶』に向けて指示する。

 

 ヘディンは手っ取り早く『精霊の分身』の撃破のみを考えているようだが、フィンは他にもいろいろと細かい指示を出していた。

 そのうちの一つが、【デメテル・ファミリア】の団員の救出である。

 

【デメテル・ファミリア】は、オラリオの食を支える農業系派閥である。

 当然ながら、彼らはディオニュソス神が愛飲していた葡萄酒の素材、葡萄の生産も行なっていた。

 その葡萄は、ディオニュソス神がこっそりと生産していた『神酒』の原料でもある。

 

 デメテル神は『豊饒の女神』。ディオニュソス神は『酒の神』。その縁で、ディオニュソス神と会う機会が多かったデメテル神は、あるとき彼の企みに気付いてしまった。そのせいで、彼女は己の団員をディオニュソス神に人質として捕らえられてしまっていたのだ。

 

 それを知った【ロキ・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、元【ディオニュソス・ファミリア】、そして【ガネーシャ・ファミリア】は、地上を探し回った。しかし、【デメテル・ファミリア】の団員たちの痕跡は見つからなかった。

 よって、団員たちがいるとしたら、『魔城』と化した地下空間、『人造迷宮』の中が一番怪しい。

 

 デメテル神によると、『神の恩恵(ファルナ)』の反応から、捕らえられた眷属たちはまだ生きているとのこと。

 なので、フィンは彼らの捜索も同時に行なっていた。

 

 それらしき場所は、邪神タナトスを捕らえた時の『人造迷宮』第一次侵攻で発見はされている。

 よって、そこにはその場所を発見した自派閥の団員、エルフィが所属する部隊を向かわせている。

 

『居た! 居ました! 生きてた……【デメテル・ファミリア】発見しました! 全員ではないですが……』

 

『眼晶』の一つから、そのエルフィの声が響く。

 すると、即座にフィンはエルフィの『眼晶』に向けて、指示を飛ばす。

 

「追加人員を送る! 合流次第、ただちに地上へ護送だ!」

 

 どうやらデメテル神への人質となった【デメテル・ファミリア】の団員たちは、今の『エニュオ』が、すぐさま手を下せる場所にはいないようだ。土壇場で『エニュオ』が彼らを利用する危険性がなくなると知って、フィンはホッと息を吐いた。

 

 懸念となっていた事柄が、こうして一つ消えた。

 残る懸念は、『魔城』の六ヶ所に潜むであろう『精霊の分身(デミ・スピリット)』が、十分な魔力を集め終えて『精霊の六円環』を唱え始めないかどうか。

 そして、もう一つは……。

 

『フィーン!』

 

 襲い来る肉塊を槍で払いながら考え込んでいたところに、『眼晶』からまたもや声が響く。

 それは、地上にある『眼晶』の一つだ。それを持つ者は……彼の主神、ロキである。

 

「ロキ、見つけたかい?」

 

『ビンゴや』

 

 その言葉に、フィンはニヤリと笑った。

 

『『エニュオ』、いや、ディオニュソスを見つけたで。予想通り、オラリオから逃げようとしていたわ』

 

 残っていた懸念事項の、その一つ。

『魔城』内部で見つからない、『エニュオ』の行方。

『都市の破壊者』を自称するその神は、地下ではなく地上に潜んでいた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ロキ神とヘルメス神は、ディオニュソス神と、その護衛であるローブ姿の二人の女たちをオラリオの一角にて追い詰めていた。

 そこは、オラリオの外壁。

 有事以外で外壁に登ることはギルドが禁じており、そこに至るための経路は普段から塞がれている。

 だが、実は外壁に登るための扉が破損している箇所が、前々から存在していた。

 

都市の破壊者(エニュオ)』であるディオニュソス神が、自身の画策するオラリオの破壊に巻き込まれないようにするためには、地下に潜るか都市から脱出するしかない。

 そして現在、都市の出入りを厳しく取り締まっているはずのガネーシャ・ファミリアは、『魔城』の攻略に駆り出されている。

 ディオニュソス神がオラリオから逃げ出すには、今が絶好の機会であった。

 

 ただし……姿を消して、空を飛ぶという常識を超えた方法で都市の出入りを監視していた、アスフィ・アル・アンドロメダという人物がいなければの話だが。

 

 夕暮れが近づいてきている空の下、ディオニュソス神はフード付きのローブ姿の少女二人に守られながら、おかしそうに笑った。

 

「ハハハ、なるほど、『精霊の六円環』を発動前に潰すか。与えたヒントを見逃さずに、よくやったじゃないか」

 

【ヘルメス・ファミリア】の団員たちに囲まれつつあるディオニュソス神は、その端正な顔を愉快そうに歪めている。

 普段の紳士的なディオニュソス神からは、想像も付かないその表情。

 

 しかし、ロキ神は知っている。

 こちらがディオニュソス神の本性であると。紳士的な彼の姿は、全てを欺くために『神酒』で自らを酔わせて作りだした仮初めの(じん)格だったのだ。

 

 デメテル神から、ロキ神は聞いている。

 ディオニュソス神は、人間の表情が苦痛で歪むことを快楽としている、まさしく人間たちから邪神と呼ばれる存在だと。

 

 そのディオニュソス神は、今まさに追い詰められているというのに、愉快そうに笑う。

 

「だが、それでもオラリオは滅びる。オラリオの総力は、今、『人造迷宮』内部にある。それの全滅が、私の本当の狙いだ!」

 

「なるほど、そう来たかー……」

 

 ロキ神は、今のこの状況こそがディオニュソス神の望みだったのだと察した。

 そんなロキ神に、ディオニュソス神が笑って言う。

 

「貴様らは、七体目の精霊を見逃している! 邪竜の息吹が、愚かにも地下に潜った冒険者たちを殺し尽くす! 冒険者という希望を失った地上が絶望に染まる! 我が待望の『狂乱(オルギア)』がやってくる!」

 

 そんなことを叫ぶディオニュソス神をロキ神は、可哀想な目で見た。

 手もとの情報が、一回り以上古いわ、ボケ、と。

 そして、ロキ神はゾッとするような冷たい声で、ディオニュソス神に向けて言う。

 

「なんや『狂乱(オルギア)』て。それならこっちは、『終焉(ラグナロク)』を見せつけたるわ」

 

「今さら何をしようとも遅い!『精霊の分身(デミ・スピリット)』の力は全て、『第七の精霊(ニーズホッグ)』に注がれている! オラリオにいる冒険者たちは、今日ここで滅びるのだ!」

 

「少し黙れや。聞こえんやろ」

 

「なんだと?」

 

 全く取り乱そうとしないロキ神に、ディオニュソス神はようやく怪訝そうな声を上げた。

 しかし、ロキ神はそれ以上何も言わない。

 

 沈黙が場を支配し、無音となる。

 

 いや、違う。

 

 どこからか、何かの音が聞こえてきた。

 それを耳にしたロキ神は、その場でニヤリと笑った。

 

「それ、響いてきたで」

 

「なんだ……?」

 

 それは、鐘の音。

 始めは小さく、段々と大きくなっていくその音。

 やがて、それは腹に響くような大鐘楼(グランドベル)の音となって、不安に駆られていたオラリオにいる全ての民の耳に届いた。

 

 鐘の音が鳴る。黄昏時の訪れを知らせるかのように、外壁まで響いてきた。

 だが、これはオラリオの生活に根ざした時報などではない。この音は、どういうわけか足下から、地面から浸透するように響いているのだ。

 

「なんだ、この音は……?」

 

 この局面にきて起きた想定外の謎の現象に、ディオニュソス神は動揺を隠せない。

 そんな彼に、ロキ神はただ笑って告げた。

 

「『終末の角笛(ギャラルホルン)』代わりの、『黄昏を告げる鐘の音』や。天界に還る前に、しっかり聞いていき」

 

 荘厳な鐘の音が、オラリオ中に鳴り響く。

 

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